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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
3章 悪人退治

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32話 スラム街

 そこはうらぶれた地域であった。人が暮らすには汚い場所だ。廃ビルが連なるように並び、窓枠には勝手にベニヤ板が置かれて、廃ビル同士を繋いでいる。細道も多く、ロッカーやら放置車両で塞がれている場所もある。


 歩道橋はごみ溜めのようで、魔物の骨に紐が結わえられて、橋から何体もぶら下がっていた。店舗は辛うじて存在しているが、窓ガラスは板で覆われて、棚には何もなく、荒事に慣れていそうな筋肉質の体格の男が店番をしている。


 住人たちは、疲れた顔の者や、なにかないかと視線を鋭くする者、無気力な者など様々だ。


 一般人が入り込むと、ただではすまない。男なら身ぐるみ剥がれて裸となり、側溝に死体となって浮いているか、女性なら襲われて、娼館に売られてもおかしくない危険な場所。警察も入り込むことはしない治外法権。スラム街がそこにはあった。


 強盗から殺し屋、ホームレスや娼婦、薬を売り捌く売人など、犯罪者や困窮した貧民たちの坩堝となっている。


 普段から、喧嘩から殺し合い、小さな抗争も珍しくはないこの地域だが、今日は様子が違った。


 廃ビルのいくつかが倒壊し、粉塵が吹き上がり、灰のように降っていた。粉塵は地面を覆い、倒れている者たちもその姿を消していく。


 今にも朽ちそうな家屋からは炎が吹き出し、火事となって延焼している。普段は死人が出れば、その身ぐるみを剥ごうと狙うハイエナたちも、今回は命の危険を悟り、悲鳴をあげて逃げまどい、阿鼻叫喚の地獄へと変わっていた。


 炎と煙、死臭と血の臭いが広がる中で、黒ずくめのローブを着込んだ者たちがその手に血の滴る剣を持ち佇んでいた。


 ローブを着込んだ者が、逃げ遅れたのか震えている痩せ衰えた女性を見つけ、無感情に剣を振り下ろすと、無造作に斬り殺す。


 悲鳴をあげて倒れる女性。さらにローブの者たちが進もうとすると、その足元に火炎弾が飛んでくる。轟音と共に着弾すると炎を撒き散らし爆発するが、その時には狙われた者は後ろへと飛びのいていた。


「なにもんだ、てめえらっ!」


 女性の怒鳴る声が響き、数十人の人間がバタバタと足音荒く姿を現す。皆はそれぞれ鉄パイプやらナイフ、短銃などを持って武装している。


 ローブの者たちの3倍は多い。リーダーなのだろう、空から少女が、怒気を纏わせて飛び降りてきた。まだ幼さを僅かに残しているが、その目は荒んでおり、荒れ事に慣れた凄みを見せていた。


「あーん? ここのリーダーってのは、てめえかよ?」


 ローブ姿の人間たちの一人が前に出てきて、面倒そうに肩を鳴らしながら、余裕そうに口を開く。


「そうだっ! あたしはヨーコ! 九尾のヨーコ様だっ! このシマのボスだよっ! あたしのシマで好き勝手やりやがって、どこのもんだ?」


 少女は狐の耳と狐の尻尾を生やしており、人間には見えない。魔法使いであるのは明らかだ。汚れているために、狐耳も尻尾もまるでゴボウのように細く汚い。


「あぁ、はいはい。俺はこんな汚え所の住人じゃねぇよ。てめえらは本当にこんなごみ溜めに住んでるのか?」


 耳をほじりながら、男が馬鹿にしてせせら笑う。ヨーコはムッと顔を怒りに変える。


「ここでも住めば都なんだよ!」


「てめえは力を持っていそうだからな。なるほどねぇ、こんな所なら、お山の大将ができるよな。こんな所なら」


「てめえっ!」


 ゲラゲラと笑うローブの男に、怒りを堪えかねたヨーコの仲間が飛び出す。鉄パイプを振り上げて、その頭上に容赦なく振り下ろす。その様子を見ても、男は逃げもせずにニヤニヤと口元を歪めている。


