335話 隠しダンジョンを攻略するんだぞっと
みーちゃん一行は奥の宮に足を踏み入れた。メンバーは闇夜、玉藻、聖奈、ホクちゃんたちとニムエと蘭子さんである。
「ここまではみー様の魔法も届いていないようです」
「そうだね。さすがに通じないみたい」
闇夜がジメジメした床を見ながら歩く。宮造りの宮殿はかつては優雅で瀟洒な建物だったのだろう。柱一本を見ても、精緻な意匠が彫られており、この宮殿はかなりのお金と時間をかけたのだと想像できる。
なにせ数百年経過しても、劣化することなく美しいままなのだ。全て魔法による保全がなされている証拠である。
腐ったような禍々しい色の蔦がそこらじゅうを這っていなければ、観光地にもできたに違いない。
そう、宮造りの宮殿は金銀も惜しげもなく使われており、部屋の襖は色鮮やかな絵が描かれているし、天井も数十メートルは高く、立派な建物であった。
だが、その全ては覆い尽くすかのように張り付いた腕ほども太い植物の蔦で台無しになっていた。
人の顔をした花が咲き誇り、うめき声をあげてくる。時折花粉が舞ってきて、毒や精神異常にしようとしてきていた。
草むらが生い茂るところもあり、カサカサとなにか虫が走っていく。
紫色の蔦がまるでミミズのように蠢動し、少しずつ壁を這い回る。
不気味なる呪われた城、平将門の宮殿ダンジョンは名前負けしない呪われしものだった。
「ここはパワーアップした私に任せてください」
聖奈が前に出ると胸に手を当てて、目を閉じながら祈り始める。
「皆を守る聖なる加護を!」
『聖障壁』
聖奈を中心に純白の魔法陣が描かれているバリアが展開する。呪われし空間を純白の聖光で照らす聖女に相応しい聖なる光景であった。
「これで宮殿に籠もる瘴気は一切結界の中には入り込むことはありません」
「せーちゃん、凄いね! さすがは聖女!」
「いえ、この瘴気の濃さではたいした援護はできません」
キリッとした凛々しい聖奈に感動して、みーちゃんはパチパチと拍手をしちゃう。これこそ聖女という感じだね。
「瘴気によるダメージを抑えただけでも素晴らしいよね。だって少しずつマナを削られるもん」
「確かにそのとおりです。微弱ながらマナが削られていたのが、ピタリと止まりました」
玉藻が嬉しそうに言って、コクリと闇夜が頷く。
「爽やかな空気になったよぉ」
「ちょっぴり身体がピリピリしていたから、このまま進めるねっ」
手をわきわきと動かして、ナンちゃんとホクちゃんが聖奈の魔法を実感して、口を綻ばす。周りの皆も同意して頷き合う。ニムエすら頷いているので、結構酷かったみたい。
「本当だね! みーちゃんも少しよろけちゃった」
マナが削られて苦しいんだよと、でんぐり返しを披露する。瘴気はかなり危険なギミックだ。危ないところだったよ。
「………エンちゃん……本当に苦しかった?」
「立っているのも辛かったよ、セイちゃん」
なぜか半眼で見てくるセイちゃん。疑っているようなので、でんぐり返しをコロリンコロリンと繰り返して苦しんでみせちゃう。
みーちゃんもマナは減ってるよ。じわじわ減っているよ。ステータス表記にはないから、隠しステータスというやつだと思う。なんかたまにセイちゃんって鋭いよね。
「敵ですっ!」
セイちゃんの視線から逃れようと、鎌倉のんびり温泉ツアーの無料宿泊券を取り出そうと思っていたら、闇夜の鋭い声が響いてきた。
すぐに振り向き、ポヨポヨの鎚を構えて、臨戦態勢になる。もうマナとかなんとか話すタイミングではない。ないったら、ない。
闇夜の視線の先、禍々しい蔦が壁や床に絡みつく薄暗い通路に、人影が目に入ってくる。いや、人影ではないようだ。
