307話 困惑の勝利
よく整備されたグラウンドに一辺が100メートルある魔法強化された正方形の舞台が設置されている。
周囲にはコロシアムのように観覧席があり、大勢の人々が集まって、ザワザワと騒がしい。大人も子供たちも今から始まる武道大会のメイン種目である『バトルトーナメント』に期待をして座っているのだ。
「おとーさん、お好み焼き美味しいのじゃ。いつ試合が始まるのかの?」
「そうかそうか。どんどん食べていいぞ。試合はもう少しだな。この間買ったばかりのホログラム型カメラなら遠くてもはっきりと見られる……。どこに置いたかな……」
「お好み焼きの下に敷いたこれ?」
「新品なのにソースまみれに!」
などと、それぞれお弁当や屋台で買ったジュースやポップコーンを食しながら開始時間を今か今かと待っていた。
燃えるような赤毛の少年、粟国勝利はコンクリート打ちっぱなしの選手控室で、ソワソワと落ち着きなく、身体を揺すっていた。
「落ち着いてください、勝利さん。大丈夫ですよ、魅音さんたちは無事だったらしいですから」
「えぇ、それは聞きましたが……気づかなかった僕の責任です」
隣に座っている銀髪が美しい少女、弦神聖奈さんが慰めてくれるが、今回ばかりは彼女の慰めも届かなかった。
意外と自分は魅音たちを気に入っていたのだと気づく。
多少擦れていて、ずる賢くとも、元気いっぱいで孤児であることを嘆くこともなく、人生を楽しんでいる姿に元気づけられていた。
だからこそ、攫われていたと聞いた時には驚愕し動揺もした。
聞いたのは僅か3時間前、今日は決勝トーナメントの一回戦なので、テンプレのわかりやすい妨害だろうと鼻で笑って高を括っていたのが、念のために調べたら本当だったのだ。
肝が冷えた。背筋が凍った。顔が青褪めた。
なぜならば『魔導の夜』はモブに厳しい。まるで刺し身のつまのように、サクサクと死という形で消費される。
アニメや漫画では、モブキャラが悲鳴をあげて死んでいっても、敵の残虐さを見せる生贄乙とか、なにも思わなかったが、現実となるとそうはいかない。
名前も出てこないモブキャラでも、当たり前だが、それぞれ人生というものがあるのだ。
だからこそ、魅音たちが分かりやすい誘拐などという形で攫われたことに嫌な予感がした。死んでしまったのではないかと不安に駆られたのである。
「自分を責めないでください、勝利さん。不幸中の幸いとでも言いますか、皆が助かったのだから良いと思いますよ。それに勝利さんが気づかないのも当然です。なにせ連絡手段がなかったのですから」
手を握られて温かさとすべすべな感触が感じられるが、いつもと違い勝利は餌を貰った猿のように喜べはしなかった。
「あの馬鹿たちに孤児院専用通信機を渡しておきます。通信代は僕がもつといえば、問題はないでしょう。アプリゲームの課金は禁止にしておきますよ」
吐き捨てるように言うと、聖奈さんはクスクスと笑う。銀髪をさらりとかきあげて、面白そうな表情で勝利を覗き込むように見てくる。
さすがに近すぎるので照れるが、聖奈さんはスッと後ろに下がって勝利の目を見てきた。
「随分、孤児院の友人を気にかけるんですね。貴族の友人とどこか違うんでしょう?」
「う〜ん、あいつらとの付き合いは疲れないですからね。気安い間柄ってやつですよ」
思いつくままに答えるが、内心ではすぐにその答えを否定していた。
なぜならば、貴族の友人も結構いるし、気安く話せる友人も存在するのである。
お昼には友人たちとご飯を食べるし、放課後も遊んだり、休日もどこかに一緒に出かけることもある。
少し女子の比率が多いが、それ以外は普通の生活であった。
もちろんのこと、それは勝利が公爵の後継者であることと関係はあるだろう。
だが前世と違い、努力をしてきたからでもある。
学力が高く、運動もできて、その上毎朝にはセンスのある侍女たちに身だしなみを整えられて、服装などもコーディネートもされている。
高スペックである勝利と友だちになる人は多かったのだ。
それは自分の環境のお陰であるとも自覚している。
金持ちで権力もあり、そして努力しなければ切り捨てられる冷酷な環境。強引にでも教育を受けさせられるが、贅沢三昧できるために不満はほとんどない。
前世の自分も今と同じ環境になれば、今の勝利とはいかずとも、優秀な人間になったのではなかろうか。
環境は人を簡単に変えてしまえるのである。
なので、結果としては貴族たちの友人もいるので、孤児院の友だちにこだわる必要がないといえば必要がない。
本当のところはどうだろうかと、自問自答して頭をひねるが、答えは一言であった。
わからない、だ。しいて言えば、孤児院の友人たちと遊ぶのは楽しいからだろうか。友だちの定義とはなんぞやと考えてしまうが、勝利はその定義を思い浮かべることができなかった。
そんな友人たちを心配することは別に変ではないだろう。
「う〜ん、勝利さんが友だち思いということはわかりました」
聖奈さんがクスクスと笑って、頬をつついてくるので、なんとなく気恥ずかしい。
だが、すぐに真剣な表情へと変えて、本命だろう話を始める。
「でも、皆さんが無事で本当に良かったです。どうやら『ニーズヘッグ』の教主や幹部、それに加えて龍水公爵もかかわっていたらしいですからね」
「全員倒されたというのは本当でしょうか? 僕には少し信じられないんですけど」
