303話 貴族的喧嘩
とても貴族とは思えないと、鷹野美羽の父親である鷹野芳烈は内心でため息をついた。
今、芳烈は急遽開かれた皇帝陛下の御前会議に出席している。いや、御前会議といえば体裁は良いが、実質は小学生の学級会と変わらない。
声の大きな者が、正義を振りかざして吊し上げを行うための会議であった。
「であるからして、鷹野美麗殿は神無公爵夫人にたいして失礼なことを口にしたばかりか、魔法使いなら傷一つ負うこともない、子供でも驚かない初級魔法に驚いて、護衛をけしかけて神無公爵夫人に大怪我を負わせました!」
鼻息荒く訴状を語っているのは、神無公爵派のなんとか伯爵だ。36家門に連なる伯爵家ではなく、名ばかりの伯爵家だ。
力がないからこそその爵位を利用して、神無家に尻尾を振って甘い汁を啜ろうとしている。
今、まさしく伯爵家という爵位を利用して、神無夫人の代理人として鷹野家を訴えているように。
展望レストランで開かれた会議は、ギラギラと目を輝かして様子を見る36家門の当主たちや、公平なる判断をするためという理由で、貴族裁判員として中立を取らざるを得なくなった帝城王牙さん、粟国燕楽さんたち。
そして、この状況に対して全く発言することもない冷静な表情で会議の様子を眺めている皇帝陛下。
最後に、美麗に大怪我を負わそうとしながら、反対に訴えでた神無公爵夫人と神無公爵、そして訴状人と名乗る多くの取り巻きたちがいた。
こちらは芳烈と妻の美麗、風道父さんと弁護人の琥珀ササミ侯爵当主だ。
「鷹野当主代理? この訴状に間違いはないか?」
貴族の超法規的な裁判。平民にとっては信じられない司法であり、芳烈自身も初めての略式裁判の裁判長である皇帝陛下が私を見てくる。
「いえ、陛下。異議があります。神無夫人は」
「公爵夫人であろう! 無礼な!」
神無公爵の取り巻きの一人が、つばを飛ばしてわざとらしく怒鳴りつけてくる。
このような時に野次るための要員なんだなと思いながらも、素直に頭を軽く下げて謝罪する。
「失礼。神無公爵夫人でしたね。公爵夫人に相応しい振る舞いとは思えなかったので、敬称を付け忘れました」
「ななな、なんと無礼な!」
「本当だ、マナが無い平民上がりが!」
「これだから、貴族の礼儀を知らぬ輩は困りますな」
皮肉げに言うと、どこからかプッと笑う声が一瞬してきた。だが、その笑い声を打ち消すように神無公爵の取り巻きたちが一斉に野次ってくる。
「余の前で騒がしいな、貴様ら」
皇帝陛下がじろりと睨むと、すぐに口を噤み顔を俯けて視線を合わさないようにするので、これがいわゆる小物たちという存在かと実感して嘆息してしまう。こんなことで実感したくはなかった。
「話を続けよ、鷹野当主代行」
「はい、陛下。神無公爵夫人は私の妻が『マナ』を持たない一般人であり、初級魔法でも大怪我を負うと知っていながら魔法を放とうとしておりました。その映像もございます」
マツさんが当時の状況を記録してくれたので、その符をテーブルに置く。
「これはカメラと同様の性能を持つ記録符です。ご存知のように魔法による幻影や改竄を防ぐために作られた古き符ですね。これは裁判でも証拠として扱われる物とお知りかと思います」
稀に使われる『記録符』は、目の前にあった物事を記録する。その際に『マナ』の光も感知できるため、魔法のあるこの世界で重宝されていた。
重要拠点に配置されている監視カメラなどにも同様の魔法が付与されている魔法だ。
ドルイドの大魔道士さんは、そんな便利なものだったのかと感心していたが、含みのある笑みだったのでそれ以上は嫌な予感がするので聞かなかったが。
『記録符』がトイレでの神無夫人の行動を映し出す。皆がその様子を確認して、非難の表情で神無夫人を見る者もいたが、鼻で笑い気にしない人もいた。
「うむ、『記録符』だと確認した。で、この内容によると神無典子は悪意を持って、鷹野美麗を害そうとしていることに相違ないか?」
皇帝陛下が目を細めて神無夫人へと声をかける。
「も、申し訳ありません、陛下。少しふざけただけなのです。最近よく見る、テレビの悪役令嬢とか言うのをして見たくて……新しい友人に冗談で仕掛けました」
頭を包帯でぐるぐる巻きにした神無夫人は、ハンカチで顔を押さえながら、よよよと泣く。
わかりやすい演技だが、小柄で愛らしい姿で泣かれると、先程までの記録映像が嘘ではないかと思うほどだ。
若い頃はこの演技で、多くの人々を手玉に取ってきたのだろうと思う。だが海千山千の貴族当主たちはその様子を冷たい視線で見るばかりで、慰めるのは取り巻きだけであった。
だからこそ、このような馬鹿げた裁判はここで終わりかと思いきや……。
「ふむ………。たしかに神無典子が愚かな行動をとったのは間違いがない。だが、使用した魔法は初級魔法。神無典子に使われた魔法は中級を超えている。少しやりすぎではなかったか? 過剰防衛とも言えるであろう」
「な、皇帝陛下。私の妻は初級魔法でも危険なのです。過剰防衛には当たらないと考えます」
意外な返答に驚きを見せて、思わず声を荒らげてしまう。愛する妻が大怪我を負いそうなのに、過剰防衛と言われるのは納得がいかない。
「この魔法を使用した護衛を連れてきてほしい。どのような意思を持って魔法を使用したのか確認したいのでな」
「それは……今はマツは体調を崩して寝込んでいますので無理かと」
