324話 戦闘ルールには要注意なんだぞっと
「仕方ありません。私の真の力をお見せしましょう」
動揺を見せた神無公爵だが、すぐに気を取り直して構え直す。何だか情緒不安定のおっさんである。
「ギャラルホルンよ、その力を発揮せよ!」
神無公爵が四肢を踏ん張り、気合いの雄叫びをあげると、黄金の粒子が暴風のように辺りを舞う。吹き荒ぶ風にオーディーンは僅かに眉を顰めて、みーちゃんは口を開いてハムハムしていた。サラサラしててかき氷みたいで美味しいや。
「音速を超えし力を見よ! ギャラルホルンよ!」
『超音速法』
ギィンとガラスを引っ掻くような音を残して、神無公爵の姿が僅かな風を生み出して消える。
「私の姿を追えますか? ドルイドの大魔道士よ」
音速の壁を超えて、衝撃波で空気を震わせながら、どこからか神無公爵の声が聞こえてきた。
どうやら音速よりも遥かに速い速度で動いているようだ。これもギャラルホルンの力なのかな?
『ガーン、持ち主よりも上手く使っている。音の神器の概念を利用して、自らを音と同義の存在に変えて移動しているんだ』
ショックを受けているニートダルのセリフはスルーして、みーちゃんはオーディーンを心配げに見つめる。さすがにこの速さには驚いて……いないな。
オーディーンは槍を構えながら、驚くことにあくびをしてみせた。
「わかっていないようだな、阿呆が」
「ハッタリを!」
チュンと音がすると、オーディーンのマントの端っこが僅かに弾け飛ぶ。切れた布が舞う中で、風が吹き荒れるごとに次々とオーディーンに切り傷が増えていく。
「皇帝の手品とは訳が違うのだ、ご老人」
「また口調が変わっているな」
神無公爵の静かな声が聞こえてきても、オーディーンは少しも動揺することなく、他のことを気にしているようだった。ふむ……口調が確かに違うね、どういうことだろう。
「つまらないことを気にしている場合ではないと思いますよ!」
『超音速剣』
オーディーンの後ろにフッと姿を現した神無公爵が剣を向けてくる。マナの力が集まり、剣が世界の理を超えて、人間では出しえぬ速度を見せてきた。
風よりも速く、音を超えて、神無公爵の剣がオーディーンへと迫る。あまりの速さに対応することすらできずに、オーディーンは切り裂かれてしまう。
と思いきや、チンと音がして神無公爵の剣は弾かれていた。
「な、なに? くっ!」
さっきの魔剣たちと同じだ。槍で迎撃したように見えないのに、槍で弾かれたかのようだ。
驚愕する神無公爵に対して、いつの間にか振り向いていたオーディーンがグングニルをゆらゆらと揺らして構えをとっていた。
「死角であったはず……?」
「貴様の好きな手品というものだ」
『瞬速槍』
神無公爵のお株を奪うかのように、今度はオーディーンが高速の突きを繰り出す。
「ごっ、ガッ」
ズドドドと音が響き、神無公爵の鎧がどんどん拉げてゆく。
「自慢の速さで躱さないのか?」
『瞬速槍』は必ず敵に命中する武技だ。速いのではなく、命中した結果だけとなるのである。オーディーンも性格が悪いんだから、もぉ。
先程の魔剣と同じだ。攻撃の結果は既に決定している。打ち破るには、みずからの理をしっかりと持たないといけないのだが、人間では無理だろう。
「み、見えない。そんなバカな!」
「それに武技を使用するために停止したな。アクセルを踏んだだけで、車体のハンドル操作はできないと見える」
「うぬっ!」
『超音速法』
図星をつかれたのか、悔しげに唸る神無公爵がまた姿を消す。超音速の攻撃を再開しようというのだろうが、もはや同じ戦法はオーディーンには通じない。
「すばやさが高いだけでは無意味だな」
『空中機雷Ⅳ』
槍を揺らしてオーディーンが魔法を発動する。蛍の光のような小さな光球が3個空中に生み出されると、ふよふよと浮く。
「これは敵へ微小なダメージを与えて、低確率で『麻痺』を与える。さて、貴様はどうなるかな?」
風が吹く音だけが響く中で、意地悪そうにオーディーンは嗤う。
神無公爵の答えは簡単だった。
「グアッ!」
バチリと音がして、光球に当たった神無公爵が苦しみながら姿を現したのだ。
『空中機雷Ⅳ』は対空中用と説明書きにはあるが、実際は風と雷属性の自動攻撃魔法だ。そのダメージは10程度で、『麻痺』もほとんど発動しない。
『魔法使いⅣ』の最高レベルの自動攻撃魔法なのに、使えないと攻略サイトでは評判の魔法だった。高レベルの神無公爵には通用しないはずだけど、なんであんなに痛がっているんだろう?
