367話 神無月と戦うんだぞっと
お兄ちゃんお兄ちゃんと、シンに懐いていた可愛らしい義妹は存在していなかったらしい。今、近づいてくる少女は実に性格の悪そうな少女だ。
「まぁ、兄に懐く義妹なんて幻想だよなっ!」
美羽は身体を前傾にすると甲板を蹴る。ユグドラモスマンと仲間の激戦は気にしない。仲間を信じているからな。
「えぇ〜。お兄ちゃんは大好きだよ〜? 見てよこのかっこいい姿。惚れ惚れしちゃうでしょ? アハハハ、プププ、見てよ、あの虫に変化した姿。アハハハ。本当に小説の主人公じゃない? ある日虫になっちゃった主人公〜」
黄金の翼を広げて、神無月は小馬鹿にした嗤いを見せて、高速で接近してくる。
「皮肉めいているな。座布団は何枚欲しいんだ、本当の原作者さん?」
「あたしぃ、落語は見ないんだぁ。趣味じゃないの」
「それじゃ、時そばをお勧めするぜっ!」
神気の剣を構えて、神無月へと接近する。空が暗くなるほどの高空だが、魔法により守られているため、まったく身体に影響はない。
「てい!」
「アハハハ!」
ガキィンと金属音が響き、二人の剣が交差する。美羽と神無月がぶつかり合い、空中で鍔迫り合いをする。白金のオーラと黄金のオーラがせめぎあい、お互いの莫大な力により、空気が震えはじめた。
黄金のオーラに包まれながら、神無月は美羽へと馬鹿にする笑みを見せる。
「でも、私の感動的な小説はどうだったかな? シンお兄ちゃんのハーレム成り上がり戦記。とっても面白かったでしょう?」
「そうだな。作者からはたくさんの裏設定を聞かされて、驚いたよ!」
歪んだ笑みを浮かべる神無月へと、へへんと好戦的な笑みで返して、神気の剣を振るう。
美羽の腕がぶれて、白金の軌跡が奔り神無月に斬りかかる。対して神無月も刀を振るい、高速の剣撃にて対抗する。
キキキィンと金属音が連続で響き、火花が散る中で、神無月は口を開く。
「貴女も『魔導の夜』の大ファンだったんでしょ? ワクワクしたんでしょ。この世界に来たいと強く願うぐらいに。アハハハ」
「なるほどな。ここに来る条件は『魔導の夜』の大ファンと強き魂が条件だったのか」
「そのとおりっ! 鈍感主人公の俺つえぇぇハーレム物語楽しんでもらえたでしょ?」
ガンガンと切り合いながら、空中を高速で移動する。風の轟々となる音が耳元で響く中で、なぜ神無月が多元世界へとこの世界の歴史を伝えたのか理由がようやくわかった。
勝利は2つの条件を満たした魂だったのか。人の願いは世界を超える。神をも超える唯一の能力だ。
その力を神無月は利用したというわけ。
「たしかに面白い話だったぜ。驚いたもんだ!」
「でしょ? アタシって小説家の才能あるよね〜」
得意げに刀を構えて、神無月は突きを繰り出してくる。瞬時に間合いを詰めてくるが、その動きは見えているんだ。
半身をずらして、神無月の突きを躱しながら脇腹に柄を叩き込む。
「グッ」
「俺が驚いたのは」
同じ箇所に左フックを叩き込む。
「ガッ」
「作者と直接話して」
身体を傾けると右膝を打ち込む。
「まったく、作品に愛着を持っていないところだった!」
左脚を撓らせて、くの字に折れて下がった神無月の顎に下から突き上げて喰らわせる。
「コハッ」
「てりゃぁー!」
両脚を揃えると、トドメのドロップキックを放つ。
「ゲハァッ」
くるくると身体を回転させて、風圧を破りながら、途上にいたユグドラモスマンたちを跳ね飛ばし、神無月は吹き飛んでいった。
