315話 空中城は墜落するものなんだぞっと
日本魔導帝国にとって、その日は忘れられぬ日となった。
夜の海にて夜釣りを楽しむ釣り人たちは、今日は大漁だと、ホクホクした顔で成果を自慢しあっていた。
「見ろよ、私のはイシダイ。これ程大きいのは見たことないだろう?」
「いや、俺のクロガネダイを見てくれよ。これ程形の良いのは見たことないだろう?」
「皆、しょぼい成果だな。儂のミスリルダイを見ろ。この緑がかった鱗の美しさを」
それぞれ、釣った魚の中で一番自信のある物を見せて、自慢しあっていた。時刻は夜中の3時。空は晴天であり、雲一つないので星空が広がっており、星明りだけで明かりには困らなかった。
「今日はやけに釣れるな。入れ食い状態じゃないか」
「そうだな。これだけ釣れるのは初めてだ。見ろよ、クーラーボックスに入り切らないぞ」
「こう大漁だと、おいてけと声が聞こえてきてもおかしくないな」
「大漁だからか。たしかに怪談ではよくある話だ。なんだ座布団が欲しいのか?」
ワハハと笑いあい、さて一休みしたら釣りを再開するかと話し合っている時であった。
フッと影ができて、星明かりが届かなくなり、暗くなってしまう。ランプ型懐中電灯の光だけが煌々と光り、釣り人たちは首を傾げて上を見る。
「なんだ、雲でも出てきたか?」
「今日は晴天の予報だったはず」
「い、いや、違うぞ。あ、あ、あれを見ろ!」
釣り人の一人が上空を仰いで、声を震わせる。他の釣り人たちもなんだろうと、空を見てポカンと口を開けて呆気にとられた顔になる。
「く、空中城?」
「見ろ! 綺麗に2つに分断されているぞ」
「そ、そんな。落ちてくる。墜落してくるぞっ!」
巨大すぎて、全容が見えない塊が釣り人たちの上を通過していった。影だけで、城だとはわかる。
そして空を飛ぶ城は、日本人なら必ず見たことがあるもの。皇帝の空中城であった。
なぜか途中で切られたかのように、上下が分かれてゆっくりと落ちていく。
空中城はそのままゆっくりと飛んでいき、遥か沖合いに着水するのであった。幸いなことに津波などはなく、少し強めの波により、クーラーボックスが流された程度で被害はほとんどなかったのである。
「え、えらいこっちゃ! 空中城が!」
「軍のヘリがやってきたぞ」
「俺のクーラーボックスが……」
釣り人が騒ぐ中で、墜落した空中城を追いかける軍のヘリが飛んでいく。
この騒ぎは夜中にもかかわらず、速報としてニュースなどで流されて、たった一日の間にほとんどの人間が知ることとなった。
後に失墜の日と言われるようになる歴史的な日となったのである。
そうして、夜が明けた。
人々が大騒ぎする中で、大人しく引っ込み思案の深淵のお嬢様であるみーちゃんはお布団で、すよすよと幸せに寝ていた。
何回か寝返りをうつと、目をスッと開く。
「おはよ〜」
フワァとあくびをしながら、周りをキョロキョロと見渡して、旅館だと思い出す。
「たしか疲れて寝ちゃったんだっけ。捕まっていた人たちに回復魔法をかけてから記憶がないや」
今までずっと寝ていたんだよと、記憶を捏造しつつ、囲むように張られている注連縄と封印の御札を避けて起き上がる。
みーちゃんは悪霊かなにかに取り憑かれたとか、そんな感じかな?
符には「勝手に外に出ない」「そっと出歩かない」「ママは怒りますよ」と書いてある。なんてことだ、こんなに効き目のある符は初めて見たよ。
空中城に行く際には読まなくてよかった。最後の「出歩いたら手作りハンバーグ禁止」と書かれている最強の符に神ですら封じる力を感じちゃうからね。
「美羽お嬢様、起きられたのですね、良かったです」
壁際で刺繍をしていた蘭子さんが気づいて声をかけてくれる。夜番をしてくれていたらしい。ありがとうと後でお礼を言うつもりだ。
「ご主人様。もう少し寝ていてください。今手を離せないので」
壁際でスマフォのアプリゲームをしていたニムエが気づいて、寝ていてくださいとお願いしてくる。時間制限ありのボス戦をしているらしい。なにか良いガチャ引いたと後で尋ねるつもりだ。
「もうお腹空いたよ、パパとママはどこ?」
「芳烈様は、少し忙しくなりまして、今は手が離せないかと。美麗様はすぐにおいでになります」
スマフォで素早く連絡を取る蘭子さん。スマフォを素早く叩いてボスを倒そうとするニムエ。
すぐにバタバタと足音が聞こえてきて、障子戸がガラリと開く。
「みーちゃん、目が覚めたのね!」
「おはよ〜、ママ!」
「心配したのよ、無事で良かったわ!」
むぎゅうとみーちゃんを抱きしめてくれるママ。かなり心配をかけたようで、ごめんなさい。
「もう身体は痛くない? 大丈夫?」
「うん! もうあんまり痛くないよ!」
「みーちゃんの痛くないは、どれぐらい?」
なら、大丈夫ねと安心しないで、ママは疑わしい顔で尋ねてきた。なので、コテンと首を傾げて素直に答えることにする。
「トラックと正面衝突するぐらい?」
全然大したことないよねと答えると、ママはとっても怖い顔になった。
「寝てなさい!」
「異世界に転生してないから、大丈夫!」
「ママは怒りますよ?」
グイと身体をお布団に押し付けられて寝ることになりました。怒ったママはどんな魔物よりも怖かったです。
お布団でぬくぬくしながら体調を確かめるが、激痛はもうない。あとは激しい運動をしたあとの筋肉痛みたいなものが残っているだけだ。
「本当に大丈夫なんだけどなぁ」
「みーちゃんの体調は大丈夫はあんまり信用できませーん。ほら、暖かくして寝なさい?」
掛け布団を優しくかけ直してくれるので、エヘヘと笑みを浮かべて寝ることにする。なにか、忘れているようだけど、思い出せないということは大したことがないに違いない。
「パパはそんなに忙しいの?」
すぐに飛んでくると思ったのに、来てくれないので寂しい。
ママは困った顔で眉をひそめる。
「そうなの。家門同士の決闘が近いから忙しかったのに、今日はとんでもないことが起きたのよ」
「なにか起こったの?」
みーちゃんはさっぱり心当たりがないや。なんだろう?
