342話 激変
粟国勝利は皇帝からの親父への急遽の呼び出しに首を捻って困惑していた。
今は親父と共に車に乗って、皇城に向かっている最中だ。それ程時間がかからずに到着するだろう。
「いったいなにがあったんだ?」
「わからん。あまり良いことではないのはたしかだろうな」
対面に座る親父が厳しい顔で答えてくる。急遽の呼び出しのため、親父は万が一に備えて魔導鎧を着込んでいる。もちろん勝利も同様に魔導鎧を着込んでいた。
今回、急に呼び出した理由……ろくなことではなさそうだと、勝利は苦々しく思う。
昔なら、きっとワクワクと心を躍らせて、神である自分の出番だと考えていただろう。
だが、今は違う。こういったイベントはだいたい血なまぐさい過程を伴う。またモブ役の人が悲惨さをアピールするだけのために死ぬのかと思うと、鳩尾が押されたように気持ち悪い。
「呼び出しの前に、鷹野侯爵が皇城に入ったとの情報も来ている。もしかしたらヤバい展開になっているのかもな。油断するなよ?」
「はい! 僕は『空間の魔女』の弟子ですからね! 以前の僕とは違うところを見せますよ」
ふんふんと鼻息荒く自信たっぷりに胸を叩く。だが、悲劇を止める力を持っていると今は自信を持っている。
『空間の魔女』の弟子となって数カ月。もはや僕は新粟国勝利といっても過言ではない。シンをも上回っているのではと、内心では思っている。
オリジナル『覚醒』をできるようになってしまったしな。くくく、我ながら自分の才能が怖い。遂に原作主人公を食ってしまうモブな主人公に僕はなったのだ!
「反逆者の息子と付き合っても良いことはないぞ? たしかに『空間の魔女』の弟子になったのはすげえことだがよ」
「神無公爵の反乱を止めようとしていたじゃないですか。シンは良い奴ですよ。仲良くしておいて損はないと思います」
なにしろ原作主人公だ。恐らくは神無公爵の代わりとなった鷹野侯爵が皇帝を狙い暗躍し、それを防ぐために決戦をすることになるに違いない。
そして、皇帝になるのだ。その腹心として僕が隣にいる。右腕として歴史に名を残す男になるのだ。原作は少し変わったが、だいたいそんな感じで行くのではなかろうか。
ハーレムもないし、高校生にもなっていないが、たぶん運命の修正力という名の主人公補正が入ると、明晰な僕は読んでいる。
「まぁ、今はおとなしくしているようだから、いいけどよ。皇帝陛下に睨まれないようにしろよ?」
「それに鷹野侯爵にもですよね」
背筋に冷たさを感じるほどに、恐ろしい視線を向けてくる親父に、訳知り顔でわかっていますと恐怖をこらえて頷く。未だに時折見せる親父の冷徹な顔は怖い。
「それにしても、灰色……いや、鷹野侯爵も皇城にいるんですよね? それで親父を呼ぶということは……」
………まさかと思うが、原作の最終決戦前のクーデターが始まっているのではなかろうか。
実は既に皇城は制圧されており、皇帝の名前で邪魔な者たちを呼んで殺そうとするとか……まさに原作通りの展開だ。
原作では神無公爵が支配し、多くのモブ貴族たちが殺されていた。
王座に座り、脚を組みながら酷薄な笑みで、皇帝派を殺していき、敵を完全に排除する。
『選択肢を誤った君たちが愚かだったのです。さようなら』
と、告げて殺していった。
もし同じことになっているのであれば………。
王座に座り、短い脚を組みながら困った笑みで、皇帝派に告げるのだ。
『ママと一緒に洗濯をしないといけないのです。さようなら』
と、ふんすふんすと鼻息荒く得意げな顔でお手伝いをするのでと、ぽてぽて去っていく。
「………やっぱりシンの勘違いじゃないか……?」
あのちびっ子が皇帝を狙う黒幕? まったく想像がつかない。
う〜んと、思わず頭を抱えて悩んでしまう。あの灰色髪ちゃんが……?
「なにが勘違いなんだ?」
「灰色髪ちゃんが皇帝の座を狙って、クーデターを起こすつもりだとシンは言ってたんです。だからクーデターが起こった時に制圧できるように『空間の魔女』に手伝ってもらい修行をしてました」
親父が何気なく聞いてきたので、悩んでいるんだから放っておいてくれと言外に言う。
「………あんだって? お前……そんな戯言を信じてシンと修行していたのか!」
「はい。そうなるとシンは一発逆転で……あ」
しまった。考え込みすぎて、つい口にしてしまった。
やばいと顔をあげると、そこには地獄から目覚めた魔王がいた。
「そうか、そうだったのか。そういや神無公爵は鷹野侯爵は『ニーズヘッグ』と皇帝と組んで自作自演のテロ行為をしていたと反乱の理由にしていたな」
相変わらず一言聞くと、全てを推察する親父である。僕の顔を掴むと、ギロリと睨んできた。
「鷹野侯爵が反乱を起こすと唆されたな? そうすれば死んだ神無公爵は正しかったことになり、復権を果たせるからな」
「そ、そうなんです。ほら、『空間の魔女』も同じことを言ってましたし、信憑性は高いと思います。僕のパワーアップのために色々と不思議な黄金色のポーションもくれましたし」
原作でも、この世界でも『空間の魔女』はあらゆることを知っており、その情報は極めて正確だと言われている。それにパワーアップ薬もくれたし。
「阿呆! 『空間の魔女』の噂は聞いているが、本当かどうかなんてわからねぇんだぞ。占い師と同じだとも言われてるんだ!」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦というやつですか」
唾を飛ばして怒鳴ってくる親父に、ギリギリと顔を締め上げられながら、ニヘラと笑う。マジに怒っている。ヤバい。
「わかってるじゃねぇか。だいたい『空間の魔女』に出会った奴はほとんどいねぇんだ。それなのに何でも知っているとか噂が流れていること自体おかしい。お前は矛盾を感じねぇのか?」
「そ、そういえばそうですね? なんででしょう?」
言われてみれば変だ。ほとんど人には会わないのに、なんでも知っている噂は矛盾している。質問をいくつか答えられたからと言って、なんでも知っているとは誰も噂にはしない。
あれぇ? どういうことだ? 原作者が矛盾した設定をしたのかな?
