318話 良い子なみーちゃんなんだぞっと
「とーこーしーまーせーん。えーんざい、えーんざい!」
現在、みーちゃんは困っています。なんと、悪の組織『ニーズヘッグ』と組んでいるとの冤罪をかけられて、旅館を包囲されているのだ。
みーちゃんは『ニーズヘッグ』のフリはしても、『ニーズヘッグ』と組んだことは一回もない!
なので、良い子なみーちゃんは旅館の窓から顔を覗かせて、ちっこい手を振って抗議をしています。
「鷹野伯爵、弁明は後で聞く。武装を解いて投降しなさい!」
「やー! みーちゃんは絶対安静で、お布団に潜ってオネムしていないといけないの。そんで、桃缶をあ~んと食べさせてもらうんだもん!」
反乱軍の隊長らしき男が、説得してくるが、そんな罠に引っかかることはしない。古より反乱軍に投降して、良い目にあった権力者はいないのだ。
絶対安静のお疲れみーちゃんと、隊長さんとの話し合いは先程から平行線であり、まったく進む様子はない。
そこで苛立った隊長さんたちが、攻撃を仕掛けてくれば簡単な話になるのだが、包囲するだけで攻撃をする様子を見せなかった。
即ち、とっても困っています。
「なんで、彼らは攻撃してこないのかなぁ?」
窓から反乱軍を覗きつつ、困惑して首を傾げちゃう。
戦車に装甲車、魔導鎧を着込んだ兵士たち。軍用魔導具も揃っているし、包囲は完全だ。手加減している様子はない。おかしくない?
「うむ………こちらから手を出させたいに違いない。先制攻撃をしてきたことを理由に、罪を認めたという証拠にするつもりだろう」
『普通ならばな』
と、最後の一言は思念にして飛ばしてくるオーディーンのおじいちゃん。
『もしものパターンもあるということだよね』
『お嬢の考えどおりなら、あり得る話だ』
そうか………。だけれども、その場合は皇帝は生き残るのか? どうしようかと迷うみーちゃんの前に、久しぶりにウィンドウが目の前に開いた。
『メインストーリー:失墜の日:神無公爵は遂にクーデターを起こした。聖奈は皇帝の命令により、シンと共に脱出する。残りし者たちは最後の抵抗を試みるが……』
『クリア条件:神無公爵の撃破』
『敗北条件:鷹野美羽の神の力を見られること』
嫌なクエスト内容だった。聖奈は生き残れたようだが、皇帝たちはこの文章によると助かる可能性は少ないのだろう。
アニメで見たよ、皇帝の最期。空中城に乗り込まれて、神無公爵に殺害されるんだよね。そして、神器は奪われて神無公爵は実権を握るのだ。
最後らへんの回だ。後はシンが残った貴族たちを聖奈やハーレム軍団と共にまとめ上げて、最終決戦へと移行する。
最終決戦の事前イベント。今回のイベントも同じように一見思えるが……。嫌な予感は消えない。
「みーちゃん、ここはパパたちに任せなさい。話し合えば誤解は解けるはずだよ」
心優しいパパが、とっても魅力的な提案をしてくる。わかるわかる。たしかにお話をすればわかってくれると、みーちゃんも思うよ。
「駄目だ、芳烈。これは神無公爵の謀略だ。ここでじっと閉じ篭もっていれば、やがて皇帝陛下を弑逆した神無公爵は我らを捕まえて、あらぬ罪で裁くに違いない」
合流した風道爺さんが、鋭い目つきで口を挟む。相変わらず、厳しそうな老人である。
「芳烈さん、私も同じ意見です。話し合いは通用しないでしょう。皇帝陛下が反乱軍に勝利するまでここに籠もるか、打って出て包囲網を抜けて皇帝陛下の援軍に行くかは難しいところですが………」
「うう〜ん、駄目ですか……でも軍を相手にはできないですよ?」
油気父が困った顔で、風道爺さんに賛成する。パパがため息を吐いて、戦力差がありすぎると打って出るのは反対してきた。
たしかに戦力差がありすぎる。
みーちゃんたちの方が遥かに強い。雑草を刈るがごとく、人間たちなど蹂躙できる。たぶん一分もかかるまい。
だが、クエスト内容が問題だ。『神の力を見られてはならない』だって? みーちゃんは戦闘をすることはできないということになる。
たとえ、クエストで縛られていなくても、神の力を見せることはできなかったけど。
