328話 絶望に覆われるんだぞっと
みーちゃんは絶望していた。ぷるぷる手を震わせて、目も潤んでいて泣きそうだ。
まさかの事態に陥り、絶望感に襲われて、今にも膝をつきそうだった。
しかし、鷹野美羽は雑草のごとく踏まれても立ち上がり、殺されても炎の中から蘇る不死鳥なのだ。
なので、再び目に炎を宿らせて、きりりと前を向く。後ろは振り返らない。それがみーちゃんの生き様なのだ。
「ママ、ワンモア! 今度は成功すると思うの。ううん、必ず成功します! お菓子のおうちを作れると思うんだよ!」
「駄目です! お菓子を無駄にしてはいけません。もう失敗したんでしょ。後ろを見てみなさい」
「後ろは振り返らないことに、イヘヘ」
頬をむにーんとお餅のように引っ張られて怒られるみーちゃん。みーちゃんのほっぺはお餅じゃないよ、ママ。
「あと5分待ったら後ろを見るね」
「駄目よ、全部食べられちゃうでしょう」
「ナンちゃんはスタッフさんなの!」
「まかへて〜。イクラでもウニでも食べちゃうよぉ」
後ろからパリパリムシャムシャと音が響き、頼もしいお友だちの声が聞こえてくる。きっとさっき作った呪われた廃屋は浄化されているに違いない。
「おうちではお歌通りに作れたんだよ。本当だよ。闇夜ちゃんの撮影動画に完成したシーンが映ってるから!」
「見せてもらいましたから知ってます! その時は手のひらより少し大きいサイズだったわよね? これは?」
後ろを指差すママ。みーちゃんもそ~っと後ろを振り向き答える。
「246分の1スケール鷹野家のお屋敷」
「何メートルサイズのお家をお菓子で作ろうとしているの! ダーメ!」
ちょっと大きかったかもしれない。意外と難しくっておどろおどろしい感じになっちゃったのだ。敗因はチョコフォンデュを屋敷の上からかけたことかな。
結構チョコフォンデュって、熱を持っているのね。飴で繋げたウェハースの壁がバラバラになっちゃったんだ。
怪獣ナンラが食べてくれなければ、廃屋は浄化されなかったかもね。
「侯爵叙爵式のパーティーで、またぞろアホなことをしているな、鷹野侯爵?」
ホールのど真ん中で怒られてるみーちゃんに、豪快そうなおっさんが声をかけてくる。見ると粟国燕楽のおっさんと、パパだった。パパはワイングラスを手に、空いた手を額につけて顔をしかめている。
もう酔ったのかな? 回復するよ、パパ。それにしても燕楽のおっさんとはパパは仲良くなったなぁ。対照的な性格なのにね。
と、一通りのコントを終えたみーちゃんは、皇帝の開いてくれた叙爵式のパーティーに出席しています。
遠巻きにしていた皆はようやくお菓子のおうちの話は終わったのだと安心して息を吐く。とはいえ、パパと燕楽のおっさんが居るので、会話の邪魔をしないように聞き耳を立てながらも近づいては来ない。
その代わりにママがあれぇとご婦人たちに攫われていっちゃった。パパは困ったような顔をして、みーちゃんの頭を優しく撫でてくれる。
「少しやりすぎだったと思うよ、みーちゃん?」
「あれは必要なことだったの。そうしないときっと宰相辺りが押し付けてきたと思うんだよね!」
謁見時のパフォーマンスを許してはくれたものの、やはり少し気まずいらしく注意をしてくるパパ。
なので、おててをふりふり反論しておく。実際に深い意味はあった。その証拠に皇帝はまさか無くなるはずの資産が手に入るとは考えていなかったのか、話し合いのために早々に席を立ってここにはいない。
「まぁ、俺としては現金や株券だけでも受け取っておけば良いと思うがな、鷹野侯爵?」
燕楽のおっさんががめついことを言うが、それは失策だね。
「駄目だよ。現金だけでは済まないと思うの。その現金を扱っている会社もセットになってくるだろうしね。株券は言わずもがなかな」
「ここで神無公爵の資産を受け取るのは危険だということだな?」
