358話 アシュタロトの正体なんだぞっと
朝食を食べ終えて、しつこく連絡をしてくる皇帝からの登城要請をガン無視すると、『マイルーム』に移動することとした。
とりあえず、オーディーンのおじいちゃんの連絡先をパパたちに教えないといけない。
「伝書バトでしか儂とは連絡が取れぬと言え」
で、オーディーンのおじいちゃんが開口一番に言った言葉でした。
『マイルーム』には昨日の結果を聞くためにオーディーンのおじいちゃんたちがいる。フリッグおねーさん、フレイヤ、ヘイムダル、アリさんだ。
それぞれソファに座ったり、絨毯の上に直に座ったりしている。
「伝書バトなんかいないじゃん。ママに怒られちゃう」
「知らぬわ、阿呆め。全てとは言わずとも、なぜ正直に答えたのだ?」
ソファに座って、足をパタパタ振って不満そうに口を尖らせると、ママよりも先にオーディーンのおじいちゃんに怒られちゃった。
「う〜ん………。家族だから? 魔神の話はどこからかパパたちの耳に入る可能性もあるし、みーちゃんは関係しているのではと疑われる可能性があるしね」
仕方ない。みーちゃんが伝書バト役をやるよ。パタパタ手を振ってコケコッコーと鳴けば良いんだったっけ。
「コケコッコー」
とりあえず、パタパタみーちゃんだ。か細い腕を懸命に振って、口を尖らせちゃう。パパたちへの良い言い訳を教えてください。
コケコッコーと、ソファの上に寝っ転がって鳥さんの真似をしていると、フリッグおねーさんが呆れた顔で見てくる。
だって、みーちゃんにとっては怒られるか怒られないかの瀬戸際なんだよ。コケコッコー。
「仕方ないわねぇ。それじゃ良い言い訳を教えてあげるわ。そこの爺さんは、『儂はこれからも魔法を極めるために旅に出る。儂の魔法道はこれからだからな』とか言っていなくなったと答えれば良いのよ」
「おぉ! なんだかそれっぽい! 漫画の打ち切りセリフっぽいけど!」
くるくると人差し指を回しながら、ふふっと妖艶な笑みを浮かべるフリッグおねーさん。なるほどね、それならとってもオーディーンのおじいちゃんっぽい。
「そうでしょう。それよりもメイドが王冠を磨かないとと困ってたわ。どこに仕舞ったの?」
「あれは重いから、アイテムボックスに入れっぱなし」
「メイドさんたちには私が渡しておくから、ほら、渡しなさいお嬢様?」
「重要な問題は解決したから、本題に入ろっか。あ、これはお礼のおかき」
貯まりまくった宝石をお皿にジャラジャラと入れてあげる。おかき的なものだよ。
「そうね、本題に入りましょうか」
いそいそとおかき的な宝石を食べ始めるフリッグおねーさん。これでまともな話し合いができそうだ。
「さて、それじゃ元凶となった『アシュタロトの首』でーす」
ていとおかき的な物の隣に魔神の生首を置く。悪魔の角とざんばら髪、牙はマンモスのようで、目を瞑っていても邪悪なる空気が漂っている。
「お、おぉ……とっても邪悪そうな感じがします」
面白そうな表情で、つんつんとフレイヤが生首をつつく。恐れを知らない神々なので、生首が置かれてもまったく気にしない。フリッグおねーさんはひまわりの種を頬張るハムスターみたいな頬になってるし。お代わりはないからね?
「ふむ……これが完全体の生首か。不完全な物は見たことがないので比べることはできぬが……なるほどな。お嬢の予想どおりに間違いあるまい」
「たしかアシュタロトの生首は願いを叶えてくれるんだ。ゲームでは……強くてニューゲーム」
思い出したのだ。全ての記憶を取り戻した時に、その役割を知った。
アシュタロトの首は周回プレイ用のアイテムだった。まったく気にしなかったよ。そういやそんなアイテムだった。記憶がなかったことには不自然さも感じるけどね。
「ふむ……知らないことはない知識の悪魔『アシュタロト』。人が知りたくもない真実までも教える悪魔か………。ふん、ヘルヘイムも考えたものだ」
「な、なるほどです。これなら世界の全てを知識として持っているので、世界を正確に過去の記憶へと上書き可能だったと思います」
舌打ちするオーディーンのおじいちゃんに、フレイヤもコクコクと頷く。たしかにそのとおりだ。普通ならば世界の全ての知識を持つことはできないが、このアイテムならばそれも可能だ。
「ちっ。儂もこけにされたものだな。それでは使うぞ?」
「うん。よろしく」
オーディーンのおじいちゃんが生首を上から掴んで、隻眼を光らせる。かなり怒っているっぽい。
「起きよ。そして知らざる知識を教えよ」
深い低音の声が響くと、閉じていたアシュタロトの瞳が開き、ニヤリと牙を剥いて邪悪なる笑みを見せる。
「よろしい。愚かなる者よ。我に願いを言うが良い」
ここでアホな願いを言う人間はいない。フリッグおねーさんのおかきは追加していたので大丈夫。
皆が注視する中で、オーディーンのおじいちゃんは願いを口にする。
「この阿呆が。己の真の姿を思い出せ」
「その願いを叶えよう……。全ての知識を……ち、し……」
厳かに答えるアシュタロト。その首が願いを叶えようと答えると、アイスクリームのようにどろりと溶けていく。
悪魔の角はサラサラと砂へと変わり、ざんばら髪は解けるように落ちていく。牙はぽろりと落ちていき、蝋人形のように溶けていく中で、新たなる姿を現す。
「ウヒョヒョヒョ。これはこれは。人を道具扱いした趣味の悪い爺ではないか。久しぶりだの。『終末の日』の助言を無駄にした愚かなる者よ」
