294話 玉藻ちゃんたちと一緒に戦うんだぞっと
ガラスの筒は砕けて、人々が倒れるように出てくる。30人程だろうか。大人は意外と少なく、子供が目立つ。
そして、その中には玉藻ちゃんたちの姿もあった。
「玉藻ちゃん! おじさんおばさん春くん! コンちゃん!」
玉藻たちは蹲って、けほけほと苦しそうに咳をしている。何日も飲まず食わずだったので、喉もカラカラだろう。
転がるように玉藻ちゃんの横に行くと、背中を擦る。コンちゃんも尻尾をしおらせて苦しそう。
「うぅ……エンちゃん? ここはどこ〜? どこに玉藻はいるの〜?」
みーちゃんの姿を見て、玉藻ちゃんが尋ねてくるので、どう答えようか迷う。まさか下手くそな作り方をされた神域とは答える事はできない。
なんで神域なんか知ってるのと不思議に思われるだろうし、変な人だと思われちゃう。ここまで築き上げた素直で無邪気で正義感の熱い可愛らしいみーちゃんのイメージが台無しである。
なので、賢いみーちゃんは適切かつ、疑われない説明をすることにした。
「たぶん秘密結社『ニーズヘッグ』の狭間の結界だよ。玉藻ちゃんたちが攫われたから、助けに来たの」
ここはボケないでおく。真面目に答えないと後々怪しまれるしね。犯人は『ニーズヘッグ』。だってぬいぐるみ劇ではフルングニルが現れたからね。どう考えても『ニーズヘッグ』関連だろう。
外れても悪の組織だから、別にいいよね?
「エンちゃんが一人で助けに来たの!?」
驚愕で声をあげる玉藻に、コクンと頷いてみせる。
「うん、強力な結界だから、ししょーに手伝ってもらっても、みーちゃん一人しか入れなかったんだよ」
「ありがとう、エンちゃん!」
眼に涙を溜めて、玉藻がぎゅうと抱きついてくる。コンちゃんがみーちゃんの膝にペトッとお手をしてくるけど、感謝の気持ちなんだろう。
「なんかね、変な夢を見ていたんだ。何度も何度も大男に殺されちゃうんだ。夢の中の玉藻は気づかないで、繰り返すんだよ〜。とっても怖かったんだよ〜」
「みーちゃんはぬいぐるみの世界を見ていたよ。メルヘンな夢だったね。あれが新しいお友だちのぬいぐるみさんたち」
たくさんのぬいぐるみを貰っちゃったのだ。
転がっている狐さんやうさぎさんのぬいぐるみを見て、玉藻は涙を拭うとクスリと微笑む。
「エンちゃんは相変わらずだね〜。どこでもエンちゃんだね〜」
「うん! 私はどこにいても永遠に私だよ!」
胸を張って笑顔で応える。
「美羽ちゃん、ここが『ニーズヘッグ』の結界だっていうのは本当かい?」
「うん、だから早く脱出しなくちゃいけないと思います」
油気父が真剣な顔で話しかけてきたので、そうだよと答えると自身の服を確認し始める。
「……おかしいな。攫われたのに魔道具があるぞ」
ポケットから符を取り出して、指に嵌めた指輪を光らせて、なんだかいかにもなバトルモードに変わる油気父。
油気母も同様に手品のようにネックレスを取り出すと魔法障壁を展開した。
「そうね、貴方。きっと強力だけども、術者でも制御できない落とし穴タイプの結界なんだわ」
「そのようだね。皆、このような結界を破るには中心となる核があるはず。さっさと破壊して、脱出しよう」
「うん、コンちゃんへんしーん!」
「ぼ、僕も遠距離で戦う。美羽おねーちゃんは僕の後ろにいて!」
魔道具の大家と言われる家門だということを理解したよ。戦いに慣れすぎている家族である。子供の春くんまでやる気満々だよ。
みーちゃんもふんふんと頷いて話がわかっているふりをする。落とし穴タイプってなぁにと聞いてはいけない雰囲気だ。
空気を読むみーちゃんなのだ。この区画は綿飴を食べすぎて崩壊した世界の管理区画だと記憶が語っているけど、嘘をついた手前、違うよとは言えないしね。
「ちょっと、この人間た、グエッ」
「これはししょーが作ったナビ人形のヘタレン。どこに何があるか見つけてくれるんだよ」
よろよろと近づいてきたヘイムダルの頭をむんずと掴んで、皆にも見せてあげる。人形、これは人形です。空気を読むことのできないお人形さん。
「これのお陰で苦労しながらも、この区画まで入ることができたんだ」
ハーモニカを吹くしか能がなさそうなのはナイショにしておく。肝心なところで人形に封印されていたし。
さっきのみーちゃんの説明もまったく理解していない予感がするし。
「それじゃ、そのナビに核の場所がどこにあるか調べてもらえるかい?」
「えっとね、それは必要ないかも」
凛々しい顔で油気父が尋ねてくるが、部屋の奥へと指差す。
奥の白い床が両側に開いていき、5メートルは大きさがある錆びた金属製の棺桶が姿を現す。プシューと空気の抜ける音がして、ギギィと軋む音をたてて、徐々に開き始める。
わかりやすいボスの出現だよね。
「なるほど、探す必要はなさそうだ。玉藻たちは私の後ろに下がっていてくれ。そこの君たち、早くこちらへ」
他のガラスの筒から出てきて困惑する子供たちへと油気父は声をかける。
「あ………は、はい。皆急いで!」
どこかで見たことがある顔の少女が、周りの子どもたちへと声をかける。怖かったのだろう、震えて動けない子は背負ってこちらへと駆けてきた。
こちらの後ろへと来た子どもたち。同時に金属製の棺桶が完全に開いて、ズシンと重々しい足音をたてて、棺桶からでてくる。
「ナニガドウナッテ、アァ、ククルジイ」
苦悶の声をあげて、よろめきながらズシンズシンと床を震わせて現れたのは異形の怪物であった。
風船みたいに肉体が膨れ上がり、血管が今にも弾けそうなほどにパンパンで、その身長は5メートルぐらい。目は半ば白く濁っており、口には乱杭歯が覗いている。
出来損ないの巨人みたいな男は、振り乱した金髪はところどころ禿げており、その手足は大木のように太く、ご丁寧にもサイズがピッタリのトパーズで作られたような魔導鎧を着込んでいた。
そして、身体はバチバチと放電しており、表皮に雷を纏っていた。
「な、なんだあれは?」
「新種の魔物? い、いえ、あれは人間?」
異形の巨人を前に、油気夫妻が驚きで目を見開く。
「ねーねー、もしかして……改造されちゃった人?」
苦しそうに歩く巨人を見て、玉藻が予想を口にするがそのとおりだと思う。
「オ、オ、お、おでの身体を、いや、治る、ナオル……ここは侵入者を殺すトコロダ」
自我が残っているのだろう。時折理性の光が瞳に戻りながら、みーちゃんたちへと向き直る。
「『ニーズヘッグ』の幹部フルングニル。テテテメメエラヲコロススス」
フルングニルらしい。改造されちゃったのかな?
