364話 決戦の地へと向かうんだぞっと
空中戦艦アースガルドは空中に遊弋していた。これから帝都の上空を飛行して目的地まで向かう。
『鷹野女王! 皇帝陛下がお呼びです! すぐにその戦艦を停止させて登城をするように!』
ブリッジ前面の壁は150度モニターとなっており、そのモニターには戦艦を止めるようにヘリが数機展開して、拡声器で怒鳴り散らしている光景が映っていた。
なんだかみーちゃんが怒られているようで、とても嫌です。不思議な柔らかくも、中心が硬い不思議素材の艦長椅子に座り、パタパタと不機嫌に足を揺らす。
タッチパネルに指をつけてマイクをオンにし、艦外へと口を尖らせて告げる。
「みーちゃんは只今東京まで遠足に行く予定です。ちょっとした自家用車といえるよね! だから、邪魔しないでください!」
『馬鹿を言わないでください! どこにそんな戦艦を隠していたのですか! 建造した場所なども含めて話し合いたいと皇帝陛下は仰ってます』
「手持ちの素材で30秒で建造したよ! だから、隠してはいないよね。というわけで話し合いはしゅーりょーしたから、そこを押し通ります!」
マイクをオフにして、ブリッジを見渡す。滑らかな壁と半透明のモニター付きデスクがずらりと並んでいる無駄のない内装だ。
本来は多くのオペレーターが座るはずだけど、座っているのは、フリッグおねーさんとフレイヤだけである。オーディーンは物珍しそうに、壁とかモニターを観察しながら歩き回っていて、ヘイムダルは踊りながらハーモニカを吹いている。
ニムエとガモン、マツたちは座ってよいのかオロオロしており、着ぐるみたちは壁際で所在なげに立っていた。
わかるわかる。席順とか決めておかないと、見知らぬ未来的な椅子には座りたくないよね。なにか壊しちゃったら怖いし。
てきとーに座ってと、ひらひらと手を振って着ぐるみたちに指示を出して、フリッグおねーさんたちに声をかける。
「運転できる人〜?」
「え、えっと乗ったことはありますけど、運転はないです。でも、いつもは見ているだけだったので、ワクワクします」
「残念ね、お嬢様。私も右に同じよ。操艦できる眷属でも創ったらどうかしら? 200人ぐらい作りましょうよ」
フレイヤは嬉しそうにモニターをポチポチと押している。フリッグおねーさんは肩をすくめて、おかきを食べ始めた。
二人とも操艦出来ないことが判明しました。こーゆーのって、オペレーターたちがかっこよくキビキビと動くシーンなんではなかろうか。アリさんは触ろうとしないでね、その前脚じゃタッチパネル壊すでしょ。
「仕方ないなぁ〜。でも、これ以上眷属作ったら大変なことになっちゃうし、時代はエーアイの時代なんだよね!」
人がたくさんいなくても大丈夫。ゲーム仕様の空中戦艦にはオートモードが存在するのだ。
ポチポチっとな。
『オートモードに切り替わりました』
すぐにシステムさんの頼り甲斐のある返答がきて、ムフンとご機嫌みーちゃんです。システムさんに任せておけば大丈夫だろう。
滑るように空中戦艦『アースガルド』が飛行を始める。モニターに映る光景が変わっていき、急降下して地上へと向かい始めた。
「わーっ! 地上に向かってる! 地上に向かってる!」
慣性無効化機能が備わっているので、ブリッジは多少しか傾かないが、ぐんぐん地上が近づいてきて焦って叫ぶ。
ビルに触れるぎりぎりで空中戦艦は体勢を変えて、船首を空に向けて急上昇する。あ、掠ったかな?
ビルに備え付けられている給水タンクがちょっと傾いたけど、後で弁償するからごめんなさい。
『上ボタンって下降ボタンなんだ。んと、下が上昇、左右ボタンが旋回。エーボタンが砲攻撃で、ビーボタンが加速。ブレーキのボタンがないや。失敗失敗』
とんでもないことを口にするシステムさん。え、そんなシステムにしちゃったの? いつのゲームを参考にしたの?
