344話 特別自治
皇帝の言葉に、皆が真剣な顔となる。灰色髪ちゃんも空気を読んで、真面目な顔になって背筋を伸ばしていた。こっそりと僕のショートケーキを奪おうと、手を伸ばしていたけど。この娘は本当に図太いな!
「まず、これは鷹野侯爵とも話し合ったのですが………。関東全域の開発には恐ろしく資金が必要であり、多くの人を集めなければならないことから……」
一旦間をとり、皇帝は周りを見る。注目を集める話し方が上手い人だ。皆がゴクリとつばを飲み込み、灰色髪ちゃんは、僕のショートケーキのイチゴをゴクリと飲み込んだ。
「不動産税だけにして、残りの税金は無しとします。その期間は50年間として、特別自治区とし鷹野侯爵には『王』の地位を1代限りとして授けようと思います」
「なんと!」
「『王』ですか!」
皇帝の思わぬ提案に帝城王牙と親父、そして他の面々も驚きを隠せない。
「鷹野侯爵を『王』に? それは……始祖たる織田信長様が徳川家康に下賜したやり方と一緒ですな。だが、古き時代は効果がありましたが、現在でそのようなことをやりますと、効果がありすぎるかと」
「税抜けしようと、大勢の人々が関東に集まりますぞ。税収が大幅減となるでしょう」
反対意見を口にする帝城王牙と親父。他の面々も反対する顔だ。しかし、手を少しあげると、制止をしてきて皇帝は話を続ける。
「うん、貴族の戸籍は鷹野一門以外は関東に移すことは禁ずる。もちろん企業もだ。平民は許す予定だから、ある程度の均衡はとれるだろう」
税抜けは許さない構えらしい。ひらひらと手を振って、皇帝はさらに話を続ける。
「それにその期間は国政に鷹野一門は参加できないこととする。大臣他軍の組織でも将軍以上にはつけないこととする。これでどうだい?」
「………なるほど。鷹野侯爵は失礼ながら力を持ちすぎております。これならば、均衡はとれるかもしれません」
ううぬと唸って、帝城王牙は顎を擦りながら答える。自信はなさそうだが、それでも妙案だと思い始めている様子だ。
「………貴族の企業が置かれなければ、さほど開発も進みませんか……それはそれで鷹野侯爵の力が関東全域に広がりますが……」
親父もどう答えたものかと迷っている。たしかにメリットデメリットが僕でもわかる。
両方ともとんでもない大きさだ。メリットは皇帝の権威回復に邪魔な鷹野一門を排除できる。
デメリットは関東全域に確固たる鷹野王国を建設されてしまうことだろう。
だからこそ、50年間という期間を設けたのだとわかるが、これはウィンウィンなのだろうか? 僕では複雑すぎて、さっぱり予想がつかない。
「法律は変わらないから、軍と武士団、警察関連はもちろん国からの駐留だ。特別自治区とはいえ、私兵を大勢抱え込まれても困るからね」
「陛下、私は賛成ですぞ。今の状態では皇帝の譲位を求められても断ることはできないほどに力が偏っていますからな。わっはっは」
ひょいと肩をすくめて答える皇帝に、宰相があっけらかんとした口調で大笑いする。そのセリフに苦笑をしつつも、皇帝は咎めることなく頷く。
「たしかに皆は鷹野侯爵をトップとした政界を考えておりますからね。この提案は良いかもしれません。粟国は賛成致します」
「そうですな。ある程度の距離を取れば、陛下の失墜した権威を取り戻せる近道となりましょう。これからは大変だと思いますが、現状では良策かと」
パンと膝を打って親父が賛成し、帝城王牙も反対はしなかった。う〜ん、『王』かよ。僕のショートケーキをさっきから奪おうとするこの灰色髪ちゃんが『王』かぁ。
「50年後には、皇族と鷹野侯爵の子孫が結婚をして血を繋げることとなるとは思うけど、それはまだまだ先の話だ。とりあえずはこの案でいこう。三が日が終わった後に、すぐに任命をします」
「へーかのお言葉に従い、関東全域を開発することに邁進していきます!」
アイスブルーの瞳を輝かせながら灰色髪ちゃんが片手をあげて、元気よく答えるとそれで話は決まったのである。
そうして鷹野美羽は『王』となったのであった。
その後の話し合いでは『空間の魔女』が元皇后だったとか、既に後宮にはおらず、『ニーズヘッグ』の残党が潜んでいたので、後藤隊長たちが捕縛したとの話し合いが続いた。
さらなる話し合いは政治のこととなり、僕たちは席を外すこととなった。とはいえ、席を外したのは僕と聖奈さんと灰色髪ちゃんだけだ。『王』となったので、国政には参加をしないという決まりを早くも守るらしい。
そして今は聖奈さんの部屋に来ている。聖奈さんの部屋に! ヒャッホー! 灰色髪ちゃんが邪魔だな、お菓子を買ってくるように小遣いを渡すか。……はっ、もう僕の小遣いは凍結されたんだった!