俺は前世はゲームプログラマーだった。いや、プロデューサーといったほうが良いかもしれないが、小さな会社だったから、兼務をしていたのでプログラマーでもある。
小さなゲーム会社で、ドット絵の古臭い格安ゲームをインディーズで出して稼いでいた会社だ。
だが、なぜか『魔導の夜』の作者はうちを選んだ。なぜかというと……。
金のためだ。作者は『魔導の夜』にまったく愛着を持っていなかったのだ。単なる金稼ぎの手段。
多少なりとも愛着を持つのが作者というものと思っていたので、驚いて話を聞いて理解した。作者は小説を書いたこともなかったらしい。
天啓のごとく、預言者のように、唐突に『魔導の夜』が執筆できたそうな。
自分が考えた作品ではないのだから、愛着を持たないのは当たり前であった。
そして、うちにゲーム化の話を持ってきた理由もわかった。
原作ガン無視で良いから、とにかく売れるゲームを作ってほしいとのことだったのだ。
裏設定資料も俺に渡しながら、作者でありながら作者ではない者は、上手く金を稼げる俺に白羽の矢を立てたそうな。
大手では無理だったからな。ドラゴンファンタジー転生のアトリエと呼ばれる最高のゲームを作るのは。課金コンテンツもたくさんあり、たっぷりと稼げたものだ。
これまでで一番稼げました。なので『魔導の夜』には感謝しかないけど……。
大ファンって、そういう理由でも良いのかよ。
神無月に条件付けの内容を尋ねたいところだ。ゲーム化に際して、10巻以降は仕事が忙しくて読むの止めたのにね……。それでも大ファンなのかな?
「こ、このクソガキッ! ザコのくせにアタシの顎を砕くなんて、ザコのくせにっ!」
空中でブレーキをかけて止まった神無月が、顎からダラダラと血を流して、憎々しげに美羽を睨んでくる。先程までの小動物のような愛らしさはもはや欠片も見えない。
「お前の定義を聞きたいところだなっ!」
神気の剣を振り上げて、追撃を仕掛けようとする。だが、魔法の反応を感じて、横にスライドするようにずれる。
『吸血口吻』
先程までいた場所に槍のように、ユグドラモスマンの口吻が通りすぎてゆく。
「おっとっと」
『縮地法』
空を蹴ると高速で回避行動に移る。四方から口吻が伸びてきて、美羽を突き刺そうと襲いかかってきた。ユグドラモスマンたちが包囲してきたのだ。
でもその攻撃は遅くて、直線的すぎるぜ。
だから、瞬間移動のように高速で移動して、全ての攻撃を躱していく。
「てや」
神気の剣を蛇腹状に変えると、シャラリと鳴らして切り払う。ユグドラモスマンは翅を羽ばたかせて回避行動に移るが、その動きは遅すぎる。
ザンッとユグドラモスマンを一撃で切断する。切断された仲間を気にすることなく、周囲のユグドラモスマンたちは手を向けてきた。
『烈火光線』
その手からは灼熱の光線が放たれて、美羽を倒そうと襲いかかってくる。包囲されているために、十字砲火よりも酷い。
「でも数だけだっ! 当たると思わないでね!」
全ての烈火の光線の軌道を読んで、音の速さで空を飛行する。薙ぎ払うように光線は追いかけてきて、灼熱の魔法が肉薄してくるが、怯まない。
「シューティングゲームはデバッグするほど得意なんだ!」
鷹のように空を飛び、無数の光線をぎりぎりで回避しながら、神気の剣を振るっていく。鞭のように撓りながら、風切り音をたててユグドラモスマンたちを倒していく。
「数が違う、力が違うのわからないかなぁ? 全てがアタシの方が上なんだよね!」
ユグドラモスマンたちを倒している隙に、体勢を立て直し身体を癒やした神無月が哄笑する。その隙を狙って、『ヴァルキュリア』たちが槍を構えて突進していく。
