304話 弱ったみーちゃんだぞっと
旅館のお布団にみーちゃんは寝ていた。身体は軋み力がまったく入らない。顔は蒼白で手は震えている。
『神』となったみーちゃんは緊張が解けると一気に反動が来て倒れてしまったのだ。
丸1日経過しても、立ち上がることができずに寝込んでおり、重苦しい空気が部屋に漂っていた。
「桃缶って、美味しーね! もう一口食べたいなぁ」
「もうしょうがないわね。みーちゃんは甘えん坊さんなんだから」
あ〜んと雛のように口を開いて、ママが桃をフォークに突き刺し食べさせてくれる。もぐもぐと食べてご機嫌みーちゃんだ。
「みーちゃん、身体の具合は大丈夫かい?」
「う〜んと、まだダルいよ! 病人だから、オレンジジュースが欲しいなぁ」
再び、あ〜んと口を開けるみーちゃん。弱っている時は両親に甘えても良いという素晴らしい世界の理があるのだ。
だから、今のみーちゃんは甘えん坊です。
「ご主人様。純度100%のオレンダムジュースをお持ちしました」
蒼髪の残念メイドであるニムエが、トレイにグラスに入れたオレンジジュースを乗せて持ってくる。なぜか泡がポコポコとグラスから吹き出ているジュースだ。
オレンダム? オレンジジュースじゃなくて?
「あっ!」
近づいてきたニムエがよろけて、グラスを落とす。放物線を描いて飛んでくる謎ジュースは見事にみーちゃんに降りかかり……スッと消えた。
『オレンジダムジュース攻撃を吸収した!』
なるほど? 『神』はもはや普通の攻撃は吸収しちゃうからね。なるほど?
「お、奥義。瞬間オレンジジュース飲み!」
「みーちゃんは器用だなぁ」
「と、とっても甘かったよ! ありがとうニムエ」
「え、オレンジダムは弾ける感触と、元気になる酸っぱさが特徴なんですが」
「ニムエの動きが甘かったよ! まだ体調悪いんじゃないかな?」
天才的な誤魔化しで、みーちゃんは切り抜ける。ちょっと挙動不審になっちゃって周りを窺うが、そうなんだと頷いて、質問もツッコミもなかった。
ニムエに、体調が戻ったばかりなので、無理をしないようにと、蘭子さんが珍しく優しい言葉をかけているだけだ。ようやく9英霊たちは体調が回復したのである。
「さすがはみー様です! 新たなる力を手に入れたんですね」
「むぎゅう」
闇夜が飛び込んで、抱きしめてきた。頬ずりをしてニコニコ笑顔なので、いつものことでもある。サラサラの黒髪が頬を撫でてきてくすぐったいよ。
「お前らは、今の現象になにも疑問を持たぬのだな?」
オーディーンのおじいちゃんが、呆れたように言ってくる。
この寝室には、パパとママ、闇夜に玉藻、ニムエに蘭子、そしてオーディーンが揃っていた。
「美羽が何をしても驚かないと決めたんです」
「みーちゃんが無事なら、私は問題ありません」
「エンちゃんだから、何でもありだよね! にっしっしー」
深い信頼関係を見せてくれる皆に目が潤んじゃう、感動で潤んでるんだよ。
「懐が広すぎであろう。この娘にして両親ありか」
はぁ〜、とため息を吐き、オーディーンはみーちゃんに隻眼を向けてくる。
「まぁ、良い。で、お嬢は体調は戻ったのか?」
「うーん、ママのハンバーグを食べれば治るかも! あ、正直に言うと激痛で動けないよ!」
「みーちゃん! そんなに痛いの?」
「みー様、仮病ではなかったのですか!」
オーディーンへと正直に言うと、ママが仰天して、闇夜が肩を揺すってくる。
