308話 魅音の加護
圧倒的な力で勝利をした勝利は、勝利の勝利を褒め称える観衆の歓声に、余裕を持って勝利の笑みを見せて手を振り試合場をあとにした。
たまに思う。僕の勝利という名前はこういう場合は困るなと。勝利の勝利って、ニュースになる場合、意味がわからないのではなかろうか。
己の名前に哲学的概念をもって、難しい顔で考え込む勝利だが、その崇高な思考を邪魔する笑い声が聞こえてきた。
「あっはっはっ、なんで勝利は試合場の階段を転がって降りていったの?」
「くっ、少し躓いたんだ。観衆に手を振っていたからな」
笑い転げているのは魅音である。せっかく心配してやったのに、周りの仲間とともにからかってきた。
悔しそうに、顔にまだ残っていた泥を拭う。ちょっと試合会場を降りるときに、観客席を見上げて皆の歓声を一心に浴びながら気持ちよく去ろうとして転倒したのである。
「まぁまぁ、勝利さん。最後の転んだところのほうが勝った時よりも受けていましたよ。わたしなんか撮影してしまいました」
「ありがとうございます、聖奈さん。僕の写真が欲しければいつでもどうぞ。その代わりに撮影した写真は僕に渡してくれませんか?」
「もう本日のニュースに提供してしまいました。そろそろニュースサイトに動画が流れるはずです。お笑い芸人顔負けの階段滑りは思わず拍手しちゃいました」
「テレビ局に渡すの早すぎません? 個人情報保護法はどこにあるのでしょうか?」
慰めてくれる優しい聖奈さんに、遂にツッコミを入れる勝利である。現実逃避にも限界がきた模様。
しかし、気安い様子で話す二人は確実に前よりも距離が縮まっていた。その分、聖奈さんのからかいは酷くなっているのだが。
今はレストランで魅音たちと試合後の祝勝会という名の事情聴取をしている。
「で、『ニーズヘッグ』に拐われたのは間違いないのかよ、魅音?」
「うん。なんか、油揚げさんの家族と一緒にカプセルに入れられていたんだって」
「油気家だろ。油気玉藻を助けるついでに助けられたってやつか」
顎に人差し指をつけて、朧気なのだろう記憶を思い出そうとする魅音だが、あまり記憶にないようだ。首をひねりながら話をしてきた。
「そうだよなぁ、僕たちは気づいたらホテルに戻っていたよな」
「うん、院長先生たちが泣いていてびっくりしちゃった」
「全然記憶にないよね」
「パフェ全部くださーい」
もちろんのこと、魅音だけではなく、他の孤児院の子供たちも一緒だ。ちょっと高級感のあるレストランの一角を勝利たちは占めており、騒々しいので少し目立ってもいた。
皆の様子を窺うが、体調が悪そうな子供はいなそうだと、胸をなでおろして安堵する。
咳をしていたり、目が赤いなどとフラグを立てている子供がいるのではと、心配をしていたのだ。
「ライスおかわりくださーい」
「ローストホーンベアカウを厚切りでおかわり〜」
「もう2人前、コース料理をお願いします」
「全種類のケーキを持ってきてほしいでつ」
心配してやったのに子供たちは、僕の奢りだと聞いて、遠慮なく料理を頼んでいる。院長先生たちは申し訳なさそうに頭を下げているが、食べているフォアグラのソテーは何人前なんだ?
テーブルの上にはどんどん空の皿が積み重ねられて、皆は満面の笑顔で猛然と食べている。幸せそうな笑顔で、暗い影などはない。
まぁ、こいつらが元気なら良いかと、頬杖をついて苦笑する。うるさくて、遠慮がない方が、こいつららしくて安心する。
「あの、魅音さん。呪いを受けたと聞いていましたが、みーちゃんに回復魔法をかけて頂いたんですよね?」
「うん、なんか時限式とかなんとか……合図で化け物になる呪いだって」
心配そうに聖奈さんが確認すると、キコキコとステーキを切って、大口を開けて頬張りながら、平然とした顔で言う魅音。こいつ、一歩間違えば悲惨な終わり方だったのに、鉄の精神かよ。
だいたい想像できる。そういうテンプレは昔からアニメや小説で使われている鬱展開だ。人間爆弾に改造されたり、犬と融合されたりと、悲惨で救いようがない展開。『魔導の夜』でも帝城真白とかに使われていた展開だ。
「まぁ、実感がないんだろうなぁ。魅音はもしかしたら身体が風船のように膨らんだり、頭がもう一つ生えてきてメーデーメーデーとか呟く化け物になったかもしれなかったんだぞ」
「たしかにそうかも。でも、その時は勝利が助けに来てよ」
「断る」
ニヒヒと笑う魅音に真面目な顔で即座に断る。
「酷いっ! そこは助けるっていうとこでしょ?」
「あのな………僕は経験上、そういった会話をして、わかったよ、助けてやるよとか答えるとだな、高確率で近いうちに相手はそういう酷い目にあうことを知ってるんだ」
魅音が切り分けていたステーキをフォークで突き刺すと、むしゃむしゃと食べてニヤリと笑い返す。
そんなテンプレはお断りだ。こういったフラグは先んじて潰しておくに限る。
「勝利さんなりの思いやりなんですね。ふふっ」
「ふっ、そのとおりです」
可憐な笑みを見せてくれる聖奈さんに、フッと髪をかきあげて、フォークを持ったままだったので、ソースが頭にかかってしまった。
ぽたりぽたりと髪の毛からソースがこぼれ落ちるのを見て、聖奈さんは困った顔になり、魅音はブフッと吹き出す。
「……あの拭きましょうか?」
「勝利は赤毛だから目立たないよ、聖奈」
