36話 仲間が増えたんだぞっと
暗闇が支配するスラム街。そこにふらふらと老人は酔っ払いながら歩く。時折、襲おうとする者が現れるが、全て最初の一撃を跳ね返されて、蹲り地面に転がる。
敵が襲いかかると、『物理反射壁』が、襲いかかる敵の前に、瞬時に張られるからだ。
というか、戦闘開始時に自動的に一回だけ張られます。『物理反射壁』は全ての敵が物理攻撃時、一回だけ攻撃を反射されてしまう魔法だ。ゲームではいまいちだったが、現実だとかなり便利だよ、これ。
「『イージスの額冠』、想定通りの効果を見せているな、やったぜ」
何も無い空間から、コロコロと鈴を転がすような可愛らしい少女の声が聞こえてくる。ただし、その口調は荒々しい。
「神器とは不可思議なるもの。これは興味深い神器ですぞ」
頭をかき、声が聞こえてきても不思議がらずに、老人は叡智の宿る光を隻眼に灯す。
「それに、お嬢の『装備エフェクトオフ』の効果も興味深い」
「だって、オーディーンが武士の格好をしていたら、雰囲気台無しじゃねーか。『装備エフェクトオフ』は、オーディーンの装備に効果が移るから便利だよな。『イージスの額冠』を装備しているとバレねーし」
空間が歪み、八本足の馬に乗った少女が現れる。ローブにフードと、その姿を隠している。
誰あろう、その正体は美少女美羽ちゃんだぜ。夜に出歩いてるのは両親には秘密でよろしく。不良になったと悲しんじゃうからな。
「おっとっと、『隠れるⅡ』」
気を抜いちまったと、俺は『隠れる』。その姿は八本足の馬、スレイプニルと共に空間に溶けるように消えていった。一定の歩数で解けるんだよ、この『隠れるⅡ』
「ふむ……神の力は途轍もない。今こそ深淵を覗いていると、儂は思うのだが」
「俺は深く考えねーことにしてる。適当で良いよ。使えりゃ良いんだ」
オーディーンの爺さんは興味津々で『イージスの額冠』と『装備エフェクトオフ』の設定がどのようなものかを考えている。どちらかというと『装備エフェクトオフ』の方が気になっている模様。まぁ、不可思議なるゲーム仕様だからな、それはわかる。
ゲームでは、キャラクターの姿は装備を変えると、その装備を着込んだ姿に変わる。でも、それだとイメージが崩れると嫌うプレイヤーもいるから、『装備エフェクトオフ』があったわけ。これを使うと装備を変更しても、そのキャラクターの姿は変わらない。
まぁ、ぶっちゃけ小説のキャラクターがふんどし姿になったりすると嫌なファン向けだったんだろう。現実で使うと、オーディーンの帽子に性能が移った。見かけはさっぱり分からない。装備を外すと『イージスの額冠』に戻る。
ちなみに俺はパンイチになる。紳士諸君しか喜ばないから使う予定はない。
この設定を見つけた時は心底驚いた。だって鉄の鎧を装備しているのに、ローブ姿に見えちゃうんだ。まぁ、武器はエフェクトオフ不可なので、長剣を装備したのに、見た目は短剣とかは無理なんだけどな。
オーディーンはこの仕様を不思議がって、研究しようとしている。気持ちはわかるけど、俺は使えれば良いや。スイッチを押すとゲームが起動する。それだけで俺は満足だぜ。
そんな俺のセリフを聞いて、苦笑するのはオーディーン。『大魔導士オーディーン』だ。北欧神話で有名すぎるほどに有名な神だ。でも、実はオーディーンって、創造神に名乗るのを許された魔術師らしい。神であることは本当だが、オーディーンという名前は本来の名前ではないんだと。本当の名前はなんて言うのかね。
叡智を求め、命すら捨てる爺さん。それがオーディーンだ。
ついでにいうと、俺の仲間だ。『マイルーム』に飾られている北欧神像に祈りを捧げると仲間にできる爺さんである。