『ニーズヘッグ』の教主や幹部を倒すのはシンの役柄だ。しかも原作で謎めいていた最強といわれた龍水公爵も殺されたとあれば、なおのこと信じ難い。
原作開始前に、色々なことが起こりすぎている。正直に言うと、もはや何がなんだかわからない。
設定集を読み込んだ神である勝利だが、あまりにも原作と変わりすぎているので困惑していた。
特に鷹野美羽の存在だ。聖奈さんが教えてくれたことを繰り返すように尋ねてしまったのだ。
「本当らしいです。噂によると途轍もない禁呪を教主が使用して、対抗したみーちゃんが呪いの攻撃を受けるも、なんとか弾き返して倒せたらしいですからね」
「それは本当なんでしょうか? だって『ニーズヘッグ』の教主は生半可な相手ではないですよ? しかも龍水公爵もなんて。いくら強くとも限界があります」
それが本当だとすると、どれだけ強いのかという話になる。シンだって、ハーレムパーティーと力を合わせて、なんとか倒せたのだ。
今のシンはハーレムいないけど。ヒロインが尽くいない。たぶん転生者である勝利と闇夜が色々と動いたせいだろう。なにせ、メインヒロインである聖奈さんも、勝利の控室に来ているのだ。
きっとシンの控室は義妹の月だけだろう。
「みーちゃんは色々と規格外なのですが、だいぶ大変だったようで、ここに来る前にお見舞いに行ったのですが……」
なにか不幸な結果なのだろうかと、聖奈さんの真面目な表情に、気圧されてゴクリとつばを飲み込む。
生死にかかわる恐ろしい結果だったのだろうか。
「意識不明でベッドに寝ていました。封印の御札をこれでもかと貼られていましたけど……」
「はあ? もしやなにか邪悪なものでも取り憑いたとか?」
それだと大変だ。原作で憑依系のストーリーがあったかと記憶をさらうが、特にこれといったストーリーは思い浮かばない。
ここで灰色髪ちゃんを助けるモブな僕の出番だろうかと、少しワクワクとしてきた。
颯爽と助ける僕。その姿に惚れちゃう灰色髪ちゃん。やはり心の奥底ではせっかく小説の世界に転生したのだから、主人公めいた活躍がしたいと思う勝利である。
だが、現実は非情でありリアルであった。
「夜中に旅館内の蕎麦の自販機前で、出来立ての蕎麦を持って倒れていたそうです。夜食を食べようとしたメイドさんが発見したそうで、絶対安静なのにと、ご両親は般若のようにカンカンに怒っていました。抜け出せないように封印したようですよ」
「あ〜……少し体調が良くなると、すぐに動いてそうやってますます体調を悪くする人っていますからね」
がっかりと肩を落としてしまう。なんだよ、それ。僕の活躍はいつになるわけ? というか封印の符というのが凄いな。容赦がないというか、それでないとジッとしていないとでも思われたんだろう。
「でも意識不明なのは本当ですよ。私の回復魔法でも、意識をとり戻すことはありませんでしたし。それだけの激戦だったのでしょう。恐らくは決闘にも参加できないかと」
「家門同士のやつですね。それなら当主代行の鷹野芳烈さんが出場するんですか?」
「それが、噂によると……いえ、たぶんデマでしょう。それよりもそろそろ試合の時間ですよ? きっと応援席に魅音さんたちもいるはずです」
「あ、そうですね。それでは行ってきます!」
自身は爽やかだと固く信じる笑顔を見せて控室を出る。コンクリート床の通路をコツンコツンと足音を立てながら進むと、日差しがさす出口が見えてきた。
大勢の人々の話し声が耳に入り、身体が緊張で固くなる。玩具の人形のようにギギィと手足を鈍く動かして出口を潜り抜ける。
刺すような日差しに、目を細めつつ明かりの下にでると、ワァッと観衆の興奮した声が鳴り響く。
「レディースアンドジェントルマン〜。遂にこの日がやってきたぞ〜! 大武道大会のメインといえるバトルトーナメント〜っ! さぁ、こ、今年はなんと中等部からフリークラスに挑戦する命知らずが二人いる〜」
小説で何度も読んだ司会のセリフが生で聞こえてくる。小説では一人いる、だった。しかし、今は二人だ。
主人公のシンだけではなく、やられ役だった小物の悪人粟国勝利が加わっている。
晴れ舞台だ。これまでの集大成、努力の結果だ。喉がカラカラになり、緊張で頭が真っ白になってしまう。
観衆の歓声と、多くの目が自分を突き刺す感じがしてきて、身体が震えてしまう。あれ、足ってどっちから出せばいいんだっけ?
このままでは転倒してしまうと焦る。額に汗をかき立ち止まってしまう。相手もとても強そうだ。Uターンをしようかな………。
「アハハハ、緊張しているよ、勝利! 頑張れ〜」
「頑張れ〜。なぎ倒せ〜」
「優勝賞金で奢れ〜」
観客席からの聞き慣れた声が耳に入り、緊張が魔法のようにあっさりと解けた。
声のする方に顔を向けると、用意してやった席に、魅音たちが座って応援をしてくれていた。
どうやら無事だったらしいと安堵で胸をなでおろす。
落ち着きを取り戻すと、貴族の友人たちの応援も聞こえてくるが、なぜか耳に入るのは魅音たちのふざけた応援だった。
「けっ、誰にものを言ってやがる。僕は既に天才魔法使いと噂される粟国勝利様だぞ。目の前の雑魚なんか楽々に倒してやるぜ」
口元に薄笑いを浮かべて、紅き魔導鎧をきた少年は余裕を取り戻し、ふてぶてしい態度で試合場にあがる。
そうして、見事最短タイムで相手を打ち倒す勝利であった。
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