289話 父
さすがは皇帝陛下が使われる展望レストランだ。豪華でありながら、嫌味はない上品さを見せている。店員の教育も行き届いており、空となったワイングラスにワインをすぐに注いでくれる。
何よりも地上の様子を窓から一望できるが、素晴らしい景色と言う他ない。
料理も貴族に戻ってから様々な美味な物を食べてきたが、それでもここの料理の味は滅多に味わったことのない美味なものだ。
全てが超一流。さすがは36家門が集まるに相応しいレストランだ。
希少なるキングホーンベアカウのステーキにフォークをいれながら、娘の美羽の代行で急遽出席することになった父親の鷹野芳烈は内心で感心しながら、それ以上に緊張と不安が心が胸を渦巻いていた。
「芳烈よ。今回の大会では顔を見せぬと聞いていたから、顔を見れて嬉しく思うぞ」
「ははっ! 今回は美羽の当主としての顔見せも兼ねておりましたので、私は遠慮をさせていただきました」
同じテーブルに座る皇帝陛下が、口角をわずかに釣り上げて頬杖をつきながら、お声を掛けてくれる。
お声をかけていただき、及び腰になりそうなのを我慢して冷静なふりをして、頭を下げて答えを誤魔化しておく。
本当は美羽が絶対に出席しないでと、しがみついてお願いしてきたからだ。
絶対にと。この集まりは危険すぎると。
いかにこの集まりが危険かと、懇懇と説明してきたのだ。このような36家門が集まり、かつ大会のために強力な多くの魔法使いが大手を振って歩けるシチュエーション。
最近、皇帝陛下周りの状況は極めて悪いらしい。なので、この集まりは必ず悪辣な策略に利用されるだろうから、絶対に出席しないでと説得してきたのである。
床に寝っ転がり、幼い子供のように手足をバタバタと振って言ってきたのだ。
美羽が我儘を言うことは滅多にないので、これは珍しいことであった。私の娘は我儘を言わない良い子なのだから。
我儘を言わないだけで、自分の望みは密かに叶える子だけど。
魔法使いではないパパは死にやすいので、回復魔法を使う前に死んじゃうからと。
芳烈自身も同意である。脆弱な身体では初期魔法でも死んでしまう。
なので美羽だけを出席させるのはだいぶ躊躇ったが、出席するのは止めたのである。
しかし、美羽は行方不明となった油気家を探しに行ってしまった。なので、欠席したこの集まりに代行として出席したのだ。
「だが……鷹野伯爵が欠席した理由について、余は多少思うところもあるということも伝えておこう」
ワイングラスを手にとって、赤ワインを揺蕩せて皇帝陛下は私を睨んでくる。
周りのテーブルに座る36家門の貴族たちが、お互いに談笑しながらも、このテーブルの様子に注目しているのを肌で感じる。
「申し訳ありません。今回の大会にて娘は絶対に親友である帝城家のご息女と、油気家のご息女を優勝させると張り切っておりまして」
「そのために、帝城家の娘は一人で決勝トーナメントを勝ち抜いているということであるか。なるほど、決勝戦は危険で難易度が高いからな」
外壁に映る『ダンジョンアタック』を皇帝陛下は目を細めて言う。
丁度試合が終わったところだった。一人でゴールに辿り着いた少女が当然かのような笑みを浮かべて、手を振っている。
「だが………一子相伝の秘奥義だったか? 大会が始まってから覚えるようなものが必要なのか、甚だ疑問なのだが? 特に一人で決勝トーナメントを勝ち抜ける力を持つ者がパートナーにいるのにな」
油気家が行方不明となったのは秘密となっている。行方不明と正直には説明せず、決勝戦を前に秘密の訓練を受けに行ったと説明していた。
『あ〜っと、帝城闇夜選手。ダンジョンアタックで史上最速だぁぁっ! 信じられない、魔物も罠もダンジョンの壁すら切り裂いて、他の選手を大きく引き離してゴールぅぅっ! たった一人でとは凄すぎる、この少女は凄すぎる!』
実況するアナウンサーが興奮状態で叫んでいる。
うん……決勝戦のダンジョンは本物のダンジョンであるので、難易度は跳ね上がるが、闇夜ちゃんは一人でも優勝できそうな凄みをみせている。
これに玉藻ちゃんが加われば、探索面も完璧になり、優勝は間違いない。秘伝の技なんか必要ないんだよ……。
「恐らくは選手の勘でしょう。決勝戦に来る選手は皆凄腕。切り札があると考えているのです」