もっと詳しく言うと、北欧神セット500円の中の一人です。即ち、課金で手に入る仲間なんだよ。
『魔導の夜』のゲーム版は小説のイメージを崩さないために、『魔導の夜』の主人公たちはストーリーの進行度に応じて、レベルが固定されている。だが、これだと裏ボスを倒したり、超難易度のダンジョンを攻略するのに困るんだ。正直に言うと、最終的にレベル70で固定されてしまう主人公たちは、チートなスキルを持っていても、いらね。
なのでどうするかというと、冒険者の酒場でランダムに仲間を募集するんだが、主人公たちを無理にでも使わせようとするためだったんだろう。基礎能力が低い。これはレベルアップすればする程、主人公たちと差がつく。他に基礎能力が高いのはプレイヤーだけだったんだわ。ゲームあるあるだよな。
なので、レベル制限解除の課金を泣く泣くして、レベルを上げまくり、ソロで倒していた。
が、少しして運営会社はゲームがそこそこ売れていることに気を良くしたんだろう。なにせ、このご時世、ターン制RPGは有名どころじゃないと売れないからな。
そこで課金アイテムとして出したのが、仲間セットだ。基礎能力が高く、ジョブは固定だが、その固有スキルも強い。なんなら小説の主人公よりも強かった。
しかもレベルアップする手間を省いてくれて、レベルはプレイヤーキャラクターのレベル依存となっていたのだ。買うしかないよな? 運営会社め、ずる賢すぎだろ。
手に入れた仲間は様々だが、仲間は基本マイルームにいる設定となっている。設定としては、異界から召喚するという設定だったかな? いや、神の影に肉体を与えて使役するんだったかな? まぁ、どちらでも良いや。
仲間は最初からゲームバランスブレイカーのために、レベル15からしか呼び出すことはできないようになっているんだわ。
それが、この隻眼の老人であるオーディーンだ。
ステータスはこんな感じ。
オーディーン
レベル15(身体能力+はレベル50までロック中)
メイン:大魔導士:☆☆☆☆☆☆☆☆☆
セカンド:槍使いⅣ:(レベル50までロック中)
サブ:魔法使いⅣ:☆☆☆☆
HP:78
MP:314
力:61
体力:75
素早さ:63
魔力:296
運:31
固有スキル:敵解析、狼支援、杖装備時200%アップ、魔法攻撃200%アップ、鷹変身、万能以外の全魔法耐性、スレイプニル召喚、3連続魔、オーディーン魔法
スキル:大魔導Ⅴ、最上級攻撃魔法Ⅲ、最上級範囲魔法Ⅱ、最上級支援魔法Ⅴ
装備:イージスの額冠、オーディーンのローブ(譲渡不可)、グングニル(譲渡不可)
奥様、この性能を見てくださいます? チート、チートですわ。課金キャラクターチート過ぎませんこと? ちなみに『大魔導士』は複合ジョブだ。
ごほん、思わず、お嬢様言葉になっちまったぜ。レベル15にしても、この性能は破格だ。レベル制限しておきゃ、ゲームを今から始めるプレイヤーでも、ゲームバランスは壊れないだろうという運営会社の浅はかな考えが透けて見えると言えよう。
たしかに低いMPだと、大魔導などの複合ジョブで使える魔法は消費量が大きすぎて使えない。だが、今回はなぜか『イージスの額冠』を手に入れたので、問題はない。
『イージスの額冠』の覚醒イベント? MP100を消費すると覚醒するんだ。『魔導の夜』の主人公じゃないんだ。俺はゲームプレイヤー。『使う』コマンドを使えば覚醒できた。オーディーンは最大MPがなんとか100超えていたからな。感動的な覚醒イベントとかないのである。まぁ、原作では敵が覚醒させるんだけどな。
