333話 マジックの時間だぞっと
皆がぞろぞろとバスから出てくる。本日は大賑わいだ。満員御礼笹もってこい状態。
「もう一杯いきましょう〜」
「だな! いっぱい飲むとするか」
「それはオヤジギャグですぞ」
「たまには羽目を外しませんとねぇ」
一際大きな笑い声で降りてきたのは、千鳥足のパパさんたちだ。パパ、王牙、油気父、粟国燕楽の父親たちおっさんズである。
ママは空と舞と一緒にお留守番。寂しいけど東京は危険な場所だから、レベルの低いママは来なかった。今頃はママさんたちで、のんびりとお茶会でもしているだろう。
みーちゃんの手作りアフタヌーンティーセットもたっくさん置いてきたしね!
至高のショートケーキとか、魔王のチョコプリンとか、精霊神のアイスクリームとか、四季のクレープとかゲームレシピでも最高レベルのお菓子をおいてきたのだ。みーちゃんって、とっても良い子ねと、ママが優しく頭を撫でてくれて嬉しかった。えへへ。
「あ〜。東京はこんなにも暑いんですね」
「そうですね、半袖で来ればよかった」
「おいおい、この光景で暑いとかいうな」
「まぁ、いっぱい。おっともったいないからこぼさないでヒック」
赤ら顔ですっかり出来上がっている四人のおっさんズ。楽しそうで、みーちゃんも見ていて嬉しいよ。
「お父様があんなに酔うのは初めて見ました………」
「お父さんがあんなにへべれけだよ。写真を撮ってお母さんに送ろうかなぁ、ニッシッシ」
「あの……あのお酒は大丈夫なんですか?」
闇夜たちが酔っ払い集団を見て驚いているが、おっさんたちの旅行での酔い方はあんなもんでしょ。大人たちの旅行なら、普通は旅館に到着するまでにへべれけになると思います。
「どうやらあのお酒は没収した方が良さげさね」
「俺も一杯飲みてぇなぁ」
「金剛お姉さん、マティーニのおっさんお疲れ様〜」
サクサクと雪を踏みしめて、近づいてきたのは金剛お姉さんとマティーニのおっさんたちの護衛パーティーだ。寒そうにダウンジャケットを着ているから、みーちゃんの手作りお酒をあげようかな?
甘酒と同じだよ。本当だよ。
「あの酒はいらないさね、今日は仕事じゃないとはいえ、ここで酔うと祭りとやらに参加できないからね」
「雪祭りは一見の価値ありだよ。来年結婚するお姉さんたちの結婚祝いにもなると思う」
「ありがとうよ、お嬢ちゃん。まぁ、面と向かって祝われるとなんか照れるけど」
「へへ、来年の6月だから出席してくれよ」
金剛お姉さんとマティーニのおっさんが照れたように嬉しそうな笑顔で返してくる。そうなのだ、この二人は来年結婚するのである。
ずっと護衛をしてくれた身内みたいな人たちの結婚に嬉しくなっちゃう。
さて、それじゃ金剛お姉さんたちのためにも、雪祭りを張り切っちゃいますか!
「なにをするのですか、みー様?」
三脚をたてて、レールを地面に敷きながら闇夜が尋ねてくる。うん、みーちゃんも聞きたいんだけど、何をするのかな、闇夜ちゃん? 撮影のための準備? レールの上にボードを乗せて、その上に横たわって撮影。おぉ、プロだね!
