37話 現代の奴隷なんだぞっと
ダンジョンは厄災であり、豊穣の物でもある。数多くの魔物を生み出し、多くの人間を殺していった。厄災という名に相応しい。
だが、ダンジョンは豊穣の物でもある。
それはなぜか? 理由はいくつかある。
一つ目は各国はダンジョンの対応に追われて、本格的な戦争にはなかなかならないからだ。現代において、全面戦争などをすれば、その合間にダンジョンは増え続けて、多くの魔物が徘徊し、人の住めない場所、もしくは多大なる損害を出して、駆逐しなければならなくなるからだ。
過去においては、大陸統一を目指したりしても、所詮、剣と魔法での戦い。少ない魔法使いがぶつかり合う代理戦争のようなものだった。
しかし、産業革命以降は、一般人も銃を持ち、戦場に使うこととなった。多くの人々が死に、その空白を狙い撃つかのように、かなりの地域が魔物に支配されてしまい、莫大な損失を出した第一次世界大戦後、人類はお互いの全面戦争の愚を悟った。
そうして、平和とはいかないが、再び昔の世界。魔法使い同士の代理戦争で戦争を終えて、ダメージができるだけ少ない形での決着をつけるようになった。
2つ目は、魔物の存在による魔法使いたちの支配。これは人々の国内での無駄な争いが少なくなったことにより、政権が変わるたびに政策が変更されるなどということが少なくなったためだ。少なくとも毎年政権が変わるたびに、政策がコロコロと変わるといったことはなくなった。それが良いか悪いかはわからない。だが、今のところは天秤は良い方へと傾いている。
3つ目は言わずもがな、魔物の素材だ。特に魔石は万能のエネルギーとして活用されている。電気、ガス、水、エトセトラエトセトラ。小さい機械から、大型の重機まで。小さな家から、遥かな高みを目指す高層ビルまで。
魔物の素材もそうだ。セメントに混ぜると、硬度が高まる。田畑に撒くと連作障害がなくなる。飛行機の墜落を防ぐ特殊な魔物の羽もあれば、海路を進む際に水の抵抗を減らして移動を速くする魔物の鱗などなど。
世界は魔物により、多くの人々を殺されている。しかしながら、それ以上にダンジョンの存在、魔物の力と素材で、大きく繁栄していた。
日本魔導帝国も、その繁栄を享受している。2億人という人口がその証明だ。子供が多く産まれて、今なお発展している。廃村など存在せず、高齢化社会などない。産まれる子供の方が多いからだ。
そして、繁栄の光が強ければ強いほど、その影は濃く、そして底なし沼のような腐臭を発していた。
国に秘密でダンジョンを管理しているスラム街の集団のように。
「おら、さっさと歩けよ、こらぁっ!」
蒲鉾型の倉庫の中で、中年の男が鎖を握って、怒鳴っていた。怒鳴る相手は子供たちだ。12歳から5歳ぐらいまで。歳はバラバラだが、受けている待遇は同じだ。
皆は古着というのもおこがましい、汚くほつれや穴だらけのボロを纏い、鎖の付いた鉄の首輪を嵌められて、その鎖を男に引っ張られていた。
チャラリチャラリと、半分錆びている鎖を鳴らし、恐怖を与えるために怒鳴り散らす。子供たちが、体を寄せ合って、ぶるぶると震えるのを見て、ニヤニヤと口元を愉悦で歪ませる。
時折、繋がれた鎖をわざと引っ張り、転倒する子供を見て、日頃の鬱憤を晴らす。見るからに性格の悪い男であった。
「あ〜、お前らはみかんです。自身が腐る前に、客に買ってもらわなければなりません」
ぼっかりと開くダンジョンの入口に連れていき、男は真面目ぶった顔で、急に話し始める。周りの仲間たちは、またやってるよと、ニヤニヤ笑いをして、野次を飛ばす者もいた。
子供たちは、恐怖に震えて、男が何を言うのか見つめる。男は子供たちの注目が自分に集まっていると、優越感を覚えて、偉そうに演じながら口を開く。