周りにいる貴族たちには今回の顛末を聞かれちゃうけど、気にしない。というか、それも考慮しているからこそ、燕楽のおっさんは話を振ってきている。
「うん、反乱に加わっていた高位貴族は死刑。下級貴族は爵位剥奪の上、刑務所行き。その家族たちはそれぞれ悲惨なことになっている。神無公爵の企業を管理していた人たちは軒並みいなくなっているんだよ」
前世の企業ならば、銀行からや若手の優秀な者、他の企業からのヘッドハンティングで経営を持ち直せる可能性は高い。
でも、この世界では駄目なんだ。
この世界独特の問題。付与魔法を始めとする魔法建築や輸送など、様々な魔法を企業は用いている。なので、魔法使いの使う魔法に頼っている企業は軒並みとんでもないことになるに違いない。
「とんでもない負債になるってことか。なるほどな……で、混乱のさなかにどこかの家門の企業が市場を占めていくってわけか」
「そこまではわかんないけど、しばらく赤字経営になるんじゃない? 悲惨な境遇となった人たちを募集している企業があるかもしれないけどね。関東全域開発には魔法使いはいくらいても足りないし!」
「思わぬ助けに、そいつらは感謝するだろうよ。なにせ反乱軍の身内だ。本来はどこにも雇われないだろうからな。鷹野侯爵も人材が確保できて万々歳というわけか」
燕楽のおっさんはニヤニヤと笑い、大魔道士様の帝王学はやはり問題があるよとパパが溜息をつく。
募集の話を聞きつけた貴族たちの何人かは足早に去っていった。きっとこの話を交友のあった元貴族たちへと伝えてくれるのだろう。
「やれやれ。これは皇帝陛下にとって都合の良いことだったから口を挟まなかったが、あまりやりすぎないようにな、鷹野侯爵」
みーちゃんたちの学芸会に、もう一人おじさんが加わって口を挟んできた。紋付袴の風格のあるおじさん、帝城王牙だ。その横には真白とニニー、そして闇夜もついてきている。
王牙は苦笑混じりにみーちゃんへと近寄ってきた。
「皇帝へーかは、下々の者に新たに下賜できるもんね!」
管理をしきれずに売り払うことは目に見えている。その際の金は皇帝の懐だ。みーちゃんが下賜された場合は勝手に売り払うことはできないが、皇帝ならいくらでもできるのである。
損益分岐点をしっかりと見極めれば、かなりの利益になるだろう。問題は手に入れた資産を売り払うことが皇帝にできるかだけだ。
王牙は相変わらず皇帝に忠誠を誓っているようだけど、資産の使い道の話し合いに呼ばれない辺り冷遇されているように見える。
たぶんみーちゃんと親交が深いからだろう。王牙をはずすとは……信長は冷静さを取り戻せていないな。
その理由はわかってはいるんだけどな。
「僕たちの世代は大変そうだ」
「大丈夫よ、真白。なにせこの天才ニニーが妻として支えるんだからっ!」
相変わらず中性的な可愛らしい笑顔をニコリと見せる真白にニニーが腕にしがみついて、ドヤ顔で言う。変わらないようで、なにより。
「みー様のドレスとっても綺麗です。後で撮影させてください」
「うん、良いよ! 闇夜ちゃんの着物もとっても綺麗!」
カメラマン志望の闇夜がニコニコとせがんでくるので、笑顔で了承する。ドレスみーちゃんは貴重だからね!
これからの展望はここまでだ。あとはお料理を楽しもうかな。玉藻はどこかな? 一緒に回りたい。
「ねーねー、玉藻ちゃんはどこかな? 皆でお料理を食べまわろうよ」
「あちらで貴族たちに囲まれていました。子爵家の娘なら取り込みやすいと、伯爵位の令息たちが話していましたので」
なーるほど。確かに莫大な稼ぎを出している子爵家の娘は家格的にマウントを取れるから都合が良いのか。
「玉藻ちゃんは嫌がってないかな? 助けに行く?」
とはいえ、良縁があるかもしれないから、邪魔をするのもなぁ。まぁ、婚約者になるには、みーちゃんに傷を負わせるレベルでないと親友として許せないけどな!
結婚の場合はみーちゃんに勝つのが最低条件だよ。親友として当たり前だよね?