「それがね………空中城が墜落したの……。信じられないことに、真っ二つに割れてね」
「空中城って、あのお空を飛んでいた皇帝のお城?」
「えぇ、今は大混乱よ。ニュースは全部そのニュース一色だし、軍隊や武士団が犯人探しに躍起になってるのよ。テロリストグループ『ニーズヘッグ』が襲撃したんですって」
「へぇ〜。そんなに怖いテロリストグループがいるんだ。どっかで聞いたことがあるよ」
『ニーズヘッグ』っていう組織かぁ。どっかで聞いたことあるね? 悪の組織なんだね。
「ついこの間、『ニーズヘッグ』と戦闘したでしょう」
「そういえば、そんな敵もいたね! 悪い敵はすぐに忘れちゃった」
ケロリとした顔で答えるみーちゃんである。なんだか朧気に記憶にあるけど、さっぱり心当たりがないや。
「墜ちないはずの空中城が墜ちたから、大混乱よ」
「それじゃ、家門同士の決闘は無しになるの?」
なんだか大事になっているけど、それだとせっかくの決闘が無しになっちゃうのかなぁ。
「それはない。これ以上、皇族の威信を落とすわけにはいかぬだろうからな」
重々しい威厳のある声が部屋中に響く。声音の主へと顔を向けると、部屋に入ってくる老人の姿があった。オーディーンのおじいちゃんだ。
相変わらずぼろぼろのマントを羽織り、鍔広帽子を被っている。その手には段ボール箱と布に覆われた長細い剣がある。
「大魔道士様、お見舞いでしょうか?」
起きたばかりのみーちゃんを心配して、ママが警戒するが、おじいちゃんは気にしないようで、ドッカとテーブルに段ボール箱と剣を置く。
「見舞いだ。この子犬をやろう。そして、この魔剣ティルフィングもな」
ムスッとした顔で言うので、今回の空中城での戦闘に連れて行かなかったことに不満なのだろう。
まぁ、宿命の敵とも言えるフェンリルだからなぁ。
段ボール箱がガタゴトと動くと、蓋が開いてつぶらな瞳の子犬が顔をぴょこんと覗かせた。宿命の敵、フェンリルだ。
「ヒャンッ、ヒャンッ」
耳をピコピコと震わせて、ポメラニアンはハッハッと舌を出す。
とっても愛らしい子犬さんだ。その姿はとっても可愛らしくて、抱きかかえたくなっちゃう。
『気づいちゃった! おじいちゃんがフェンリルを殺さないで、綱に繋いでいた理由! 可愛かったからでしょ!』
『この犬は生存本能だけは高い。殺されない最適な犬の姿に変わるのだ』
苦々しい顔で言うおじいちゃん。そっか、神話では凶暴な狼がグレイプニルに繋げられているけど、真実は違ったんだ!
ポメラニアンが綱に繋げられていたんだ! だから、さすがのオーディーンも殺せなかったと。なるほどねぇ。
海に捨てたヨルムンガンドと違い、フェンリルは飼っておくのは少し穏当だなぁと思ってたんだよ。
よじよじと段ボール箱を懸命に登って、ぽてりと出てくると、ヒャンヒャンと鳴いて尻尾をフリフリ振るポメラニアン。
人語なんか話すどころか、理解もできないよと、無邪気な子犬を演じている。
これは脅威に思わないのも理解できる。
「えっと……子犬がお見舞いの品でしょうか?」
お見舞いに子犬は非常識ではと、困った顔になるママにおじいちゃんは肩をすくめて答える。
「うむ、この弟子はお見舞い品は子犬が良いと言ったのでな」
「みーちゃん?」
「3匹目のペットが欲しかったの」
ジロリと睨んでくるママに、さっと掛け布団を顔までかけて寝ちゃうみーちゃん。子犬って何匹飼っても良いと思うんだ。
「それはご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません。ありがとうございます、大魔道士様。それでこちらは魔剣?」
「うむ。どうも慌ただしい状況だ。本来は決闘用だが、万一があるかもしれぬ」
隻眼を光らせて、おじいちゃんが警戒した声音になる。
むむむ、なにかおかしなことでもあるのかな?
「杞憂であれば良いのだがな。弟子よ、ここは貴様の両親の『マナ』を覚醒させておくが良い。魔法を数回使う程度なら大丈夫であろう?」
「はぁい」
どうも空中城が『ニーズヘッグ』に落とされたせいで、なにか面倒くさいことが起きているらしい。
むむむ、おのれ『ニーズヘッグ』。許すまじ!
でも、まずはこの子犬を眷属にしておこうかな。
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