「まず、君らの立場を教えておいてやる。君たちは冒険者だ。その歳で冒険者になれたエリートたちだ。うちの経営する冒険者ギルドの栄えある冒険者となった」
無論、冒険者ギルドなどではないが、男はそう語ると、鎖を床に叩く。
「おら、嬉しいだろ! 拍手しろ、拍手!」
「は、はいっ!」
「は、拍手……」
「や、やったぁ」
凄む男の顔を見て、慌てて子供たちは泣きそうになりながら拍手をする。パラパラとまばらに拍手が起こり、つまらなそうに男はフンと鼻を鳴らす。
「君たち、栄えある冒険者はぁ〜、これからダンジョンに入ってもらいます。武器はこれでぇす」
男のアイコンタクトに、部下たちがベルトを持ってくる。そうして子供たちの腰へと縛るようにつけ始めた。
「あ、あの、これは?」
一番年長の少年が手をあげて、おずおずと恐怖をこらえて尋ねる。男はその質問に怒ることなく、ニヤリと笑い人差し指を立てる。
「それはぁ、猛毒のベノムバイパーの毒です。君たちは、その毒を使い、このダンジョンの奥地にいるミスリル食いを倒してもらいまぁぁす」
いちいち演技ぶった男へと、少年は怪訝な顔でさらに尋ねる。腰に取り付けられており、毒針は外そうにも外せないよう見えるからだ。投げつけるにしても、ベルトがきつすぎる。
だが、少年の疑問は最悪の形で答えられた。
「お前らが食べられるんだよ。体内からなら、ミスリル食いもダメージが入る。ふらふらとなったところを俺らが倒すって、寸法だ」
「え………」
一瞬、何を言っているのか、少年たちは理解できなかった。だが、男のニヤニヤと嗤う醜悪な顔を見て、冗談ではないと悟り、顔を青褪めさせる。
「そんな! 僕たち死んじゃいます!」
「だろうなぁ、死ぬだろうなっ!」
「いだっ」
少年は男に詰め寄ろうとするが、サッカーボールのように蹴り飛ばされて、コンクリートの床を擦りながら転がっていく。
その様子を笑い飛ばし、男は話を続ける。
「そこで、さっきの話に戻るぞぉ。何とか生き残るには、客に買われなくてはいけない。腐った蜜柑になるからなぁ。抜け出すには何をすれば良いかわかるかぁ?」
子供たちを見渡すと、男はニタリと嘲笑い、最悪な方法を告げる。
「他の奴らを犠牲にしな。俺たちのマナも無限じゃねぇ。ある程度の数を倒せば、帰還する。そうすりゃ、生き残りは助かるわけだ」
悪魔の選択を男はまだ年端もいかない子供たちに告げる。その顔には罪悪感などなく、愉しそうな顔だけがあった。
もちろん、嘘である。男たちは子供たち全員を使い潰すまで帰還する予定はない。子供たちが醜く争い、その果てには絶望だけしか残っていないと気づいた時の顔を見たくて仕方ないのだ。
悪魔もかくやという、性格の悪い男であった。なおも追い詰めるように、男は言葉を重ねる。
「確実なのが、『マナ』に目覚めることだ。『マナ』に目覚め、魔物を一発で倒す! そうなれば俺らの仲間だ! 俺も『マナ』に目覚めて、魔物を一発でぶち倒して、今やここの主任だ。金にも女にも困らねえ。お前らもそうなれば良いんだ」
希望をもたせるように言うが、嘘だ。男は貴族の出であり、実家からあまりの放蕩ぶりに勘当を食らったが、それでも魔法使いであった。その力で、このスラム街で成り上がっているのだ。
そして、目の前の子供たちが『マナ』に目覚める可能性が欠片もないことも知っている。子供たちは貧民たちから借金の形や、買い付けで手にいれた生粋の平民たちだからだ。大人たちでは大きすぎて、ミスリル食いに丸呑みにされない。
ミスリル食いに丸呑みにされる寸前まで、『マナ』に目覚めようと奮闘する愚かな姿を見て、大笑いを男はするつもりであった。
