361話 神殺し
ヘルヘイムに放った神無大和の必殺の魔法剣『神殺し』。魔神アシュタロトを倒す方法を模索し、絶対の力を求めて、作り上げた魔法だ。
これまでの『魔法破壊』はただ敵の魔法を破壊するだけであった。しかし、『神殺し』は敵の魔法を破壊しつつ、さらには見えざる刃にて切り裂くのだ。
その切れ味も、数多の魔物を試し斬りして、魔剣に勝るとも劣らないことを確認している。
ヘルヘイムがいかに強大な力を持っていようと、この一撃で終わると、神無大和は勝ちを確信していた。
超高速の世界にて、ゆっくりと刀がヘルヘイムの首に食い込んでいく。そのまま首を切り落とし戦いは終わるはずであった。
「なにっ!」
予想外の結果に目を剥く。
絶対の力を持つ『神殺し』は、ヘルヘイムの首に食い込んだが、それ以上深くは入っていかなかったのだ。血は流しているので通用はしている。
だが、皮一枚だ。岩にでも斬りつけたかのような手応えが返ってきて、深く入り込んでいないことに顔を顰める。
「アハハハ、残念でした〜。頑張ったんだよね〜。でも〜」
ヘルヘイムは笑いながら『神殺し』をそっと手で掴む。その手のひらは僅かに切れるが、やはり皮一枚。たらりと血が流れるが、まるで鋭い剃刀で切っただけのようであった。
神無大和へと『神殺し』を掴んだままヘルヘイムは顔を近づけてニヤニヤとした顔で告げる。
「無駄なの。むだぁ。わかる? わかるかなぁ? 貴方の盆栽用の切り鋏で切れるのは黄金の糸だけ。神の力をほとんど取り戻した私の玉体を傷つけることはできないのぉ」
「ぐぐっ……。この私を馬鹿にするなよっ! 腕は斬れた! ならば、首も刎ねられるはず!」
「ふふ、たしかに少し油断しましたけど、今は手足の先まで力を満たしているのよぉ」
ゆっくりとした間延びした口調で、小馬鹿にするヘルヘイムに、神無大和はさらに身体から力を引き出す。
黄金のオーラがさらに吹き出し、その力を前にヘルヘイムは驚き思わず『神殺し』を手放す。
「ぬぅぅぅぉぉぉぉ!」
咆哮を上げると、神無大和は全力で『神殺し』を振るう。恐るべき速さと、超一流の剣の腕、そして『神殺し』の威力を以て、ヘルヘイムを切り裂かんと、激しい攻撃を続ける。
剣が閃光と化し、幾十、幾百とヘルヘイムの身体に叩き込まれる。だが、ヘルヘイムは傷だらけとなり、血だらけになってはいくが、その傷は全て浅いものであった。
「フフフフ、アハハハ、長い付き合いでした。最後ぐらいはサービスで攻撃を受けてあげますよ。ほらほら、どんどん攻撃をしていいわよ?」
「ぐっ、………私の必殺剣が……」
歯ぎしりをして、神無大和は『神殺し』での攻撃を諦め大きく後ろへと飛びずさる。
「切り替えることができるその判断力には感心します」
ニタニタと顔を苛つく笑みへと変えると、ヘルヘイムは自分の体を撫でる。身体につけられた切り傷は一瞬で消えていった。
「回復もできるの。ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ち? せっかく鍛えた『神殺し』が高枝切り鋏にも負けるゴミだったと思い知らされて」
「ちいっ! だが、私にはまだ魔法があるっ!」
『氷蔦』
神無大和は手をヘルヘイムに向けると、マナを収束させて氷の蔦を放つ。最初は一本だった氷の蔦がヘルヘイムに向かう間に成長し、扇状に辺りを埋め尽くしていく。
だが、ヘルヘイムは回避することもなくゆっくりと歩き始める。無防備に歩くその体へ、茨の園のように成長した絶対零度の氷の蔦が雪崩のように襲いかかる。
ヘルヘイムは氷の蔦に絡まり捕らわれて、凍りつくかと思われたが、歩みを止めずに神無大和へと近づく。
その身体は少しも凍ることはなく、氷の茨は触れると同時にサラサラと粉となって消えていった。
「な! 私の魔法が!」
「フフフフ、アハハハ、所詮は『マナ』の魔法。魔法の力の絞りかす。この程度では神には通じませーん」
信じられない光景に動揺する神無大和に、ヘルヘイムは笑いながらトンと床に踏み込む。
『神速』
