293話 学芸会は閉幕なんだぞっと
「動かなくなっちゃった」
みーちゃんは抱えている狐さんのぬいぐるみが動かなくなったので、悲しくなっちゃう。ペチペチと叩いても、口を開かない。
「さっきまではたくさんお話ししてくれたのに」
劇は終わりと言うことなんだろう。ちょっぴり寂しい。
先程まで悪人さんをやっていたくまさんのぬいぐるみもパンチをした構えでピタリと止まっている。うさぎさんたちも動かない。
最初にここに来た時はとっても驚いちゃった。だって暗い中で狐のぬいぐるみさんが人みたいに話しかけてきたんだもん。
その後ろからは、ぞろぞろとうさぎさんのぬいぐるみが歩いてきたのだ。
みーちゃんは頭が良いから、すぐにここがどこかわかっちゃった。
ここはぬいぐるみさんの世界だ! みーちゃんは見たことあるもん。ぬいぐるみさんたちの世界。
みーちゃんはワクワクした。ママはお迎えに来てくれるって言ってくれたし、ハンバーグの匂いがしてくる。お腹が空いちゃった。
「あれ? やり直し?」
周りの景色が歪み、廃ビルも空も地上も溶けるように消えていった。闇だけが支配する世界となり、ぬいぐるみたちだけが残る。
そうして少し経つと、ぬいぐるみたちに天から再び黄金の糸が降りてきた。
なんとなくわかる。これ、やり直そうとしている。劇は何度もするのよって、前にママが教えてくれたからわかる。劇は何回もやるんだよね。
「でも、みーちゃんはもう良いや」
なぜかみーちゃんの周りを埋めるように黄金の糸が迫ってくる。身体に巻き付いてくるけど、おやつかな?
「食べていいんだよね。それじゃ、いただきまーす」
なので、口を開けてパクリと食べちゃう。わさわさと集まってくるけど劇が終わった後に配られるのかな?
「いくらでも食べちゃうよ!」
豪快にどんどん食べちゃう。美味しい、美味しい。とっても甘いし、ふわふわの感触がとっても好き。
なぜか食べるたびに、世界がゆらゆらと揺れる。ぬいぐるみさんたちに付いている黄金の糸は食べたらいけないとなんとなく思うので、周りの綿飴を食べていく。
ますます世界が揺れて、なんだかピシリピシリとなにかにヒビが入る音がする。なんだろう、この音?
「ま、いっか」
どんどん食べちゃう。綿飴大好き。でも、お腹は膨れないんだよね。寂しくて寂しくて、瞳を潤ませちゃう。
「ハンバーグ早く食べたいなぁ。ママ〜」
綿飴を千切って食べると、暗闇が一気に明るくなった。明るくなったと同時に綿飴は姿を消しちゃった。
「おー、劇はおわりだね!」
明るくなったよ。劇が終わったからだ。周りを見ると白いお部屋だった。
真っ白のお部屋に、ガラスの筒が何本も立っている。
「出口はどこかな」
裸足でぽてぽてと歩く。あ、ガンマン人形が歩き始めた。
「あたた……酷い目にあったもんだ。身体が封印されるとは思わなかったよ、レディ」
頭をかきながら口を開く。おぉ、人形がお話しした。
「おぉ、お人形さんがお喋りをしたよ。こんにちは、お人形さん」
「レ、レディ? 記憶が封印されているのかい? ヘイムダルだよ、ヘイムダル。ほら、女性からの黄色い声が絶えない色男にして、神々を守る神ヘイムダル」
ひんやりとした床にぽてんと座って、ヘイムダルというお人形さんを眺める。
「みーちゃん知ってるよ! おまわりさんを呼べばいいんだよね。おまわりさ〜ん」
「意味がわからない! ちょっと止めてくれないか? いや、わからないこともないのが嫌だ。記憶がないのかい?」
慌てるガンマン人形さん。フラフラと謎の踊りを踊るけど下手くそだよ。
「記憶がないのかい? 大ピンチじゃないか!」
「記憶?」
「うん、僕との記憶だよ。まったく甘くはなかったけど。あ〜、この神域の力で封印されたのかぁ〜。まずいまずいぞっ」
ゴロゴロと転がるヘイムダルを見て、ふむんと首を傾げちゃう。
「記憶? 記憶。記憶あるよ」
何言ってるのかなぁ。みーちゃんは良い子だから記憶力も良いもん。
「へ? 記憶があるのかい? だって君からは力を感じないよ?」
キョトンとした顔になるヘイムダルに、ムッと頬を膨らませて不満顔になっちゃう。
「思い出せばいいんだよね。ぜーんぶ覚えているからだいじょうぶ」
みーちゃんは記憶はしていても思い出すことはしないのだ。常に意識しているのは家族とお友だちのことだけなんだ。