 ガツンとその脳天に鉄パイプを振り下ろした男は、確かな手応えにニヤリとするが、次の瞬間、驚愕の表情になる。


 ローブの男がフードを外すと、傷一つなかったのだ。男の顔を手で掴むと、片手で大の大人を持ち上げる。ローブを外した男は金髪に金色の瞳を持つ男だった。


「あー、くせぇくせぇ、お前ら風呂に入っているのか?」


「は、離しやがれ、このやろうがっ!」


 ジタバタと暴れる男に対して、ローブの男は軽い感じで手に力を加える。


 グシャリ


 と、音がすると、暴れていた男の頭は西瓜のように砕かれて、脳漿を溢れさせ、血をドロリと流すと動きを止めた。


 つまらなそうに投げ捨てると、ローブの男はパンプアップするように腕を組む。


「俺は『ニーズヘッグ』の幹部の一人、フルングニル。世界を正しい姿に変えるため、行動する者だ。あれだ、正義の味方ってやつだな」


「ふざけんなっ! よくも仲間をやりやがったな」


「おいおい、こいつが先に攻撃してきたんだぜ? 俺は正当防衛だっつーの」


 ヘラリと笑うフルングニルに、ヨーコは腕を振って怒鳴る。


「何言ってんだ! ここに住んでた仲間を殺しまくりやがって!」


「あぁ、それはあれだ。必要経費ってやつだな、うん。ほら、殺しまくれば、このシマのボスが来るだろ? そのために必要だったんだ。まぁ、生きていても生産性がない奴らだ。殺しても構わなかっただろ?」


「な……たった、それだけのために?」


 その軽い口調にヨーコは怖気を感じて問い返すが、フルングニルはあっけらかんとして頷く。


「どうせ犯罪者集団だ。殺しちまっても良かっただろ?」


「ふざけんな! それでもあたしたちは生きているんだ!」


 確かに犯罪者の集団だ。スリに盗みは当たり前。酒は飲むし、身体も売るし、薬はやる。殺しだって金額によってはやる集団だった。


 だが、幼い頃にここで生きることになった自分にとっては大切な仲間だったのだ。


「は! 犯罪者の集団を殺しても、ありがとうと感謝はされても、憎まれることはねーよ。てめえらみたいなクズを抜かしてな。……それより、お前ら、魔道具を知らねーか? 土塊の額冠って言うんだけど、ようやくここにあると情報を得て来たんだ。6年前にしくじっちまってな。あれは失敗だった」


 後悔したように軽い口調で言うフルングニルのセリフに、ヨーコは顔を青褪めさせて、唇を噛むと、睨み返す。


「土塊の額冠? まさか………うちに入った強盗かよっ!」


「あん? ………もしかして唯一逃げた餓鬼か? おぉ〜、まだ生きてたのかよ、親戚筋を確認しても姿が見えなかったから、死んだと思ってたぜ」


「てめぇ……てめぇがあたしの家族を殺した奴かァァ! 殺してやるっ! てめえらはかかれっ!」


 フルングニルの言葉に視界を真っ赤にさせて、ヨーコは叫ぶ。おぅと、仲間たちがそれぞれの得物を手に、フルングニルたちへと襲いかかる。


「そうか、あの時逃した餓鬼がいるんなら、魔道具もここにあるのか! 絶対に逃さねぇぞ!」


 ヨーコの仲間たちがフルングニルたちへと攻撃を仕掛ける。ヨーコも手のひらに炎を作り出すと、復讐の相手を憎しみを持って睨みつける。


「あの日、お前らが押し込み強盗をしてきた時、あたしの両親はあたしを逃してくれた。弟と一緒に……」


 なんの力もなかったヨーコは弟といくつかの魔道具を持たされて逃された。すぐに両親は迎えに行くからと約束してくれた。


 ……だが、両親は迎えに来ず、ヨーコは弟とあてもなく彷徨い……やがて弟は死に、今のヨーコには僅かな魔道具が手元にあるだけだ。スラム街の小さな集団のボス。『マナ』に目覚めたヨーコ。それがあたしだ。


 復讐を胸に、犯罪に手を染めて生き残ってきた。そして、今、目の前に復讐の相手がいる。


「絶対に殺すっ!」


『狐火』


 いくつもの炎弾を手のひらから弾くように飛ばす。フルングニルは余裕の表情で手のひらをかざすと、振りかざし炎弾を打ち消してしまう。


「はっ! まともに『マナ』の扱い方も教わってない奴に負けるかよ」


「このやろう!」


 ヨーコは狐人の身体能力を使い、跳ねるように宙を飛び、狐火を放つ。剛拳にてフルングニルはあっさりとかき消して、ヨーコの仲間をついでとばかりに、その剛拳で砕いていった。まるでミサイルにでも当たったかのように命中した箇所が爆発し殺されていく。