どうやら仮病だと思われたらしい。実際、ヘルヘイムの『神撃』は、みーちゃんのアストラル体をかなり傷つけてくれた。
アストラル体は回復魔法では治らない。『神気集法』ならば、回復するだろうけど、なんとなく使いたくないので自然回復に任せているのだ。
「お医者さんを呼ばなきゃ!」
「聖女様をお呼びしよう!」
慌てふためくパパとママ。すぐにもお医者や聖奈を呼ぼうと腰を上げるが、オーディーンのおじいちゃんが手で制止する。
「待て。お嬢は呪いの攻撃により傷ついたのだ。これは自然回復でしか治らぬ。どれぐらいで治る?」
ナイスフォローと内心で安堵しながら、回復までを計算しようと空中へと視線を向けた。
『みーちゃん構成体を修復中。日常生活可能まで、二週間必要』
「二週間は絶対安静みたい」
「二週間! だって、みーちゃん平気そうよ?」
「頑張って耐えてるの。痛いのを耐えるのは得意なんだよ!」
「寝ていなさい!」
ママが珍しく凄い怒って、布団をかけられた。そんなに痛いとは思っていなかったようだった。
「大魔導士様。美羽を助ける方法はあるのでしょうか?」
なんか不治の病にかかった娘を想う必死な父みたいに、パパが悲愴な顔でオーディーンのおじいちゃんに尋ねる。
大丈夫だよ? 身体が内部から腐るように不愉快で、内臓が溶けるかのように痛くて、骨が全部砕ける程度の、少し死にそうな程に身体が痛いだけなのになぁ。戦闘にはまったく支障はない。
みーちゃんは痛くても耐えられる強き意思を持っているのだ。
「大丈夫だ。死ぬわけでもないし、回復の方法はない。おとなしく眠っているのが良かろう。問題はなさそうだからな、儂は部屋に戻るとしよう」
「バイバーイ、おじいちゃん。またね〜」
フリフリと手を振ると、軽く手を振って返して部屋を出ていった。あとで『マイルーム』で今回のことを話し合わないとね。
それとヘイムダルがオーディーンのおじいちゃんの肩にしがみついて出ていったけど、どうでも良いだろう。
「ししょーが大丈夫って、言うんだからだいじょーぶ! 見た目も全然傷一つないよ!」
「傷一つないから、安心していたのよ、みーちゃん? でも、本当は傷だらけなんでしょう? ママは心配よ。さ、寝ていなさい」
「はぁい。でも一週間後に決闘だよね? その準備をしておかないと」
「駄目よ! それはパパに任せなさい!」
強い口調でママは言うけど、そうはいかないんだよね。
「決闘は家門の人たちが参加は限定されているから、みーちゃんが出ないといけないと思うんだ」
何親等かは忘れたけど、そんな決まりがあるから、オーディーンのおじいちゃんはもちろんのこと、ニムエたちも参加不可だ。
パパとママは参加可能だけど、簡単な初級魔法だけで大怪我を負っちゃう。
「絶対に駄目よ、美羽! 瀕死の身体で決闘なんか許しません!」
「え〜。そうなるとたくさんの資産が取られちゃうよ」
「構いません! みーちゃんの身体が一番大事なの」
「そうだよ、みーちゃん。財は再び増やせば良いけど、みーちゃんの命は一つなんだからね」
愛されているなぁと、胸がポカポカして目が潤んじゃう。けど、それはそれ、これはこれ。
うーむ、どうしよう。ぽよりんやアリさん、ぐーちゃんに参加させれば良いかなぁ。
ちょっと大虐殺になるかもしれないけど、召喚獣は手加減が難しいから仕方ないよね。決闘だし、ついでに神無家自体消滅させられるし。一石二鳥かな?