「音と化す。響きは良いが身体を音に変えているため、物理抵抗も魔法抵抗も完全なゼロになる欠陥魔法。お前にド阿呆の称号をくれてやろう」
「ガッ! く、これほどにあっさりとこの技の正体を見抜かれるとは……」
音に変わるって、よく意味はわからないけど、吸血鬼の霧化と同じなんだろう。隣にいるニートダルがヘヘへと鼻をこすって得意げだけど、お前は使わなかったんじゃなくて、思いつかなかったんでしょ。
身体を元に戻したために、『麻痺』抵抗にも成功したのだろう。神無公爵は体勢を立て直すが、追撃する風もなく、オーディーンは静観していた。
「余裕ですな、ご老人」
「槍の勘を取り戻そうと思ってな。貴様は丁度よい相手だ」
煽るオーディーンに、遂に神無公爵の表情が怒りと屈辱に変わる。
「焦りが薄ら見えるな、神無公爵。ここで負けても、後で倒せると思っていたが、次に出会う時もこれほどの力の差があれば、負けるかもしれないと考えたな? どうやらパワーアップする伝手があったが、それでも足りないと思ってしまったのだろう?」
だが、オーディーンは神無公爵の演技に気づいたようで、口角を釣り上げると面白そうに言う。
今度こそ、神無公爵の顔は驚愕に変わった。ギリと歯を食いしばり、神無公爵は刀を構え直す。
「ご老人。貴方にはここで退場してもらうしかないようだ」
「まだ切り札があるのならば、さっさと使うが良い」
余裕の態度でオーディーンは泰然と構えて、みーちゃんはこっそりせっせと支援魔法をかけまくる。
『倍速』
『防御力倍化』
『魔法の盾』
『魔法の剣』
『会心の予知』
『攻撃力向上Ⅴ』
『会心倍化』
『魔力向上Ⅴ』
良い子なみーちゃんは会話パートは暇だからとスキップしないで、内職をするのだ。えっへん。もちろん魔法のエフェクトはオフにしたよ。
なぜか隣のニートダルが、何やってんのこの人と、口元を引きつらせてドン引きしているけど、なんでそんな顔をしているか、みーちゃんさっぱりわからないや。
だって、この戦闘はパーティー戦だよ? タイマンじゃないんだよ。神無公爵は勘違いしているみたいだけど、オーディーンは理解しているから、話を延ばしているんだよ。たぶんだけどね。
「くっ、ならば打ち合いといきましょう!」
手品は諦めたのか、神無公爵は刀を向けて、猛然とオーディーンに打ちかかる。素の身体能力と刀の腕前で勝負する気になったのだろう。
『多重連撃』
残像を残し、風斬り音を笛のように奏でながら、神無公爵は刀を振るう。黄金色の刀が一層光り輝き、オーディーンの身体を切り裂かんとする。
『多重連撃』
対するオーディーンも同じ武技を使う。もっと良い多段武技もあるのに、相手に合わせるとは意地悪なおじいちゃんである。
チチチとリズミカルな金属音が響き、空中に刀と槍がぶつかりあった証拠だけが残る。二人の高速の攻撃はもはやみーちゃんたちぐらいしか視認できないだろう。
残像と残像がぶつかり合い、果てしない打ち合いが続くかと思いきや、そうはならなかった。
「ガガガッ」
苦痛の声をあげる神無公爵。着ている鎧が砕けていき、傷が増えていく。オーディーンとの打ち合いに対抗できない模様。
まぁ、オーディーンの方は支援魔法がたっぷりかかっているからなぁ。そういや、このおっさんのレベルはいくつなんだろう?
カァとフギンの鳴き声が聞こえて、みーちゃんの意志を読み取ってくれる。
『異形なるここのつ:レベル93』
……なんだこの表記? 神無公爵の名前すら出てこない。このおっさん人間ではないの? そういや、ヘイムダルは神無公爵を化物と言っていたな……。
そして、見覚えがあるぞ、この表記。
ヘイムダルに、神無公爵のなにを見抜いたのか確かめようとするが、その前に戦闘は佳境に入っていた。
「グハァッ」
遂に完全に押し負けた神無公爵が砲弾のような速さで吹き飛ばされると、壁に叩きつけられた。瓦礫が崩れて、神無公爵を埋めていく。
「こ、ここまでの差が、あ、あるとは……」
もはやぼろぼろで、当初の余裕の表情は鳴りを潜めて、よろめきながら神無公爵は瓦礫の中から立ち上がる。
「ここで貴方を倒させてもらおう! 一つを使っても!」
血だらけの神無公爵が叫ぶと、魔導鎧の装甲が開き展開していく。纏うオーラが黄金色から禍々しいどす黒い色へと変わっていった。
「槍使いの力を見せるとしよう」
オーディーンが本気になり、グングニルに魔法の力を込め始める。お互いの魔法の力が世界を震動させて、不吉なる空気を醸し出す。
『攻撃3倍化』
『クリティカル率5倍』
みーちゃんもオーディーンを支援しちゃう。頑張れオーディーン。
『攻撃力減少Ⅴ』
『防御力減少Ⅴ』
『魔力減少Ⅴ』
『クリティカル被ダメージアップⅤ』
もちろん神無公爵にもかけておく。エフェクトオフだし、集中しているから気づかないだろう。ふふふ。
なんで空気を読まないのと、ヘイムダルがへんてこなことを呟くが気のせいだろう。たぶん幻聴だね。ここは戦場、ルールはない。
「受けよ、私の最後の魔法を!」
『魂生贄』
『ギャラルホルン』
カッと漆黒の閃光が神無公爵から迸る。そして、莫大な破壊エネルギーを内包した音が奏でられた。
空間を破壊して、虚無の世界を作りながら、ギャラルホルンの音波がオーディーンへと向かう。
「神槍というやつだ」
『グングニル』
対して、オーディーンは槍を担ぐと、大きく振りかぶって投擲した。
神秘的な純白の光を宿し、神槍グングニルは一筋の流星となった。迫るギャラルホルンの音波へとぶつかると、一瞬動きを緩めるがすぐに速度を取り戻し、音波を打ち消し、神無公爵の身体に命中した。
「な、なぜだ。魂を生贄にしたはず……」
信じられないと驚愕の表情を神無公爵は見せて、黄金の鎧を粉々に砕かれて身体を貫かれた。グングニルの純白の光が神無公爵を包んでいき、その身体の一片も残すことなく消滅させるのであった。
「貴様の敗因はド阿呆だったということだ」
その手にグングニルを戻すと、オーディーンはつまらなそうに鼻を鳴らすのであった。
こうして、神無公爵の反乱は終わったのである。




