347話 懐かしのスタイルでの戦闘をするんだぞっと
アンナルとエリ。どうやら勝利は知っているようだ。というか、後藤隊長も知っているらしく、険しい顔になっている。
「くっ、まさかアンナルとエリが変身していたなんて!」
なので、みーちゃんも手を握りしめて悔しそうな顔をします。
「アンナルとエリとは?」
「知らない。とりあえず空気を読んだの!」
闇夜が尋ねてくるので、正直に答えておきます。アンナルとエリってだぁれ?
「この者たちはイミルと呼ばれる傭兵団長が率いる傭兵団の幹部です。『ニーズヘッグ』との繋がりがあり、テロリスト容疑で指名手配されていましたが、こんなところに潜んでいたか!」
丁寧な説明をしてくれる後藤隊長のおかげで、敵の正体がわかった。
というか、思い切り証人を残しちゃったのか。シン……皇帝になるのを遂に諦めたか?
「そんな……シンのことは信じてたのに! ファンの気持ちを裏切りやがったな!」
「勝利さんはシンのファンだったのですか!?」
ショックを受けて、愕然とした表情となる勝利に聖奈が呆れた顔でつっこむ。たしかにファンはないかな、ファンは。
「この幻は見破れないと言ってたのに、あの魔女は本当に役立たずだよ、まったく」
舌打ちをして、エリが背中に担いでいた両刃斧を手に取る。荒々しい空気を醸し出す女性だ。その魔導鎧もトゲトゲだらけで、装甲は分厚く戦闘スタイルが簡単に予想できる。
「俺は嫌な予感がしてたっすけどね〜。そういう太鼓判を押される時はだいたい失敗するんすよ〜」
ヘラヘラと笑い軽薄な様子を見せるアンナルは軽装甲の魔導鎧を着ており、両手には短剣を装備している。
「貴様らを捕縛し、全ての目的を吐いてもらう!」
『稲妻流し斬り』
怒気を纏わせて、雷を剣に付与して後藤隊長が猛然と斬りかかる。二人を一気に切り伏せようというのだろう。
稲妻の如き光を跡に残して、後藤隊長は瞬時に間合いを詰めると、アンナルに肉薄するが相手は短剣を突きつけて魔法を使ってきた。
『ブラックホール』
アンナルの前方に光を全て吸い込む漆黒の壁が生まれる。漆黒の壁は中心が波紋のように波打つと、次の瞬間全てを吸引し始めた。
「全てを吸い込むっすよ!」
「ぬっ!」
慌てて停止して、後藤隊長は吸引に耐えようとするが、ズリズリと吸い込まれていく。
「そうはさせません!」
『闇剣二式 影斬り』
地を這うように闇夜がブラックホールへと突撃していく。そして吸引されるぎりぎりで刀を一閃した。
キンと金属音が響くと、ブラックホールは揺らぎ溶けるように消えていった。
「な! 魔法を破るっすか!」
「わざわざ教えるつもりはありませんっ」
そのまま返す刀で、アンナルへと斬りかかる。短剣を構えて、闇夜の攻撃をいなしつつ、アンナルは顔を険しく変えて罵る。
「ちっ、マナの供給ラインを斬る魔法っすか! 相性最悪!」
「私の技を見抜くとは、なかなか目は良いようですね!」
「なら、近接戦闘で倒すっす!」
『六陣六星』
アンナルが二刀をマナの力で輝かす。驚くことに、その武技が発動すると、アンナルの腕が残像として残り始める。それどころか、残像が自我を持っているかのように、個別に闇夜へと攻撃を繰り出し始めた。
「むっ! やりますね!」
『闇剣連撃』
闇夜は動揺を見せることなく、トリッキーな攻撃に対して、速度で対抗をする。
キキンと金属音が連続で響き、火花が瞬き、マナが視覚化されてオーラのように空中を舞う。