「あ、兄貴……。ちっとばかし可哀相ですぜ。せめて希望なんぞ持たせない方が」
「うるせえ」
弟分が、さすがに哀れに思って、口を挟んでくるので、つまらなそうな顔で、男は軽く手を振った。
『嵐風刃』
「ぎゃぁぁ!」
振った腕から物質化された風の刃がいくつも放たれて、巨大化しギロチンの刃のように変化する。驚く弟分の体をあっさりとスライスして、床へと肉片と変えて転がし殺すのであった。魔力を持たないものは耐性がなく、簡単に斬られてしまう。その証明を弟分は自らの死で見せたのだった。
「俺の楽しみを邪魔するとは、お前何様だぁ? ええっ! ったく、つまらねぇことを口にしやがって。白けちまうじゃねぇかよ」
ごろりと弟分の生首が転がり、肉片からは大量の血が流れて血溜まりが広がっていく。その様子を見ても、気にするどころか、忌々しそうに生首を蹴り飛ばす男。
もはや男の部下も笑うことをやめて、口を噤む。他の魔法使いたちも、その狂気の行動に言葉を失い、佇んでいた。
子供たちは震えて、もはや顔面は蒼白だ。恐怖で震えて、歩けるかも疑わしい。
男はその様子を見て、ほくそ笑む。これだけ恐れられて、実力があるとなれば、上も待遇を良くするはずだ。
裏社会において、力のある危険な男は懐に入れておきたいはず。男はダンジョンの管理人で終わるつもりは、毛頭なかった。
なので、実益を兼ねて、子供たちをいたぶり、そして強さを見せつける。魔力のない弟分など価値などない。自分の点数稼ぎに使えりゃいい。
必要なのは魔法使い。自分がのし上がるためには、真面目ではなく、狂気と死でのし上がろうとしていた。
何より楽しい。この愉悦感は何物にも代えがたいと、男は狂気の顔を見せて嗤う。
「さて、てめえらはこのままエリート冒険者として中に入れ。安心しろ、ミスリル食いが現れるまでは守ってやる。後はお前らの運と力次第だな」
うぅと、身体を丸めて恐怖から動けない子供もいるが、気にせずに男は鎖を力を込めて引っ張る。子供たちが、身体強化された男の腕力に引きずられていく。
「大丈夫だ。ここから一攫千金の未来。夢の道がお前らには待っているんだ。喜んで進めや」
子供たちの泣き声を、心地よい歌だと笑いながら男はダンジョンの入り口に足を踏み入れようとして
「てめぇが行け」
思い切り、背中に強い衝撃を受け、吹き飛ぶように床を勢いよく転がる。
「な、なんだ? なにが起こった? て、てめぇ、なにもんだ?」
慌てて痛みに耐えて男は立ち上がると、そこには蹴り足を出したままのローブ姿の者がいた。顔はフードをかぶり、布のマスクとサングラスをかけておりわからないが、子供のように背は小さい。
「なんだ、じゃねぇ。ここまで性根が腐っている奴は初めてだぜ」
怒りに震える声は、美しい鈴の音のようで、少女の声だとわかる。少女は怒りに震えて怒りの空気を醸し出していた。
「やれやれ。気が早いのではないか?」
その横にはみすぼらしい老人がいつの間にか現れて、おかしそうに笑っていた。
「他のシマのもんだな? 俺らを知っていやがるのか?」
明らかにこの二人は魔法使いだと、警戒しながら男はマナを体内から呼び起こし、服へと巡らせる。マナが流れて、服が変形して、鎖帷子のようになり、マナの青白いオーラを纏わせる。
「しらね。お前ら、なんなん? スラム街の主か?」
「はっ! 鉄砲玉なら知らねーだろうなぁ。俺達は『キマイラ』よ! ここらへんを牛耳る泣く子も黙る集団だ! 俺は山羊頭よ!」
「『キマイラ』ねぇ。それじゃ、魔物だな。決定、さっさと倒しておくか」
「面白え、やってみな!」
山羊頭と名乗る男は功績を上げるかと、自らのマナを活性化させるのであった。




