296話 咳をする人はフラグなんだぞっと
「玉藻ちゃん! おじさん、おばさん!」
フルングニルの雷により吹き飛ばされたお友だちに、みーちゃんは少しだけ慌ててテテテと駆け寄る。離れて避難していた春も心配して走ってきていた。
少しだけの心配なのは理由がある。
「あいてて、身代わりの符が焦げちゃったよ。ボロボロに崩れちゃった」
全然ダメージを受けていないと、気づいていたからだ。
人型を模した符を取り出して、へニャリと狐耳をしおらせるしょんぼり狐っ娘。符は燃え始めて灰となってその手の中で崩れていった。
玉藻は傷一つないので、ほっと安堵する。
「最高級の符だったんだけどね。それだけこの化け物が強かったということなのだろう」
「マツさんにまた作ってもらわないといけないわ」
油気両親が立ち上がって、こちらへとやってくる。やはり傷一つない。
マツ特製の最高級の身代わりの符の効果で、その攻撃を全て符に転換させたのだ。
最高級の符……金額はハウマッチ? 聞かないでおこうかな。
「この化け物は美羽ちゃんが倒したんだね」
頭と両腕がないフルングニルの死骸を見て、油気父が感心の声をあげる。
「うん、おじさんたちがダメージを与えてくれたから、なんとか倒せたんだ!」
ニパッと微笑みを見せて答える。嘘ではないよ、実際そのとおりだった。
魔法障壁をガンガン壊して、防御力をダウンさせて、殺生陣でステータスにデバフをかけてくれていたから、一気に畳み掛けて倒すことができたのだ。
「魔道具使いの金気家。お金があれば、36家門にその力は迫るね……」
「エンちゃん、油気だよ、油揚げだよ〜」
「間違えちゃった。ごめんね」
尻尾をパタパタと振りながら、玉藻が笑ってツッコミを入れてくるので、小さな舌をぺろりと出して、テレテレと照れちゃう。
一戦に数百億円を使う気であればの話だけど。かなり魔道具で儲けている分、油気家の力は比例してパワーアップしたということだ。
「この改造された化け物がこの結界の核となっていたのだろうか………」
「見て、あなた。空間に歪みが現れ始めたわ。核で間違いなかったみたいよ」
油気母の指差す先はフルングニルの死骸の真上だった。空間が蜃気楼のように歪み始めていたのだ。
「そうか……となると、『人柱』とされていたのだろう。酷いことをするものだ」
沈痛な面持ちの油気父だが、同情しなくても良いと思うよ。こいつは最初から性格が腐ってたし。
それに存在自体を変えられた時点で、もはや人間としての自我もなくなって……自我はあったな。力に溺れていた典型的な悪人だった。
うん、やはり同情の余地はない。
「お父さん、『人柱』って?」
「人の命を柱として、強力な結界を作り、中のものを封印するんだ。人の命は強力な触媒になるからね」
「それは酷いね! プンスコだよね、ねーエンちゃん。エンちゃん?」
玉藻が頬を膨らませて、この結界を作り上げた魔法使いに対して怒る。だが、みーちゃんが黙っていたので、顔を覗き込んできた。
「うん、なんでもないよ。脱出はできるかなぁと考えていたの」
考えていた本当の内容は違う。『人柱』という油気父の見解について考えていたのだ。
油気父はフルングニルを犠牲として、自分たちを封印していたのだと考えているが、本当の目的は違う。
みーちゃんを封じる結界だったのだ。思い浮かべたのは『生贄の法』。……みーちゃんの秘密の記憶にあったその儀式魔法の効果について。
フルングニルをパートナーにするつもりはなかったんだけど、モブだから仕方ないかと内心でため息をついていたのだ。
「たしかに脱出先は敵の拠点に出る可能性が高い。皆気をつけてくれ」
「子供たちは私のそばに」
主人公っぽい凛々しさを魅せる油気父と、ヒロイン役っぽい油気母。
「わ、わかりました。皆、集まって! ……ケホッ、ケホッ」
そばかすの少女が周りに声をかけると、こちらのそばにやってくる。途中で苦しむように咳き込む。
周りの子供たちも何人かが咳き込んでいる。
う〜ん……嫌な予感がするよ?
