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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
3章 悪人退治

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35話 スラム街と酔っ払い

 犬の遠吠えがどこからか聞こえてくる。その遠吠えはどことなく不吉な感じを聞いた人に与えてくる。空は既に陽が落ちて真っ暗だ。星空は地上のネオンの光に打ち消されて、チラとも見えない。


 満月が中天に達して、寒々とした風が街並みを通り過ぎていく。そろそろ冬も終わりであるが、まだ寒さがなくなるのは数週間先だろうと、人々は思いながら、コートの襟を立てて、ポケットに手を入れて足早に帰宅している。


 早々に暖まりたい者は、自宅に帰る前に一杯やるかと、居酒屋に入り機嫌の良い笑い声をあげて、はたまた会社の愚痴を口にして、酒を飲んでいた。


 帝都の普段の夜の光景だ。時折、警察官が面倒そうな顔をして、自転車に跨り巡回をしている。夜に出かけることに喜びを覚える子供たちがこっそりとコンビニで買い食いをしている。


 平和な光景であった。


 しかし、空から見ると変なことに気づくだろう。ネオンの光や、家庭の電灯にて照らされている街並みの一角がまるで停電をしたように暗かった。


 ブラックホールにでも削られたかのような光のない地域。帝都には立ち入ってはいけない場所があるが、その一つだ。


 その地域はスラム街。警察も立ち入れず、犯罪捜査の際には武士団が共に入らなければ危険を伴う場所だ。


 都市計画の際に、予算が足りずに途中で放棄された地域。誰がその土地の所有権を持っているかも不明であり、ビルは建設途中で止められたものも多く、その大半が錆びた鉄骨が剥き出しになっている。開店予定であったのか、汚れてボロボロの幟が垂れ下がっている店舗は窓ガラスが真っ黒で中の様子は見えない。棚もなく、なにかのゴミが山となっている。


 開いている店舗はあるが、ガラス張りであったろう窓にはバリケードのようにしっかりと、板金が貼られて、ボルトで止められている。


 街角には薄汚れた者たちが、なにか獲物がいないかと目を光らせて隠れている。弱い者は細道の奥、崩れて誰も近づかないだろう家屋の隅に隠れ住んでいる。


 少しでも強い者は集団を作り、縄張りを作り暮らしている。強者が弱者を駆逐して淘汰する世界。力がものを言うわかりやすい世界。それが、スラム街であった。


 そんな危険なるスラム街にて、一人の老人が足元も定まらず、ヨロヨロと身体を揺らしながら入ってきた。


 スラム街でも、外の街との境界線にあり比較的安全な地域に住んでいる者たちが、ドラム缶に入れたゴミを燃やし暖まっていたが、その老人をちらりと見る。


 炎に近づくにつれて、老人の容貌が目に入ってくる。


 みすぼらしい老人であった。やけに鍔が広い帽子をかぶり、元は深い蒼色であったろう、今は汚れで黒くも見えるコートを羽織り、ふらふらと歩いていた。


 顔はボサボサの白髭が顎まで伸びて汚らしいイメージを与えてくる。どう見ても貧民であり、金目の物を持ってそうにない。隻眼であるのだろう。片目は閉じており、開くこともなさそうだ。


 ただ、やけに鋭い光を放つ隻眼が、見る人にどことなく威圧感と畏れを齎していた。


 ドラム缶を囲んでいる人々は、様々だ。痩せた中年の男から、歯の抜けた老人、顔を泥と汚れで真っ黒にした青年もいる。


 彼らは、老人が金目の物を持っていないだろうと、その姿を見て思う。


 そして、ニヤニヤとその顔を歪めて嗤う。金目の物は持っていないだろう。しかしそれは平民の話だ。スラム街の人間にとっては違うのだ。


 それぞれ、鉄パイプやナイフ、棍棒を手にすると、ニヤニヤと嗤って、酔っている老人へと近づいていく。


「おう、爺さん。景気が良さそうだな」


 先頭の男が、これみよがしに錆びた鉄パイプを手でピタンピタンと叩きながら声をかける。他の者たちも、ニヤニヤと下卑た嗤いを浮かべて、老人を囲んでくる。


「ん? この風体の儂が景気が良いとはな。なかなか面白い事を言う」


 隻眼の瞳が面白そうに、囲んできた男たちを見据える。その危機感のない態度に、囲んでいる連中の一人がプッと吹き出して笑う。


「ここに来たのは初めてか? それじゃ教えてやる。このスラム街では、てめえのような風体でも景気が良いんだよ。帽子にコート、靴も置いていけ。あと、酒持ってんだろ、酒。それも置いていきな」