だって、みーちゃんをママがぎゅうと抱きしめているからだ。心配な顔で抱きしめてくれるママを前に、軍隊を一瞬で殺すなんてできない。
手加減できないゲーム仕様のみーちゃんだ。困ったね、これは。
コケコッコ部隊をこういうときの為に用意していたけど、使っちゃったしなぁ。
良い子なみーちゃんが大量殺人を、まったく罪悪感無しで行う姿を見たら、パパもママも発狂するかもしれない。幸福な家族を破壊するような行動はとれないもん。
「神無公爵の動きは計算ずくであろう。ならば、皇帝は生きてこの地を脱出するのは不可能のはず」
「周囲の武士団や軍がこの騒ぎに気づくのは、だいぶあとになるかと。今は空中城の墜落地点に多くの兵を移動させていますから」
オーディーンのおじいちゃんの言葉に、蘭子さんが補足をしてくれる。となると、やはりここに籠もるのは悪手か。
部屋を見渡す。パパにママ、風道爺さん、油気両親と玉藻、蘭子さんに、ホクちゃんたちトリオと、お布団の真ん中で私の巣ねとお腹を見せて、すよすよと気持ち良さそうに寝ているポメラニアン。時折、ピクッと脚を痙攣させている野生の欠片もない可愛らしい子犬である。
ニムエとマツとガモンは旅館の迎撃地点に待機していて、この場にはいない。金剛お姉さんやマティーニのおっさんパーティーは部屋の外で警戒している。
決め手がないな。せめて攻撃をしてくれれば、ぽよりんかグーちゃんを召喚して片付けるんだけどなぁ。
召喚獣が暴れるなら、ショックはあまりないよね。軍は確実に全滅しちゃうだろうけど。
「ねー、ねー、エンちゃん? 闇夜ちゃんは大丈夫かなぁ?」
「ん? 闇夜ちゃんは空中城の墜落現場に向かったんでしょ? ダインでメッセが入ってたよ」
狐っ娘モードの玉藻が、へニョンと耳をしおらせてみーちゃんの脇腹をつついて聞いてくる。闇夜のことが心配そうだけど、みーちゃんもその点はチェック済みだ。抜かりはない。
「どうやら僕の出番のようだね」
パパたちが聞いたことがない声が部屋内に響き、すぐに風道爺さんたちが戦闘態勢をとる。
「待って! この声は聞いたことがあるよ! もしかして塀右衛門さん?」
「へ、塀右衛門……まぁ、良いや。頼れる騎兵隊の登場だ」
空間が滲むと、不健康そうな顔の青年が姿を現す。着ている黒ジャージが草や小枝がくっついていて少しぼろぼろだ。
ヘイムダルだ。空中城から落ちたが無事だったらしい。肩に大柄な男を担いでいる。塀右衛門の名前は咄嗟に決めました。
「こやつは儂の弟子の一人だ。情報を集めることを得意としている。ここまではいり込める力もあるので、一応腕は良い。で、その男はなんだ?」
「いやぁ、ここに来る間に拾ったんだ。死にかけているんだけど、なんとかなる?」
ドサリと無造作に床に置くヘイムダル。男は両脚が吹き飛んで、内臓がちょっぴりはみ出して血だらけだ。
まだ身体が動いているので、生きている模様。
これでまだ生きていると言うんだから、魔法使いって本当に虫並みの生命力を持っているもんだと感心しちゃうよ。
「生きているなら問題はないよ」
『聖癒』
さっと回復魔法をかけると、脚はにょきにょきと生えて、胴体の傷も塞がり、あっという間に健康体へと戻した。
「この人だぁれ?」
「よくわからない。なんだか反乱軍に追われているようだから、拾えば良いことがあるかと思ったんだよ、あはは」
軽薄そうな笑いをして頭をかくヘイムダル。なんでも拾って、自分ちをゴミ屋敷に変えそうな男である。
「うぅ…、ここは……? それにこの身体………」
気絶も治したので、男は頭を振って立ち上がる。どこかで見た覚えがあるような……。
男はみーちゃんに気づくと驚いた顔になる。やっぱり知っている人っぽい。
「鷹野伯爵!」
「どこかで会ったっけ?」
コテリと首を傾げて尋ねると、胸に手を当てて頭を下げてきた。
「私です。元は近衛隊長をしていた後藤です」
「あぁ、思い出した! 元気でしたか?」
死んだことにした後藤隊長だ。なんで、本当に死にかけているわけ?
