370話 勝利を倒すんだぞっと
ぽかんと口を開けて、美羽は呆れてしまった。美羽のアイスブルーの瞳は呆れで丸くなっており、動きを止めてしまう。
目の前には両手を広げて神無月を守る勝利君の姿があった。………わ、わかるわかる。俺も理解はできるよ。
テンプレだもんね、最終決戦の前座に現れる敵となったヒロイン。……うん、とってもよくわかる。洗脳されていると思ったんだろ? 神無月は小動物のような愛らしいヒロインキャラだからね。
理解できるし、これは美羽が半分ぐらい悪い。
神無月を倒しに行く前に、ちゃんと説明しておくべきだったのだ。説明を怠った美羽も悪い。
でも、得意げにふんふんと鼻息荒く、うへへと顔を緩ませている勝利を見ると、フシギダネサツイガワクヨ。
そしてこの後の展開も未来予知ができなくても、簡単に予想できるよ。
「あぁ…………わ、私はいったいなにを」
「敵となっているよ。現在進行形でな!」
『神気光龍剣』
蛇腹状の剣身を光へと変換し、最速攻撃を放つ。キィンと風鈴を鳴らすような涼やかな音が響き、頭を振って立ち上がろうとする神無月を狙う。
どうせ「ありがとうございます、勝利さん」とか涙目で礼を言って抱きつくつもりだろ! もう一つのテンプレ展開も知っているんだ!
光の龍は首をもたげて、光速で神無月を切り裂こうとする。
容赦はない。その後の展開もわかるしな!
この一撃は少なくとも神無月を吹き飛ばし、勝利から間合いをとれるはずだった。
神無月の目前で弾かれなければ。
紅き障壁が宙に浮かぶと、激しい光が一瞬火花のように輝くと、光龍の攻撃が逸らされたのだ。
「なぬ! 光龍剣が弾かれちゃった!」
水晶片を支点として、魔法障壁が作られたのだ。水晶片は一撃を防ぐだけで限界だったのだろう。砕けてキラキラと光って消えていったが、防げたこと自体が驚きだ。
武技の選択を間違えた。勝利から離そうと最速にして最弱の武技を使っちゃったよ。光系統は障壁に防がれやすいんだ。
それでも反応ができないはずだったのに、自動展開タイプかよ。なんだっけか、『紅蓮ソフトクリーム』とかだったか。
「冷静になれよ、灰色髪ちゃん。神無月はこんなに性格は悪くない。メスガキな上に小物っぽい雑魚で馬鹿な女の子じゃないんだ」
フッと笑い、燃えるような赤毛をかきあげてキメ顔になる勝利。殴っていいかな? 殺しても問題はないと思うんだけど?
後ろに蹲っている神無月は肩を震わせているから、美羽が殺さなくても殺されそうだけど。
聖奈が止めてくれないかと思い視線を移すが、予想外なことに、勝利を止める様子はない。いや、止めるべきか止めない方が良いか、迷っているようだ。
まずい。原作の神無月はぼろを出さなかった。怪しいところを見せなかったから、聖奈も洗脳されていると思っているらしい。報連相って、とっても大事だね。
「それ以上はこの粟国勝利が止めるぜ、灰色髪ちゃん。この『炎神』モードなら互角に戦える。いや、僕の方が強いだろうから」
くいと手のひらを揺らして自信満々な顔の勝利。ゴゴゴと恐ろしきオーラを吹き出して、見てはいけない目つきとなった闇夜たちも殺意を高めているが気づいていない模様。
だが、今回はおちゃらけて遊んでいる暇はない。さっさと勝利を倒して、神無月を倒させてもらう。
だが、倒すにも立ち位置が問題だ。倒した際に、神無月が後ろにいて「くくく、アタシの計算どぉりぃぃぃ。ここに来ると思ってたぁ」とかドヤ顔で漁夫の利を取られたくない。
「やめとけって? な? 灰色髪ちゃんじゃ僕には敵わない。この『炎神モード』にはな」
美羽が躊躇っていると、ふんふんと鼻を鳴らして、ますます調子に乗る勝利。真っ赤なオーラで身体を輝かせているレンチンモードとか新しい力を手に入れたから、天狗に……んん?