「レディ、この子供たちは何かがおかしい……気をつけたほうが良いよ。魔法や呪いの痕跡がないのに、その存在に少し違和感がある」
肩の上に飛び乗ったヘイムダルが耳打ちしてくるので、顔を顰めちゃう。
たしかにこういった場合、ゾンビ映画だとウィルスに感染していたりして、後から襲いかかってくるパターンが多い。
そして今回の場合は……。フルングニルと同じなんだろうなぁ。フルングニルはご丁寧にも、ヒントを口にしてくれた。
『聖餅』でパワーアップしたと言っていた。たしか『聖餅』は『ユグドラシル』が配っていて、みーちゃんたちが触ったら崩れ落ちたお菓子だろ。あの中にウィルスのように、操られた黄金の糸が入っていたのかな?
みーちゃんたちが触ると、『聖餅』が壊れた理由もわかる。この世界の黄金の糸に支配されないのがみーちゃんであり、その眷属たちだからね。
「ねぇ、えっと……お名前は?」
「あ、えぇと明智魅音と言います!」
緊張した顔で答えるそばかす少女。この状況に恐怖しているんだろう。
明智と名乗った時に、油気両親が僅かに反応したけど、理由がわからないのでスルーしておく。
ここは聞き取り調査をしないとね。
「えっと、魅音ちゃんたちはどうしてここに?」
コテリと小首を傾げて、アイスブルーの瞳に愛らしい光を宿らせて尋ねる。
「あ、えっと、あたしたちは孤児院の仲間たちで……。勝利、あ、いえ、粟国公爵の息子さんに招待してもらって、応援に来たんです」
「粟国公爵の? 勝利君だね! そっか勝利君の……」
敵かな? 刺客かなと疑うが、普通の子供たちだ。旅行用のカジュアルな動きやすそうな服装だけど、少しよれよれで古着っぽい。
孤児院の子供たちと言うのは本当だろう。玉藻との関係性はわからないけど、なにか原作の世界では関係があったんだろうなぁ。
それに………転生者である勝利との関係もあるに違いない。
孤児院の子供たちを招待……そんなことをする男には見えなかったけどなぁ。まぁ、放置しておくわけにはいかないよね。
「どうするんだい? ここで処理しておくかい?」
「神様らしい答えをありがとう。でも、ここで殺したら良い子なみーちゃんのイメージが崩れちゃうし、子供たちを殺したくはないよ」
みーちゃんの両親を試さないでね。教育が間違っていたとがっかりさせたくない。それに一応は良心だって少し痛むんだから。
「だけどどうするんだい? この仕掛けをした奴が現れた途端に化け物に変貌すると僕は考えるよ?」
「同意するよ。しょうがないなぁ……」
まぁ、仕掛けられた罠をなんとかすれば良いんでしょ。わかるわかる。
「えっと………あたしたちになにか?」
「えっとね、どうやら魅音ちゃんたちは毒にかかっています! まだ活性化はしていないけど、活性化したらあんなふうになるかも」
フルングニルの死体を指差すと、青ざめる魅音たち。お互いに抱き合って震える子もいる。
「でも大丈夫! みーちゃんの回復魔法で治せます!」
フンスと胸を張って安心させるように、自信に満ちたみーちゃんスマイルを見せる。
「回復魔法ではムギュ」
余計なことを口にする人形を叩く。
「でも、特殊な魔法の毒なので、かなり集中が必要なんです。なので、ジッとしていてくださいね!」
「は、はい!」
両腕を脇に揃えて、背筋をピシッと伸ばす魅音たち。ぎゅうと目を瞑り緊張気味に立つ。
「治せないだろ?」
「うん、治せない。さっきまではね」
「さっきまでは?」
「うん。実はさっきの戦いでレベルが上がったんだよ。それにこの世界の制限は消えたみたい」
油気家族たちが、空間の歪みを慎重に調べているが、外へ繋がるゲートなのだろう。
『全ての封印が解除されました』
ボスを倒すと制限が解除される、あるあるなパターンである。
そして、フルングニルの経験値は美味しかった。
『レベルが100になった』
