295話 新フルングニルとバトルなんだぞっと
轟音を立てて、稲光が奔る中でフルングニルは嬉しそうに顔を歪めて嗤う。
前方にいたターゲットたちは、爆発の中で巻き起こった砂煙に覆われて姿が見えないが、粉々になっているに違いない。
それだけの強力な一撃であったのだ。その威力はフルングニルの予想を遥かに超えてもいた。
「す、凄え。凄えぞ、なんつーパワーだっ! へへへ、これだけのパワーがあれば何でもできるっ!」
トールの力を一部移植されたフルングニルは感動して拳を握りしめる。
自分自身の姿が異形となっていることなど、気にする様子もなく、単に強大な力を手に入れたからとはしゃいでいた。
「にっしっし〜、それは少し早いんじゃないかなぁ〜!」
「むっ?」
頭上からの少女の声に、フルングニルはすぐに振り向く。空中にはぴっちりとした薄手のスーツを着て、その上に巫女服に似せた魔導鎧を着込んだ狐娘が滞空していた。
玉藻の背中に乗ってみーちゃんも飛んでいる。玉藻ちゃんに運ばれました。
「やっちゃうよ、コンちゃん!」
『妖炎乱舞』
玉藻はその手に木の葉を乗せて、ふぅと軽く息を吹く。木の葉の形をした炎が玉藻の周りを舞い踊り、幻想的な炎に照らされた玉藻ちゃんはとってもかっこよい。
「燃やし尽くしちゃえ!」
炎の葉はフルングニルの周りを踊り狂い燃やそうとする。だが、積層の魔法障壁がその炎を近づけない。
「魔導鎧を持っていたのは驚いたが、俺には効かねえ!」
乱杭歯を剥き出しに、硫酸で溶けたような顔を歪めて嗤う。
「そうかな?」
「これならどう?」
フルングニルが玉藻とみーちゃんを見上げて、マナを練ろうとすると、その足元にいつの間にか細い鎖が魔法陣の形に敷かれていた。
「我ら、油気家の秘奥義」
「この技を受けてみなさい!」
鎖の両端を油気両親が掴んで、マナを送り込む。玉藻と同じく神官服のような魔導鎧を着込んでいた。
『殺生陣!』
魔法陣に蒼き光が奔っていく。鎖が生き物のように蠢くと、フルングニルの身体に絡みついていった。
「ぬぅっ! 小癪な、なんでてめえらは魔導鎧を着てやがる! なんだこりゃ、うぜぇ!」
苛立ちながら鎖を引きちぎろうとするフルングニル。お互いのマナが反発して、バチバチと激しく放電する。
「強力な神レベルの魔物すらこの魔法の前には膝をつく。『殺生陣』は、相手のマナを封じる強力な魔法陣。その積層魔法障壁を維持できるかな?」
フッとニヒルに笑って、魔法陣にさらにマナを送り込むかっこよすぎる油気父。
「やったね!」
離れた場所に飛んでいた春が、嬉しそうな声をあげる。油気家の幻想魔法により、皆は幻をフルングニルに攻撃させて退避していたのだ。
「春君……それはフラグ……」
まぁ、ちっこいから仕方ないよねと、みーちゃんは玉藻の背中にしがみつきながら、苦しむフルングニルをジト目で眺める。
「ぬぉぉぉっ! 舐めるなよ〜っ! 今の俺様にはこんなもんはこよりみたいなもんだぜぇっ!」
フルングニルの身体が黄金に輝くと、ブチブチと鎖を強引に引きちぎっていく。
「この力は!?」
「私たちの魔法が!」
予想していたよりも遥かに強かったのだろう。油気両親は驚愕するが、予想通りだ。
「玉藻ちゃん、まだ封印が残っている間に攻撃だよ!」
「そうだね!」
玉藻は頷いてフルングニル目掛けて滑空する。みーちゃんもパワーアップをしておくよ。
「ウェハース!」
『さらなるレベルの解放:ウェハース10個』
「オーケーだ!」
玉藻の背中から飛び降りると、魔法の力を体内に巡らせる。再び力が巡っていき、パワーが戻ってきた。
『みーちゃんのレベルが3割解放されて、レベルが45に戻りました』
「充分だ!」
ニヤリと凶暴なる笑みを見せて、みーちゃんは玉藻を追いかける。
「玉藻の幻に踊れ、踊れ〜!」
『妖炎幻葉』
空中でくるりと身体を翻して、何人もの玉藻へと分身して、フルングニルに攻撃を繰り出す。
