336話 平将門なんだぞっと
隠しダンジョンとして平将門のダンジョンは存在する。そのレベルはラスボスの『アシュタロト』を遥かに上回る。
もちろん原作には存在しない設定だ。いわゆるゲームでの裏ボスというやつである。クリア後は隠しダンジョンでやり込んでねという、運営からのプレゼントだ。
ゲームではあるあるなパターンといえよう。隠しダンジョンは今までのボスを雑魚扱いするほどに強くて、そしてドロップアイテムも桁外れに良い。
やりこみのための隠しダンジョン。ゲームだけの存在。
……であるはずなのに、現実でも存在していた。
その意味するところを薄々勘付きながら、みーちゃんたちは最奥まで到着した。
途中での様々なボスが待つ玄室は、闇夜たちの連携により全て倒しており、その激闘を経験して皆のレベルは充分に高くなったといえよう。
『帝城闇夜:レベル81』
『油気玉藻:レベル83』
『弦神聖奈:レベル90』
『春風ホク:レベル66』
『秋田セイ:レベル99』
『夏井ナン:レベル65』
『ニムエ:レベル99』
『森蘭子:レベル58』
『鷹野美羽:レベル146』
結構皆強くなった。やっぱり隠しダンジョンでのレベル上げは効率が良いね。ダイヤモンドぽよぽよを倒さなければ、普通のレベル上げではここが1番だ。
東京全域の魔物を倒したのに、みーちゃんはちょっぴりしかレベルが上がらなくてしょんぼりしているけどね。
「……みー様、なぜか戦えば戦うほど強くなっているような感じがするのですが………」
「きっと強敵との戦いの中で、闇夜ちゃんたちは駆け引きとかが上手くなったんだよ!」
「ん〜、魔法の威力が明らかに上がってるよ?」
「マナの使い方に無駄がなくなったんだね!」
闇夜と玉藻が不思議そうな顔をしているけど、きっと経験という名のパワーアップをしたんだと思う。
断じてみーちゃんの影響を受けている訳じゃないもん。きっと気のせい、気のせい。
おててをぶんぶん振って力説するみーちゃんに、皆は顔を見合わせて苦笑する。全然信じていない顔だ。
確かにみーちゃんの白金の糸が、黄金の糸の代わりにお友だちの身体に結構な量が入り込んでいるからね。なんだか『神癒』を皆に使用するたびに入れ替わっていきました。
害はないから大丈夫。ちょっと属する世界が変わっただけだ。みーちゃんのお友だちを洗脳とか眷属にして性格を変えるぐらいなら使わないからね!
とはいえ、みーちゃんパワーもついでに注ぎこまれたのかもしれない。
システムさん、システムさん、人類にレベル制はいりません。少し抑えてくれないかな?
少し冷や汗をかきつつ、天に祈る。このままだと少しまずい予感がするし。
『みーちゃんの『神癒』から、新人類用の魔法の力を注ぎ込む能力を除外しました』
システムさんがすぐに修正をしてくれた。良かった良かった。下方修正だけど別に構わない。というか、マナに魔法の力が上乗せされていたから、皆はパワーアップしていたのか。
気づいてよかったよ。『マナ』覚醒だけでもとんでもない性能なのに、そんな隠し能力もあったのか。外れて良かった。
なにか怪しい名称が表記されたような気がするけど、気のせい気のせい。見なかったことにします。
「それじゃ、そろそろ最奥かな?」
「さっきのエルダーウッドドラゴンが最後の守りだと思われます」
「全て樹木から作られている不思議なボスたちばかりでしたね」
「植物は私と相性が悪いので困ります」
ニムエが苦々しい顔で、敵について不満を口にする。蘭子さんが不思議そうに首を捻り疑問の表情だ。
水魔法を主に使うニムエにはここの植物系統の魔物は天敵らしい。まぁ、以前も植物魔法の遣い手に倒されていたし苦手意識もある模様。
「平将門の呪いは植物魔物を召喚することかぁ………」
ようやく辿り着いたのは、絢爛な襖が数多く並び、動物の内臓の中にいるかのように、襖や欄干、天井にびっしりと蔦が張り付き蠢動するいかにもな場所だった。
そっと手をかけて、両手でスパンと勢いよく襖を開ける。こういう開け方一度してみたかったんだよね。
「こんにちは〜。勇者一行が到着しました〜」
小鳥が囀るような可愛らしい声音で挨拶をするみーちゃん。
「ここまで来る者がいるとは………」
不自然なことに襖の奥は大洞窟となっていた。転ぶと身体が切れそうな鋭さをもつ黒曜石で床や天井が作られている。
蔦が奥に集中して集まって、塊となっており、その中心には上半身のみを突き出した痩せ細った男の姿があった。
見事な作りの戦衣を羽織り、烏帽子を頭に乗せている。強力な魔法が付与されているのだろう。汚れておらず、ほつれもない。
だがかつては美丈夫だったのだろうその顔は骨と皮だけで、骸骨のようだった。目玉だけがギョロギョロと大きく目立ち、乱杭歯を口元から覗かせている。
「平将門だね! みーちゃんが毎日浄化してあげるから覚悟して!」
ピシっと人差し指を突きつけて力強く宣言する。一日経過すると復活するから、日課として倒すのがゲームでの基本だったんだよ。ドロップアイテムがたくさんあるんだもん!