ヘルヘイムの身体がブレると、神無大和の前へと一瞬で現れる。
「くっ」
『疾風』
すぐに間合いを取ろうと、神無大和は高速で移動する。だが、神無大和が高速で移動しても、ヘルヘイムは離れることはなかった。ピッタリと間合いを詰めて、拳を振り上げる。
「アハハハアハハハアハハハ」
「ぐぐっ」
ヘルヘイムは嗤いながら、拳を繰り出す。神無大和はその攻撃を躱そうとするが、その時には顔にめり込んでいた。
「これこそが『神速』。神の速さ。貴方の知らない神域の世界。神のみが動くことを許され、人はたとえカタツムリのように遅い攻撃でも回避できない世界なの」
「ぐぉぉぉっ」
ヘルヘイムのラッシュが神無大和に命中し、殴打により魔導鎧が砕かれて顔が歪む。
「アハハハ。貴方を一目見た時から、その強い意志、天才とも言える魔法の才能と、膨大なるマナに気づきました」
ボコボコと神無大和を殴りながら、ニタリとヘルヘイムは話を続ける。
「そして、その意志と力を以てして、皇帝の地位を狙うなどという小物の器。笑いを堪えるのに大変でした〜。馬鹿な小物の王。道化の人形。自分が人形だとも気づかずに、黒幕気取りの哀れなる人間」
「お、おのれっ! 私を小物だと蔑むかぁっ!」
悔しげに吠えながらも、神無大和はここに来て、ヘルヘイムには敵わぬと悟った。
だが、自らよりも強き相手であろうとも、逆転を狙う。諦めることはしない。この状況を理解し、ヘルヘイムの弱点を思考する。
そしてヘルヘイムの弱点に気づく。
「『空間の魔女』。私は私こそは皇帝となるべき男。この日本魔導帝国の皇帝だあっ! この攻撃にて終われっ!」
神無大和は全てのマナを引き出すと、ヘルヘイムとは違う方向へと手を向ける。キィィィンと手のひらに集まるマナが光り始めて、黄金の魔法陣が描かれていく。
「あら? 何を………まさかっ!」
「もはやシンなどいらぬ!」
『新星爆発』
手のひらから放たれたのは、神無大和の最強の魔法。星の爆発の力が眩い閃光の中で祭壇に眠るシンへと向かう。
「くっ!」
『神速』
普通に撃ったのでは防がれると考えて、ヘルヘイムの計画のかなめたるシンを神無大和は狙った。
ヘルヘイムはその考えに気づき、初めて動揺で顔を歪めるとシンの目の前に移動し、そして神無大和の『新星爆発』を正面から無防備に受けるのであった。
黒曜石の広間は『新星爆発』の軌道上の全てが吹き飛んだ。爆発により砂煙が舞い上がり周囲を埋め尽くし、破壊された壁から外が覗く。
「ふ、ふはははっ! 『空間の魔女』よ、これが私の力だ。ふはははっ」
砂煙の前で、全てを吹き飛ばしたと確信し、神無大和は笑う。
「なにが神だっ! これまでの私の苦労を、培った成果を全て無に帰しおって。ふははは!」
「フフフフ、アハハハ」
「……は?」
だが砂煙の中から聞こえるヘルヘイムの笑い声に、ギクリと顔を強張らせる。
「笑って良いですよ〜。じゃんじゃん笑ってください。アハハハ」
砂煙が落ち着いて、視界が通っていく。そこにはヘルヘイムが傷一つなく立っていた。僅かにローブに埃がついて汚れているだけだ。後ろに眠るシンも傷一つない。
『新星爆発』により、辺りは消滅した。大きく床は抉れて、壁は消滅し天井は既に存在しない。
しかし、ヘルヘイムとその後ろは床ですらも無傷であったのだ。
神無大和は目に見えるその光景にヨロヨロと後退ってしまう。その様子を見て、吹き出すように笑うヘルヘイム。
「だから言ったよね。アハハハ、フフフフ。小物の王様の攻撃は私に通用しないの。この広間は私の神域なのだから」
『魂強奪』
「が…………はっ」
そして神無大和の胸にヘルヘイムの腕が突き刺さっていた。視認はできなかった。反応することもできなかった。いつの間にと、神無大和が驚愕と恐怖で顔を歪めると、ヘルヘイムはその顔を見て、心底楽しそうな表情になる。
「さようなら、神無大和公爵。まぁ、数え切れない程に皇帝になったんだから満足ですよね」
神無大和の耳元に囁くように告げると、腕を突き刺したまま身体を持ち上げる。
「その魂は有効活用するのでご安心を。肥料にはちょうどよいですし、兄を呼び出すためにもちょうど良い」