「あれから私は各組織に潜入して、調査をしておりました。最近では龍水公爵の動きが怪しいために、証拠を掴むため私兵として紛れ込んでいました」
苦々しい顔になり、後藤さんは話を続ける。なるほど、龍水公爵の兵士になっていたのか。本来は証拠を掴んで捕まえるイベントがあったのかもしれないなぁ。
爽やかな風により、お婆ちゃんは消えちゃったけどね。
「神無公爵のクーデターの為に私兵を移動させているとの情報を掴み、皇帝陛下へと伝えるために抜け出したのですが……残念ながらバレてしまい……」
「殺されかけたんだ」
「はい。ジャミングされており通信も不可能だったためです」
それは残念無念なことだったろう。何年もかけて潜入をしていたのにね。証拠も掴めなかったのかな? まぁ、掴んでいてもみーちゃんには教えてくれないか。
「助かって良かったです。ゆっくり休んでください」
みーちゃんのお布団で寝ていいよ。リルが占領しているから、退かすの大変だけど。
「そうはいきません。この状況を見るに、皇帝陛下も危機にあると思われます」
「そうであろうな。既に勝敗が決していてもおかしくない。向かっても無駄だ」
オーディーンのおじいちゃんが冷たく言うけど、たしかに言うとおりかもしれない。ただ皇帝強いし、まだ保っていると思う。
後藤も同じ考えなのだろう。強い意思を瞳に宿して見てきた。
「皇帝陛下を助けに行きます。つきましては、ご助力をお願いしたい鷹野伯爵」
真剣な目で、頭を下げてくる後藤。大人を相手にせずに、最初からみーちゃんだけを見て話しているのは、それが目的だったらしい。
うーん、どうしようかな。聖奈は脱出したみたいだしなぁ。
「塀右衛門、皇帝のいる場所はわかるか? 状況を確認すれば良いだけだ」
オーディーンのおじいちゃんがヘイムダルに尋ねる。そういや、まったく活用していないけど、『千里眼』の持ち主だったな。
「駄目だと思います、大魔道士殿。ジャミングが激しいために監視魔法系統は通用しないでしょう。ただでさえ、監視魔法は防衛するのが基本ですからな」
「………たしかにそのとおりだ。塀右衛門、どうだ?」
「ううむ、たしかに何も見えないや。ジャミングされているよ。この旅館を覆う形に張られているから、無理」
風道爺さんの言葉にオーディーンのおじいちゃんがしかめっ面となりヘイムダルに確認する。ヘイムダルは肩をすくめて、あっさりとできないと答えた。
『まだ皇帝とやらは生き残っているよ。火災の起こったホテルの中層で部下と共に戦闘中。子供もいるなぁ』
『なぬ? 子供、どんな子供?』
とはいえ、それは見せかけだ。ジャミングされている中で覗き見できるのはヤバいから、誤魔化してすぐに思念に切り替えたのである。
『黒髪の女の子だね。なかなか強いけど、敵が多すぎる。これは駄目かな』
『闇夜ちゃんだ! まだ空中城に向かってなかったんだ!』
ぬぐぐ、みーちゃん一生の不覚。親友はまだホテルにいたのか。
これはまずいぞ。すぐに助けに行かないと! 神の力を見せずにという条件付きで……。
素早く思考を巡らせる。みーちゃん本気モードだ。
解決策は一つだな。
「ママ、ちょっとトイレに言ってくるね!」
神の力を見せなければ良いんだよね。なら、神でなければ良いんだよな。
禁断の魔法を使い、軍を撃退するしかない。みーちゃんは恐ろしき魔法を使う決心をして、部屋をぽてぽてと出るのであった。




