339話 東京攻略を終えるんだぞっと
悲しげな表情で、みーちゃんはログに映る平将門からのドロップアイテムを見る。
『破壊神の心臓』
『エリクサー』
『ミスリル』
『石ころ』
舐めてるのかな? 平将門との戦いで稀にあるカスドロップたちである。シクシク、みーちゃんは落ち込んで膝をついちゃうよ。
ガクリと膝をつき、戦いの虚しさに泣きそうになるみーちゃん。初回限定討伐特典とかなかったっけ? なんでこのボスは固定ドロップすらないわけ?
『破壊神の心臓』は固定だけど、これはアシュタロトを完全解放するためのアイテムだからなぁ。ドロップアイテムには数えないと思う。
悔しさで、でんぐり返しも力が抜けてコロリンと寝そべっちゃう。もうやる気なーくした。ゼロどころかマイナスです。
「みー様、大丈夫ですか?」
「回復魔法をおかけしますか?」
闇夜たちが寝そべっているみーちゃんに慌てて駆け寄ってくる。うん、大丈夫。少し戦いの虚しさを感じていただけだからさ。
「こんなに深い傷が!」
『聖癒』
みーちゃんの鮮血に染まった服と抉られた皮膚を見て、すぐに聖奈が回復魔法を使う。パアッと優しき光がみーちゃんの身体を包み……。
「治りません! まさか平将門の呪いが!」
かすり傷一つ治らなかった。
「ううん、魔法抵抗力が高すぎて、せーちゃんの魔法を完全に無効化しちゃったんだよ」
「ガーン!」
強き魔法使いに治癒魔法は効きにくい。なぜならば魔法抵抗力があるからだ。そして、みーちゃんのステータスは余裕に聖奈の回復魔法を防ぐ数値なのでした。
『神癒』
皆に心配をかけないように、とりあえず回復する。すぐに肉体は元の水も弾いちゃうお肌に戻る。
「みー様、痛くないのですか?」
だが、闇夜が真剣な顔で頬を両手でむにゅんと包んできた。コテリと首を傾げて、不思議に思いながらも素直に答える。
「痛いよ?」
「でも、あれだけの攻撃を受けてまったく動きが鈍くなってませんでしたよ?」
「我慢したんだよ! どうせ回復魔法を使えば元通りだしね!」
全然大丈夫とふんすと答えるが、なぜか闇夜は玉藻たちと顔を見合わせて深刻そうな顔で眉根を顰めさせていた。
なんだろう? なにか変なことを言ったかなぁ?
「これは……後ほどお義父様とお義母様と話し合いをしないといけないです」
「そうだね。これだけの傷を負っているんだもんね」
こそこそと皆で話すので、みーちゃんも話に加わりたい。なになに? なにか変なことを言ったかなぁ。
仲間外れは嫌だよと、寂しがりやのみーちゃんうさぎが近寄ろうとするが、宙にピコンとステータスボードが開いたのでぴたりと止まる。
『サブクエスト:黄金のカステラを食べよう!』
カステラ! カステラもみーちゃんは大好きだよ。どこにあるのかな?
キョロキョロと辺りを見渡すと、平将門がいた辺りに、カステラがフヨフヨと浮いていた。みーちゃんよりも大きい黄金のカステラだ。中身がぎっしりと詰まっていてとっても美味しそう!
どうやら皆には見えないようなので、不自然に見えないようにさり気なくでんぐり返しをしながら近づく。
「いただきまーす」
両手で抱えても持ち上げられないほどの大きさなのに、羽のように軽くて不思議なほどに柔らかい。
あ〜んと、ちっこいお口を精一杯開けてかぶりつく。むむむ、このカステラはすごく美味しい!
しっかりと歯応えもあり、口の中に入れると綿飴のように溶けていく。甘すぎず、カステラとしての塩梅がちょうどよい。コーヒー牛乳と一緒に食べるともっと美味しかったかもしれない。
パクパクとどんどん食べていく。なるほど、平将門の実験とはきっと黄金のカステラを作ることだったんだね!
みーちゃんなら食べられるから、安心して平将門は成仏してほしい。でも、宿屋に泊まるたびに復活してもウェルカムだよ?
ぽてんと座って夢中になって食べちゃう。ぜーんぶ私のものなんだ。
「ねぇねぇ、エンちゃんなにを食べてるのぉ〜?」
食べ物に関しては天才的な嗅覚を持つナンちゃんが、みーちゃんの目の前に座るとジッと見てくる。
「な、なにも食べてないよ?」
「なにかとっても美味しそうな物を食べているように見えるよぅ」
「え、エアおやつを食べてたの! 疲れた時にすると心が和らぐんだよ」
かなり無理のある弁明をしちゃうみーちゃんである。
「わかるぅ〜。私も授業中とかやるもん」
まさかの同意をしてくれるナンちゃんだった。でも、追及は止めてくれなかった。
「でも、その動きはエアおやつじゃないとみた!」
無駄に観察力の高い少女である。グヌヌ……仕方ない。
「そういえば試食してほしいものがあったの忘れてた!」
惜しいけれど背に腹は代えられない。アイテムボックスから、この間作ったおやつを取り出す。
ドスンと重そうな音を立てて地面に置かれたのは、横幅5メートル、高さ8メートルのどでかいパフェだった。
板チョコを沢山突き刺し、イチゴをずらりと山盛り生クリームに貼り付けて、他にも様々なカットフルーツを乗せて、中にはバニラ、チョコレート、ストロベリーのソフトクリームを盛っているスーパーパフェだ。
『メガ盛りウルトラタワーパフェ』だ。とっておきにしておいたけど仕方ない。
「任せてぇ、私が味見してあげるよぉ」
添えられている高切りばさみのようなスプーンを手に取ると、猛然とパフェの攻略に取り掛かるナンちゃん。これで邪魔はもう入らないだろう。
しばらくパフェを食べるナンちゃんと、カステラを食べるみーちゃん、そして話し合いをする皆という構図が続く。
食べ終わり、指についた欠片もぺろりと舐め終えると、再びステータスボードが開く。
『システムバージョンアップ中…………』
『バージョンアップ終了』
『聖域を作成できるようになりました』
おぉ! システムさんが頑張ってくれている! ここに来て新スキルが解放されたようだ。
これはドカンと東京全体を『聖域』にしちゃおうかな。チュートリアルはスキップして、早速使おう。
東京のマップを宙に映し出すと、指でクリックする。ぐにょーんと開いて東京全体を聖域に指定。
『エラー。指定し直してください』
あれ? 少し大きすぎたか。それじゃ半分……まだ駄目か、欲張りすぎはいけないよね、駅程度の大きさ……も駄目かぁ。
さて、チュートリアルを見ようかな……。
『30平方メートルの中に建物を建てることができる』
んと……システムさんや? これは聖域じゃないよね? 少しちっこくない?