嗄れた老人のひょうきんな感じの声が響く。苛立たしそうに、オーディーンのおじいちゃんはソファに座り腕を組む。
「ふん、貴様こそ、首になった次は魔神の着ぐるみを着て遊んでいたようで何よりだ。楽しかったか?」
「ウヒョヒョ。それなりに楽しかったと言えよう。馬鹿な爺よりも上手い使い方だったとは言えようぞ?」
「言ってろ。この阿呆が」
二人は軽口を叩き合う。オーディーンのおじいちゃんはむすっとした顔だけど。さて、みーちゃんもご挨拶するか。たぶん、みーちゃんだけ初対面だよね。
「こんにちは、生首さん。鷹野美羽、明後日で中学二年生の王様です」
ペコリと頭を下げて、元気よく挨拶だ。ニコリと微笑むみーちゃんスマイルを魅せちゃう。
「これはこれは。丁寧なご挨拶だのぅ。吾輩の名前はミーミル。あらゆることを知る知識の泉。賢者ミーミルとは吾輩のことだて。うひゃひゃひゃ」
実に楽しそうにカラカラと笑いながら答える生首。その正体は『ミーミルの首』であった。
『ミーミル』とは、元は『ミーミルの泉』に住む賢者たる老巨人のことだ。その知恵と知識はあらゆる物事、事象を把握しており、知らぬものなどないと伝承では語られている。
オーディーンはミーミルに片目を捧げて、知恵を得たとか。ミーミルが首だけだったのは、巨人に首を切られてオーディーンたちへと返却されたからだ。
オーディーンはミーミルを魔法の力で蘇らせて、常に相談していたというが……。
「その顔は吾輩のことを知っているのだろうが、そのとおり。そこのクソ爺は吾輩を蘇らせたが、それは首だけであった。こやつは吾輩をミーミルペディアにするために利用したにすぎん!」
「例えが今時だね。さすがはミーミル」
「そうじゃろ? 吾輩はこの世界のことを把握しておる。全ては吾輩の手のひらじゃて。あらゆる事象を観測し予測するのがこのミーミルなのだ!」
得意げに答えるミーミル。自分の知識に自信を持っているらしいけど、一つ疑問があるので尋ねちゃう。
「首だけにされちゃう時は予測できなかったの?」
「……しっかりと予測をしないといけないのだ。ほら、検索しないと……わかるじゃろ?」
ボソボソと呟く気まずそうなミーミル。どんな情報収集神器でも、やはり全知はあっても活用はできないらしいことが判明しました。
まぁ、オーディーンのおじいちゃんも『終末の日』の対策を講じたのに負けたからな。どんな力でも限界はあるということか。
「それにしても考えたわね。ヘルヘイムは全知のミーミルを核として、世界を上書きしていたということかしら」
「た、たしかにミーミルならば、雨粒一つから、全ての事象を把握できます。願いが世界の上書きによるループならば、これほど良い神器はないです」
ハムスターから女神に戻ったフリッグおねーさんが、空となった皿を突き出してくる。もうお代わりはないよ!
フレイヤが難しい顔でミーミルを見つめて、これまでのことを推測する。
「フリッグとフレイヤの小娘の言うとおりじゃて。吾輩は『アシュタロト』として擬態され封印されていた。いや、封印されていたフリをしていたというところじゃな」
なるほどねぇ。同じ知識系統の存在だから、誤魔化されても誰も気づかなかったというところか。
「世界をループするためとはいえ、よくやったよね〜。ヘルヘイムって根性あったよ」
「そのおかげで、世界はボロボロだ。ミーミル、貴様のせいでもある」
神々の計画は何千年単位だから、みーちゃんには無理だな。ぽてりとソファに寝っ転がって、呆れてしまう。
「んん? 世界を崩壊させる? あぁ、ヘルヘイムのやった計画のことか?」
「む? なにか違うところがあるのか?」
ミーミルの言葉に、オーディーンのおじいちゃんが眉を寄せる。たしかになんだか気になる言い回しだね。
ソファから起き上がると、ミーミルへと向き直る。ミーミルは皆の視線が集まったことなど気にせずに答える。
「ヘルヘイムが行ったことは、世界の崩壊ではないぞ?」
「世界が崩壊する際に、自身が降臨して支配をするつもりではないのか?」
オーディーンのおじいちゃんの言葉に、みーちゃんも同意してコクコクと頷く。
「みーちゃんもそう思ってたよ?」
「……なるほどのぅ。たしかに一部分は当たっておるが、外れてもおる。ヘルヘイム程度の力では、この世界の支配はできぬ。精々筆頭神になれる程度だ。黄金の糸は一部分しか操れぬじゃろう」
「筆頭神で良いじゃん。それに『ニブルヘイム』は崩壊寸前。新たなる世界の筆頭神として君臨すれば満足でしょ?」
それ以上、何を求めるわけ? この世界の王様になるんだから、問題はないじゃん。
「………いや、ヘルヘイムは『終末の日』を経験しておる。筆頭神では再び『終末の日』が来た場合に頼りないと考えたに違いない」
オーディーンのおじいちゃんが苦々しい表情で、なにかに気づいた様子で再び舌打ちする。推測が外れていたことが悔しいらしい。
「そうじゃな。で、考えついたのが、この世界の完全支配。その力の全てを操る方法じゃ。そのためにも手に入れるものがあった」
「なにを?」
「それはじゃな………」
ミーミルの語った内容に驚く。そんなことを考えていたのか………なるほどねぇ。
「うおっ、話は終わったかい? 寝てない、寝てないよ?」
ミーミルの語った内容を聞いて、静まり返った部屋にヘイムダルの声が響くのみとなったのである。
話に加わってこないと思ったら、寝てたな、このニートダルめ。