『妖刃幻朧』
薄く薄く、紙よりも薄い剣を玉藻たちは作り出して、フルングニルに斬りかかる。積層の魔法陣が玉藻の繰り出す刃を防ぐが、一つ一つ破壊されていった。
「ちいっ。マナが衰えてやがる。だが!」
『剛拳』
フルングニルは顔をしかめながら、武技を放つ。腰だめにして、空に浮かぶ玉藻たちの中心に豪風を巻き起こし放たれた。
拳の一撃を受けて、一体の玉藻が弾けて消え、衝撃波が巻き起こり、周囲の玉藻を吹き飛ばす。
「ざーんねん! こっちでした〜」
しかし、玉藻は既に空にはおらず、足元に移動していた。ニシシと悪戯そうな笑顔で刃をフルングニルの脚に向ける。
「くそがあっ!」
度重なる攻撃と、マナが封印されていることにより、積層魔法障壁の展開が遅れて、その丸太のような足に傷が刻まれる。
『雷撃崩槍』
横に手を振ると同時にフルングニルは魔法を発動させる。玉藻たちの足元から雷を纏った土の槍が突き出して、その身体を串刺しにしようとしてきた。
その先端はガラスのように透明で、掠っただけで身体は簡単に切り裂かれてしまうだろう。
突如として生み出された足元からの高速の攻撃により、油気家族はその攻撃を躱すことができずに串刺しとなってしまう。
「ざまぁみろっ! ……なに?」
勝ち誇るフルングニルだが、何事もなかったかのように油気家族は幻のように貫かれた槍からすり抜ける。
「ちいっ、身代わりの符か、ガッ」
「みーちゃんぱーんち」
足元ばかり見ているフルングニルの頭につま先を伸ばし、鋭い蹴りの一撃をみーちゃんが食らわす。
フルングニルの頭が揺らぎ、たたらを踏んで後退る。
『火炎のネックレス』
『業風の指輪』
油気両親たちが、魔道具を使用する。『火炎のネックレス』から、人一人ほどの大きさの火球が生まれ、『業風の指輪』から放たれた業風を受けて吸収し巨体であるフルングニルを呑み込む大きさに膨れ上がる。
「にっしっし〜。家族の連携攻撃だよ、ぼうぼうだよ〜」
妖刃を複数作り出し、組み合わせて即席の扇に変えた玉藻が、扇を構えてマナを込めていく。
『妖炎刃乱れ風』
玉藻が全力で扇を振るう。扇は風を巻き起こして、油気両親が作った炎をフルングニルに向けて吹き飛ばす。それと同時に扇がばらけて無数の刃となって、炎の中に加わる。
「うぉぉぉぉっ!」
全身を切り刻まれて、高熱の炎がフルングニルを燃やす。身体を燃やされて苦悶の声をあげるフルングニルだが、その身体が一際光り輝くとその身を苛んでいた炎も刃も、黄金の色を持つ突風を巻き起こして吹き飛ばしてしまう。
「ちょこまかと、しょぼい魔法を! だが、俺様には効かねえって言っただろうが!」
黄金のオーラを身体に纏い、燃えてケロイド状となった顔でニヤリと嗤う。
「見よ! 俺様のこの力をぉぉっ! 人間を超えた力を持った俺様の力を!」
『雷撃拳』
莫大な熱量を持つ雷の拳をフルングニルは油気家族へと打ち出す。
「キャッ!」
雷の一撃は油気家族を巻き込み、超高熱で焼き尽くす。
だが、フルングニルは結果を確認せずに、腕を水平に広げると、さらなる魔法を使う。
『豪雷積層波』
雷が降り注ぐ雨のように手のひらから放たれて、何もない空間を通り過ぎるように見えた。
「あぅっ」
「くっ!」
「きゃあっ!」
だが、雷が通り過ぎたあとに、紫電が発せられて、空間から油気家族たちが滲み出るように現れて、悲鳴をあげて吹き飛ぶ。
「何度も幻に騙される俺様じゃねぇんだよ! これでも『ニーズヘッグ』の幹部をやっているんでな!」
得意げな声をあげて、追撃の魔法を放とうとするフルングニル。だけどそうはいかないよ。
「玉藻ちゃんたちを傷つける奴は許さないっ!」
みーちゃんはトンと床を蹴って、フルングニルの懐に入ろうとする。
「おもしれぇっ! エーギルが恐れたお前を俺様が殺す!」
『剛拳』
シンプルだが、強力な武技を使うフルングニル。迫る拳を前にそっと手のひらを向けると、触れた瞬間に滑らせる。