「このスラム街に入る通行料というわけだ」


「落ちぶれたみたいだが、このスラム街は平民街とは価値がちげえんだよ」


 金が無くとも、服がある。服に加えて、靴もだ。革の靴は泥を取れば、高く売れそうだ。財布を持たなくとも、衣服があれば剥ぎ取る。しかもこのような老人なら簡単そうだと、男たちは目の前の老人を獲物と、ギラギラとした目をする。


「なるほど、なるほど。飢えれば、冬でも老人から衣服を剥ぎ取ると。なかなか良い心の持ち主だな。いや、飢えてもいなさそうだ」


 老人は感心して、髭を触りながら、男たちを見る。


「うっせぇ! ほら、ボコボコにされる前に脱ぎな。そうしねぇと、命まで喪っちまうぞ!」


「まぁ、この冬の寒空だ。死んじまうかもしれねぇけどな」


「焚き火にあたっても良いぜ。俺らって親切だな」


 ゲラゲラと嘲笑う連中を睥睨して、老人は口を開く。


「ムニン。この者たちは、どのような者たちだ?」


 誰に言うこともなく、老人が呟く。誰に話しかけているんだと、周りの連中は眉根を顰め、酔っ払いの戯言かと思ったが、暗闇から甲高い声が聞こえてきた。


「『解析完了』。こいつらは一昨日強盗をしております。老婆の住む家に押し入り、老婆を殺し金目の物を奪いましたカァ」


 カァカァと鳴く声はカラスのものであった。


「な、なんだ?」


「あれだ!」


 キョロキョロと周りを見渡す男たちは、電柱にとまっているカラスを見つける。暗闇の中のカラスはほとんど姿が見えないが、その紅い紅い目だけははっきりと暗闇の中で見えていた。


「か、カラスが喋っている?」


「な、なんだこりゃ?」


 驚き騒ぐ男たちを見ながら、老人はかぶっている鍔広の帽子の傾きを直す。


「ふむ。その程度か?」


「悪人ABCDEF、こいつらは罪のない人間を多く殺している。殺しているカァ」


「そうか、それでは問題はないな」


 老人はカラスが喋る事を驚くこともなく、当然だという態度で答える。


「まさか使い魔か、てめぇ、魔法使いか?」


 カラスの正体に気づき、男たちは危機感を覚える。だが、逃げることはしなかった。『魔導鎧』を着ていないし、酔っ払いだ。たいした魔法使いではないのだろうと考えたためだ。所詮、スラム街に落ちてきた者だ。見掛け倒しに違いない。


「だとするとどうするね? 逃げるのかな?」


 酔っ払いには見えない鋭い声音で老人は尋ねる。だが、男たちはそのセリフで確信した。ハッタリだと。見掛け倒しだ。単に言葉を喋るカラスを連れているだけだと。


 老人の後ろにそろそろと近付く仲間を見て、ニヤリと嗤う。


「いや、あんたが魔導具を持ってりゃ良いなと思っただけだ!」


 注意を自分に向けるため、老人と対面している男が叫ぶ。その大声に合わせて、後ろから鉄パイプを振り上げて、老人へと仲間が襲いかかる。


「そうか」


 ただ一言。つまらなそうに老人は呟き、その頭上に鉄パイプが振り下ろされた。ガツンと骨を砕く音がして、倒れ伏すだろうと、仲間たちは分け前をどうするかと早くも考え始めたが


 ガツン


 と、骨を砕く鈍い音がして、倒れたのは鉄パイプを振り下ろした者だった。なぜか強烈な一撃を受けたために、ふらりと地面に倒れてピクピクと身体を痙攣させる。頭からドロリと血が流れて血溜まりとなっていく。


