311話 罠には気をつけないとなんだぞっと
ウィーンウィーンと金属製の通路をうるさくアラームが鳴り響く。壁に設置された赤ランプがくるくると回転して、警戒を促す。
船舶用コンテナも楽々通過できる広さの通路をガシャガシャと騒がしい金属音が聞こえてきて、鈍く鉄色に光る全身西洋鎧を着込んだ者たちが走っていた。
天井も床も壁も錆はなく、磨かれたかのような金属製で作られており、魔法光が通路を煌々と照らしている。
通路の陰から、そっと周囲を覗き見る者がいた。足並みを揃えて、走っていく全身鎧の者を見送るのは、隈がうっすらと目元に浮かぶ冴えない青年だ。
ヨレヨレの黒いジャージを着ており、スニーカーも履きつぶしており、買い換えたほうが良いだろう。
「行ったみたいだよ?」
「そう、危ないところだったわ。ヘイムダルの『千里眼』って、あまり役に立たないのね」
男の名前はヘイムダル。神の国を守り、全てを見通す『千里眼』を持つ神である。
今は少し不健康なニートに見えるが、本来は二枚目の顔立ちのニートである。
どちらにしても、ニートなのは変わらない男だった。
そんなニートダルは、むかっとした顔で、後ろにいる女性へと文句を言う。
「僕はしっかりと罠を見破ったよ。感圧式の爆弾床」
「あれは小手調べだったわね」
流れるような美しい金の髪をかきあげて、見る人を魅了する妖艶な輝きを宿す瞳をヘイムダルに向ける。
「そうだね、フリッグ。君が盗賊の技を知っているとは思わなかったけど、有用なのは間違いなかった。簡単に分解するとは恐れ入ったよ」
ヘイムダルに文句を言われているのは、フリッグ。美の女神にして、オーディーンの妻だ。白金の輝きを見せるドレスに似た魔導鎧を着込み、腰にはリボルバー式銃を差している。
「で、次は生体感知式連弩だった」
「スモークで誤魔化せば、あくびをしながら通り過ぎることができたわね」
「そうだ。そこまでは良かった。で、次はミミックの宝箱」
「通路に不自然に置かれている宝箱だったわね」
「触らなければ問題はなかったはずなんだけど……」
ヘイムダルは白い目でさらに後ろを見る。そこには鉄で補強された一抱えはある大きさの木箱があった。
「ミミックって、美味しいアイテムを持っているものだよね!」
バコンと蓋が開いて、灰色髪の少女がぴょこんと顔を覗かせた。宝箱は苦しげにガタンゴトンと暴れるが、少女は箱から出てこない。
蓋にゾロリと生える牙で、ガチンガチンと噛み付いても、岩をも砕く撓る鞭のような舌で叩いても少女は傷一つつかず涼しい顔だ。
少女の名前は鷹野美羽。絶対安静と言われたのに、空中城を探索するのならと、フリッグお姉さんにしがみついてついてきたお茶目な少女である。
「わかっていても開けるわよね。ミミックの罠って一番厄介だわ、絶対に引っ掛かるもの」
「ま、まぁ、たしかにそうですね。メダルとか宝石とかを確実に落とすから、下手な宝箱よりも美味しい魔物です」
最後の一人は、プラチナブロンドをセミロングに整えた碧眼の見目麗しい少女だ。気弱そうなところが庇護欲を喚起させて可愛らしい。
ガッチリとした重装甲の白銀の鎧を着ており、腰には剣を下げて、タワーシールドを背中に背負っている。
英霊を導く女神フレイヤである。
「そうよ、お嬢様。さっさとミミックを倒しなさい? 段ボール箱みたいに入って移動するのはお勧めしないわ」
「体の中に宝石を作成する器官でもあると思ったんだけど、なかったなぁ。それじゃ倒しておくかな。うわっと」
みーちゃんがおててを握って軽くぶち壊そうとすると、ミミックがひっくり返った。その勢いでミミックから落ちちゃって、コロリンと転がるみーちゃん。
ミミックは裏返しになって、舌を尻尾のように振って、ガタゴトと体を震わせる。
「宝箱のくせに潔いね」
「う、うんと、これは仲間になりたがっていると思います」
覚悟を決めたんだねとトドメを刺そうとするが、フレイヤがモジモジと言ってくる。そのセリフに合わせてミミックの蓋がバタンバタンと開閉する。そこそこの知性があるっぽい。
「ミミックって、レアな魔物よね……現実だとどうなのかしら?」
「たしかにポップする魔物じゃないから、ゲームでも仲間にするのは苦労した覚えがあるよ」
フリッグお姉さんの言葉に、攻撃を躊躇ってしまう。言われてみるとそのとおりだ。倒すのは勿体ないかも。
体内に宝石生成器官があるかもとのセリフに反応してフリッグお姉さんは口を挟んだんだろうけど。
後で解剖とかされないように祈るけど、とりあえず仲間にしておくか。
「フレイヤ。それじゃミミックを仲間にして」
「りょ、了解です。それじゃ『契約』」
聖騎士にして魔物使いをマスターしているフレイヤなら簡単なことだ。フレイヤがミミックに手を添えると、ぽうっと仄かな光がミミックを覆い、その姿が変わっていった。
「おぉ……ちっこくなっちゃったね」
両手のひらに収まる程度の小さな箱へとミミックは変化した。白い箱に金と銀で補強されており、宝石が散りばめられて美しい宝石箱だ。
「本当ね、私が保護してあげるわ。ねぇ、この宝石とかって、むしり取った後に回復魔法で元に戻るのかしら?」
