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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
11章 侯爵

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327話 高転び

 およそ考えられない発言である。ここで報奨を受け取れば、追随を許さない勢力となるのだ。なぜ断るのか、勝利はさっぱりわからなかった。


 前世ではあり得ないこと。財産没収とか、それらを報奨として扱うとか、まだまだ慣れない風習がたくさんあるが、断るという選択肢は頭になかった。


 灰色髪ちゃんは、いつものアホな姿は鳴りを潜めて、俳優のように手を翳しながら大きいリアクションをしながら、冷え冷えとした冷たい口調で新皇帝へと話を続ける。


「侯爵となりし私は資産は充分にあります。東京の開発、投資の成功。そして、最近ではえむあんどえー? これどういう意味、パパ?」


 翳した手のひらを芳烈に向けて尋ねちゃう灰色髪ちゃん。そこには先程の冷たい感じはさっぱりなかった。


 ウルウル涙目で父親に助けを求めるアホ可愛らしい少女がいるだけだ。


 なんだ勘違いかと呆れながら視力を強化すると、何やらアンチョコがびっしりと書かれていた。


 芳烈が苦笑しながらも、小声で教えている。買収のことだよとか、それで人材がとか。コクコクと頷くと灰色髪ちゃんは、新皇帝へと向き直る。


「ガルド農園、ウルハラコーポレーション、エイン警備会社とみーちゃんはたくさんの会社をばいしゅーしたので、莫大な資産となってます。なので、資産は充分。しかし人材が全く足りません」


「ふむ……会社を買収したのは良いが、経営するのに人材が足りないということですね。では、不動産や現金、株券なら良いのではないか?」


 話の流れがわかってきたのか、新皇帝は方向性を変えて勧めてくる。たしかに現金などならいくらあっても問題はない。


「私はじゅーぶんです。へーかのちせーにお使いください。その代わりといってはなんですが、今後の混乱を防ぐために、今権利者がいない残りの関東全域の土地を譲り受けたいです」


「関東全域ですか?」


「はい。今後も鷹野侯爵家は東京を攻略していき、開発を続けたいと思います。その際に土地の権利関係で揉めたくありません。ドルイドさんたちは自分たちの土地を用意してくれるのならと賛成してくれました」


 ちなみにドルイドの大魔道士は、灰色髪ちゃんの要請で動いたからと報奨は断っていた。


「関東全域……あそこは凶悪なダンジョンから生まれる魔物だけが徘徊する場所です。買おうと思えば、タダ同然。しかし、土地の権利を手に入れる以上税金は支払ってもらうぞ?」


