366話 一隻でも艦隊戦なんだぞっと
天空城の周囲にいる虫は毛虫のようだった。翅もないのに空に浮いており、体にはびっしりと繊毛が生えており、まるで戦艦のように巨大だ。その大きさは全長500メートルから50メートルクラスと様々である。
戦艦の周りには、蛾の化け物モスマンのような人型の虫が飛んでいた。茶色の翅からは紫色の鱗粉を撒き散らし、触手のように長い口吻が顔にはついている。
わらわらとまるで黄金樹に群がるような無数の虫たちは気持ち悪さしか感じない。
「ウゲェ………。なんだあの虫についている顔……」
視力強化で敵の姿を見た勝利が気持ち悪そうに舌を出している。まぁ、たしかに不気味にして怖気を催す顔だ。
「全部……神無シンの顔をしてます……。あれが末路ですか」
聖奈も顔を顰めて、嫌悪感を丸出しにして虫を見た感想を言う。
なぜなら全ての虫の顔はシンだったからだ。感情のない無機質な能面のような顔だが、それは紛れもなく原作の主人公であった。
カァカァとムニンとフギンが鳴くと、敵の解析をしてくれる。
『解析不可』
おっと、さすがは神の眷属。カラスの解析が通じないか。だが、それは予想済みだ。
『イベント:鷹野美羽の力を見せよう』
『了解だ。これまで手に入れた力を見せるとしようぜ』
『えいえいおー!』
元気の良い返答を聞いて、フフッと笑みを浮かべて体内に眠る始源の力を外へと放出する。身体が軋み、視界が歪む。自分を維持するエネルギーがごっそりと減っていく。
だが、問題はない。そのために力を溜め込んでいたのだ。
凶暴なる猛禽のようなぴよぴよな表情へと変えて、美羽の身体が白金に光り始める。世界へと白金の粒子を広げながら、ニヤリと笑う。
「神域を展開しちゃうよ!」
『みーちゃんの神域展開』
パアッと白金の粒子が一層輝くと、波紋のように拡がっていく。その光は周囲へと拡がっていき、黄金樹までをも呑み込んでいった。
そして、ピコンと新たなる表示が宙に浮かぶ。
『新種族:ユグドラシルバグ(戦艦タイプ):レベル132』
『新種族:ユグドラモスマン:レベル129』
「俺のゲームの世界にようこそ。たっぷりと楽しんでくれ!」
どうやら神域展開は成功したらしい。美羽の力が敵の理を突き破ったのだ。そのためにゲームの力が通用する。
それにしても、なんとまぁ、最終決戦に相応しい敵だこと。ゲームであるあるだよね。弱点もないとは面倒くさい敵である。
「ウォォぉぉん」
歪なる不気味な声をユグドラシルバグ戦艦型があげる。周囲の空間が歪み、放電が遠目にも確認できる。
「レディ。始まりの合図だよ!」
美羽へと振り返って、パプゥとヘイムダルがギャラルモニカを鳴らす。
「オーケーだ。ぽよりん艦砲射撃を開始しろっ!」
「ぽよー!」
アースガルドの戦艦砲が黄金樹を狙うと、砲口がダイヤモンドの輝きを放ち始める。
『ダイヤモンドカノン』
3連装の戦艦砲が火を吹き、莫大なエネルギーを内包する純白の光線が黄金樹へと撃たれる。その光は途上で膨れ上がり、まるで天を支える柱のように巨大化する。
「ウォォぉぉん」
『黄金の息吹』
対して敵も合わせたように、その口から黄金の息吹を放つ。巨大な艦体を持つユグドラシルバグから放たれる息吹は数十メートルはある大きさだ。
しかも、敵は全機が一斉に発射をしてきて、その光は空を埋め尽くす流星群のようだった。
ダイヤモンドの身体を持つぽよりんと、耐久性だけは高いアースガルドでも、その攻撃を受けたら爆沈することは確実だが、美羽は慌てない。
「フレイヤッ!」
「わかりました。趣に欠ける攻撃はつまらないですからね」
すぅっと目を細めて戦闘モードに変わったフレイヤが戦艦の前に飛ぶと、盾を構える。