見事にレベルが上がったのだ。ドロップはウェハース20個だけだったのでカスボスだったけどね。
『神石を手に入れる』
『神を殺す』
『『神』、『闘神』、『魔神』のジョブの解除条件を達成しました』
ようやく最強のジョブが解除されたのだ。『神を殺す』はナーガラージャの時に達成していたから、遂に全ての条件をクリアできたのである。
そして、このジョブは『神石』を使用すると、どれか一つだけその場でつけることができる。
即ち、通常は『マイルーム』でしか変更できないジョブ変更だけど、最初の一回だけはイベントがあるので、どこでもジョブを変更できるのだ。
『闘神』は物理特化のジョブ。『魔神』は魔法特化のジョブ。そして『神』は万能スタイルのジョブだ。
みーちゃんの選ぶジョブは決まっている。
『『神』にジョブを変更する』
万能だ。攻撃力は落ちるけど、ソロではこのジョブが一番なんだ。
『イベントはスキップでお願いします』
『イベントのスキップをしないですか? はい・イエス』
『目立っちゃうでしょ! おとなしくて箱入り娘なお嬢様のイメージは大切にしないとね。いいえ、ノー、スキップ!』
なんだか、不満そうなシステムさんだけど、『神』ジョブイベントは銀河の真ん中にいて、星の光が集まってくるイベントなんだ。
今、そんなことになると困るでしょ。玉藻ちゃんたちが驚く姿が簡単に想像できるよ。
アイテムボックスから『神石』を取り出す。神秘的な光が込められている水晶だ。合わせて3つ集めないと全部の神ジョブは解放されないんだけど、とりあえず『神』があれば良い。
パリンと砕くと、あっさりとジョブは変更された。
『『神』になりました』
『『旧神』のジョブが解放されました』
課金ジョブの『旧神』も解放されて、ムフフと微笑んじゃう。『旧神』は『マイルーム』にいかないとつけられないから後でだね。
見た目はさっきとまったく変わらない。ヘイムダルもまったく気づいていないけど、中身は少し変わった。
立っている魅音たちを煌めくアイスブルーの瞳で見つめて、スゥと息を吸い込む。
『神の封息』
フゥと息を吐く。息が吹かれて、キラキラと光が瞬き、そよ風のように魅音たちに触れる。
触れた瞬間に魅音たち全員の姿がかき消えてしまった。
「あれ? 殺したのかい」
「助けるって言ったでしょ」
魅音たちのいた場所には何もない。
でも、いるんだよ。魅音たちの立っていた場所にぽてぽてとみーちゃんは歩くと、床に転がるトランプのようなカードを拾い上げた。
そしてアイテムボックスへと、ぽいっと仕舞う。
『孤児たちを封印した!』
『孤児たちのカードを手に入れた』
アイテムボックスに入れたカードには『明智魅音』とイラスト付きで書いてあった。ちゃんと色もついていて、説明書きもあるキャラカードだ。
『明智魅音:コモン:レベル1:明智の苗字を持つため、一部の偏見のある貴族たちに嫌われる』
神になったあとは格下の敵は『カード』に封印できるのだ。神と戦うにはある程度の強さが必要ということだろう。
まぁ、それ以外にも理由はある。
やりこみ要素なのだ。
究極的にはボス以外の全モンスターはカードに変えることができるので、もちろんコレクター魂を持つプレイヤーは集めます。
実に運営はよく考えていると言えよう。このやりこみ要素、みーちゃんも初期ダンジョンに戻って雑魚敵を探したりしたものである。
治せることも知っている。ボス戦に沸く雑魚敵に使うとボスが無効化魔法で解除しちゃうからね。
「助けるんじゃないのかい?」
「助けるよ。でも、ここでは無理だから後でかな。アイテムボックスは私の領域だから手は出せないんだよ。これで保護は完璧だよね」
「レディは手段を選ばないんだねぇ」
そんなに褒めなくても良いよ。照れちゃうでしょ。
さて、なんでか驚いている玉藻ちゃんたちに説明して脱出しようかな。




