345話 擦り合わせは大事だよねっと
皇城を飛び出たみーちゃんは車に乗り込みながら、内心では驚愕していた。なんで、勝利はみーちゃんの魔法が効かないわけ?
走ってきたから、額に汗をかいていた。ちゃんとハンカチを持ってるんだよと、みーちゃんは汗を拭う。
なんだか久しぶりに汗をかいたような気がする。いや、最近は疲れすらも感じなかったからなぁ。前は感じていたのに。きっとこれは良いことなんだろう。
「蘭子さん、指定する住所に向かってください」
「待ってください、みーちゃん」
「ちょ、僕も行くぜ」
「みー様の行くところに私もお供します」
「だよね〜。ニッシッシ」
ドアが開いて聖奈たちが乗り込んできた。……なんで闇夜たちもいるのかな?
「私もお父様についてきたのですが、なんとなくここで待っていたほうが良いと、みー様勘が働きまして別行動をとっていました」
「玉藻は闇夜ちゃんに呼ばれたんだよ〜」
何ということでしょう。聞いたこともないスキルに目覚めたらしい闇夜である。みー様勘ってなぁに?
とはいえ、深く聞いても頭が痛くなるだけになりそうだからスルーしておく。みーちゃんの車は8人乗っても大丈夫だよ。特別製の車だからね。
「お嬢様、では出発します」
運転手は蒼髪のメイドだった。来た時はおっさんだったのに、なんで?
「運転手さんは?」
「まだ大丈夫かと思って、コンビニに休憩に行っております。お任せください、免許は先週取りました。運転はプロです、12回も実技テストを受けた経歴がありますので」
全然お任せできなそうな発言をして、ニムエは車を発進させた。まぁ、いっか。それよりも考えることがある。
とりあえず車が移動する間に、これまでの情報を闇夜たちとザッと話す。
そうして対面に座る勝利を見る。聖奈の隣に座っており、発情期の猿のような顔をして聖奈の手を握っている。全く笑顔を崩さないから、本当に聖奈って聖女だよね。みーちゃんは敵わないよ。
それはともかくとしてだ。まさか『神癒』が弾かれるとは予想だにしなかったよ。
ヘドロの糸程度では、私の魔法の理を弾くことはできない。本人は抵抗する様子も無かったしね。
それなのに弾かれた。というか、勝利の身体は黄金の糸で形成されているのだが………糸が太くて強力だ。今までとは違う。
失敗したな。放置するんじゃなかった。まぁ、人間に戻ったのは昨日だから仕方ないんだけどさ。システムさんのストーリーでも勝利は必要なキーだったからね。
考え直して、助けるつもりだったが……。本当は遠い星になってもらおうと思ったけど、聖奈や燕楽のおっさんが悲しむだろうし、我慢して殴るだけに留めておいたんだ。
まぁ、記憶を取り戻したからこそ、この程度で抑えることにしたんだけどね。
でも、勝利の改造は予想外だ。治せないとはちっとも思わなかったよ。どうなるかわからない。以前ならば仕方ないかと、石ころのように放置したけど、今は人間のみーちゃんだから、一応可哀想だと思うので対処したい。
「な、なぁ、僕が改造されているって、本当なのか?」
聖奈と恋人繋ぎをしても不安は払拭されなかったのだろう。勝利は怯えを含んだ口調でみーちゃんに聞いてくる。
「気づかなかったの?」
「いや、ポーションを飲むたびにパワーアップしていたから気づいてた……」
気づいてたのか………。転生者の悪いところが出たな。『空間の魔女』を無条件で信用していたんだろうなぁ。
「勝利さん……これからはポーションなどは私に連絡して飲んでも良いか確認をしてくれますか? 治験のバイトをしていたのではないですよね?」
嫌味を言う聖奈。その笑顔には怒りが垣間見える。まぁ、怪し気なポーションをごくごくと飲む婚約者とか、殴っても良いだろう。
「粟国勝利さん、申し訳ありませんが、どのような経緯があって神無家の伝手で『空間の魔女』に鍛えてもらう流れになったのでしょうか?」
闇夜が不思議そうに勝利に尋ねる。みーちゃんはだいたい予想しているけど、改めて聞いておくか。
勝利は気まずそうにみーちゃんへと視線を向けると、こほんこほんと咳払いを始めながら口を開く。
「あっと、ですね……。その鷹野家は皇帝の座を狙い『ニーズヘッグ』と共に暗躍していると聞かされて、その………ね?」
「それだけ?」
キラリと目を光らせて、勝利を見る。みーちゃんの眼光に押し負けたのか、勝利はなぜか闇夜へと視線をチラリと向けて自白する。
「『魔神』っていう世界を滅ぼす魔物がいまして………その世界を滅ぼす魔物がいまして………。それを皇帝となった灰色、いや鷹野美羽さんが『ニーズヘッグ』と共に復活させるので、防ぐためだったんだ」
「そんな馬鹿げた話を信じたんですかっ!」
愚か者を見るような目で闇夜が詰問する。勝利はアワアワと手を振って、弁明に走る。
「そりゃ、信じるよ。だって、ほら、なぁ、わかるだろ?」
「はぁ? そんな作り話にみー様を使うなんて許せません!」
「そうだよ〜、玉藻も許せないよ〜。そういう病気は来年からかかってほしいなぁ」
「………」
闇夜と玉藻は怒り始めるが、聖奈は黙っている。ここはみーちゃんも怒るふりをしなくてはならないところだけど………。予想通りだったからなぁ。
一つ、予想外だったことがある。勝利は闇夜に理解を求めた。つまるところ、それは闇夜ならこの話を信じると思っているんだ。