「こいつら、全員魔法使いだ!」

「倉田が殺られた!」

「銃も効かねぇ!」


 信じられないことに、フルングニルの仲間たちは魔法使いであり、その身体能力は獣のように速い。鉄パイプはその身体に弾き返され、ナイフは刺さらない。銃を撃ち、対抗しようとするが、ローブに穴すら開かず、剣で斬られて殺されていく。


「ぶははは、見ろよ、お前の部下を。ゴミじゃ、俺達に傷一つつけられないとよ」


「くっ。舐めんなよ」


『蜃気楼』


 己の切り札を切る。ヨーコの姿は霧と共にかききえて、気配すらも消えていった。


「ほぉー、やるじゃねぇか。どこにいるか、わからねえぞ?」


 余裕を見せて死にやがれと、ヨーコは嗤い、そっと滑るようにフルングニルの懐に入る。他の仲間は傷をつけることもできないが、自分は魔法使いだ。マナの宿りし短剣なら傷つけることが可能だ。


 ヒュッと風斬り音をたてて、ヨーコの持つ短剣がフルングニルの首を切り裂く。


「はっ、ざまあみろ!」


 攻撃したために、姿が浮かび上がるが、気にせずにヨーコは勝利を確信したが


「やるな、小娘!」


「な!」


 驚くことに、ヨーコの攻撃はフルングニルの首元を赤くミミズ腫れにさせただけであった。渾身の一撃、全力の攻撃であったのに、効かなかったことに、思わず立ち止まり、呆然としてしまう。


 そして、その隙をフルングニルは逃すことはなかった。


「終わりだ。ゴミ箱に捨てておいてやるよ」


 そうして、手のひらからクリスタルの槍が生み出されて、ヨーコの胸を貫く。ヨーコは復讐もできずに殺されるのだった。





 そこまでが今までの玉藻の夢であった。起きると内容は忘れるが、時折見る悪夢だ。怖くて寝れないとパパとママと一緒の所に行って、泣きながら寝る。


 それが玉藻の悪夢だったが、今日は違った。


 殺されたと瞬きをして、自分が無事なことに気づく。いや、自分の姿も変わっていた。


「な、なんだてめえは?」


 スラム街でもなかった。どこか知らない場所だ。


 なぜかフルングニルは膝を突き、焦った顔をしている。


「あぁん? 俺の名前を知らねぇとは、さてはお前、レギュラーキャラクターだな」


 そして玉藻の前には銀色に似た灰色髪の美少女が、猛獣のように好戦的な顔をして、犬歯を剝いて笑っていた。その周りには何人かが同じように立っているが、影となっており見えなかった。


「な、どういう意味だ?」


「俺は空気なんだ。モブは悲しいよな」


 戸惑い混乱するフルングニルに、灰色髪の美少女は笑い、手を翳す。そうして、なにかを口にして閃光が走り………玉藻は目が醒めた。


 ぱちくりと目を開けると、なにか怖かった夢を見たような気がしたが、後から嬉しい夢に変わった感じがして、フフッと微笑む。もはや悲しいことは起きないとなんとなくわかった。


「うにゃー。ホーンベアカウって、くまー、うしー?」


 寝言を言って隣で寝てるのは、お泊まりに来たエンちゃんだ。その寝言に可笑しくなり、玉藻はエンちゃんの頬をつつく。


「おはよー、エンちゃん」


「おあよ〜、玉藻ちゃん」


 眠そうに応えるエンちゃんを見て、心がぽかぽかする。


 その後、同じ悪夢を見ることは二度となかった。

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― 新着の感想 ―
なんで名前知ってるかどうかでレギュラーキャラか判別できるんだ……?
[良い点] 自分の名前でレギュラーキャラクターか否かを判断できるのか、便利w まぁ夢だけれど
[良い点] 無自覚にサブキャラを救済する主人公マジ救世主。 しかし闇夜ちゃんといい玉藻ちゃんといい良いキャラしてるのに 本編では使い捨てみたいな感じなのはある意味贅沢だわ。 というか原作って割りとシ…
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