『イージスの額冠』の性能はMPと魔力が200も増えるのだ。それに加えて、戦闘開始時に『物理反射壁』を自動で使う。さらに他の性能もあるんだが、それは今はいいだろ。
このMPなら、オーディーンは2、3回は戦闘できる。それに加えて敵の解析ができるカラスのムニン。『解析』は敵の属性、フレーバーテキストが読める能力な。
それと自動で攻撃してくれる狼のゲリとフレキがいるので、オーディーンは仲間にできるキャラクターでも最強だと言えよう。少なくとも俺はそう考えている。
たった2回と聞かれれば、その2回は必勝だと答えよう。節約して6回程度しかMPは持たないということもある。それでも、使い方を間違えなければ使えるおじいちゃんなのだ。
ゲームバランスブレイカー。それが課金戦士オーディーンなんだ。うん、ネーミングかっこ悪いな。
なんと驚き、この爺さん、ゲームと同じで自我があった。ゲームでは『パーティー仲間と話す』コマンドがあったんだが、その時に色々と話していた。
今は魔法オタクで、酒好きの酔っ払い爺さんだけどな。ゲームよりも性格は酷いが、俺は人間らしくて気に入っている。なぜか俺をお嬢様と敬ってくれるが。まぁ、敵対するよりマシか。
作戦はオートにしているので、オーディーンは自由意志で行動している。『命令させろ』は、現実では絶対に行動がワンテンポ以上遅れるだろうから使う予定はない。
パーティーに入っていると、どんなに離れていても『仲間と話す』を選ぶと思念で話し合えるのも確認済みだ。
ようやくのこと、俺は信頼できる仲間を手にいれた。俺の秘密をある程度知っている仲間だ。
そして、今俺はオーディーンと共にスラム街にあるだろうダンジョンを探しに来ていた。こっそりとレベル上げするつもりだからである。
ちょっと眠くて、ウトウトしちゃうけど、頑張るぜ。俺は解放されたサブジョブに『狩人Ⅰ』を付けている。サブジョブは固有スキルの性能を半分使えて、そして熟練度を4まで上げることができるんだ。
俺は『盗賊』と『狩人』をマスターにするつもりなのだ。たぶん成長するルートとして、これが一番早いと思う。
「お嬢、そろそろ教えられた場所ですぞ」
「オーディーンって、絶対に道を間違えないよな」
「儂にはムニンがいるからのう」
「フレーバーテキストの性能を出しているわけ?」
オーディーンのフレーバーテキストには、たしかにワタリガラスのムニンは世界の情報を集めているとあったけど、その性能が欠片でもあるのか。便利なGPSみたいなカラスだよな。俺も1羽欲しい。2羽いるんだから、くれないかなぁ。
「ムニンのことはともかくとして、あれがダンジョンというものですかな?」
「だな。でも、なんか様子が変だぞ?」
アイスブルーの瞳で、ダンジョンがあると言われた場所を見ると、蒲鉾型の倉庫だった。ただし、アサルトライフルを背負った見張りが多数。かなり厳重な警戒をしている。
何人か、カラフルな髪の色の奴がいるから、魔法使いもいるとわかる。
「だけど、なにあれ?」
首に縄をかけられて、倉庫に荷物のように運ばれていく子供たちがいた。5人ほどが、薄汚れた格好で、ヨロヨロと倉庫に入っていく。
「ダンジョンは、金稼ぎの資金源になるという話でしたな。古よりあのようなことをする理由は決まっておる」
顎を擦りながら、見慣れた光景だと、オーディーンは平然としている。
「『魔導の夜』は現代ファンタジーのジャンルのはずなんだがなぁ……。ああいうのはハイファンタジーだろ。……だが、まぁ、助けるとしますかっと」
どちらにしても、やることは決まっている。正義の美少女美羽ちゃんは、見てみぬふりはしないんだぜ。