即ち、闇夜を転生者と勘違いしているということだ。今までの闇夜の行動に鑑みて、転生者ではないと気づいてもおかしくなさそうだけど、いつから勘違いを……たぶん思い出すに、最初に出会った時からだろう。
どうしようかな。答えを教える必要はなさそうだけど。どうも嫌な予感が消えない。勝利の存在構成は既に人間とは違う。しかも今までとは全く違う。ヘドロ色じゃないんだ。
システムさんも今回のことは予想外のはず。そう思ったら連絡が来た。
『サブイベント:粟国勝利を殺しておこう』
まぁ、システムさんならそういう考えに至るよね。ここで殺しておいても問題はないという考えだろう。魂だけの存在へと変えて、放置しようとか考えているに違いない。
魂だけが、こちらも敵もキーとして必要だったはず。しかし、そこに不測要素が入った。
今までとは違う、きらびやかな黄金の糸は、いや黄金の鎖は嫌な予感を感じさせる。
『ダメダメ、駄目だよ。もう思考誘導は通じないからね』
でも、神としては必要な行動も人間としては間違っている。人の肉体はただの肉の塊、仮初の器ではない。
『観測内容に無い状況。結果が予測不可となっちゃうよ』
『『自由』を標榜しておいて、思い通りにいかせようとストーリーを作るのは『運命の糸』とやることは変わらないって、話したでしょう』
ストーリー通りにいかなければ、ハッピーエンドには到達できないかもしれない。負けちゃうかもしれない。不安はとってもある。
ゲームではプレイヤーは勝つまで遊べるからね。でも現実なんだから仕方ない。
深き意識の深淵に眠りしものが、代わりに答えてくれる。
『大丈夫。俺の腕を信じろよ。初めて会った時に任せておけと言っておいただろ? ゲーム仕様は強い。たとえ痛みを取り戻して、プレイヤーではなくなっても、武技や魔法の力は消えることはないからな。俺たちなら勝てるって』
『………サブイベントをキャンセルしました』
『ありがとう!』
システムさんとの会話に没頭する中で、聖奈がコホンと咳払いをして口を開く。
おっとっと、皆との話に集中しないとね!
「闇夜さん……勝利さんの言っていることは本当です。頭がおかしいわけでも、精神操作されているわけでもありません。お花畑の頭ですが、本当のことなんです」
「……『魔神』という魔物が存在するのですか?」
「はい。世界を滅ぼす『魔神』は存在するんです。文字通り世界を滅ぼす恐ろしい敵です。『ニーズヘッグ』が復活させようとしているのも間違いないんですよ」
真剣な表情で語る聖奈に、闇夜たちも真剣な表情となり、みーちゃんをチラリと見てくる。本当かなと半信半疑の様子だ。
みーちゃんが黙っているので、どのような判断をするのか気にしているのだろう。
「聖奈さんは知っているんですね! そうなんです、この世界には『魔神』が存在するんですよ!」
聖奈さんも同意見なんですねと、やったと喜ぶ勝利。まぁ、聖奈は何度も戦っているだろうからね。
「せーちゃんまで知っている。しかも勝利君とは別ルートの情報源なら、その情報は確度が高いと思うよ。でも、みーちゃんは『ニーズヘッグ』とは組んでないし、皇帝の座も目指してない。『王』にはなったけどね!」
「『王』? みー様は『王』になったんですか?」
「うん、関東全域の自治会長になりました! これからはシムなシティをしていく予定」
クフフと口元を手で押さえて悪戯そうに笑う。国政に参加しなくなって、みーちゃんは幸せです。大臣とか面倒くさいけど、このままだと押し付けられそうだったからね。
「おめでとうございます! やりましたね!」
「エンちゃんは遂に『王』になったんだ、おめでとう〜」
「ありがとう二人とも。で、そういうわけだから、皇帝の座なんか求めないよ」
闇夜と玉藻が笑顔で拍手してくるので、はにかみみーちゃんスマイルをしながら、勝利に告げる。
「いや……僕もね、灰色髪ちゃんはどう見ても皇帝を狙うような子に見えなかったから不思議に思ってたんだよ。シンの勘違いじゃないかなぁと思って話し合いをする予定だったんだ。本当だぜ?」
「これからは交換日記もつけましょう、勝利さん。一日にあったこと全てを書いてください。愛する勝利さんとの交換日記が楽しみです」
「いやぁ〜、そうですか? わかりました。今日から始めましょう」
花満開の頭を持つ勝利が、微笑む聖奈の言葉にうへへと笑う。こいつは本当にポジティブだなぁ、感心しちゃうよ。
「まぁ、シン君から話を聞こうよ。武士団に確保されているのかなぁ」
まさかと思うが、モブ武士団が逃走を計るシンに殺されているとかないよね?
システムさんのストーリーに従うことを止めたから、そういう基本情報が入りにくい。
「そろそろ現地に到着します、お嬢様」
ニムエの言葉に、窓を開けて外を見る。木造造りの2階建ての古いアパートが建っているのが目に入る。
そして、武士団が集まっており、誰かと話していた。……あれはシンか? その隣には貧相な装いの中年のおばさんもいるな。
「あ、シンがいますよ。どうやら平和的な解決ができると思います」
勝利がのほほんと口にするが、未だにシンが正義の主人公だと信じているんだなぁ。
まぁいいや。それじゃ話を聞くとするかな。