『ねぇねぇ、それいつのコントローラー? いつのコントローラー? 十字キーとボタン2つしかないコントローラーでしょ! なんでブレーキがないの?』
『一番高価なコントローラーを選んだんだけどなぁ』
『それはプレミアがついているから高価なんだよ! 停止する時どうするの?』
『砲攻撃による反動で停止? ピーッて撃てば止まるよ』
『う〜、『完全同期』による弊害が現れちゃった!』
段々とシステムさんがポンコツになっている感じがするよ? こういうのって、ストーリーが進むほどに賢くなって有能な性能になるんじゃないの? なんで反対にポンコツになっているのかな!
「ねぇ、お嬢様? 多くのオペレーターがいるのには意味があるのよ。最終的には人の手が必要となるの」
「それは老人たちの古い考え……ううん、なんでもないです」
いかに自動化を進めても、人の手によるチェックは必要だろと老いたお偉いさんが口にすると答えようとしたけど、お口チャック。みーちゃんは空気を読める子なのだ。フリッグおねーさんの視線がちょっと鋭くなって怖かったです。
『こ、こらっ! 止まりなさい、とまれ〜っ!』
ヘリから怒鳴り散らす声が聞こえてきて、前方をまったく気にしないで『アースガルド』は突き進む。慌ててヘリは旋回して回避行動に移っていった。
『バイバーイ。みーちゃんは自分の領地である東京に向かいます。まったく違法じゃないので、問題ないとこーてーへーかにお伝えください』
マイクをオンにして、ぴぃぴぃとひよこのような可愛らしい声で伝えておく。
空中戦艦は空へとぐんぐん上昇していって、ヘリが追いつけない高度まで到達する。空は薄暗くなり、地上にある帝都はジオラマよりも小さくなり、もはや見ることもできない。
「それじゃ、遠足の目標を映します」
フリッグおねーさんはおかき的な物を食べているし、オーディーンのおじいちゃんは端末を操作して、戦艦の仕様を夢中になって確認している。
ヘイムダルは笛吹よろしくハーモニカを吹きながらタップダンスを踊っており、楽しそうだ。
まったく役に立たないので、最後の頼みの綱であるフレイヤへとうるうると目を潤ませて、視線を向ける。頼むよ、少しはかっこよいシーンを作らせて?
「えっと……ラストストーリーの目標地点。ここをタップして、と」
期待に応えてくれるフレイヤ。タッチパネルを触ってポチリと押下してくれたら、前面モニターが分割されて、目標地点が表示された。
星空が輝くほどに見える薄暗くなっている空に、巨大な黄金の樹が浮遊していた。島を取り込んだのだろう、崩れた建物や島の残骸がへばりついている。
「大気圏ぎりぎりに黄金樹を確認しました。真天空城というやつだと思います。また、真天空城の周囲に魔物を多数確認」
フレイヤが操作してくれて、ピピッと音がすると、拡大される。
なんだか巨大な毛虫に見える魔物がうようよと浮いている。それ以外にも大小様々な虫が真天空城を守るように展開していた。
敵の準備は万端らしいね。そりゃそうか。天空城に侵入する前の艦隊戦はお決まりのテンプレだし。
だけれども、こちらの方も準備は終わっている。
そして、そろそろ真面目になる時間だ。スゥと息を吐くと、意識をカチリと切り替える。
目つきが好戦的な猛禽のように鋭くなり、口角が凶暴そうに釣り上がる。
椅子から降りると、ちっこい手を胸の前で握りしめて真剣な表情へと変える。そろそろみーちゃんから、美羽へと変わる時間だ。
この戦いが終われば……。終わりが来るだろうと少し寂しくなるが、すぐにその思いを振り払う。
「皆、聞いてください! 世界の管理を求めて敵は最後の決戦に挑むつもりのようです。私たちはこの戦いに必ず勝たなくてはいけないから、おかきを食べたり、端末を操作する手を止めてよね! それと、そろそろハーモニカを吹くのを止めて」
真剣に話しているのに、まったく話を聞かない二人がいるよ! 嫌そうな顔をしないで! ヘイムダルはもううるさいから、ギャラルモニカを吹くのを止めて!