だが、神無月は魔導鎧に搭載されている翼を大きく展開すると、高速機動に移った。『ヴァルキュリア』の横を刀を振るいながら通り過ぎていき、機械の胴体を上下に分断する。
黄金の粒子を後に残して飛ぶ神無月を『ヴァルキュリア』たちは追いかけるが、追撃してくる姿を確認して神無月は手を向ける。
『獄炎蔦』
漆黒の焔を宿す蔦が掌から生み出されて、追いかけてくる『ヴァルキュリア』たちに向かう。『ヴァルキュリア』たちは焔を防ごうと、盾を構えて防御をしようとする。
だが生み出された時にはたった一本であった蔦は成長するように、棘が生えて蔦へと変わり、みるみるうちに空を埋め尽くすと、『ヴァルキュリア』たちを漆黒の焔で作られた蔦で捕えてしまう。
漆黒の焔は『ヴァルキュリア』たちを締め上げると、その焔で装甲を溶かし潰してしまうのであった。
「アハハハ。見た? みーた? ザコ、ザーコ。数も質も負けているなんて、可哀想。よーちよちよち、可哀想でしゅね〜、胸のないオチビちゃん」
『ヴァルキュリア』たちが爆発するのを背に、神無月は美羽を嘲笑う。
少しカチンときたぜ。
「みーちゃんは成長期! そして、ザコかどうかは戦闘で確かめてみろ!」
ドンと後に突風を残して、美羽は神無月へと向かう。またもやユグドラモスマンたちが立ちはだかるが、気にしない。
か細い腕をていやと振るい、神気の剣を撓らせる。
「てーい」
『神気帝龍剣』
神気の剣から、美羽の魔法の力が迸ると、世界を切り裂くかのように踊り狂う。白金に剣身を輝かせて、障害となるユグドラモスマンたちを一気に殲滅させていく。
「ザ、ザーコ!」
数十数百のユグドラモスマンたちが、抵抗することもできずに倒されていく光景を見て、神無月は僅かに顔を引きつらせると、身体を翻して背を見せる。
「チッ。脳筋なんだからっ!」
神無月は空を高速で飛び、美羽との間合いを離そうとしてくる。怖くなったのかな? ……まぁ、違うよな。
「頭脳を使った戦闘を見せてあげる。眷属の差が力の差ぁっ!」
空に展開しているユグドラシルバグの中でも一際巨大なものへと神無月は飛んでいく。
500メートルはあるだろう。シンの顔が前面についている不気味なる毛虫型戦艦だ。
ここで間合いをとって、慎重に攻撃しても良いけど……。喧嘩を売られたんだから、買わないといけないよな。
神無月を追いかけるべく、さらに飛行速度を上げていく。
「畏れを知らず、敬うことも忘れた残念人間め!」
『生贄』
『生命消費』
ユグドラシルバグの後ろへと移動しながら、神無月は強化魔法らしきものを使う。その巨体が黄金に輝き、ユグドラシルバグの目が大きくクワッと見開かれる。
『暴風腐食棘』
身体に生やす繊毛に魔法の力を宿らせて、どす黒い棘へと変える。ユグドラシルバグは一斉に棘を発射する。豪雨のように棘は飛ぶと美羽へと向かってきた。
「数撃ちゃ当たる戦法が頭脳戦かよ!」
神無月へと向かう速度は落とさずに、周りをちらりと確認して、むふんと笑う。
「迎撃ミサイルは充分にあるんだよね! といやー」
『螺旋捕縛陣』
新体操のリボンのようにくるくると回すと、大きく手を振るう。そして、包囲してくるユグドラモスマンたちを絡めとると、といやと気合を入れて神気の剣を掴む。
『石火』
襲いくる棘の豪雨へと、ユグドラモスマンを投擲した。投擲したユグドラモスマンは、棘にぶつかるとドロリと溶けていき、爆発するのであった。