しかし、これは個人戦ではない。横合いから後藤隊長が剣を構えて、戦いに加わる。
「ここで捕えさせてもらう!」
『巻き打ち』
後藤隊長は剣をアンナルの短剣に絡めると、吹き飛ばすかのように弾く。
後藤隊長も一流の戦士だ。体勢を崩すことを目的とした攻撃に、闇夜と戦闘中のアンナルは耐えられない。
グラリと身体を傾けるアンナル。隙ありだと二人は攻撃を繰り出そうとするが、制止する声が響く。
「それは偽物だぁっ!」
『紅蓮水晶』
勝利が紅蓮の水晶を矢と変えて、アンナルの足元へと放った。
「グアッ」
影が揺らぐと、目の前のアンナルは消えていく。それと共に影から伸びていた腕が弾かれた。
「アンナルは常に本体を影に隠しているんだ。この僕には通じないけどな! おりゃあっ!」
得意げに戦闘に加わる勝利。大きく飛翔して足を伸ばして槍のように突き出すと、アンナルへと蹴りかかる。
「おっと、そうはいかないんだよ!」
『豪刃』
エリが間に入ると斧を振り下ろす。身体をひねり勝利はその攻撃をぎりぎりで躱して、地上へと降り立つ。
『ぶん回し』
エリは身体をひねり大きく回転すると、斧を振り回す。豪風が巻き起こり、空中を舞うマナのオーラが消えて、床にヒビが入る。
「くっ、この威力は?」
「今のは魔法を砕いた?」
後藤隊長と闇夜はすぐに下がり、顔を険しく変える。その雑にみえる攻撃に潜む恐ろしい威力を見抜いたらしい。
「気をつけろよ! エリの攻撃は魔法障壁を砕く貫通攻撃だ。しかもこいつは元から『超怪力』という自分の筋力を10倍にする固有魔法持ちだ!」
バッと手を広げて、勝利が敵の特殊能力を語る。鼻息は荒く、その顔は輝いており、遂にキタキタ俺の時代と思っているのは明らかだ。
「そこまでの情報を掴んでいたのですか! いったいどうやって?」
「あ、あぁ、ここここれでもでも独自の情報網があるからなっ」
後藤隊長の言葉に動揺を露わにする勝利。そりゃ情報の出どころは語れないよね。ということは、こいつらは原作の敵だったか。ゲームでもいたようないないような? 覚えてないなぁ。
「まずは仕切り直しだね〜。ひらひら〜っと」
『木の葉乱舞』
玉藻の扇から木の葉が舞い上がり、紙吹雪のようにアンナルたちへと襲いかかる。アンナルは再び『ブラックホール』を使用して木の葉を吸引するが、エリと共に後ろへと下がり間合いをとる。
その間にみーちゃんは、フギンへと思念を送って、相手の様子を解析させる。カァとカラスの鳴き声がどこからか聞こえると、二人の力を解析してくれた。
『アンナル:レベル61』
『エリ:レベル69』
戦闘に自信があるだけはある。人間レベルでは36家門の当主レベルだ。いや、それ以上かもしれない。
まぁ、今の闇夜たちの相手にはならないけどね。
そして、みーちゃんの敵でもない。パンチ一発で倒せる相手だ。
少し前なら、最初に敵へと攻撃をして、あっさりと倒しただろう。でも………今は少し違う。
怖い。痛みを感じることに、心が恐れを抱いているのだ。だから、戦闘に加わることを躊躇ってしまった。
意識をカチリと切り替える。ここは本当の痛みに耐えての戦闘をする良い機会だ。
だから、一歩前に出よう。勇気というものを持とうじゃないか。
『そのために俺はいるんだしなっ!』
『サブイベント:頑張ろう』
システムさんのログにクスリと微笑む。タンと地を蹴ると、皆を一瞬のうちに追い抜き、アンナルたちへと向かう。
「うぉぉぉ!」
「こいつっ!」