爛々と目を輝かすフリッグお姉さんの言葉を聞いて、宝石箱は飛び上がって、慌ててフレイヤの肩に乗る。
「えっと、これは擬態ですので、本物の宝石じゃないですよぉ」
「体内には宝石があるの?」
「特殊能力は………あらゆるものに化ける擬態能力。でも能力はコピーできないようですよ」
「要は劣化ドッペルゲンガーみたいなもんか。でも無機物に化けられるのは凄いね」
フレイヤの言葉に、ホホゥと感心する。ミミックは硬いし魔法耐性もある。そして、その大きさも変えられるとなれば、ドッペルゲンガーよりも使い勝手が良い。
『ミミック:レベル88、氷Ⅲ、闇Ⅲ魔法、クリティカル率大アップ。物理、魔法耐性』
フレイヤの魔物使いの能力によるレベルの底上げもあってかなりの強さだ。弱点もないし、攻撃力も高い。
「ふむ……。それじゃ名前は……ティルフィング君にしよう」
「ティルフィングですか? 魔剣ティルフィング?」
「うん、剣に変身もできるんだよね?」
ティルフィングをつんつんとつつくと、宝石箱は氷を削り取ったような、長剣へとその姿を変えた。掴んでみると、ヒンヤリと冷たい感触が感じられ、剣身からは薄っすらと冷気が吹き出す凝りようだ。
「これはパパに渡そうと思うんだ! 『マナ』を覚醒させても修行をしてこなかったパパは弱いからね。ティルフィングを持っていれば、護身くらいにはなるよね?」
ナイスアイデアと、指をスカッと鳴らす。このレベルのミミックがそばにいれば、そんじょそこらの暗殺者には負けまい。
「携帯時は指輪とかに変身する魔剣と説明して、オーディーンのおじいちゃんから手渡そうと思う」
みーちゃんの言葉に合わせて、ティルフィングは小さな変哲もない鉄の指輪に変わった。ウンウン、なかなか忠実な魔物だ。
「ティルフィングは不吉なる魔剣だよぉ?」
「うん、3回願いを叶えたらティルフィングは砕けちゃうんだよね」
「そっちが不幸になるのね………」
フレイヤとフリッグお姉さんがジト目で見てくるけど、たしか魔剣ティルフィングってそんな性能だったはず。土精の代わりにミミックが宿っていてもいいと思います。
神無家との決闘が始まる前に、パパには渡しておこうっと。マナ覚醒はしたいけど、絶対安静だから魔法は使わせてくれないだろうしね。
「もう3匹いればなぁ。ママと空と舞にも渡すんだけど」
「うーん、この城にはもうミミックはいないね。そもそもミミックって、僕もめったに見たことないよ」
ヘイムダルが『千里眼』を使用して教えてくれるが、途中からハッと気づいたように、フリッグお姉さんに食いかかる。
「そうじゃなくて! ミミックまでは……まぁ、仕方ないと妥協しよう。でも次のアラームトラップ! そこの壁に触れるとアラームが鳴り響くといったのに、君はどうした?」
「触ってみたわね。本当にアラームが鳴るのか試してみたかったの」
ケロリとした顔で、フリッグお姉さんはヘイムダルへと答える。自身の行動に全く疑問は持っていない様子だ。
「お陰でここまでこっそりと侵入したのに、大騒ぎじゃないか! 侵入者撃退用のリビングメイルたちが一斉に起動しちゃったよ? どうするんだよ!」
またもやガシャガシャと金属音が通路の奥から聞こえてきて、全身鎧の者たち、いや、中身のないリビングメイルたちが走ってきた。
フリッグお姉さんはフフッと妖艶に笑うと、ヘイムダルの肩をポンと叩いて優しい口調で告げる。
「敵を呼び寄せるタイプの罠はね。全部起動させて、群がる敵は全て倒すのよ。特にリビングメイルは宝石を必ず落とすと有名なの」
「フリッグお姉さんの言うとおりだね! みーちゃんも賛成!」
花咲くような笑顔でみーちゃんは拳を振り上げる。
エンカウントせずに、大量の魔物が現れるのって美味しいんだよ。だからアラームは全て起動させていくのだ。
「えぇぇぇ……僕を連れてきた意味ってあるの? ほとんどの罠は引っかかるつもりじゃないか!」
「即死系の罠があるかもしれないじゃない」
「神たる僕たちを即死させる罠があったら、その罠を仕掛けた敵は直接殺しに来ると思う……」
ガッカリと肩を落として落胆するヘイムダル。まぁ、罠なんてそんなものだよ。ミミックだとわかっても宝箱は開けるし、アラームトラップはガンガン鳴らすのだ。
「人間たちもこの空中城の騒ぎに気づいて、慌てて入ってこようとするよ?」
「だ、大丈夫です。空中城への転移門はアリさんを中心に英霊たちがニーズヘッグのローブを着込んで守っていますから、誰も入れません。それにたくさんの鶏さんも放し飼いにしておきましたし」
「みーちゃんは戦えないから守ってね!」
ヘイムダルが嘆息し、フレイヤがふむんと拳を胸の前で握り締める。みーちゃんは魔法とかを使うのはまだ禁止されているので、カルガモみーちゃんでよろしく。グワッグワッ。
「というわけよ、ヘイムダル。私たちは遠慮なくここの敵を全て殲滅できるわけ」
星を散りばめたような神々しい銃を向かってくるリビングメイルへと向けて、フフッと微笑むとフリッグお姉さんは引き金を引くのであった。
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