『なぁなぁ、あいつ凄いことをしてるぞ?』
『う〜ん、………本当だね! おぉ〜、観測しても同じ結果だよ。戦闘には気をつけて!』
真っ赤な勝利のあることに気付いて驚く美羽とシステムさん。あいつ、信じられないことをするなぁ。
なら、あまり気にしないで良いか。
『気にしてね! お魚さんを取られないように!』
システムさんが慌てるけど、美羽としては……後顧の憂いは排除しておきたい。まぁ、できるだけ気をつけるよ。
「それじゃ、倒させてもらうね!」
「ちっ、手加減するから恨むなよ?」
戦闘開始だ。悪いな勝利。……いや、まったく悪くないと思うけど!
「ていてい」
『乱打』
「なぁっ!」
蛇腹剣へと変化させて、軽やかに手を振るう。シャラリと鈴のような音色を立てて、神気の剣は一瞬で勝利の周りを駆け巡った。
そして、パパッとガラス細工のように、空に浮く紅蓮ソフトクリームの水晶を全て砕く。回避しようと高速で動いても無駄だ。美羽はその動きを全て見切っている。
正確に精密に、手のひらサイズの小さな水晶を狙い撃ち破壊していった。
「僕の『紅蓮水晶』がっ!」
細かく砕けたガラス片のように、周りに舞い散る水晶片の残骸に、驚愕で目を剥く勝利。そりゃその魔法は有名だからな。最初に無効化するよ?
「といや」
『絶歩』
その隙を逃さずに、甲板を蹴り間合いをゼロに詰める。残像だけがその場に残り、瞬時に勝利の目の前に肉薄すると、ちっこい拳を握り締める。
「みーちゃんぱーんち!」
「くっ、なんのぉ!」
腹パンチを繰り出すと、腕をクロスさせてなんとか防ごうとする勝利。気にせずに、床を踏み込み大きくへこませて、腰をひねり拳に力を伝達させると、思い切りパンチをした。
「ぐぅっ! なんつー重いパンチだ」
「といやといや」
美羽のパンチの威力に耐えきれず、後ろに身体を押されて勝利が苦悶の表情となる。防がれたので、左手パンチ、また右ぱーんち!
「いってぇぇ、ちょ、た、たんまたんま!」
クロスした腕の上から気にせずにパンチ。魔導鎧の小手にヒビが入り、腕の骨が軋む音がする。
「待つよ。で、みーちゃんの話も聞いて。あの神無月は敵だよ。皆を騙していた張本人」
拳を収めて、勝利に告げる。こちらの力を知ることができたのだ。話し合いで終われるかな?
「いや、明らかに操られているって。仕方ねぇ、力ずくで止めてやる!」
クロスした腕を解いて、勝利がタックルをしようとしてくるので、ため息を吐く。駄目か、こいつ自分の考えに、いや、原作に引きずられているな。
まぁ、止められないとは思うけど。
「ほい」
両腕を広げて胸を張る。こいつの行動、言動から相手ではないことはわかってる。
「え? えぇと、躱したりは?」
「抱きしめたら浮気だね!」
激戦を予想して戸惑う勝利がタックルをやめて立ち止まる。なので、ニコリと無邪気な笑みで答えてあげる。
「ひ、卑怯だろ! そうやって冷静に対応されると」
「勢いでみーちゃんの胸を触ることができなくなる?」
「そ、そそそうじゃ」
顔を赤らめて後退る勝利。女子との戦闘はこれでは無理だな。男女平等で相手をしないとね。
かっこよいバトルシーンを予想していたんだろうが、無駄な力は使いたくない。それに勝利を狙う三人の少女が待っているようだし。モテモテだね。
「アハハハ、隙ありっ!」
火傷で皮膚がケロイド状となり、切り裂かれて血だらけのゾンビのような姿となっている神無月が立ち上がり、手をかざしてくる。
だが、この距離だと対応可能だ。神無月と勝利の間合いを常に測っていたんだから大丈夫。神気の剣にて……。
『閃光』
「なぬっ!」
なぜか勝利の身体が黄金に光り、眩い閃光が輝く。目が焼かれて、ほんの一瞬だけ視界がホワイトアウトしてしまう。
マジかよ、勝利を遠隔で操れるのか!