「なんてことだ……彼の身体には呪いや魔法の力を感じない。元からああいった身体なんだよ。こんなことってあると思うかい、レディ?」
「あると思う」
どうやらヘイムダルは敵の構成を見抜くことができるのだろう。明らかに改造されているのに、痕跡がないことに驚いていた。
だが、みーちゃんは驚かない。心当たりがあるからだ。たぶん黄金の糸の力だろう。
この出来損ないの世界を作ったように、中途半端な力で黄金の糸を操っているのだ。遺伝子レベルとかいう話ではない。人間という概念を変えられたのだ。
回復魔法ももちろん効かない。なぜならば元々そういう種族、フルングニルという男は異形の怪物だったということになっているだろうから。
「オデ……俺、俺様の………聖餅の力で生まれ変わった俺の力を見せてやるぜぇ。喰らえぇ!」
『雷撃拳』
両手を組むと、ハンマーのように床へとフルングニルは拳を振り下ろす。拳から電撃が発生し、離れているにもかかわらず、こちらへと向かってきた。
「いかんっ!」
『魔幻壁符』
油気父が手に持つ符を素早く繰り出す。放射状に広がる電撃を阻む光の壁が床から聳え立ち、電撃を受け止めた。
電撃を完全に防ぐと光の壁は消えてしまう。だけど、あの威力を防げるとは驚きだ。
「マツさんから譲ってもらったんだよ、美羽ちゃん」
驚きの視線を送ると、ニカリと笑う油気父。ポケットから取り出したのは束である。油気母も同様に束で符を持っている。
「100枚一束100億円で買ったんだ」
「攻撃、防御、支援から探索まで色々揃っていて、とってもお得だったわ。おまけに5枚も符をつけてもらったの」
さらりと言う油気父と母。マジかよ、本当にそんなに高いのか。おまけ付きって金額違いすぎるだろ。
「まずは一般人を守らないといけないわ」
紙束から、ビッと符を抜くと空へと放り投げる油気母。
『砂紗甲殻符』
計6枚の符が後ろに避難している子どもたちを六芒星を描き包む。強力なマナが籠もった砂が吹き出ると、あっという間に何層にもおよぶ、土のドームを作り出すのであった。
「自動再生付きの防御障壁よ。これで子供たちはしばらくは大丈夫のはず」
「さっすがお母さん!」
玉藻が手を叩き、見事な腕前の母親を尊敬の目で見る。
「アバババ、一枚1億円……ぜ、ぜんぶで、ろ、ろくおくえん」
「あぁっ、魅音が気絶した!」
「脳が拒否反応を起こしたんだぁぁ!」
少女が一人拒否反応を起こしているけど、スルーで良いだろう。
「そんなちゃちな障壁で俺様の攻撃に耐えられるか、試してやろうじゃねぇか!」
せせら笑い、フルングニルは走り出す。何トンあるかわからない巨体なのに、その動きは素早く床を破壊しながら猛然と迫ってきた。
「レディ、あの怪物は………」
「トーフをたくさん食べたみたいだねっ!」
真剣な顔でヘイムダルがみーちゃんを見つめてくるが、わかっているよ。あの怪物はトールの力を受け継いでいる。しかもどんどん口調が流暢になってきているぞ。
「身体が軽くなってきた! 痛みが薄れてきやがった。クハハハハ」
「哀れなる者よ、調伏せよ!」
『光牙』
3枚の符を油気父が投擲する。空中で符同士が絡みあい、一本の光の槍へと姿を変えて、フルングニルへと向かう。
だが、フルングニルは走るスピードを落とすことなく、光の槍を真正面から受けてしまう。瞬間、何層もの魔法障壁が展開されて、光の槍は砕け散った。
「俺様の魔法障壁は最大10層なんだよ。しょぼい魔法なんざ効くか! お返しだぜぇぇ!」
飛び出すように加速して、一気に間合いを詰めると、得意げな顔で右腕を振り上げるフルングニル。
ぼこりと巨腕が膨れ上がり、毛細血管のように細かな雷がその腕を覆う。
『豪雷撃』
床に足を踏み込み支点とすると、フルングニルは拳を突き出す。
バリバリと轟音を響かせて、蜘蛛の網のように雷撃は広がるとみーちゃんたちに襲いかかる。
閃光と共に大爆発が起こり、みーちゃんたちは吹き飛ばされてしまうのだった。




