3話 俺はモブ転生したらしいぞっと
5歳である。俺は5歳になった。俺の家は50坪ほど。小さいが庭もあり、駐車場もある。モダンな家で、建ててから10年は経過していない。もしかしたらこの両親が結婚する際に建てたのではないかと考えている。
だが、賢しく行動をするつもりはない。難しい本を読んだり、大人顔負けの発言をしたりして、両親を驚かすようなことはしない。そんな可愛げのない子供なんて必要ない。
いや、普通に賢いだけの幼い子供なら良いよ? でも、転生して賢いですよアピールはまずいと思うんだ。大人だってわかる。子供の賢さと、大人の賢さの違いが。
可愛らしい子供の賢さと、賢しいと感じる大人の賢さ。自分の子供が変だと、不気味だと考える可能性は高い。優しい両親ならば、それでも気にしないでくれるかもだが。
無駄に両親の心を試す必要はない。なので、俺は幼い子供を演じていた。
洗面台に、俺専用の踏み台に乗って、顔をパシャパシャと洗う。髪の毛も寝癖がないか、汚らしいところはないかを確認し、服装も似合っているか確認する。幼い子供が綺麗好き。おかしなところはない。そして、身嗜みがしっかりとしている子供はウケがいいのだよ。
「みーちゃんは綺麗好きね〜。うりうり」
「きゃあ〜」
きゃあきゃあと喜びの声をあげて、母親に抱きつく。母親はフフッと優しく笑うと頭を撫でてくれる。撫でられたことに安心して、俺は目を瞑る。
「そろそろお昼だから、お買い物に行こっか?」
「うん! お菓子買ってもいい?」
「そうねぇ、みーちゃんが荷物を運んでくれたらご褒美にしてあげるわ」
「荷物運ぶよ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて俺は喜ぶ。こういう小さいお強請りは親にとって嬉しいものなのだ。俺の身体もおかしを求めている。幼いから仕方ない。
母親と手を繋ぎ、買い物に出発。エコバッグは俺が持つ。良い子だからな。
見慣れたアスファルト舗装の道路、車が行き交い、コンビニなどが目に入る。安心安全の日本の風景だ。剣と魔法の世界でなくて良かったと俺は心底思いながら、手を振って歩く。
「ふふっ、ご機嫌ね、みーちゃん」
「うん、お菓子楽しみ!」
「あらあら」
クスクスと笑う母親とスーパーへと向かう。そういや、俺の住む場所ってどこだろ? 東京か? 森林は見えないし、畑もない。東京……だよな? 関西には見えない。関西弁を使う人は見たことないし。
でも、外国人も見ないんだよなぁ。東京ならばコンビニでもレストランでも必ず外国人が働いているのに。ん〜、全てが前世の日本と同じじゃないのかな。
歩きながら、フト気になったが、まぁ、そんなもん簡単に調べることができるだろと記憶の片隅に放置することにした。疑問を口にすることはできないからな。比較対象が無いのに、変なことを聞く子供だと思われたくない。少し臆病になっている自覚はあるが家族仲を大事にしたいんだよ。
「あら、鷹野さん。子供とお買い物?」
「えぇ、ちょっとそこのスーパーまで」
「こんにちは、おばさん!」
俺も元気よくニコリと可愛らしい微笑みで挨拶をする。ご近所付き合いの基本は挨拶。挨拶だけできていれば、そこそこの評価は得られるもんなんだ。
「あらあら、良いご挨拶ね。いつもみーちゃんは可愛らしいわねぇ、羨ましいわ」
途中のおばさんと母親があいさつを交わす。俺の名字は鷹野、母親は鷹野 美麗、父親は芳烈。なんというか、どことなく上流階級っぽい名前の両親? まぁ、なんでも良いだろう。
とてとてと歩いていく。春うらら、もう少ししたら梅雨に入る。梅雨は嫌だなぁと思いながら母親と楽しく話しスーパーに向かっていた。
そして、俺の人生を壊すものに出会っちまった。正直出会いたくなかったけど。