浮かれて、ふんふんと鼻を鳴らして聖奈の部屋を舐めるように見渡す勝利。
ソファに座ると、うへへとイヤらしい触り方でソファを撫でる男らしさを二人の少女に見せつける。
「『空間の魔女』は指名手配犯となったね、せーちゃん。でも、母親が主犯で大丈夫? ショックでしょ?」
「……それが不思議なことにそれほどショックを受けていないのです。なぜならお母様との記憶ってほとんどないんです。公式行事でたまに顔を合わせるだけだったの」
聖奈さんを気遣う灰色髪ちゃん。僕もハッと気づいて慰めの言葉を考える。部屋の空気を吸うべく、大口を開けている場合じゃない! 婚約者として寄り添わないと!
「大丈夫ですか、聖奈さん。僕もそばにいますので、しっかりと気を持ってください。この勝利がずっとおそばにいます。一生を懸けて!」
そそくさと聖奈さんの隣に座ると、手を握ってニカリと爽やかな笑顔で慰める。
勝利にとっては爽やかな笑顔だ。聖奈さんの手を握っちゃったよと、鼻の下が伸びて、口元が緩んでいる爽やかな笑顔だ。
「ありがとうございます、勝利さん。とっても心強いです」
「せーちゃんって、心が物凄く強いよね」
心が癒やされる笑顔を見せてくれる聖奈さん。なぜか半眼となって灰色髪ちゃんが言ってくるが、なんのことだろう。
「で、シンも指名手配にしたかったのですが、残念なことにできませんでした。なので、どこに住んでいるのか教えてもらっても良いでしょうか? 勝利さんなら知ってますよね」
「か、顔が近いです、聖奈さん。ここには僕たち以外もいるのですから、少し落ち着いてください」
手を強く握り返されて、ググッと顔を近づけてくる聖奈さんに、顔を真っ赤にしてしまう。ちかい、近いよ。灰色髪ちゃん、部屋から出て行け!
「シンの住所はわかっているから、後で訪ねようか。もう武士団が任意同行で訪ねているはずだよ。それよりも『空間の魔女』と訓練をしていた勝利君の身体を見てみたいんだけど?」
「さすがはみーちゃんです! 後で行きましょう。あ、勝利さんの身体を調べてください。精神操作をされていたら大変ですからね」
パッと手を離してしまう聖奈さんは、灰色髪ちゃんに向き直る。くっ、僕も良いところを見せないと! というか、精神操作はされていないと思うぜ?
なにせ僕は神だからな! この世界の設定は全て網羅している。たしか海のような心になれば精神操作は解除できるはず。それか恋人のキス。……キスが必要かもと聖奈さんに言ってみるか……?