「なにあれ! 植物が人から生えてるよ! うにょーんって生えてるよ〜!」
「呪われた人々の末路というやつですか。哀れです」
玉藻がコンちゃんと合体し狐っ娘に変身し、現れた敵を見て、嫌そうに顔を顰める。聖奈は憐れみの表情で迎え撃とうと構えた。
「ヴァァァァ」
壁から生まれるかのように、続々と姿を現すのは、タールで体を塗りたくったような黒い人型だ。ピチャピチャと汚れた足跡を床に残して、のそのそと歩くその姿は、目も鼻も口もないのにうめき声だけが響く。
身体からは無数の蔦が突き出しており、ニョロニョロとイソギンチャクのように蠢いて、夢に出そうなぐらいに気持ち悪い不気味さだ。
「気をつけて! なんだか強そうな気がするよ!」
みーちゃんは少し本気モードとなり、お友だちに注意を促す。
カァとどこからかカラスの鳴き声が聞こえてきて、敵の正体を暴く。
『なり損ない:レベル85、全耐性』
かなりの強さの上に、全耐性を持っているために、ダメージが入りにくい敵である。ゲームの時はちょうど良いレベル上げの雑魚敵だったけど、マトモに戦えば少し面倒くさい魔物だ。
ドロドロと溶けているような身体のなり損ないは、手をゆっくりとこちらに向けてくる。
「来ますっ!」
「りょーかい!」
闇夜が声をあげて、皆が本気になる。
なり損ないの手が微かに蠢動すると、ヒュッと風切り音が僅かに聞こえて、腕が伸びて槍のように尖端を尖らせて襲いかかってきた。
こちらとはまだ10メートルは離れているはずなのに、その距離は一瞬で縮まる。
「はぁぁぁぁっ!」
裂帛の声をあげて、闇夜が愛刀夜天を抜き放ち、迫る闇の手に斬りかかる。闇夜の繰り出す斬撃も敵に負けず劣らず、高速の速さを誇る。
だが、その一撃はカチンと音を立てて弾かれてしまう。
夜天は闇の手へと命中し、切り裂くかと思われたがその手応えの硬さに驚き、闇夜は目を見張る。
その隙を狙い、もう一本の闇の手が闇夜を串刺しにしようとするが、その間にホクちゃんとナンちゃんがフォローに入ってくる。
『土氷障壁』
床から土の壁が生み出されて、凍りつく。合体魔法での息のあった防御魔法の前に、闇の手は突き刺さり攻撃は阻まれる。
「やったね!」
ホクちゃんがガッツポーズをとるが、そのセリフはフラグだよ。
ピシリと障壁にヒビが入ると、バカンと音を立てて砕けてしまう。
「ええっ! 私たちの練習した魔法が〜」
驚き悲しむナンちゃんが悲鳴をあげる。闇の手は鞭のように撓ると、薙ぎ払いに攻撃を変えてくる。
腕に黒きヘドロのようなオーラを纏わせて、名剣すらも上回る切れ味に変えて、切り裂こうと襲いかかってきた。
「……させないよ」
セイちゃんが雷の剣を手にして、前に飛び込むとマナの力を引き上げて、爆発的なオーラを放出する。
『極雷剣』
その体から雷を纏った暴風が吹き荒れ、莫大なエネルギーが籠められた雷の剣が闇の手を切り落とす。
切り裂かれた闇の手は雷のエネルギーで燃え、灰となった。セイちゃんの魔法って、この中ではたぶん一番だよね。凄いや。
感心しちゃうみーちゃんの前に玉藻が出てくると、扇を広げてニカリと牙を覗かせて笑う。
「燃えちゃえ〜」
「木の葉豪炎嵐」
無数の木の葉が渦を巻いて前方のなり損ないたちを覆い尽くす。踊るように扇をひらひらと振ると木の葉がいっせいに燃えだして、なり損ないたちを炎に包む。
「今度こそやりましたね!」
拳を握り締めて聖奈が素早く歓声を上げる。だからそれはフラグだよ。
フラグどおりに、なり損ないたちから炎があっさりと消えて姿を現す。多少しか焦げていないので、ダメージはほとんど入っていないに違いない。