 今は鎌倉周辺で利益を上げているが、関東全域の税金となると、利益もすっとぶと忠告をする新皇帝。


「問題ありません、へーか。私は利益は全て開発に注ぎ込みたいと思います」


「あの地域は百年かけても開発は進まないと思いますよ? 開発には莫大な資金が必要となると思いますが?」


「あんまりお金を持っていても、コロリンって転んじゃいますからね!」


 肘掛けをコツコツと指で叩いて、新皇帝は考え込む。関東全域とはでかい要求だ。普通なら一蹴される話だが、今回の対抗に置かれる物は神無公爵の資産。


 どちらに天秤が傾くかというと、考えるまでもなく神無公爵の資産の方が大きい。


 多角的な経営をしていた神無グループは、ホテルから貿易、農場や服飾関係、片端から手を出して失敗することなく、莫大な利益を上げていた。


 人もいない、魔物だらけで旨味のない関東全域とは比べ物にならない価値がある。


 そして、空中城の落下や即位式、軍の再編に莫大な資金が必要な新皇帝はすぐに結論づけた。


「よろしいでしょう。では、関東全域の土地権利を鷹野侯爵の報奨とします。開発を頑張ってください。住人を集めるのも大変だとは思いますがね」


「はーい。みーちゃんはシムなゲームをしてみたかったんです。まずは製材所から作っちゃいますね!」


「あぁ、期待しているぞ、鷹野侯爵」


 新皇帝は良い取引をしたとご機嫌だ。宰相はなにか言おうとしては口を閉じる。言いたいことはあるが、それを口にすると問題があるのだろうか。


 これで膨れ上がる資産を使わせて、灰色髪ちゃんを抑えることができると、新皇帝は笑みを浮かべて、叙爵式を終えるのであった。


「目先の利益に釣られちまったか」


 隣でニヤニヤと笑う親父の呟きに、後で聞いてみようと決心する。


 そうして叙爵式後は侯爵就任を祝う鷹野侯爵のパーティーだ。聖奈さんをエスコートしなくちゃと、ニヤニヤと鼻の下を伸ばす凛々しい男、勝利である。


 叙爵を祝うパーティーでは、さすがに新皇帝もケチるつもりはなかったのだろう。


 ホールを照らす宝石が付けられた魔法金のシャンデリアが天井に吊り下げられて、テーブルには希少な高級魔物肉や、ダンジョンで育てられた特別な魔法野菜、ダンジョンで養殖された魚たちとの料理と豪華絢爛だ。


 毛足の長い絨毯を踏みしめて、そのふわふわとした感触を感じながら、勝利はパーティー会場に入る。


「今日も綺麗ですね、聖奈さん」


「ありがとうございます、勝利さんもかっこいいですよ。蝶ネクタイはやめたんですね」

 

 もちろんエスコートする相手は、世界で一番可愛い女性の聖奈さんだ。


 今日も眩しいほどに輝いている。自分の腕に添えるように置かれる聖奈さんの手がこそばゆい。


 今日はお姫様ドレスでの出席だ。黄金と銀、宝石であしらった精緻な作りのティアラは皇女である聖奈さんに似合いすぎているし、ドレスも特別な魔法布を使っているのだろう。癒やさせる不思議な優しい光沢のドレスで、可愛らしさを引き出すために少し少女っぽい。


 ここは凛々しい顔でさらに褒めようと、口元を緩めて、興奮でふんふんと鼻息を荒くし、目元を下げながら、勝利は聖奈さんを見つめる。


 ニコニコと可愛らしい笑顔で見てくる聖奈さん。あぁ、僕は幸せものだなぁ……。でもちょっと気になるな。


「あの……聖奈さん、怒ってませんか? それとも緊張してます?」


 なんだか違和感を覚えてしまい、ついつい口にしてしまった。もしかして怒られるようなことをしただろうか? 大武道大会で助けに行けなかった時は平謝りしたが、その場にいなかったのですからと、笑って許してくれた。


 他にもなにかやったか? 


 聖奈さんは勝利の言葉に僅かに驚きに変わって、その後プクリと頬を膨らませる。


「だって、最近勝利さんはデートしてくださらないんですもの。いつも忙しいと言って寂しいんです」


 潤んだ瞳で見つめられて、ガーンと頭が殴られたかのようなショックを受けてしまう。なんてことだ! 僕の女神がご機嫌斜めだ。不機嫌な顔も可愛らしいけど。


「なにを最近しているんですか? 魅音さんたちも寂しがってましたよ」


「すみません、聖奈さん。寂しい思いをさせてしまって……。ちょっと、今は言えないんです。時が来たら教えます。時が来たら」


 時が来たら。一生の間でこの言葉を口にできるとはと、内心で狂喜乱舞しながら聖奈さんの手を握りしめる。


 このパーティー会場で二人だけ。小説でもこんな展開あったな。魔神復活を目論む『ニーズヘッグ』の教主スカジに対抗しようと密かに修行するシン。


 仕方ありませんねと、柔らかい笑顔で貴方を信じていますとシンに答えるのだ。


「仕方ありませんね、婚約届はまだ提出していないんです」


 小首を傾げてニコリと微笑む聖奈さん。やはりモブでは信頼度が足りなかった模様。


「浮気とかではありません。少し修行をしていまして。わかりました、これからは修行の日を半分に減らします」


「なにをしているか教えてもらっても?」


 ずいと身を乗り出して顔を近づけてくる聖奈さん。む、胸が当たって、なんかいい匂いがする。顔もち、近い。


「時が来たら……」


「今がその時だと思いますよ。勝利さーん?」


 胸を白魚のような指先でなぞってきて、聖奈さんがさらに追及してくる。


 なんてことだ。女神だけではなく、聖奈さんは悪魔でもあったのだ。小悪魔聖奈さんだ!