「それじゃ、そこの壁際に立ってください!」
「あ、あぁ、ここらへんか?」
いつもニコニコと笑顔の灰色髪ちゃんの言葉に従い、壁際に立つ。……なんか目が怖いような……き、気のせいだろう。
そこら辺だねと灰色髪ちゃんは頷くと屈伸を始めた。なんで屈伸をするんだ?
屈伸を終えると、灰色髪ちゃんはこちらへと向き直り深呼吸をする。
「診断するんだよな?」
「うん! 大丈夫、みーちゃんに任せて、医者の聴診器を使った検査とあまり変わらないから」
右腕をあげて、左手を下げる。胸を張ってポーズを取ると気合いを入れ始める灰色髪ちゃん。なにやら嫌な予感がするのは気のせいか?
聖奈さんは穏やかな笑みで様子を見守ってくれる。ここでオロオロと情け無い姿を見せる僕ではない。
「いいぜ、やってくれ!」
「スーパ〜、みーちゃん、ウルトラ〜」
両腕をくるくると回して、なにやら言い始める灰色髪ちゃん。とっても嫌な予感がするのは気のせいだろうか。逃げても良いだろうか?
「ハイパー、エスカ〜、レータウ、ラーミアタッーク!」
瞬間、灰色髪ちゃんの姿がかき消える。
『当て身』
「ゲフゥッ」
気付いたときには、鳩尾を思い切り殴られていた。空気が肺から失われて、視界が真っ赤になる。ギラリと輝く灰色髪ちゃんの目が怖い。
ぱ、パワーアップした僕にこれだけの痛みを与えるとは……。し、死ぬ………。
床にバタリと倒れ伏す僕に、見下ろして灰色髪ちゃんは冷たい声音で告げてくる。
「『当て身』はスタン効果の一桁ダメージ固定だから安心して。せーちゃんや粟国のおっさんに感謝するんだね」
「し、診断じゃねぇのかよ」
「診断は終わりました! ……精神操作されている可能性はありません!」
苦しげに言うと、エヘンと胸をそらして灰色髪ちゃんは答える。やっぱり大丈夫じゃねぇか。というか、なぜ殴ったんだ? このちびっこめ!
「でも……性格とは違って綺麗すぎる……」
「なにか変なところがあるんですか? 勝利さんのスケベな性格と違って綺麗すぎる?」
灰色髪ちゃんが小首を傾げて不思議そうな顔になり、聖奈さんが不安げに尋ねてくれる。心配しすぎですよ、聖奈さん。その優しい心は嬉しいですけど。
前世の業は償いを終えて、綺麗な僕になってしまったかと、かっこをつけて立ち上がろうとする。身体が震えて、立ち上がれない。なんつー威力のパンチだ。
「まぁ、良いや」
『神癒』
回復魔法はかけてくれるらしい。正直に言うと助かった。
白金の粒子が僕を覆うと、すぐに回復する。
と、思いきやパンと弾けて白金の粒子は消えた。は? 手抜きか?
「なんと! 私の魔法が弾かれたよ!」
「勝利さん! なんで抵抗するんですか!」
「いや、してないですよ?」
驚く様子から予想外だったらしい。聖奈さんは非難の声をあげるが何もしてないぞ?
「これは……。そうか綺麗すぎると思ったんだ。みーちゃんの魔法が通用しないように改造されている……。でも、この色は綺麗すぎる……。なんで?」
「え? 僕は改造人間なのか? 何もされて……あ、黄金色のポーションは飲んだけど……」
なんとなく背筋がゾッとする。改造とか、とんでもなく嫌な響きなんだけど?
「……シンに会いに行こう。みーちゃんがそばにいれば……。まぁ、とりあえず会いに行こっか。シンの行動原理を考えると、普通に会うぶんには問題はないと思う」
「そこは大丈夫と言ってくれよ! な、なぁ、僕は大丈夫なんだよな?」
動揺する僕の質問には答えずに、灰色髪ちゃんは部屋から勢いよく出ていった。
ま、待ってくれ!