「えっとね、みーちゃんイリュージョンをするんだ。皆集まって〜」
ニムエが簡易的な台座を作ってくれるので、壇上にあがり、手をブンブン振って皆に声をかける。
パパたちも冒険者たちもなにをするのかはさっぱり知らないが、興味津々で参加してくれたのだ。
「なんだ、なにをするんだ?」
「なにか儲けることもできるとか」
「回復魔法をかけてくれないかなぁ」
「この駄犬、ジャーキーの袋を奪おうとするんじゃないっ」
皆が集まってくれたので、コホンと咳払いをして片手をあげて胸を張る。
「レディースアンドジェントリュマーン。今日は雪祭りに集まって頂きありがとうございます。さっそくみーちゃんがイリュージョンを見せちゃいますね!」
噛んじゃったと少し赤面しつつニムエに視線を向けると、コクリと頷いて、その後でコテリと首を傾げる。さっぱりわかっていないらしい。蘭子さんが溜息を吐きつつ代わりに持ってきてくれた。
受け取ると、皆に見せるべく前に突き出す。
「ここに聖花がありまーす。そして、もう片方にはお水」
種も仕掛けもないよと、皆に見せびらかす。皆はみーちゃんのちいさな手に乗る物を見て、ふむふむと頷く。
たしかにそうだなと、観客が確認したあとに、エヘンと咳払いをもう一つ。
「これをクラフトしまーす! えーいっ」
『聖花と水を錬金』
『聖水ができました』
パアッと手が光り、聖花と水が合わさると聖水へと融合を終えた。バシャンと聖水が地面に落ちる。クラフトスキル『錬金』を使用したのだ。
「ガラス瓶を用意するのを忘れちゃった……。えっとレッツイリュージョン!」
なんだか英語の使い方が怪しいみーちゃんだが、地面に聖水が落ちても少しだけしかしょんぼりすることなく、手をふりふりと振る。
成功だ。このイリュージョンに皆はびっくり仰天するだろう。
皆は感動して………していないな。不思議そうに顔を戸惑わせて、お互いにこれだけかとひそひそ話をしている。一応おざなりにパラパラと拍手をしてくれるけど、義理って感じだ。
「むぅ……もっと驚いてもいいと思うよ!」
「そんなことを言ってもねぇ……。クラフト系の魔法ではそういうのをたくさん見ているから、驚きはしないさね」
困った顔で金剛お姉さんが言う。むーっ、わからないかな。これが凄い魔法だということを。
「仕方ないなぁ。それじゃ次行きまーす」
すかっと指を鳴らすと、ゴゴゴとトラックが前に出てくる。ガコンと後部扉が開いて、社員さんたちが続々と箱を持ちだす。
「あの、……みーちゃん? この箱はいったい?」
「ジャジャーン、この中には聖花がたっくさん入ってまーす。他のトラックにもたくさん入っているの」
聖奈の質問に箱を開けてぎっしりと詰まった聖花を見せる。
「………私はわかった。エンちゃんらしいイリュージョン」
コタツムリに変身したセイちゃんが、のそのそと雪の上を這いながら、眠そうな声をあげる。おぉ、わかってくれた人がいた。
でも、他の人たちはわかっていないようだから、人差し指をくるくると回しながら説明をする。
「えっとね、だから聖花と水を使えば、魔物にちょっぴりダメージを与えることのできる聖水ができるんだ。見ての通り材料は聖花と水のみ」
魔法の力を地面に這わして、トラックに積んである聖花へと伸ばす。
「あ〜、もしかしてエンちゃん……。えーっ、まさか?」
玉藻もピンと来たのか、驚きの顔になり飛び上がり、頭の上のコンちゃんがずり落ちそうになる。
「ふふふ、それではみーちゃんのミラキュルイリュージョンーッ!」
わかってきた人たちもいるので、ムフフと微笑んで地面に手をつけると魔法の力を流し込む。
対象はもちろん……東京全域だ!
みーちゃんの白金の魔法が地面を流れていき、辺り一面の積雪が輝いていく。灰色髪が白金の光に照らされて、その力の奔流にふわふわと靡き、アイスブルーの瞳に深淵の闇が微かに輝く。
『聖花と氷を錬金』
『聖氷ができました』
パアッと強烈な光が輝くと、目に入る限り全ての雪は錬金を終えた。
「かんせーい。みーちゃんイリュージョンでした〜」
花咲くような笑顔でみーちゃんは告げて、コロリンと決めのでんぐり返しをしちゃう。えっへん、凄いでしょ?