これはナイスアイデアだと、召喚獣を持っていってとパパに言おうとした時であった。
「みー様のお父様、お母様! 解決方法はあります!」
「ん? 何か解決策があるのかい? 父に頼もうと考えていたのだが……」
闇夜が真剣な顔で、パパとママに話しかける。パパは風道爺さんに頼もうと考えていたみたいだ。苦々しい顔だから、あまり気は進まないのだろう。
「風道お爺様に頼むと、当主代行としての立場が危うくなるのではないですか? みー様が侯爵になるのに、その場合はかなりまずいことになると思っているのではないでしょうか?」
「あ、あぁ、そうだけど、それはあとでなんとかするさ」
「それ以外にも手はあります! 聞いてください!」
あまりにも真剣な表情の闇夜に、パパも真剣な顔になり佇まいを直す。
みーちゃんもどんな提案だろうと、ワクワクして闇夜を見つめる。
「家門同士の決闘は従兄弟までです。ですが、例外があります」
「どんな例外が?」
「はい! 婚約者は参加できるんです。なので、私を暫定的に婚約者にしてください! 私が参加します」
「あ〜っ! 玉藻も婚約者になる! なりまーす! 伯爵以上なら複数の婚約者も問題ないよね〜」
玉藻もぶんぶんと尻尾を振って、ノリノリだ。とっても嬉しそうで悪戯好きな狐っ娘の本来の性格が出ている。
意外な提案だった。
なるほどね、仮の婚約者として参加してくれると。
さすがは親友たちだ。婚約者を後でやめると悪い噂も流れる可能性があるのに、そこまでみーちゃんのためを思ってくれるなんて感動だよ。
「まだ時間はありますので、婚約者の手続きは簡単です。暫定的とはいえ、相手も文句は言えないでしょう」
フンフンと興奮気味にパパへとお願いする闇夜。自分で思いついたアイデアに興奮気味になっちゃってるよ。
たしかに面白いし、神無家をギャフンと言わせられるだろう。
なにせ、二人とも強い。
『帝城闇夜:レベル61』
『油気玉藻:レベル68』
魔導鎧を身に着けていないのに、このレベルである。玉藻はバグった『生贄の法』をみーちゃんの代わりに受けたので、レベルアップしたことはわかるけど、闇夜までなんで急にレベルアップしたのかな?
なにか覚醒イベントがみーちゃんの知らない間にあったのだろう。さすがはみーちゃん。生粋のモブはそういったイベントにはかかわれなかった。グスン。
「跡継ぎ問題も大丈夫です! 私は『ロキの指輪』というものを神無家が所有していると聞いています。あれを使えば一安心」
「やったぁ! 闇夜ちゃん、遂に見つけたんだね! やったんだね!」
「はい! 頑張りました。どうやって神無家から奪い、譲ってもらおうと思いましたが、この決闘はチャンスです!」
『ロキの指輪』って、なんだろう? 玉藻が飛び上がって喜んでいるけど、聞いたことないなぁ。
『ロキ』の2世はみーちゃんなのにね。
「う、う〜ん……。暫定的なんだよね?」
「はい、お義父様! みー様もそろそろ婚約者を決める時期。私も決めないといけないので、ごく自然でしょう!」
「うんうん。これでみーちゃんに群がる虫を追い払えるよ! ぺしぺしって追い払えるね!」
「それでも君たちに頼むのは……決闘は危ないし」
眉をひそめて迷うパパ。まぁ、他家の娘さんを決闘に出すのは躊躇うよね。
「わかりました! それでは明日の『ダンジョンアタック』で最速で優勝したら婚約者ということで!」
「うんうん、玉藻たちは頑張っちゃうよ!」
「うーん……それなら良いかなぁ。最速タイムは超えることはできなさそうだし」
渋々とパパさんは頷いて了承する。最速タイムを縮めることはできないと考えたのだろう。
「やりました! 約束ですからね!」
「神無家に感謝だね!」
二人は手を合わせて、大喜びしてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
二人のレベルは高い。でも、他の人たちは6人パーティーなのに、2人だしなぁと眺めてあくびをする。眠くなっちゃった。
おやすみ〜。
そして、次の日。闇夜と玉藻は見事にぶっちぎりにダンジョンを攻略したのでした。
二人はそれはそれは気合が入っていたそうな。ごめん、みーちゃんはぐっすりと寝ていました。
そして、みーちゃんは二人の暫定的な婚約者ができました。
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