「玉藻ちゃんは大丈夫です、みー様。この程度の邪魔を跳ね除けられない人ではないので」
フフッと可憐に微笑み、闇夜は言う。たしかに大丈夫かな。
「それならば、私の相談に乗ってくれませんか、みーちゃん?」
「せーちゃん! お久しぶり〜」
「ここ最近遊んでなかったですものね、みーちゃん」
また新たに近づいてきた聖奈が挨拶をしてくる。
その笑顔には少し陰りがある。相談ってなんだろう?
闇夜と顔を見合わせて疑問に思うが、ここでは駄目だよね。
「わかったよ、ここじゃ皆に聞こえるし、控室に行こう。闇夜ちゃんも一緒で良い?」
「はい。それではお願いします」
そうして、みーちゃんたちは控室に移動した。後ろでは新会社を共同で設立しましょうと、燕楽のおっさんを先頭に貴族たちがパパにアリのように群がっていた。パパは砂糖じゃないのにね。
なぜかみーちゃんに直接は声をかけてこない。まだ幼いからだろうね。そうに決まっていると思います。
ぽてぽてと鷹野侯爵用控室に向かい到着すると、ソファにぽふんと座る。待機していた蘭子さんがお茶を入れてくれて、ニムエがホールのケーキを切り分けてくれる。ホールごと会場から持ってきたな。まぁ、良いけどさ。
「そういえば、お見舞ありがとうございました」
「ううん、元気になって良かったよ。高熱で寝込んでいたから驚いちゃった」
「自身の病は完全に治せるはずだったんですが、なぜか回復魔法が通じなかったんです」
「きっと転移酔いだよ!」
不思議そうに首をひねる聖奈に、ニコニコと答えてあげる。もしかしたらヘドロに塗れていたのかもね。
綺麗になったから問題はないけど。
「それよりも相談って? わかった、浮気だね。そういえば勝利君は大病を患っていて、明日まで生きているかわからないって聞いたことあるよ!」
聖奈の婚約者となったあの男を思い出す。ウワキだろ、浮気だね。お友だちの聖奈の婚約者になったと聞いたから、遠い世界へと配送するのを躊躇っていたのにな。
「みーちゃん、そうではないのです。たしかに勝利さんのことですが、浮気ではなく変なんです」
「わかったよ。二度と出てこれない病院を紹介するね」
「いえ、おかしいのではなく、前から変な人ですが、方向性が違うんです」
ナチュラルに勝利を変人と語る聖奈だが、その表情に嫌悪も蔑視もない。心配する表情は本物のようだ。へへーん、意外とあいつ愛されてるな。
「最近は私が誘ってもデートを断るんです。……神無男爵と遊んでいるようで……いえ、たぶん修行をしているようなんです」
「ほー、修行をしているの?」
「はい……時が来るまで待っていてくれとか、キリッとした変顔で気障な言葉を言うんです。どう見ても、詐欺師に騙されている人にしか見えなくて……」
変顔とは容赦のない言葉だこと。……でも、なるほどね。
「それじゃ調べてみるよ、任せて! これでも顔は広くて背は高いから。胸も成長期にソロソロ入ります!」
ぽすんと胸を叩いて、聖奈の悩みを解決してあげることにする。
転生者と転生者をぶつけようと言うんだろ。わかりやすい作戦だこと。………まぁ、他にも思惑はあるんだろうけどね。
暗愚になった信長にはヘドロのような糸が絡みついていることを確認している。見舞いにいった聖奈も同様だった。
信長には悪いが、敵の手のひらで踊っていてもらおう。聖奈のは消しておいた。
さて、運命の糸はどれだけ修正力を働かせられるのかな。
そして、ヘルヘイムの力を持つ黒幕がいるな。そいつが誰なのかもだいたい想像ついたぞ。
いるはずなのに、去就がわからない奴が一人いるよな。名前が出てこないのに、誰も気にしていないどころか認識すらしていない奴。
龍水公爵のように政治力はなくとも、皇族と会えて、かつ貴族たちの間に紛れ込める高位貴族の人間が。
あとでヘイムダルに『千里眼』を使ってもらうとしよう。
まぁ、尻尾を掴むまで黒幕気取りで踊っていてくれ。みーちゃんもそろそろ準備を始めるとするからさ。