今のみーちゃんは怖がりで寂しがり屋の弱い子なんだよ。
それにみーちゃんは考えるのは苦手なんだもん。だからおまかせしていたのに、なんでみーちゃんなんだろう。
仕方ないので、カチリと意識を切り替える。おもいだす〜、おもいだす〜。かわいいみーちゃんから、まじめなみーちゃんにちぇーんじ。
こめかみをくりくりと指で突っついておもいだす。
秘密のスイッチを入れて、自分自身の意識を切り替える。
アイスブルーの瞳が無機質な光を宿し、感情が薄くなっていく。寝ぼけていた頭がスッキリとして、思考を開始する。
すぐにこの事態について理解しないといけないみたい。滅多にやらないんだけどなぁ。
アイスブルーの瞳に深淵を知る英知が宿る。
「ふんふん、みーちゃんはりかいしました! この劇場はすまふぉのでんげんを切っておかないといけないんだね」
思考を開始すると同時にこれまでの記憶をさらって、今回の事態を記憶から映画のように、本のように見ていく。
「電源を切っておく?」
「うん。りかいしました! ろーかるにて力をつかいます!」
どうしてこうなったのか、理解したよ。この神域に玉藻ちゃんを助けに来たんだった。思い出したよ。
支援が急になくなったから、記憶に影響がでたみたい。みーちゃんはそういうところ、気にしないからね!
周りをもう一度見渡して確認する。うん、外壁は硬いけど監視はないようだね。ここに来ることはそもそも想定されていないんだろう。
なら、ちょっぴり力を使っても誰にも気づかれない。
「ヘイムダル、ここで見たこと聞いたことはだれにもナイショだよ? シーッだからね。死〜だからね。『命令』だよ」
「あ、あぁ、わかった? うん、わかったよ」
ナイショにしておくように命令しておく。これで誰にも伝わることはないよね。コクリと頷きヘイムダルは了承してくれた。
それじゃ、みーちゃんがんばるよ!
ちっこい両手をあげて、気合を入れちゃう。
『緊急事態の為、システムをローカルに切り替え。支援プログラムの起動不可。現状の把握開始……完了』
ピピッと雛のように口ずさみ、かっこいい物言いをしちゃう。えへへ、みーちゃんも頑張ればできるんだよ。
『外部とのリンク不可。次元壁の突破を行うと、力を察知される可能性大。内部にて『生贄の法』を確認』
「……生贄の法?」
ヘイムダルが尋ねてくるので、コクリと頷き返す。全ての知識は私の中にある。これまでの記憶にこの世界を作ったのと同じ魔法があった。
「うん、きっとライバルを出し抜くつもりなんだ。でも粗雑だから、人形劇になったんだよ。本来は人間を使うのに、力が無くて人間を作れないから、ぬいぐるみに意識を接続させて劇をしたんだね」
ほら、あれあれと、ガラスの筒を指差す。複数の曇りガラスの筒の中には人が目を閉じて封じられていた。
「あの人間たちは人形に意識を接続させられているんだ。そして繰り返しの『生贄の法』を使うキャストとして使われていた。生贄はみーちゃんだね!」
「ぬいぐるみって……ぬいぐるみに騙されるわけはないだろう?」
「……みーちゃんしーらない」
ぷいっと横を向いて、フーフーと口笛を吹く。フーフー。
床に転がっているぬいぐるみたち。みーちゃんは全部持ち帰る予定です。
「みーちゃんの意識と力を封印して、生贄としようとしたんだよ。でも、勘違いをしているから……」
「勘違いとは?」
「封印するために、外壁は強固だけど内部システムは素人レベルだから、簡単に管理区画に入られたんだよ!」
「勘違いとは?」
ヘイムダルがしつこいけど、乙女の秘密だよ。
「というわけで、もうセキュリティカードは持っているから、めちゃくちゃにできるよ! そんでママのハンバーグを食べに行こう〜!」
一気に言って、パタリと寝そべる。ひんやりとした床が冷たくて気持ち良い。もうお腹も空いたし疲れちゃった。
『ウェハースを使用して、トールゾンビの帯域を欺瞞。通信を確保開始。次元目標値入力。ママの目玉焼きつきハンバーグ』
空をかき混ぜるように手をふりふりと動かして、溜まったウェハースを消費する。
どこにいても、みーちゃんはママの手作りハンバーグの場所はわかるのだ。どんな世界にいても、ハンバーグの場所はわかるよ。
ピキーンと、ママの手作りハンバーグの匂いを察知する。香るよ。美味しいお肉の匂いが香ってくる!