『豪刃』
エリが素早く反応して、斧を振り下ろす。勝利の説明どおりならば、こいつの攻撃は致命的な威力を持つ。
攻撃を受けたら大怪我を負うだろう。
だが、その攻撃を敢えて受けるために、両腕をクロスさせて防ぐ。
ガツンと強い威力と共に腕に激痛が走る。ズキズキとして、腕が千切れるかと思うような強い衝撃だ。あまりの威力に地面に足がめり込み、身体が傾ぐ。
「くっ!」
歯を食いしばり、痛みに耐える。血がポタポタと切られた箇所から流れて、地に落ちていく。
いつもなら、気にせずに反撃するところだ。ちょっぴり痛いよねと思い、機械のように反応し敵へと反撃する。
だが、痛みに耐えたことで、身体が動きを僅かに止めて、反撃ができない。
「もらった!」
『豪刃乱舞』
エリが咆哮すると、斧を旋風の如く回して連撃を繰り出してきた。
怖い。痛い。このまま切られちゃうと恐れを持つ。
けれど、これが普通の人間というものなのだ。
「てい」
身体を僅かにずらして初撃を回避し、半歩下がると二撃目が顔の横を通り過ぎるのを見送る。三撃目は胴体に迫ってきたので、膝打ちで斧を掬いあげて弾く。
「なにっ!」
「痛いからって、弱くなるわけじゃない。恐怖を持つことにより動きが鋭くなることもある。痛いのは嫌だしね」
サクサク切られちゃうのは嫌だ。とっても痛いもん! だから、今までよりも遥かに丁寧で繊細な動きができるんだ。
「あ、当たらないっ! このちびが」
「とやっ」
『当て身』
叫ぶエリの懐に入ると、その鳩尾に拳を叩き込む。魔導鎧の装甲を貫き破壊すると、ゴキリと胴体を砕く感触を感じた。
「が……そ、そんな」
くの字に身体を折って、エリは苦悶の表情で倒れ込む。倒れ伏すエリを気にせずに、美羽はアンナルへと向かう。
「まさか、エリっちを一撃で!」
『旋風鋭刃』
驚愕するアンナルが速度重視の武技を使用する。キラリと短剣が輝き、幾本もの光刃が軌跡に残り、美羽へと向かう。
『幻影歩法Ⅱ』
タタンと軽やかにして複雑なステップを踏むと、美羽は幾人もの残像を残して、高速で移動する。
「グッ! あ、当たらないっす!」
自信のある武技だったのだろうが、刃の軌跡は全て残像を通り抜けるだけで、美羽にはかすりもしない。
見えているからね。その全てを見切っている。攻撃の始まり、肩に力が入り、視線がどこを向いているか。醸し出す空気と、攻撃の流れ。
アンナルの攻撃を美羽は観察し、解析し、その全ての軌道を読んでいた。
当たることがないアンナルへと、トンと一歩踏み込むと、拳をぎゅうと握りしめる。
「人の痛みを考えることができるのも厄介なものだよね」
『当て身』
ズズンと強い音がして、アンナルの身体もエリのようにくの字に折れる。アンナルは大きく目を見開くと、ヨロヨロと身体を揺らす。
「が、がはっ。や、やめときゃよかった………」
崩れ落ちるアンナルを見下ろしながら、痺れる腕を回復させて呟く。
「みーちゃんはピーキーな回避盾をすることにするよ。タンクからジョブチェンジだね」
痛いのは嫌だからね。それに相手を殺すことにも罪悪感がチリチリとする。
これから滅ぼすのは、きっと魔物や神関係となるだろう。人間は殺すと決めた相手以外は、殺さないことにしたよ。
これまでは雑草を刈るように気にしていなかったからね。人間は雑草じゃないことを改めて思い出したんだ。
新戦闘スタイルとなった美羽は、灰色髪を靡かせて、フフッと微笑むのであった。