皇帝陛下の言葉に言い澱む。マツさんやニムエさんたちは少し前に皆倒れてしまったのだ。高熱を発して寝込んでおり意識は辛うじてあるが、立ち上がることもできない。
医者を呼んだが、原因不明。魔法ではないかと首を傾げていた。ならばとドルイドの大魔道士に頼ったところ、白髭を撫でながら、苦々しい顔で教えてくれた。
『こいつらは力が一気に引き上げられたために、その反動で体調を崩しているだけだ。筋肉痛ならぬ魂痛のようなものだ。心配する必要はない』
との答えであった。なにかよくわからないが、大丈夫らしい。
だが、このタイミングで倒れたことに困ってしまった。
本来は妻と共に発言する予定だったのだ。
「ふむ……それは困ったな。余も神無典子の悪意ある行動だと判断はするが、その程度が問題だ」
「陛下、発言をお許し願えれば、あの時の状況を私から説明させて頂きます」
美麗が厳しい顔で手を挙げる。美羽が心配で心がいっぱいなのに、こんな茶番に巻き込まれたことに内心では怒っているに違いない。
だが、皇帝陛下はかぶりを振って許しを出してくれなかった。
「許しを出すことはできるが、そなたでは状況はわからぬ。『マナ』の力を見ることができぬそなたでは、神無典子の使用した『マナ』の大小は判断できなかったであろう?」
「護衛が話せれば解決するお話ですのに、このタイミングで体調不良とは……。陛下、彼らも過剰防衛だと判断している証拠でしょう。ここは鷹野伯爵家に処罰を与えてほしいのですが? もちろん賠償も含めてです」
加害者なのに被害者面をして、神無公爵が涼しい顔で信じられないことを口にした。
妻を害そうとした相手に、こちらが謝る? 到底受け入れられない。久しぶりに強い怒りを覚えて腸が煮えくり返りそうだ。
強い口調で抗議を口にしようとするが、阻むように父が挙手する。
「陛下、この話し合いは平行線かと。『マナ』を持つ者が『マナ』を持たぬ者の感覚がわからないように、『マナ』を持たぬ者が『マナ』を持つ者の感覚を理解することは永遠にできません」
「であるか。たしかにそのとおりかもしれぬな。余らはゴム鉄砲を向けられた程度と感じても、『マナ』を持たぬ者は本物の拳銃を向けられると感じるかもしれぬ」
フゥと息を吐くと、皇帝陛下はコツコツとテーブルを指で叩く。
「で、あればどうするつもりだ? 解決策があると?」
「はい、ここは家門同士の決闘を提案致します。もはや話し合いでは解決しないでしょうから」
内心で驚き、父を制止しようとするがその鋭き目を見て悟ってしまう。
これは決闘でしか解決しない。いや、このままではこちらが負けるということなのだ。
悔しいがこのような状況に対して、全然経験値が足りない。平民ならば普通に裁判で終えるのに、貴族は荒っぽい解決を求めるらしい。
貴族という名前の意味に疑問が生ずる感じだ。
「こちらは問題はありません。もちろん家門同士ということならば、その賠償も大きくなるでしょう。こちらは鎌倉及び東京の不動産の譲渡、それに各ベンチャー企業に対して保有している株券も求めます」
物凄い代価を提案する神無公爵に呆れてしまう。それは鷹野家の隆盛を支えるものだからだ。
美羽が侯爵になった後の屋台骨でもある。
とんでもないことだと、提案は受け入れられないと答えようとするが…………。
「その話、乗りました! 私が勝てば神無公爵の持っている魔道具全てをじょーとしてもらいます!」
レストランの大扉がバァンと轟音を立てて、目の前を飛んでいき、聞き慣れた愛する娘の声がしてきた。
バァンと警備の人たちも空中を飛んで壁に叩きつけられていたが、そっと目を逸らすと声の主へと顔を向ける。
「みーちゃん戻ってきたのかい?」
「うん! 鷹野美羽、只今玉藻ちゃんの修行を終えて戻ってきました!」
扉がふき飛んだ入口に、胸を張って元気な笑顔で美羽が立っていた。なぜか肩にガンマンの人形を乗せている。
その隣には、油気家の人たちもいる。どうやら無事に助けることができたらしい。ホッと胸を撫で下ろして安堵した。
「参った……。北海道だなんてね……」
「エンちゃんが途中で拾ってくれて、転移を使えなければ、ここには来れなかったよね〜」
「あれは幻影だったのかしら?」
油気家の人たちも元気そうだ。どことなく疲れているが大変だったのだろう。
「鷹野伯爵……。よろしいでしょう、その提案を受けることに致します」
僅かに眉を顰める神無公爵だが、なにかに気づいたかのように口角を歪めて了承する。
「よろしい。それでは武道大会最終日に家門同士の決闘を行うことを許す! 各人それで良いな?」
「ははっ。承りました」
「みーちゃんもオーケーです!」
皇帝陛下がパンと手を打つと、決闘許可を出す。神無公爵は恭しく頭を下げて、美羽もコクリと頷く。
「うぅ……気持ち悪い」
そして、美羽は顔をしかめて、崩れ落ちるように倒れてしまった。
「美羽!」
「みーちゃん!」
慌てて駆け寄る私と妻。元気に見えたけど気のせいだったのか!
「ふふ、どうやら鷹野伯爵はお疲れの様子。欠片も『マナ』が見えません。最終日までに回復すると良いですね?」
神無公爵はこれがわかっていて了承したのだ!
だが、怒りよりも娘への心配が遥かに上回っていた。美羽は大丈夫だろうか。
抱えるととっても軽い。
まったく、いつも心配させるんだからと、美羽の頭を優しく撫でて抱きしめるのであった。
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