「自分を高く売るための印象操作に決まってんだろ。詐欺師と同じだ、詐欺師と。実力があるから問題にならないだけだろうよ」
ハァとため息を吐いて、手を離してくれた。顔が陥没するかと思ったよ、クソ親父め! もう少し優しくしろ!
「だいたい鷹野侯爵は皇帝の座を狙うタイプじゃねぇだろ。皇帝を狙うタイプか?」
「椅子取りゲームで、弾かれそうなほどにひ弱そうですものね」
真っ先に椅子に座ることができなくて、涙目になっちゃいそうだ。
「……お前の持つイメージはわかった」
「だから、勘違いじゃないかなぁと思って、迷っていたんです。でも、シンと『空間の魔女』の言うことなので間違いないかとも考えていたんです」
なぜか顔を顰める親父に自分もそう思うと答える。でもなぁ、たぶん原作の強制力が働くと思うんだよなぁ。
「今後シンと付き合うのは止めろ。これは粟国公爵としての命令だ。逆らったら、謹慎処分程度では済まさねぇぞ?」
地獄の鬼もかくやと思わせる恐ろしい形相で、親父が凄んでくる。素直に頷けば良いのだろうが……。
「もしシンの言うことが合っていた場合は、厳しい立場になりますよ?」
「我が家の家訓は無理して利益を取ろうとするなかれだ。ヤバい案件は無視しろ。ハイリスクハイリターンを狙うほど、粟国公爵家は金や権力に困っていない」
「でも、たぶん銀行レース、鉄板確定だと思うんですけど……」
ここで、シンとの付き合いを禁じられると、未来のモブな主人公粟国勝利の未来が消えてしまうので、慌ててしまう。
「お前、意味知ってて言ってるんだよな? 投資でも競馬でもそのセリフを口にする奴が勝ったことなんかねぇぞ?」
「大丈夫です。僕の後継者の地位を賭けても……。いえ、お小遣い2年分を賭けても良いです」
なんとなくだが、ここで後継者の地位を賭けるとフラグを立てることになる予感がしていたので、担保を変える。
「……わかった。そこまで言うなら仕方ねぇ。ちなみに負けたからと、魔物を退治したりして金を稼ぐのも無しだぞ? この賭けの意味がなくなるからな」
「ええ、わかりました! この勝利にお任せください!」
ドンと胸を叩き自信満々に親父を見ると、疲れたように親父は椅子に座り込んだ。
と同時に車の窓がコンコンと鳴る。
「なんだ?」
スピーカーで親父が尋ねると、すぐに答えが返ってくる。
「皇城第三近衛隊です。粟国公爵でいらっしゃいますね?」
「あぁ、そうか、もう到着したのか」
魔法車の性能と運転手の腕前により、停車したことにまったく気づかなかったと親父は頭をかく。
ドアが運転手により開かれたので、親父共々外に出る。冬の冷気が刺すように冷たく、すぐにマナを使い体温調節をする。
もしかしたら、灰色髪ちゃんが皇城を制圧していたかと思ったが、そうではなさそうだ。正面扉前には近衛兵たちが警備しており、なぜか走り回っているが荒事にはなってはいなさそうだ。
親父が目敏くその光景に違和感を覚えて、近くの近衛兵に声をかける。
「少しピリピリしているな。卿はなにが起こっているか知っているか? 良かったら教えて欲しいのだが」
「はい。『空間の魔女』が皇帝陛下に精神操作の魔法をかけて操っていたそうです。今は鷹野侯爵のご尽力により魔法は解除されて、近衛兵たちの一部と武士団が捕縛に動いております」
「そうか、ありがとう。では、陛下は正常な状態に戻そうと、私を呼んだのだな。理解した」
敬礼をして去っていく近衛兵。
今のは幻聴だろうか? それとも罠?
くるりと振り返り、親父は良い笑顔で僕の肩をぽんぽんと叩く。
「それじゃ、高校まではお前の小遣いゼロな。安心しろ、公爵家として品位を保つ必要最低限の金は経費としてくれてやる。だが、必要最低限だぞ?」
「……ち、違うんです、親父。これはなにかの間違い……あれぇ?」
「だから言っただろうが! これからは銀行レースと投資相手が言ってきたら、投資を切ることだな! さっさと行くぞ!」
「えぇぇ? おかしくないですか? 僕の主人公ルートは?」
精神操作? え、これってどういう展開な訳? 誰か教えてくれと混乱をする勝利は、親父に引きずられて城内へと入るのであった。