「な、なんだ、てめぇ!」


「やっちまえ!」


 他の仲間たちがなにが起こったのか、理解はできなかったが、この老人がなにかをしたのはたしかだと、一斉に襲いかかる。


 棍棒を叩きつけて、ナイフを突き刺して、殺そうとする男たち。老人はその様子を見ても、焦ることもなく、ただ佇んでいた。


「ガッ」

「グフッ」

「いでえっ」


 殺されると思われた老人は、傷一つ受けることはなく、襲いかかった男たちが反対に痛みで呻き、地面に転がる。


 頭が陥没した者、胴体から血を流す者、全て自分が攻撃した結果が弾き返されていた。


物理反射壁マテリアルリフレクト


「物理攻撃は、必ず一度反射される。牽制の攻撃にしておくべきだったな」


 冷たい声音で、老人は倒れ伏す男たちを見下ろす。攻撃をせずに様子を見ていたリーダーは、顔を青褪めさせて、老人を化け物でも見るかのような顔で見る。


「ま、魔法使い! なんで、魔法使いがここにいるんだよ!」


「ふむ、それは色々と理由があってな。とりあえず、聞きたいことがあるのだが良いだろうか?」


「は、はい、何でも聞いてください!」


 こいつは魔法使いだ。しっかりとした魔法を使う強い魔法使いだと、リーダーは身体を震わせながら、理解した。


 老人は白髭を撫でながら、目を細める。倒れた男たちのことは気にすることもなく、まるで小石でも転がっているような、無関心な態度で、口を開く。


「このスラム街にはダンジョンがあるな? 密かに管理しているダンジョンが。そうではないか?」


「だ、ダンジョン? ダンジョンが目的だったのか。だが、あそこはやべえ。スラム街でも、魔法使いを抱えた集団だ」


 たまたま男はダンジョンを管理する組織の一員であった。そのことを恨めしく思う。下っ端の下っ端であったが。まさかピンポイントで、秘密の情報を尋ねられるとは想像もしていなかった。自分を最初から狙ってきたのだろうか?


「やはりお嬢の言うとおり、ダンジョンがあったか。ならば場所を教えよ」


 命令口調で威圧感を持たせて、老人は尋ねる。男は震えながらも、懐からナイフを取り出すと老人へと投擲する。


「教えるかっ! 命が惜しい、ガッ」


 ナイフは老人に刺さったと思われたが、老人の身体の前に波紋が発生し、男の肩から鮮血が流れる。肩を押さえて蹲り苦痛の声をあげる男を見て、フンと老人はつまらなそうに鼻を鳴らす。


「聞いていなかったのか、記憶力がないのか。どちらでも良いが、場所を教えよ」


「勘弁してくれっ! 話したら、俺の命がねぇっ!」


「ならば、ここで死ぬのだな」


 必死になって、抵抗する男へと、老人はあっさりと告げた。その冷酷な声に本気のつもりだと悟る。


「わ、わかった。俺が話したと言わねぇでくれ! Z地区の12ブロックだ。そこの倉庫の一つにダンジョンが隠されている」


「ふむ、ご苦労」


 老人は答えを聞いて、満足すると、どこからか葡萄酒の瓶を取り出すと、グビリと呷り暗闇の中に消えていった。


「は、た、助かったのか……」


 殺されると覚悟をしていた男は安堵すると、周りを見渡す。仲間たちは大怪我をして倒れている。このままでは死ぬかもしれない。


「ヘヘッ。仕方ねえんだ。悪く思うなよ、お前ら?」


 転がっている鉄パイプを拾いあげると、醜悪な笑みを浮かべる。仲間たちにトドメを刺して、こいつらが隠している金目の物を回収するつもりなのだ。


 弱者は淘汰される。怪我人は殺される。それがこのスラム街のルールなのだ。


 肩を押さえて、手近の仲間を殺そうとする男だが、選択を誤った。逃げるべきであったのだ。


「グルルル」


 2匹の狼が暗闇から、のそのそと現れたのだ。巨大な狼であった。虎のような大きさの狼だ。男たちを狙う獣の目をしている。


「な、なんでここに犬が、ヒィッ、待て、待ってくれ」


 そのセリフが男の最期の声となった。


 悲鳴が響き渡り、咀嚼音が聞こえてきたが、やがてその音も夜の闇の中に消えていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふむ?ムニンがいると言うことは対のフギンも居そうだね しかもカラス型って事だし この爺さん普通の魔法使いでは収まらない存在だね
[一言] 元ネタだとオーディンは戦士としても凄いんですよね! 知識の探求者でドMみたいな感じの扱いの多いこと多いこと。 んーこれ召喚されらのかな。
[一言] 一気読みしました。今までの作品と似てる部分もあるし、全然違う部分もあって面白いです。続きが楽しみです(*´∀`*)
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