そして、なり損ないたちは無数の闇の手を繰り出してきた。
「むぅ……これは厄介ですね」
今度は油断せずに迫りくる闇の手を弾き返すだけに留めて、回避盾をする闇夜が目を険しくする。
「セイちゃん以外の攻撃はほとんど入っていないよ〜」
「雷が弱点なのかな?」
ナンちゃんが口を尖らせて文句を言う。ホクちゃんが首を傾げるが、たんにセイちゃんの魔法剣の威力が高かっただけだよ。今の攻撃力にはみーちゃんも驚いたから。
「いえ、セイちゃんの攻撃の威力が段違いだったんです。だから、敵の腕を切り裂けたのでしょう」
冷静に闇夜が推察を口にする。ちょっと悔しそうな顔だ。まぁ、セイちゃんの攻撃力はよくわからないから、気持ちは分かるよ。
だが、大丈夫。この敵がゲームでは鴨だったのは理由があるんだ。
「皆! 今の敵の攻撃、マナの力、瘴気の濃さやみーちゃんの勘から敵の弱点を想像したよ!」
たったこれだけの戦闘で弱点を見抜くみーちゃん。想像というより妄想に近いのではと、一般人が聞いたら呆れるだろうが、気にしない。
ふんすふんすと鼻息荒く、みーちゃんは聖奈の手を握って、前に出る。我に必勝の策ありだ。
「えっと、みーちゃん?」
「大丈夫! 私と一緒に魔法を使って!」
戸惑う聖奈に、ニコリと微笑み返して魔法の力を体内に巡らせる。
『ターンアンデッドⅡ』
みーちゃんの身体から純白の光が眩い程に輝き、周囲を照らす。
純白の光はなり損ないを照らし、身体に纏わせている闇のオーラを吹き飛ばしていく。
「アァァァァ」
うめき声をあげ、苦しみながらのたうち回るなり損ない。闇のオーラを剥ぎ取られなり損ないは人型をした枯れ木となっていた。
「こ、これは! 枯れ木のトレントに? わかりました。聖なる光よ!」
『ターンアンデッド』
聖奈が目の前の光景に驚くが、すぐに今の状況を思い出し同じように魔法を使う。
同じようになり損ないたちの闇のオーラは消えていき、弱々しい枯れ木の姿を露わにする。
「今だよ、皆!」
「わかりました!」
「ニッシッシ、オッケー!」
闇夜がトトンと床を蹴り、なり損ないとの間合いを詰めると、夜天で斬りかかる。玉藻が木の葉を刃に変えて、手裏剣のように撃つ。
『一閃』
『木の葉手裏剣』
先程まではあれだけ硬かったなり損ないの身体が、あっさりと切り裂かれて砕け散る。
「おぉっ! これならいけるよっ!」
「コンビネーションアターックゥ」
『氷嵐地槍』
ホクちゃんとナンちゃんが合体魔法を再び使用し、硬き土槍に氷を纏わせて嵐となって敵を貫く。
「……頑張る」
『極雷剣』
セイちゃんは特に思うところはなさそうで、眠たげに雷の剣でバッタバッタと倒す。
あっという間にこっちが有利となって突き進む。
これがこの宮殿の攻略法なんだよね。闇のオーラをターンアンデッドの光で剥ぎ取ってゆく。攻略サイトにこの攻略法が上がった時は喜んだものだ。なにせこいつらは高レベルの素材をドロップするからね。
『なり損ない:レベル85、全弱点』
再度の解析では、弱体化した情報が映し出された。これ以外にもステータスも驚くほどに低下しているのだ。
それなのにドロップは美味しい。ここに籠もるのも無理はないよね。
呪いの闇を光で剥ぎ取るのだ。呪いは聖なる光が弱点なのである。
………呪い。でも呪いかぁ。ゲームでは気にしなかったけど、なり損ないの名前とこの状況は……。
「みー様、奥に進みます」
「はぁい」
ふと気づいたことがあったが、闇夜が声をかけてくるので、ぽてぽてと後に続くのだった。
平将門に聞けばわかるかもだし、考えるのは後にしようかな。