みーちゃんの後ろで一斉に水蒸気が吹き出した。霧のように水蒸気が吹き出して、呪われた森林は聖氷に変わった雪の力でジュウジュウと音を立てて枯れていく。
それとともに、辺りから魔物たちの悲鳴がうるさいほどに響いてくる。
「聖氷は魔物や呪われた物に反応して、ちょっぴりダメージを与えて消えていくんだよ!」
あんぐりと口を開けて啞然としている人たちに説明してあげる。
運営はこの聖氷や聖水にダメージ一桁の攻撃を付与したんだ。ゲームでもはぐれポヨポヨを狩るときにとってもお世話になったよ。
雪が魔物たちに反応して一桁のダメージを与えて消えてゆく。でも、ほんの少しの聖水の量で一桁のダメージなんだ。一メートルを超える積雪が聖氷の量だとどうなるかな?
「あっはっは、凄いよみーちゃん。森林が消えていく」
「見ろよ、魔物の死体が落ちているぞ、こりゃ魔石稼ぎ放題だ」
「うむ……私の部下も連れてきてよかった、ボーナスだな、棒にナスを刺してボーナス」
「これだけの魔石があれば魔道具は作り放題ですね。値崩れに気をつけないと」
おっさんズがアハハと笑って、木々が倒れていき、真冬でも萎れることのなかった廃ビルに絡みついている蔦が枯れていくのを指差す。
「こ、こんなことが……お嬢ちゃんは本当に規格外さね」
「なんだか本当に熱くなってきたぞ? 水蒸気のせいか」
金剛お姉さんとマティーニのおっさんたちも驚きで体をわなわなと震わせている。
「今なら魔石かせぎほーだいです。みーちゃんからの結婚祝いだから、たっくさん魔石を集めてね!」
きっとこれからの暮らしの手助けになるだろう。結婚するとなると色々とお金が入り用だと思うしね。
積雪は呪われた森林と魔物たちを倒して消えていく。そうして死屍累々と広がる魔物の屍と、枯れている草木が姿を現わす。
「うぉぉぉ! 早く魔石を集めねーと!」
「魔木もだぞ! 高値で売れる!」
「金が、金が落ちているぞ〜!」
冒険者たちは目を血走らせ、一斉に走り出す。ドドドと足音が響き、地面が震動する。
レベル15以下の魔物ならば、これだけの積雪が変化した聖氷のダメージで倒れるだろう。木々だって同じだ。
普通の森林ならば、聖氷でダメージを負うことはない。だが、東京全域は呪われているからダメージが入るのだ。
大量の聖花と雪を使えば、聖氷になると思いついたんだけど、大成功だったようだね。良かった良かった。
バージョンアップしたシステムさんの力なら、これぐらいはチョチョイのチョイとなったんだ。
「積雪の入り込んでいないダンジョンは残るから攻略は必要だけど、とりあえず開発ができる程度には平和になるよね!」
ダンジョンもどんどん攻略させていく。ポメラニアンは散歩が大好きなんだよね。任せたよ、ヘイムダル。『千里眼』の力ならダンジョンがどこにあるのか全て見通せるはずだ。
「さすがはエンちゃん! スケールが大きすぎます!」
「盛大な雪祭りになっちゃうね、次はどうするの?」
「えっとね、次は平将門の怨念を浄化しにいくよ!」
雪の降り積もる今が絶好のチャンスだ。ここで平将門も倒しておくよ。
「よーしっ、パパの力も見せちゃうぞ〜。魔剣を持っているから負けん」
「おっしゃ! 大人たちの力も見せねーとなっ」
「よし、出発しようぞ皆の者、ついてこい!」
「この魔石で魔道具はいくらでも補充できますよぉ」
悪酔いしているおっさんズが千鳥足で装甲車に乗り込む。
パパのかっこいいところを見れちゃうね! みーちゃんたちもお供します!