しょんぼりみーちゃんの前に、新たなる表示が描かれた。
『聖域ではなく、聖建物に名称を変更しました』
システムさんも同じことを思ったらしい。まぁ、新スキルは試行の連続だから仕方ないよね。
『何を建てますか?』
『神殿』
『お寺』
『神社』
『砦』
『要塞』
『宮殿』
『お城』
『喫茶店』
ずらりと並ぶ建物一覧。なるほど、このリストならば選択肢は一つだよね。
『喫茶店』
パフェを作れる喫茶店しかない。これ以外の選択肢は表示しても無駄だと思います。
ペチリとステータスボードを叩く。
『素材を入れてください』
『魔木でしょ、魔鉄にミスリル、アダマンタイト。それに石ころ』
ここに来るまでに山ほど手に入れたアイテム群を選択する。
『最後にドアに付けるベルとしてギャラルホルン』
これで完璧だね。いらないアイテムばかりだったし、使っても惜しくない。ギャラルホルンはドロップアイテムとして手に入れたけど、使い道が無かったんだよね。
パアッと目の前が光り輝くと、光の粒子が集まっていき、瀟洒なレンガ風の喫茶店が建てられた。大きな出窓に小さな花壇、内装はシックなようだ。レコードが奏でられていて、お洒落で通好みのお店みたい。
「わわっ! エンちゃんがなにか建てたよ!」
「洞窟の中に喫茶店……ですか?」
玉藻と闇夜の驚く声に、失敗しちゃったと小さな舌を出す。お話ししていて、みーちゃんの方は見ていないと思ってたよ。
「どうやら封印されていたみたい!」
「喫茶店がですか?」
「神聖なる喫茶店なのかも!」
ちょっと無理があるかもだけど、ここは押し通すのみ! それに喫茶店の中を見てみたい。
「とりあえず中に入ってみようよ!」
ドアに手をかけて押し開くと、取り付けられているギャラルベルがカランコロンと鳴る。うんうん、こういうのってなんかいいよね。
「わあっ! ベルの音に合わせて洞窟が消えてゆくよ! サラサラって砂糖みたいに溶けちゃったよ!」
玉藻が狐耳を立たせて、ぴょこんとジャンプして驚く。外を覗くとたしかに邪悪なる隠しダンジョンは消えていっていた。
「喫茶店のドアベルって、なんか良いよね!」
気にしない気にしない。聖なる音に周りが浄化しただけだよ。
「神々しいほどの力をベルの音から感じます……。これはいったい?」
「非売品だと思うよ!」
聖奈がベルを取ろうとするので、止めておく。簡単には取れないはずだけどね。
「なにが売ってるのかなぁ?」
ワクワクだよと、ぽふんとソファに座り、アイスブルーの瞳をキラキラと輝かせてメニューを見ようとする。……んん? ないな? どこにもないよ?
「あれれ? メニューはどこ?」
「あの、お嬢様……ここには誰もいないようです。食材とかもないものと思います」
蘭子さんが気まずそうな表情で言ってくる。え? まじで? こういうのって、NPCの店員さんがいたりするんじゃないの? スンスンと鼻を鳴らすうさぎさんとかさ。
厨房を覗くと、新品の業務用冷蔵庫やコンロなどは備わってはいるが、誰もいない。ガラーンとしている。
ホールにも誰も店員は存在しておらず、レコードプレーヤーが鳴っているだけだ。
ガーン! この喫茶店はどんな意味があるわけ?
『無限の電気と水が使えて、自己修復、自己浄化をする聖なる喫茶店』
個人経営者のお財布に優しいだけだった!
それならば、とる手段は一つ!
「ナンちゃん! みーちゃんも試食のお手伝いするよ!」
「わーい、負けないよぉ」
この喫茶店は放置でいいや。パフェを食べるよ!
みーちゃんもナンちゃんの隣でパフェを食べ始めて、すぐに闇夜たちも加わり、和気藹々とパフェ祭りとなるのであった。
雪祭りもパフェ祭りも同じだよね! 大成功で良いと思います。
しばらくして、ギャラルベルが鳴るたびに喫茶店の周囲の魔物は消滅し、東京全域にも距離に応じて魔物にダメージを与えることが判明する。
そうして世界一安全と言われる都市が作られるのだが、それは少し先の話となるのであった。
毎日チリンチリンと聖なるベルが鳴り響く喫茶店『みーちゃんの喫茶店』が生まれた瞬間であった。