わかる。ママが心配して、ハンバーグを作って待っていてくれるのがわかる。すぐに戻るから待っててね!
ごっそりと減っていき、ウェハースは残り30個となった。お腹空いたよ〜。
そして、誰にもきづかれないように『力』をほんの少し使う。
空間に雷が一瞬弾ける。世界が揺れて、僅かに外壁が歪む。
そして、目の前に半透明のボードが表示された。
どうやら予想通りの結果となったみたい。成功だね。システムさんとの通信が復活した。
『システムの通信を確保。バージョンアップ開始。……バージョンアップ終了。一部封印を確認しましたが、支援プログラムを起動可能。察知された可能性ゼロ。お疲れ様』
良かった。乙女の秘密は気づかれたら困っちゃったからね。
『うん、それじゃおまかせするよ!』
みーちゃんの身体が白金に輝き始める。身長がぐんぐんと伸びていく。1メートルもなかったのが、30センチ近く伸びてモデルさんのようになった。
装甲も数センチ厚くなり重装甲みーちゃんだ。どこからどう見ても美女となる。
なお、みーちゃん主観なので、クレームや抗議は受け付けません。
瞬きを何度かして感情を取り戻していく。ふぅと息を吐く。紅葉のような小さい手、ぷにぷにで水を弾く肌。
白金の光に包まれて、みーちゃんはいつもの意識を取り戻していく。
幼かったみーちゃんは成長して、いつものぱーふぇくとみーちゃんに変身した。
「戻ったよ! みーちゃんふっかーつ!」
意識を切り替えてバンザーイ。結構ヤバいところだったよ。敵が待ち構えていたら、倒される可能性があったのだ。なぜ待ち構えていなかったのかわからないけど。裏口から入ったから、気づいていないんだろうなぁ。
たぶん、門を開けようと未だにチャレンジしていると、勘違いしているんだろう。まさか侵入済だとは欠片も思っていないに違いない。
「……元に戻ったのかい? 元に戻った? 元に? ……いや、僅かに感じたあの力は………。勘違いって……」
訝しげな顔になるヘイムダル。あまり考えないように。
「うん。みーちゃん復活! さて、玉藻ちゃんたちを助けるかな」
まさか、記憶を封印されるとは思わなかった。でも、充分な準備をしてきたから問題はなさそうだ。
『脱出しよう!:フルングニルを倒して、その魂を使って壁を壊そう』
「オーケーだ。ウェハース!」
完全に意識を切り替える。反撃の時間といこう。
『石火斬花:ウェハース10個』
武技を解放して、トンと床を蹴って飛翔する。
『石火斬花』
ヘイムダルを掴むと、身体を捻り魔法の力を全身に巡らせていく。
投擲武技『石火』の全体攻撃バージョンの武技『石火斬花』を使うことにした。
「おや、なんで僕をつかむんだぁぁぁい!」
「手持ちの武器がヘイムダル以外にないんだよ!」
狙うは全てのガラスの筒だ。破壊するだけだから、弱い武器でも大丈夫。
「てい」
「アンギャァァ!」
勢いよくヘイムダルを投擲をする。ヘイムダルは戦意あふれる咆哮を上げると、無数に分身してガラスの筒に飛んでいった。
全てのガラスの筒は砕け散り、人々が飛び出てきた。
その中には玉藻たちの姿も確認できて、ほっと安堵する。良かった、無事のようだ。
ヘイムダルが戦果をあげて、喜びの声をあげて床を嬉しそうに転がっている。
さて、フルングニルはどこかな? 外へ脱出する鍵になってくれ。