ここで、ギャースと叫んで平将門戦が始まるのが、ゲームでの展開だったのだが………。
「呪い………呪いか。フハハ、いつもここまで辿り着く英雄たちは同じことを口にする。滑稽なことだ」
なんとイベントが始まりました。現実だと会話イベントがあるのか! レアだ、レア。
ワクワクして、体育座りになるみーちゃん。皆は警戒して構えているけど、スキップしないで会話ぱーとを楽しみたい。
平将門の周りにある蔦の塊がズリズリと蠢き、僅かに部屋が揺れる中で話し始める。
「貴公らは幼い……。ここまで辿り着く者たちの中では最年少。よほどの修行をしてきたのだろう。我が下に来るには優れた才能と、訓練を厭わぬ努力が必要なゆえに惜しい」
虚ろなる声が平将門から漏れ聞こえてくる。その声音は恨みに塗れた邪悪なる怨霊ではなく疲れ切った男であった。
様子がおかしいと、闇夜たちは顔を見合わせて戸惑いを見せる。蘭子さんは幼いと言われて浮いた存在だと思っているのか頬が少し赤い。大丈夫、蘭子さんも若いよ! 平気な顔で少女の中に混ざるニムエを見習ってください。
「少し予想と違うようです」
「ホラーゲームのラスボスみたいだと思ったのにね。ぐわーって攻撃してくるやつ」
闇夜と玉藻のセリフに同感だと、みーちゃん以外は頷く。
うん、わかるわかる。きっと憎しみの籠もった声音で、恨み節を語ってくると想像していたのだろう。
だが、実際はというと恨む様子もなく、穏やかな様子を見せてきているのだ。
おかしいよね? 平将門の怨霊の力により東京は沈んだはずなのに。いや、予想はしているけどさ。
「私の憎しみが呪いとなり、この地を汚染している。そう思っていたのであろう?」
「貴方の無念が恨みとなって、怨みとなって、この地を人の住めない世界に変えたのでは?」
カサついた声で平将門は話しかけてくる。そのとおりだと皆が平将門を注視する中で、カラカラと乾いた笑い声をあげてきた。
「どこで情報が歪まされたのか……。違うな。私はこの世界を支配したかっただけだよ、幼子たちよ」
「私たちを幼子と侮る貴方は、どうやら怨霊ではなさそうですね。では、この禍々しい光景はどういうことなのでしょうか?」
ニムエが一歩前に出て、静かなれど力強い言葉で平将門を問い詰める。幼子代表ニムエである。蘭子さんは顔を真っ赤にして羞恥に耐えているため止める人間がいない模様。
お前が答えるなよとは平将門は言わずに、またもやカラカラと笑う。
「我の呪いでこうまで植物が繁茂するのはおかしいと思わぬか? これは私の意思ではなく、単なる失敗の結果なり」
「失敗とはどういうことでしょうか?」
聖奈が油断せずに、鋭い目つきで尋ねる。
「……我は神に従っただけだ。神託によりこの遥か辺境たる東の地に都を作り、位人臣を極めて遂には神を降臨させて、この世界の支配者となる。……そのはずであった」
はぁぁ〜と、こちらの精神も疲れるような、くたびれたため息を平将門は吐く。きっとかつての栄華を思い出しているのだろう。
「しかし……待っていたのは破滅であった……人を生贄とし、自らを高位の存在へと上げていき、遂にはこの世界の始原に触れる。……そのはずであった」
「失敗したのですね。その世界の始原に触れることができなかったのでしょう」
哀れみを込めた声音で闇夜が言うが、平将門は首を横に振り自嘲したように口元を歪める。
「その方がどれほど良かったことか。実験は失敗し死ぬだけであれば、どれほど幸運であったろうか。だが、成功してしまったのだ」
自身を這い回る蔦の中から枯れ木のような腕を出すと、苦々しい顔で見せてくる。腕からは細い蔦が産毛のように生えていて、うねうねと動いて気持ち悪い。
「見よ、この腕を。この身体を。もはや死ぬことは叶わず、永遠を苦痛の中で生きる死体へと我は変わってしまった」
「植物に寄生されているのですか!?」
「いや……自身で取り込んだのだ。始原の力を操るため、支配した上で神を降臨させるために」
わなわなと腕を震わせ、憎々しげに呟く。
「だが、根本的な所で方法を誤っていた。取り込んだ力を操るために、人の意思を流し込んでは駄目だったのだ。清流の流れを変えようと泥で堤防を作るかのように、たった一部の始原の力を取り込んだだけなのに、人の意思に穢されて、このような禍々しい存在へと変わってしまった」
クハァと息を吐き、平将門がみーちゃんたちを睨みつける。
「人間の穢れた意思では駄目なのだ! それを知った神は我をあっさりと見捨てた上、地の底に封印した! その後は永遠を生きることとなったわけだ。愚か者たちに掘り出されるまで、地の底で生きてきたのだ」
「人の穢れた意思……世界の始原とかいうものを支配しようとするからです。自業自得でしょう」
聖奈が憐れみながらも、はっきりと告げる。
「そのとおりだ。反論できぬ。だが、我がこの世界の秘密を神より教えられた時! まさかこの世界が――」
「平将門さん! みーちゃんたちにそのことを話してくれた訳はなんですか? 殺してくれと言うわけではないよね?」
それ以上は人間が知ってはいけない情報だ。なので、もうスキップスキップランラランにしておく。ごめんね、みんな。
みーちゃんの問いかけに、ニタリと厭らしい笑みを平将門は浮かべる。その顔はゲスそのもので、どういう種類か見たことがあるぞ。
自分と同じ目に遭わせようという笑みだ。
「もちろん、ここから逃げられぬからだ! もはやこの部屋に入った時点で貴公らも根源の力に取り込まれる。我と同じように永遠を植物と化して生きてゆくのだ!」
ゲラゲラと平将門が狂ったように哄笑し、辺りの禍々しい紫色の蔦が一斉に襲いかかってくるのであった。




