363話 大型空中戦艦なんだぞっと
自室にて空と舞にでんぐり返しを教えていたみーちゃんは真剣な表情で、目の前に現れたウィンドウを見つめていた。
『Warning! 世界に干渉する力を観測しました。攻略目標設定:真天空城』
ブーブーと、耳元で激しい警告音がする。危機感を煽る音だ。
『ブーブー、ブーブー、ブー、ケホッケホッ、ブーブー。お水飲もうっと。あっ、オフオフ』
幼女が警告音の真似をしているような気がするのは気のせいだろう。『完全同期』により、裏方の仕事の詳細までわかってしまうのは副作用である。システム修正をかけていない音が稀に入ってしまうのだ。
なので、気のせい、気のせい。
「みぃねぇ、どうしたの?」
「みーねーたん、どーしたの?」
毛足の長いふかふか絨毯の上で、コロコロと転がっていた空と舞が、みーちゃんの真剣な表情に気づいて、心配して袖を引っ張ってくる。
なんてことだ。天使さんがここには二人もいるよ。とっても可愛らしいので、むぎゅうと抱きしめちゃう。
「ちょっとお知らせメールが来ただけだよ。ちょっとお出かけしてくるね! 良い子にしてて、すぐに戻ってくるから!」
「うん、良い子にして待ってる!」
「とみやげ、とみやげ、たのしみにしてりゅね!」
「おみやげでしょ。それじゃ行ってきます! 蘭子さん、二人のお世話をお任せします!」
みーちゃんそっくりの素直な良い子の空と舞は、コクリと頷くと、両手をあげて手をブンブンと振ってくれる。二人の可愛らしい姿にメロメロになって、後ろ髪をひかれる思いだけど、放置するわけにはいかないことが起きたのだ。
ちっこい手足を振って、自室を飛び出ると庭へと向かう。
廊下をてててと走りながら、驚く召使いさんたちを横目に真剣な顔になると皆へと通信を送る。
『全員、鷹野家の裏庭に集合して。どうやら予想よりも早く敵は行動に出たみたい』
『………早いな。粟国勝利を攫うイベントはなしだったのか?』
『勝利を見張っていたメンバーは引き上げてきて。どうやら敵は鍵を使うの止めたのか、他に方法を持っていたのか……。予想は外れたみたい』
オーディーンのおじいちゃんのしかめ面が映し出されて、罠が失敗したのか確認してくるので、苦々しい思いで頷く。
粟国勝利を攫って鍵にするイベントがあると予想して、英霊たちを密かに護衛兼監視につけていた。勝利と親しい孤児院の魅音たちにも護衛をつけていたのだ。もちろん聖奈にもつけていた。
よくある人質をとられて、連れ去られるイベントとかあると思ったんだよね。でも、敵は予想と違って勝利を無視して、世界の掌握に移った模様。
ウィンドウに皆の姿が映し出されていき、その中でフリッグおねーさんが尋ねてくる。
『お嬢様、全員を庭に集めるのかしら? 皆にバレてしまうわよ? これまでの苦労を水の泡にするつもり?』
たしかに存在を隠しているフレイヤや英霊たちを見られると困るな。
『すぐに空中戦艦を作るから、誰にも見られないように、搭乗して!』
『仕方ないわね。私は大丈夫だけど、フレイヤたちは気をつけるのよ?』
『りょ、了解です。隠れ身をして、入り込みますね』
『目立たないようにお願い! 普通のにしてよ?』
『わかったよ、レディ。決戦となれば、この改造したギャラルホルンの出番だ』
フレイヤを中心にして、皆がコクリと頷く。ヘイムダルがハーモニカを取り出して、パプゥと吹き始める。最近練習したのか『猫踏んじゃった』の歌だ。サボってもいたのか下手である。
とはいえ、いつの間に改造したのか、どこからかハーモニカの音が聞こえてきた。世界に聞こえるように改造したのだろう。いらんことに器用な男だな。
屋敷から飛び出ると庭へと入る。春に合わせた花々が咲き誇る見事な庭園だ。
剪定をしていた庭師たちがみーちゃんに気づき、挨拶をしてくるので、軽く手をあげて挨拶を返す。そして、庭の中心にある噴水まで辿り着くと、ステータスボードを開く。
ゲームでも、小説でも、アニメでもこの展開はなかった。ストーリーは終わりを告げて、新たなる盤面に突入している。
「それか、トゥルーエンドというのかもしれないね」
ほっぺを引き締めて、みーちゃんは深呼吸をする。まさかの展開だった。もう少し準備の時間はあると思ってたんだけどなぁ。
『機工士』
『空中戦艦アースガルド』
作りたいアイテムを選んで、必要な素材一覧を確認する。膨大なる量と国宝レベルの質の素材が必要だと表示された。きっと売れば国家予算数十年分となるだろう。
しかし、問題はない。これまでの戦いでみーちゃんは数多くの素材をゲットしている。余裕で空中戦艦を建造できるのだ。
少し心配なことがある。
ゲームで作れたのは、川を渡るためのカヌーが最高の大きさだった。3メートル程度の大きさの小舟だった。全長300メートルの戦艦だとどうなるんだろ?