それは人の形をしていた。ガッシャガッシャと金属音を立てて歩いていた。
「おかーさん、あれはコスプレ?」
アラフォーのおっさんの魂はもはや変わったのだ。5歳の可愛らしい子供になった俺は指差した。
「あぁ、あれはダンジョンに向かう冒険者ね」
「コスプレは会場に行ってから着替えないとだめなのに……。でも髪もピンクとか緑とか気合入れてるなぁ。ここらへんでコスプレ会場があるのかな?」
メカニカルな鉄の鎧に未来的な機械でできた槍を持つ緑髪の巨漢のおっさん、節くれだった木の杖を持つ魔女の三角帽子と黒いローブを着込んだ少女。ちなみにピンクの髪色をしていた。
同じような格好と変わった髪の色をした人たちが歩いていき、近場にコスプレ会場があるんだなと俺は思った。前世ではコスプレ会場に行ったことがなかった。夏とか冬にあるコミケというものにも行ったことがなかった。なので、行ってみたいなぁと俺は初めてのきちんとしたお強請りを口にした。お菓子のお強請りとはわけが違う。断わられる可能性のあるお強請りだ。
しょうもない願いを初めてのお強請りにしたもんだが、転生してからは好きに生きようと決めていたんだよ。あ、もちろん家族仲は最優先ね。
そうしたら母親はクスクスと笑って教えてくれた。
「コスプレって。あの人たちが聞いたら怒るわよ。彼らは『マナ』を扱える力に目覚めて魔導学院を卒業した冒険者たち。ここらへんなら第3学院の『弥生』ね」
「ぼ、冒険者?」
はぁ? と俺は困惑した。まずい、この会話はまずいと本能が警告音を奏で始めていた。が、そんな俺の困惑には気づかずに、母親は俺の頭を優しく撫でながら教えてくれた。
「この世界にあるダンジョンを攻略する人たちよ。魔物が現れるこわーいこわーいダンジョンを破壊してくれる立派な人たちなのよ。髪の色が黒でないのは、『マナ』を扱えるように覚醒した証なのよ」
「へー」
マジかよと、母親の顔を凝視してしまったが、嘘をついたりからかっている様子はなかった。え? そういう世界観?
半信半疑になり、ここは地球じゃないのと俺が恐れていた時である。
「ほら、魔石や魔物の毛皮、ああいうのをダンジョンから回収して売るのも冒険者のお仕事ね。魔物っていうのはね、ダンジョンを放置すると外に出てきて人を襲うの。こわーいこわーいなのよ」
母親が指差す先にはトラックに積まれた魔石や毛皮があった。ゴゴゴと俺の前を通り過ぎていくトラックのエンジン音を聞きながら、俺の心もゴゴゴと危機感を覚えていた。
その日、俺の常識は壊れた。その日の夕方、どうやら異世界に転生したらしいとぼんやりとテレビを見ていた時、あるニュースをやっていた。
魔導学院同士の大会があって、うんちゃらかんちゃら。もうパワードスーツにしか見えない鎧、しかも女性はなぜか露出多めのパワードスーツを着た人たちが戦っているニュースをやっていたのだ。
最高峰の冒険者は飛行が当たり前とかなんとかアナウンサーが興奮していたが、俺はそのエロティックなオタク向けのパワードスーツを見て、ハッと気づいた。気づいてしまったのだ。正直気づかなければよかったのにとも思う。
俺の将来は前世の経験を活かして、金持ちになる予定だったのだ。まずはロトで当たる数字を研究しようと固く誓っていたのだ。もう数字の平均を書いたノートは何冊も溜まっていたのだ。
だが、気づいてしまったのだ。
「ここ、『魔導の夜』の世界じゃん!」
テレビの前でちょこんと座っておとなしい子供を演じていた俺はガバッと立ち上がり驚愕の叫びを上げるのだった。
『魔導の夜』は現代ファンタジーものの小説だ。ダンジョンが生まれる世界観、なにかよくわからんけど、魔石とか魔物の素材が高く売れて、冒険者は昔から優遇されている。