猫踏んじゃったが、BGMの最後の決戦はないから!
「あと少し食べたら戦闘準備をするわ、お嬢様」
「この戦艦に使われている魔導技術をもう少し学んだら、戦闘準備をしよう」
「ハーモニカって、ホルンよりもいいねレディ。僕は気に入ったよ」
「まったく統一感がないよっ!」
ペチペチデスクを叩いて、頬をぷっくりと膨らませる。なんだよ、もー。もう少し真面目にしてくれてもいいじゃん。……まぁ、いつも通りか。
「それじゃ、最後の決戦をしまーす。『終末の日』きたれり。今度は負けないようにお願いね?」
発破をかけるのはやーめた。この人たちはやる時はやる人たちだから大丈夫だろ。
「これに負けたら、神々として存在は不可能になるからね。頑張ってよ? たぶん敵の奴隷になるからね? 世界に存在する全てが支配されるのは間違いないんだからね?」
肩を落として、少しがっかりしながらも、とりあえず拳を突き上げる。
「えいえいおー」
まったくやる気のない掛け声でした。ニムエとマツとガモンはちゃんと拳を突き上げてくれる。着ぐるみさんたち10人も空気を読んで拳を突き上げてくれた。
一応最終決戦ぽい空気になったと言えよう。もはやこれ以上は望まないよ。
…………んん? 着ぐるみさんたちが10体? 少し多すぎない?
「素敵な宣言でした、みー様。一生大事にしますわ」
カメラの着ぐるみを着ている人が感動した声をあげてくる。聞き覚えのある声だね? 背中のチャックが開いて、出てきたのは黒髪黒目の美少女闇夜だった。
「にっしっしっ〜。玉藻たちを置いていこうとしてもだめだよ。ダメダメだよ〜」
狐さんの着ぐるみから、悪戯そうな声が聞こえてくる。着ぐるみから、ぴょこりともふもふな本物の狐耳が飛び出ると、着ぐるみがぽふんと煙になり、狐っ娘玉藻が現れた。
「みーちゃん。なにかよくわかりませんが、大変な戦いがあるのでしたらお手伝いします」
狸の着ぐるみが頭を外すと、さらりとした銀髪が流れるように靡く。銀髪赤目の聖女聖奈だ。
「神々? 週末は土日? よ、よくわからないが、神なら僕の出番だな」
かぼちゃ頭の着ぐるみが、かぼちゃ頭を外す。一番来てほしくなかった勝利がふへへと笑い、自信満々な様子で腕を組むと胸を張る。
……気づかなかったぞ。しまったなぁ、『運命』の巧妙な介入があったのかぁ。
「みー様、私たちは親友。一生を共に戦うと誓ったのです」
「うん、玉藻たちも助けるからね。ドカーンって魔法を使っちゃうよ〜」
闇夜も玉藻も力強い意志を瞳に宿して、優しく微笑んでくれる。その微笑みに胸をほんわかさせて微笑みを返す。
神となることをやめて、人間として生きることに決めたからこそ、こんな展開になったのだろう。
そうじゃなかったら、介入されていることに気づいたはずだからね。
……もはや後戻りはできない。彼女たちを家に戻すことは不可能だ。『瞬間移動』は抵抗されそうだしね。
彼女たちのレベルの低さは特別製の装備をプレゼントしてカバーしよう。
それに闇夜たちは人間のなかでは最強レベルだ。足手まといにはならないと信じている。
「わかったよ。それじゃ、皆であの真天空城を攻略しよう!」
モニターに映る真天空城は目の前だ。そろそろ戦闘準備に移らないといけないからね!