「もらったァァ!」
『魂強奪』
その一瞬の隙を逃さずに、神無月は勝利の背中に腕を突き出す。抵抗などないように、神無月の腕は勝利の体内に潜り込んでしまった。
「グアッ! な、なんで? 神無月……?」
「アハハハ、やっぱりアタシが最後に勝つ!」
信じられないと表情を歪める勝利を、嗤いで返してズルリと腕を引き出す。そして、新たに魔法の力を注ぎ込む。
「最後の仕上げは終わりだかんね! 見なさいチビガキ!」
『生贄』
「ぐぅぉぉぉ」
勝利の身体が真紅から、黄金へと変わると膨れ上がっていく。
「勝利さんっ!」
視力が回復し、勝利の様子を見て悲鳴をあげる聖奈。闇夜たちもなにが起こったのかと、目を見張っている。
「さあっ、『転生者の魂』よ。次元を開く鍵となれ! 門は開き、アタシは力を取り戻すっ! アハハハ」
『次元の鍵』
「そ、そんな僕が………」
その言葉を最後に、勝利の身体は光の柱となり、天へと昇っていった。俺を巻き込んでこの世界に来ようとした転生者である勝利の哀れなる最期であった。
光の柱はグングンと天へと昇っていくと、その先端が鍵の形となる。そして、空中で次元の狭間に潜り込むと、カチリと音を立てて回る。
「開けっ、次元の扉っ!」
世界にヒビが入る。ピシリピシリとヒビは広がっていき、壊れた空間から虚空が覗く。そして、虚空の先にある灰色の世界も見えてきた。
「『ニブルヘイム』に残せし、アタシの力。女神『ヘルヘイム』の神力よ。この身に戻りなさい!」
神無月の叫びに応えるように、次元のヒビから、灰色の世界から膨大な瘴気が流れ込んできた。禍々しい紫色の瘴気は両手を広げて哄笑する神無月へと降りてくる。
その瘴気をまるで掃除機のように神無月は吸収していき、火傷でケロイド状となった皮膚は回復して、艷やかな傷一つない肌へと戻っていく。
焼け焦げていた髪は滑らかさをもつ美しい髪になり、砕けた魔導鎧も巻き戻されるようにピカピカの黄金の鎧になった。
全ての瘴気を吸い込み終わり、神無月は首をコキリと鳴らして、手を開閉し自分の力を確認する。
「どうやら、全ての力を取り戻せたようですね。プククク、アハハハ。やっぱりザーコザーコ。まさか次元の扉を開かれるとは思ってなかったでしょ? 女神の力を取り戻されるとは思ってなかったでしょ?」
知ってたよと、内心でため息をつきながら空を仰ぐ。虚空が広がり完全に次元の扉は解放されている。冷たき風が吹き込んできて、灰がチラチラと雪のように降ってきている。
今まで読んできた小説やアニメの主人公、魔王とかを復活される前に、さっさと敵を倒せよとか文句を言ってごめん。
防げないことってあるんだな。一つ賢くなりました。
莫大な神力をその身に戻した神無月は余裕の表情だ。そりゃそうだろう。さっきまでが砂粒程度の力だとすると、今は大海のように大きい力を内包している。
「アンタはほんとーに、アタシをボロボロにしてくれたからねぇ〜。魂にして永遠に苦痛の世界を与えてあげるぅ! アハハハ」
『魂強奪』
神無月の身体がかききえると、なぜか身体を貫かれていた。神域の力だ。美羽程度の力では対抗することもできない神の力。認識できない世界を移動してきたのだ。
「これで終わり! アハハハハ」
「あぁ……終わりだな」
神無月よ。たしかに終わりだよ。お前の言うことは合っている。
酷薄な笑みを浮かべて、鷹野美羽は身体を貫いている神無月へと告げるのであった。