それらの背景を元に、学院で主人公が次々に現れる美少女といちゃいちゃしつつ、様々な敵から世界を滅ぼすという学院に封じられている魔神の封印を守るという話。結局封印は解かれて、最後に主人公が倒すんだけどな。
テンプレの展開だが、この小説が出版された頃はそのような展開は斬新で、25巻まで発売されて完結した。今ならよくエタらなかったなと、そこに感動するレベルだ。学園モノのファンタジーって、完結したの見たことないからね。
たしか前世では死ぬ5年ほど前に完結したはずである。俺は1〜10巻、25巻を買った。途中は飽きて放置したのである。最終回だけどうなったか気になって買ったのだった。長編シリーズものあるあるだと言えよう。
これがローファンタジーで人気があり、アニメは5期まで。ゲームにもなったりした人気作であった。ちなみにゲームはオープンワールドで、小説の主人公とは別でキャラメイクができた。小説の主人公たちとの絡みもあって、ファンだけでなくゲーマーにも人気のRPGであった。俺もやり込んだものだ。
小説の世界に入り込んだらしいと俺は気づいた。小説とかでよくあるパターンだ。しかも自分の名前は聞いたことがない。最終回までやったアニメは全部見たから、サブレギュラー的な賑やかし系モブでないこともわかる。記憶にはキャラの名前はほとんどないので自信はないが、あの小説のキャラは可愛かったので覚えている。そこに俺みたいな顔の奴はいなかったと断言できる。
完全なモブだ。たまに小説でよく見るパターン。モブに転生したというやつである。俺の将来は暗雲に閉ざされてしまった。なにせ、魔物が時折現れてモブを殺す世界観だ。うぎゃーと叫んで死ぬ役はまっぴらゴメンなのである。
「だけど、モブが主人公のライバルになったり、ヒロインの一人と恋人同士になる展開ってあるよな」
モブでも転生者なら強くなれるというパターン。主人公と良きライバルになったり、主人公も転生者の場合、だいたいゲスな主人公になっているので、倒しちゃって主人公の座を奪い取ったりするのだ。
よくあるパターンがヒロインとモブの方が仲良くなり恋人になるパターンだ。モブとはなんぞやと首を傾げる展開ではあるのだけど。
死ぬほどの努力と共にモブ主人公は強くなるのだ。そのパターンを考えてみる。
魔物が徘徊し、いつ殺されるかわからない世界。しかも怪しげな闇の団体がテロを起こしたりする。その上、我が家は学院に近い。巻き込まれる可能性は極めて高い。
これは選択肢ないよねと、俺は死ぬほど努力することに決めた。このままでは死ぬ可能性が極めて高いので。
それに主人公のヒロインと恋人になったりできるかもしれない。なに、主人公は何人ものヒロインに好かれるし、俺の好みはだいたいサブヒロイン。かち合って奪い合いになることもない。
しかも冒険者になれば、金持ちになれる。高位冒険者は一回の稼ぎで億単位稼げちゃうのだ。
これはロトの当たり数字を研究するよりも良いかもしれないと俺は強くなることを決意した。主人公と共に第三学院でテロリストを撃退したり、修学旅行で誘拐されたり、魔神を討伐したりするのだ。楽しそうな展開であると言えよう。
幼いながらに俺は強い決意をして、強くなることを決意したのだった。
「でも修行って、どうすりゃ良いんだ?」
まずは修行の方法だなぁと、俺は嘆息する。だけど、まぁ5歳だ。ここからのスタートダッシュでなんとかなるだろう。
と、俺は思っていたのだが、そうは簡単にいかなかった。冒険者に憧れたのと、目をキラキラと輝かせて、両親に修行の方法を聞いても、マラソンとか家の手伝いだったのだ。
そりゃそうだ。モブキャラの俺の両親もモブだ。冒険者でもない。となると修行の方法などわかるはずがない。
これはどうしようと、俺の前には早くも暗雲が漂っていたのだった。