『全機防御体勢』
フレイヤの思念に従い、呼び出した機械型の魔物『ヴァルキュリア』が整列する。
「では、ファーストアタックは私が貰えるようですね」
『逆風の盾』
フレイヤの盾が僅かに輝くと、そよ風が盾を覆う。『ヴァルキュリア』たちもフレイヤの動きをトレースしたかのように、同じように盾を構える。
まるで大河の流れのように黄金の奔流が迫ってきたが、まったく動揺することもなく、平静を保ちフレイヤは息吹を受け止める。
受け止めた盾が光り輝き、放電がフレイヤの顔を照らす。少しずつフレイヤの身体が押されていくが、口元が僅かに微笑みへと変わる。
「息吹とか言うから、返されるんです。こんなふうに!」
自らの魔法の力をさらに盾に注ぎ込むと、フレイヤは大きく盾を押し付ける。『ヴァルキュリア』たちも同様に盾を押し付けて……。
「ファーストアタック!」
全ての黄金の息吹を弾き返した。奔流は流れを変えて、うねりを作り敵へと向かう。
黄金の奔流は荒れ狂う大蛇のように敵へと襲いかかると、モスマンを呑み込み戦艦を焼き尽くしていく。
無数の戦艦型のユグドラシルバグが爆発していき、空は花が咲くように光で瞬く。
『逆風の盾』で、息吹を全て跳ね返したのだ。
「では、そろそろ戦闘を楽しみましょう」
フレイヤは楽しそうに目を輝かせると、『ヴァルキュリア』と共に、残った敵へと向かっていく。
戦闘狂を止めるのはもう無理だろうね。
「とはいえ、よくもまぁ、あれだけの『ヴァルキュリア』を育てたなぁ」
フレイヤの後に続く『ヴァルキュリア』。流線型の魔導鎧を着込んだ女性型機械人形だ。騎士槍と盾を装備して、背中に生やした金属製の翼を広げて飛んでいく。
機械型魔物『ヴァルキュリア』は、課金して手に入るレシピで創る神造魔物だ。最初はただのマネキンなのだが、レベルを上げていくごとに進化してその姿を変えていく。
しかも進化にはパターンがあり、あそこまで育てるのには膨大な素材とレベル上げが必要だったんだけどね。
課金の中でも結構売れたコンテンツだと覚えてる。フレイヤは実はヘイムダルと同様に働いていないからな……ずっとダンジョンに籠もってたな。
ユグドラモスマンと接敵をして、戦闘を開始するフレイヤを横目に、ダイヤモンドカノンの戦果を確認するべく視線を黄金樹へと移す。
「だめかぁ……予想通りだけど」
ダイヤモンドカノンは、途上にいた戦艦やユグドラモスマンは消滅させたが、黄金樹には効かなかったらしい。
敵の残骸が浮く中で、焦げ跡一つない。
「お嬢。空間になにか巨大なものがいるようだぞ」
「だね。なにか見えないものに当たって、カノンが阻まれたようだよ」
スレイプニルに乗ったオーディーンが片目を細めて、忌々しそうに言う。
まぁ、だいたい想像はつくよ。今回は影ではないらしい。
黄金樹の周囲の空間が蜃気楼のように歪む。何かが蠢き……その姿を現した。
「ヨルムンガンドか。アヤツを喚び出すとはどうやら敵はヘルヘイムで間違いないらしい」
「どうかなぁ。ヘルヘイムは滅ぼした。だからこそ変なんだけどね」
それは黄金樹を悠々とその信じられない大きさの胴体で囲んでとぐろを巻いている大蛇だった。
ヨルムンガンドだ。こちらへと爬虫類の縦の目を向けて、ちろりと舌を出してみせた。
「でも、不完全だ。神を降臨させるには鍵が足りないからね」
「それはこちらもだ。しかし、せっかく出てきたのだ。『終末の日』の再戦といこう。トールの代わりをしてやろう」
オーディーンもフレイヤと同じく楽しげに髭に覆われた口元に笑みを浮かべると、スレイプニルの胴を軽く叩き、空を駆けてゆく。
皆、戦いたがり屋だよね。まったくもぉ。