「作ってみればわかるか。ポチッとな」
少し楽しみに思いながら、ポチリとボタンを押下する。
ぽてりと座って、両手を前へならえにして、魔法の力を巡らせていく。両手の間に粘度の高い水のような白金の球体が生み出されると、沸騰でもしているかのようにボコボコと変形をする。
そうして、数分間。庭師たちが見守る中で、白金の球体は真球となると、空へとゆっくりと浮き上がっていく。
50メートルほどの高さに浮くと、みーちゃんたちが見守る中で閃光を放ち、膨れ上がっていった。
艦橋のない、白金の輝きを持つ未来的な流線型の船体。3連装12門の砲台。船体の横にハリネズミのように設置された人ほどの大きさの水晶球が目に入る。
戦艦砲だけのはずだったけど、対空砲も備えてあるようだから、改修したんだろう。
全長300メートルの空中戦艦『アースガルド』。陽射しに照らされて遊弋するその姿は美しく、そして強力な力を感じさせるのであった。
「な、なんだあれは?」
「突然出現したぞ?」
「せ、戦艦だ!」
庭師たちが、突如として出現した空中戦艦を前に、見上げる形で、ぽかんと口を開けていた。無理もない。みーちゃんだって、同じ立場ならそうなるよ。
『搭乗を開始! テレポートポータル開け!』
みーちゃんの思念に従い、目の前に青白い光を放つテレポートポータルが出現する。戦艦に入るための入口だ。
さて、皆が来るのをこのまま待つとするか。
「では、ご主人様。先に搭乗させていただきます」
「ヒャンッヒャンッ」
最初に来たのは当然といえば当然なのだが、ニムエだった。青髪のメイドは頭にポメラニアンを乗せて、ふわりと目の前に着地した。
メイド服ではない。蒼き魔導鎧『エインヘリアル』を身に着けている。
「うん、頼むよニムエ」
「お任せくださいご主人様。力尽きるその時まで、お側にて戦います」
「ヒャンッヒャンッ」
「わんわんっ」
「くーんくーん」
その後ろにはオーディーンの従者である狼のフレキとゲリが続き、ポータルへと入っていった。
「ふん、どうやら遅れたか」
「ふふっ、最後の決戦ね。ちゃんとおやつは持ったかしら?」
オーディーンとフリッグが瞬間移動で現れる。
「これで最後だろうね。頼りにしています!」
「後腐れないように片付けるとしよう」
「ボーナスは弾んでよ、お嬢様」
肩をすくめてオーディーンは、妖艶なる笑みを浮かべるフリッグとポータルへと消えていく。
その次は……着ぐるみが歩いてきた。大小様々な着ぐるみで、たぬきや猫、鰐、鮫やアリに狐などだ。もしかして、フレイヤたち?
着ぐるみなのかと、苦笑をしつつ声をかけようとしたが
「みーちゃん! これはなんの騒ぎなの?」
その前に後ろから、心配する声をかけられた。振り向かなくてもわかる。ママだ。
「ママ………。危険な敵が現れたの。みーちゃんはそれを倒しにいかないといけないんだ」
「また危険なところに行くのね? 大魔道士様は戦艦の中? 悪いけど、みーちゃんは連れて行かないようにお願いするわ」
スタスタと近づいてくる足音がする。少し荒々しいので怒ってもいるのだろう。
「だめなの。この敵は危険極まりないんだ。みーちゃんがいかないときっと負ける。選ばれた精鋭のみで、凶悪な魔物を倒しに行くの」
ぎゅうと手を握りしめて、真剣な顔で振り向く。振り向いた先には泣きそうな顔で心配しているママの姿があった。
その顔を見て、止めようかなと少し考えてしまう。オーディーンたちでも倒せるかも。英霊たちも凄腕だし……。ぞろぞろと乗り込む着ぐるみ集団を横目に見ながら、やっぱりやめーたと答えたい。
でも、駄目なのだ。本能が理解している。この戦いはきっと神々の最終決戦になると。
だからこそ、みーちゃんが行かなくてはいけない。いや、鷹野美羽が行かなくてはいけない。
ママは私の真剣な顔に、僅かに驚いたあとに溜息をついた。
「そう……本当にみーちゃんが必要なの?」
「うん、私は回復魔法使いだからね! 任せて、皆を守るために頑張るよ」
ぽふんと胸を叩いて、自信満々な笑顔で言う。
「………止めても行くのね? 帰ってきたら怒るわよ?」
「うん、どんなに怒られても、止められても、私は行くよ。それが私の選んだ道だから」
「そう………マツさん、ガモンさん、娘をどうか守ってやってください」
護衛としてママの隣にいたマツと、合流したガモンへとママは深々と頭を下げてお願いする。
「お任せください。身命を賭してお舘様の支援を致します」
「我らが主は強い。きっと無事に戻ってくるでしょう」
ママへと穏やかな笑みで、マツたちが頭を下げて答えくれる。二人の様子に心配げな顔ではあるが、ママはみーちゃんへと顔を向けてきた。
「それじゃ、行ってきなさい! 帰ったら拳骨とハンバーグを用意して待ってるわ!」
「うん! 行ってきます。お土産はヘルメットにしておくね!」
瞳は心配でたまらないと訴えているが、それでもママは力強い笑みで見送ってくれた。さすがはみーちゃんのママだ。尊敬しちゃう。
全員がテレポートポータルに入ったのを確認して、みーちゃんも中に入る。
青白い光に包まれたかと思うと、景色が変わりブリッジに転移していた。
前面に大型モニターがあり、オペレーター用の机と椅子が放射状に並べられている。既に皆は座っており、準備は万端のようだった。
空いている艦長席に座ると、前へと視線を向ける。
『出撃すれば以降、クリアまで戻ることはできません! よろしいですか?』
『もちろんイエス!』
バッと手を広げて、掛け声をあげる。
「空中戦艦アースガルド出発せよ!」
「はっ!」
皆の掛け声が返ってきて、空中戦艦は動き出す。もはや後戻りはできない。
この先になにが待ち受けていようとも、これが最終決戦だ!