「お、おのれ………」
「私が名付けてあげたイミル。その名前の由来は体を引き裂かれて大地となった愚かなる始まりの巨人なのです。今の貴方に相応しい結末だと思いまーす」
ニタニタと笑いながら告げて、ヘルヘイムは小石でも投げるかのように無造作に神無大和を眠るシンへと投げつける。神無大和がシンの上に落ちると、人差し指を突きつけて、魔法の力を呼び起こす。
「さあ、最後の肥料です。シンよ、全て吸収しなさい」
『生贄』
人差し指から放たれた禍々しい瘴気の靄が、まるで生きているかのように動いて、神無大和とシンを覆っていく。
「ぐ………私は……コウテイニ……」
悔し気な声をあげながら、神無大和の身体は泥のようにドロドロと崩れていくと、シンの身体に融合されていった。
神無大和の肉体が完全にシンへと吸収されるのを笑いながら見て、ヘルヘイムは人差し指を回転させる。
「さあ、芽を出しなさい。そして大きく育ちなさい。私の力となるために!」
『生贄』
シンの肉体も崩れていき、丸くなっていき、まるで種のように変貌していく。いや、紛れもなく黄金で作られた種へとその姿は変わった。
『発芽』
そうしてさらにヘルヘイムが力を送り込むと、種はバリバリとヒビが入っていき、ぴょこんと黄金の芽を出す。
そして、みるみるうちに成長していく。若葉が伸びて茎となり幹に変わり、枝が伸びていき、みるみるうちに天へと伸びていく。
黒曜石の広間に根は広がっていき、外へと黄金樹は伸びていく。ヘルヘイムは浮遊して、成長を続ける黄金樹の横に位置する。
「フフフフ、アハハハ。遂に、遂にこの時が来た! さぁ、世界を埋め尽くしなさい。そうして私はこの世界の神となる!」
外の世界。それはカルト宗教『ユグドラシル』の総本山である孤島であった。
突如として地下から現れた黄金樹を前に、信徒たちは驚き慌てて混乱をしている。
だが、もはや人間など気にすることはない。この手に世界が入るのだ。
どんどんと根は伸びていき、孤島の全てを覆っていく。大蛇の如き太さの根が広がっていき、人間たちが右往左往する。
枝葉が伸びていき、黄金樹は天へと幹を伸ばしていき……途中でピタリと止まった。それでも1キロを超える高さだが、ヘルヘイムの予想外の結果であった。
「な、なぜ? なぜ成長が止まる? 世界を支配する力を集めたはず……根が育たない?」
海へと入っていった根がピタリと成長を止めていることに気づく。海水だから枯れるなどということはない。黄金樹は全てを栄養とするはずなのだ。
「何者かが阻害している? 世界の力を横取りしている? ……いや、何者かではないですね。そうか、オーディーン……そして鷹野美羽。何かをしたのね、おのれぇぇぇ、あと一歩なのにぃぃぃ」
悪鬼のように顔を歪めて叫ぶヘルヘイム。一瞬荒れ狂うが、すぐに心を落ち着ける。舌打ちし、爪を齧りながら、苛つきから顔を歪めて呟く。
「どうせ赤毛の魂を使わなければ、この黄金樹を操るための力は出せなかった……。計画は多少変更すれば良い」
もはや孤島はたった一本の黄金樹に姿を変えていた。信徒たちは船に乗り、なんとか逃げようとしているが、ヘルヘイムの目には映らない。気にする必要もない。
「仕方ない……。本来は絶対の『黄金樹の神域』を作り上げ、私以外の全ての者たちの力を失わせてから力を取り戻すつもりでしたが……」
フゥと息を吐き、黄金樹に手を添える。
「アハハハ、良いですよ。再び『終末の日』をやり直したいのであれば、やり直しましょう。今度は私の勝ちで終わります」
黄金樹がヘルヘイムの力を受けて、ゴゴゴと島を揺るがして浮き始める。建物は倒壊していき、宮殿は崩れていき、バラバラと島が崩壊していく。
「真の天空城にて待ちましょう。オーディーン、そして鷹野美羽。万全の準備をして、貴方たちと決戦をしましょう。アハハハ」
黄金樹の周りに黒雲が生み出されていく。哄笑してヘルヘイムは黄金樹の中に入っていき、天空城と変わった黄金樹は空高くその姿を浮かせていくのであった。