でも、美羽もワクワクしているから、同類か。
ふぅと息を吐くと、構えをとる。そろそろ美羽も戦闘のお時間だ。
『戦う』
コマンドを入力すると、万能感が身体を支配していき、圧倒的な力が身体に宿る。
「フリッグ、ヘイムダル!」
でも、いきなりは攻撃しない。バトルの最初は準備が必要なんだ。
美羽の鋭い声に二人は頷き返す。
「ふふっ、了解よ、お嬢様」
『極大範囲全能力超向上』
妖艶なる笑みでフリッグが片手を空に突き上げると、魔法陣を天に描く。白銀の魔法陣が空を覆うかのように描かれると、陽射しのような光が皆に降り注ぐ。
「僕の真骨頂といこうか!」
『極大範囲神歌』
ヘイムダルがパプゥとギャラルモニカを鳴らす。ギャラルモニカから神秘的な純白の波動が生まれると、周囲へと広がっていった。
両方とも、全てのステータスを跳ね上げる魔法だ。しかも支援魔法と支援呪歌だから、重複可能。
「最後はみーちゃんだね!」
素早く荒っぽい俺の意識を沈めると、甲板に手を付けて、ふんふんと鼻を鳴らすと、ころりと転がり、すぐに立ち上がってステップを踏んでダンシング。
小柄な身体を揺らして、お尻をふりふりダンシング。可愛らしいみーちゃんスマイルで踊っちゃう。
『極大範囲神の舞』
見た目は何もなかったが、皆の力が膨れ上がる。支援魔法と呪歌、そして舞はその効果を重複できるんだ。
全てが重複すれば、皆のステータスは2.5倍へと跳ね上がる。これで闇夜たちも戦闘可能となる。
そして極大範囲なので、戦闘終了までこの効果は続く。有利に戦闘できる。
なんで意識を変えたかというと、舞は俺の意識が大きいと発動しない可能性があるからね! たぶん幼女の理が許さないんだと思います。
俺の意識を表層に戻すと、素早く指示を出す。
「アリさん! スキルだ!」
「チチチチ」
なぜか白銀の仮面をかぶって、胸に『ばった』と書いた名札を付けているアリさんが、盾を構えて船首に立つ。たぶん身バレしないためにしたんだろう。
『聖騎士の誇り』
戦艦を守るべくアリさんがスキルを使用する。フレイヤが戦場に向かったので、タンク役はよろしく。
「せーちゃん。皆の回復よろしく!」
「わ、わかりました!」
聖奈がキリッと顔を引き締めて、杖を構えて凛々しく答える。頼もしい回復役がいるから、安心だ。
オーディーンたちが戦闘を開始して、爆発と爆炎、閃光が瞬き、爆煙が空に生まれる。
「ウォォぉぉん」
爆煙の中からユグドラモスマンたちが、地獄の底から響かせるような怖気を震わせる鳴き声をあげて、抜け出てくる。
「迎撃開始っ!」
まるで蝗害のように無数のユグドラモスマンが向かってくるので、裂帛の声をあげて指示を出す。
「皆、迎撃を開始せよ! 我らが力を見せるのだ!」
「了解です!」
エウノーが皆を鼓舞し、闇夜たちが迎撃するべく武器を構え、アースガルドが対空レーザーを撃ち始める。
ハリネズミのように対空レーザーが空を切り裂き、エウノー率いる英霊たちと闇夜たちがユクドラモスマンたちと激しい戦闘を開始する。
「フフフフ、アハハハ、たった一隻で艦隊戦をするつもりなの?」
そして次々に現れるユグドラモスマンの後ろに黄金の粒子を跡に残し、笑いながら少女が姿を現した。
「プププたった一隻とかかわいそう〜。私の勝ちは揺るがない! ズバッと斬ってあげるぅ」
「ラスボスが前線に出てきたのかな。それじゃ、お相手するよ!」
姿を見せたのは、紫色の髪をセミロングにして、小動物のようなか弱さを見せる少女神無月だった。まるで天使のような姿を象った黄金の魔導鎧を着込み、その手には刀を持っている。
随分と自信満々だけど、美羽の力を見ても驚くなよ!