 もはや隠し通すこともできない。教えても良いかなと、勝利の豆腐のように硬い意志は砕け散りそうになったが、口を挟む男がいた。


「勝利君は、魔導学院に進学した時のことも考えて僕と修行をしているのです、聖奈さん」


 その爽やかな声は知っている。今回の反乱を企てた神無公爵の息子、『魔導の夜』の主人公神無シンである。


「大武道大会で助けて頂けたのは感謝していますが、私はもう勝利さんの婚約者なんです。申し訳ありませんが名前で呼ぶのは控えて頂けないでしょうか、神無シン男爵?」


 聖奈さんにしては、意外にもきつい言葉をシンに返すので驚きを隠せない。シンは原作と違って嫌われているなぁ。


 僕が原作を変える活躍をしたからだ。正直すまん。


 シンは聖奈さんを助けた功績で、父親が反乱を起こしたのに、貴族からの除名はなんとか逃れた。今は男爵となり財産もなく、母と二人で四畳半暮らしだ。


 だが、貧乏生活になったのに、そのことをおくびにも出さない。


「それは失礼しました、皇女様。申し訳ありませんが、勝利君をお借りしてよろしいでしょうか? これからの訓練の話もする必要があると思いますので」


 聖奈さんの言葉にも笑顔を崩さずに答えるシン。僕が同じように言われたらショックで引きこもる自信があるぞ。さすがは主人公、その心臓は鉄でできているに違いない。


「……勝利さん、こんなことを言いたくはありませんが、男爵とは距離をとったほうが良いですよ」


「シンは良い奴だから大丈夫ですよ」


 なにせ主人公だ。シンとの訓練で『空間の魔女』に魔法を使う秘奥などを教えてもらい、大幅に成長している。これならば『覚醒』もできるかもしれないのだ。


「なぜ、そこまで男爵を信用できるんですか?」


 不満そうに聖奈さんは尋ねてくる。たしかに現状を鑑みればおかしな話に思えるだろうな。


「こいつは良い奴ですからね。でも勘違いもあるかもしれないので、話し合いますよ」


 信用できる理由はと聞かれれば、もちろん小説の主人公だからだ。シンの行動は正義であり、結局のところ勝ち組になるのである。


 でも、小説の主人公だからとか、聖奈さんには答えられない。なので、適当に誤魔化しておく。


 だって、今のシンはまさに原作と同じ状況だ。放逐の代わりに男爵まで地位は下がり、財産も失った。


 皆はシンのことを遠巻きにして、話しかける者はほとんどいない。


 何もないスタート地点の主人公になったのだ。


 きっとこれから成り上がる。その準備もできている。


 ………だが、一つだけ疑問がある。


 原作の神無公爵のポジションになった相手。多分転生者の闇夜と勝利が動いたことによりストーリーが変わってしまったのだろうが、黒幕があれか……?


 勝利はホールの中心で人々に囲まれている灰色髪ちゃんを見ながら眉をひそめる。


「お菓子の歌を覚えたんです! チョコレートはなんちゃら〜、クッキーはなんとか〜。本当に歌通りに作るとお菓子の家ができるので、記念に作ってみせるね!」


 話しかけてくる相手に適当に相槌を打ち、チョコレートやらクッキーを手に持ち、お菓子の家を作っているんだぜ? あれはなにを考えているのだろうか。


 なにも考えていないようにしか見えない。


 シンと話し合う必要があるだろう。たぶん勘違いだと思う。


 母親がすっ飛んできて怒られ始めたし。

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― 新着の感想 ―
今の信長くんは何をやっても侮られるくらいに不利で不自由だし、選択の結果は後にならないとわからないから、現金化しやすい資産をとるのも間違いでは無いよなー
[一言] ドルイド×鎌倉の例を忘れてやしないかねぇ?今なら油気家という技術部門もついてるってのに。時勢が見えてなさ過ぎる。 とはいえ立て直しに神無家の資産を使いたいのは分かる。 つまりどうにもならない…
[良い点] 勝利くんなんだかんだ良い勘してますね。 読者からしてみるとスカジの名前はもはや懐かしく感じるくらいですが、構造そのものはちょうど一回転したように見えます。世界の裏側を握る秘密結社にはニーズ…
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