「むっ! やるな! だが俺様のパワーを前にどこまで耐えられる?」
「どこまでも」
淡々と答えると、冷静なる心でフルングニルに立ち向かう。
「オラオラッ!」
「とやとや」
巨体であるにもかかわらず、高速の拳技を繰り出すフルングニル。まるで破城槌のように巨大な拳での連撃を打ち放ってくる。
みーちゃんの身体はその攻撃を受ければ、粉々のミンチになっちゃうだろう。
だが、トトッとステップを踏んで、ゆらゆらと手を揺らしてその攻撃を踊るように躱していく。
「ウェハース!」
『限界突破:ウェハース10個』
「オーケーだ!」
きりっと顔を引き締めて、最後のウェハースを使うことにする。ここでフルングニルは殺しておこう。
『限界突破』
『勇者』の固有スキルにして、人間のジョブ最強技。『限界突破』。
身体が熱くなり、魔法の力が駆け巡る。己の力が数段引き上げられ、真っ赤なオーラをマントのように纏う。
意識が美羽へと切り替えられて、体を中心に蒼きオーラが爆風となって吹き荒れる。
「フルングニル。俺と打ち合いといこうじゃないか」
八重歯をキラリと覗かせて、肉食動物のような獰猛にして凶悪なる笑みを見せて美羽は嗤う。
「とやっ!」
触れる寸前まで迫る拳に、自身の拳を打ち出す。巨人の拳と、美羽の小さな拳。どちらが勝つかは明らかに見えたが
「ぬぐおぉ?」
グシャリと音を立てて、フルングニルの方が仰け反った。
「ば、馬鹿なっ! 俺様が力負けした?」
「そのとおりだ、フルングニル。今の俺のレベルはお前を上回っている」
「な、なに? そんなはずがあるかぁっ!」
凍えるような声音で、後退るフルングニルに教えてやる。
『限界突破』は3ターンの間レベルを倍にして、その攻撃は全てクリティカルになるんだ。
但し、武技や魔法、他のスキルは使えなくなっちゃうけどな。
使いにくいスキルだが、このシチュエーションなら相性抜群だよね。
「ぬぉぉぉっ!」
フルングニルは黄金のオーラをさらに身体から吹き出すと、憤怒の叫びをあげて力を引き上げる。
その力は、まるで原作の覚醒したシンのようだ。
「哀れだな、フルングニル。その力は出来損ない。シンのレプリカにすぎないよ。促成栽培では無理だね」
無機質なる瞳を向けて、淡々と教えてやる。
「ぬぅぅぅ! 訳のわからないことをっ!」
『剛拳乱打』
憤怒のフルングニルは剛拳を乱打してきた。竜巻の如き激しい風が巻き起こり、美羽に迫ってくるが無駄なんだ。
「ていていてい」
可愛らしい声で美羽も拳を繰り出す。その高速の拳はフルングニルの拳とぶつかり合い、次々と潰していく。
「おおぉぉっ、そ、そんなバ、バカな」
繰り出す拳がフルングニルの拳を潰していく。繰り出すごとに、美羽の拳の力を受けてフルングニルの腕が発泡スチロールが叩かれて崩れるように、潰れて小さくなっていく。
肉が弾け、鮮血が舞い散り、フルングニルが恐怖で顔を強張らせる。
「そんな、そんなぶわかぁなっっっ!」
「とやとやとやー!」
両腕が完全に吹き飛び、よろけるフルングニルに飛翔すると頭へと肉薄する。
「玉藻ちゃんたちを虐めた報いを受けるんだな」
体を捻り、拳に力を込めると、フルングニルへと告げる。お友だちを虐めた相手はそれ相応の報いを受けさせる。
それが鷹野美羽のルールなんだよね。
「ま、までっ! 俺は騙されたん――」
恐怖で顔をぐしゃぐしゃに歪めたフルングニルが命乞いをしてくるが気にしない。
「待たない」
「ゴヘッ」
魔法の力により跳ね上がった美羽の拳がフルングニルの頭にズシンとめり込む。拳から放たれた衝撃はフルングニルの頭を巡り風船のように膨らませ破裂させるのであった。
頭が吹き飛ばされたフルングニルはよろよろと体を揺らして、地面にズシンと倒れ込む。
「バイバイ、フルングニル」
灰色の髪を靡かせて美羽はフッと微笑むと、地面へと降り立つのであった。