「おしぼりくださーい」
とりあえず髪を拭かないとな。
髪を拭く勝利を横目に、聖奈さんは話を戻す。
「回復して、その後はなにか影響はなかったんですか?」
「え〜とね、……実はあるんだ」
「あるのかよ! どんなんだよ? 呪いの悪影響か?」
安心していたら、予想外の爆弾発言に驚くが、手をパタパタと振って否定する。
「えっとね、そうじゃなくて……なんか物凄い回復魔法をかけてくれたらしく………」
「らしく?」
「見てもらった方が早いよね。えっとこういうことなの」
勝利たちに見えるように手を握る魅音。集中した顔で呟く。
『神花創造』
光の下では目立たないほどに僅かに手が光る。ゆっくりと握っていた手を開くと、ひらりと桜の花がテーブルに落ちた。
「なんだこれ? 桜の花を創る能力?」
「いえ……桜にそっくりですが、これは魔法花ですね。……んん? 聖花? 見たことのない花ですね」
聖奈さんと一緒にテーブルの花をつつく。たしかにマナの光を宿しているが、なにか違和感を覚える。聖奈さんも不思議そうな顔をしていた。
「えっとね。これは魔法花と聖花の両方の力をあわせ持つんだよ。名付けて『神花ミルド』。って、確認してくれた鷹野家の魔法使いさんが言ってた」
「おぉ〜! 凄いじゃん、なんだよ魅音はそんな能力を手に入れたなら、もう花を作って左団扇か?」
魔法花と聖花の両方の力を併せ持つとは凄い花だ。さぞかし高価なのだろう。これからは魅音たちはお金に困らない生活をできるのだろうかと、笑顔で確認する。
が、世の中はそう上手くはいかないらしい。
「500円」
「は?」
「買取価格は500円だってさ、加工すれば2000円になるかもって言われた」
思ったよりも遥かに安い。なんでそんなに安いんだよ? 両方の力を持っているんだろ?
「なんでって、顔してるなぁ。ほら両方の力を持っているだけなの。なら、両方の花びらを使えば良いだけなんだってさ。ほら、桜の花みたいに小さいでしょ? 魔法花と聖花の花びらを合わせても、そんなに重さも変わらないわけ」
「あ〜………なるほどなぁ。あ、でもたくさん作ればいいのか」
「あたしのマナだと一日三輪が最高かな」
「つまんねー。なんだよ、それ。せっかく能力を手に入れたのに残念だったな」
大金持ちになれるかと思ったのに残念だ。……とはいえ、少し安堵しているのも確かだった。
なぜ安堵したのかなんて、簡単にわかる。……僕は魅音たちの保護者のように、いや、上にいたいと心の隅で思っているからだ。
こいつらは、もしも自分が金もなく力もない男となったらどういう態度を取るのか、友人をやめてしまうのではないか、金持ちになれば金づるは必要がないとあっさりと付き合いをやめるのではと不安があった。
しかし、小物めいた考えだが、当たり前だよなと、内心で自分の考えを肯定するのが勝利という男である。主人公みたいに自分のクズなところを自覚して苦しむなどとはしない。普通の人間ならそうだろうと思うからだ。
粟国勝利という男は、少し卑屈で心の狭い普通の人間なのだ。
とはいえ、金に困っている魅音たちが金稼ぎの手段を手に入れたと喜んだのも本心だ。
慰めようとする勝利だが、脇腹をちょんちょんと聖奈さんがつついてきた。異性のボディタッチは好意の表れだよなと、ニヘヘと鼻の下を伸ばす勝利だが、やけに真剣な顔になっている聖奈さんに少し驚く。
「なにか気になることでも?」
「わからないんですか、勝利さん。魅音さんは魔法を使えるようになったんですよ?」
「小遣い稼ぎの花創造ですよね? 一日1500円ならそこそこのお小遣いになるんじゃないですか?」
昼に少し良いランチでも食べられるよなと、のほほんとした顔で答えると、苛立ちを見せて口を尖らせてきた。
「違います! そうではなくて……魅音さんたちはマナがほとんどない平民なんですよ?」
「そうですね。平民ですね」
「わからないんですか? みーちゃんは僅かなマナしか持たない平民も『マナ』を覚醒させることができる回復魔法を使えるということです! これでは貴族たちはこぞってみーちゃんに近づこうとするはずです!」
「あぁ……でも、貴族のほとんどは『マナ』に覚醒しますし、それほど驚く魔法では……」
『マナ』に覚醒しない貴族はほとんどいないから、そこまで使い道はない。平民のマナを覚醒させても、魅音たちみたいにマナ量が少ないだろうし。
だが、それは考えが足りなかったらしい。聖奈さんは興奮して椅子から立ち上がる。
「驚くべき魔法です! みーちゃんがいれば平民と貴族は結婚もできちゃうんですよ? 今まで貴族と平民が結婚できない理由がなんだか覚えていませんか?」
「……平民と結婚しても、『マナ』に覚醒しないから魔法使いになれない。………ええっ! その魔法って、とんでもないですよ!」
「そうなんです! どの程度のマナ量を保有する子供が産まれるかはわかりませんが、少なくともマナが覚醒しないということはなくなります! 平民と隠れて恋愛をする貴族も多いんですよ?」
「とすると、魔法使いがどんどん増えてくる?」
もしかして時代が変わるかもしれないと、勝利と聖奈は顔を見合わせるのだった。
レストランに多くの貴族がいることを失念して。
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