「ほう……。タイムでは見えないところがあると。さすがは芳烈であるな。たいした眼力だ」
顎をこすりながら、皇帝陛下はモニターを眺める。
『二人パーティーであるはずなのに、たった一人での出場に加えて、圧倒的な強さ! 他の選手たちからはもはや今年は2位を狙うしかないとの言葉も聞こえているぞぉぉ。大会を実況して20年っ、この少女は規格外だと断言するぞぉぉ』
「だそうだが? 実況アナウンサーの目をも誤魔化す実力者が隠れているのを見抜くとは、芳烈の目利きはさすがだな」
余計なことを言うアナウンサーめ。あんなことをこのタイミングで言わないでほしかった。
「ハハハ………恐縮です」
「ふむ……まぁ、よかろう」
目が泳がないように気をつけながら答えるが、どう楽観的に考えてもバレている。
まぁ、旅館は封鎖されて、出入りは厳しくなり、厳重な警備を敷いているのだから当然だ。
秘伝の奥義とやらを教える理由でないのは明らかだった。
皇帝陛下は、なぜ美羽たちがいなくなったのか理由を知りたがっている。
油気家が消えた理由は私も知らない。伝言を伝えに来たニムエさんから美羽が探しに行ったと聞いただけである。そして、油気家の人々を探しに行った美羽をドルイドの大魔道士さんが手伝っているということだけだ。
なので、あからさまに嘘くさい理由で誤魔化しているだけだった。
「この集まりは強制ではないのでな。優勝を目指す友のためとなれば、余としても口を噤むしかない」
それを知って、かつ皇帝陛下は追及をしてこないようだった。
「陛下! 強制ではありませぬが、この集まりは陛下主催の栄誉あるもの! 百歩譲って選手であるのであれば、秘密の特訓とやらもよろしいでしょう。ですが支援のために不参加とするのは、陛下の顔に泥を塗るようなものです!」
2席ほど離れたテーブルに座った貴族が立ち上がって声を荒らげて言う。魔法使いの聴力とはさすがだと思う一面だ。
普通はこの距離で話を聞けない。それに話に加わるようなこともしない。非礼であるのだけど。
皇帝陛下との話に、全く関係ない者が口を挟むとは勇気あるものだ。
この無礼な貴族を一喝してくれると思って、期待して皇帝陛下の様子を窺うが、ワインを飲むだけで、全く注意をしてくれない。
どことなく面白がっているようにも見える。
皇帝陛下の注意がないことに、貴族は微かに口元を歪めて、ますます言葉に勢いを増す。
「陛下、鷹野伯爵は幼いゆえに、最近の活躍で増長をしていると思われます。故にこのような態度をとったのかと。増長を抑えるためにも、最近噂となっているご提案を考え直す機会とならないでしょうか?」
36家門の高位貴族といえど、皇帝陛下との話に口を挟むとは、かなりの蛮勇だと思っていたが、なぜそんなことをしたのか理解した。
「侯爵の授与の話であるか。たしかに増長していると思われてもおかしくない。余を軽んじているのだろうか、どう思う、芳烈よ?」
「いえ、陛下からのご提案を美羽は殊の外喜んでおりました。さらに忠誠を誓うと、いつも口にしていた程です」
涼しい顔をとり、平然とした様子を見せるように内心で頑張りながら答える。美羽から忠誠という言葉は一度たりとも聞いたことはないけど、嘘も方便というやつである。
声をあげた貴族は侯爵授与を許せない反対派だったのだ。不敬な態度を取るという危険を考慮しても、声をあげるチャンスだと考えたのだろう。
声を上げた貴族は皇帝陛下との席順も近い。かなりの力を持っており、さらに貴族派であるがゆえの発言だったのだ。
「陛下。私からも発言をよろしいでしょうか?」
「ほう……発言を許そう」
手をあげてくる新しい貴族。細目の油断ならぬ人物、神無公爵だ。皇帝陛下は軽く頷き、発言を許す。
「皇帝陛下を軽んじているとは、あまりにも一方的な意見です。ここは鷹野伯爵を呼び戻してはいかがでしょうか? いえ、呼び戻さなくとも、弁明の機会を与えるべきかと。連絡ぐらいはできるのでしょう、鷹野当主代行?」
「それは……」
まるで美羽を庇うかのような発言をする神無公爵だが、明らかに美羽がどこにいるのかを確認する発言だ。
こちらも美羽がどこにいるのかわからないし、連絡もとれない。誤魔化すにも、連絡もできないのはおかしい。思念通信があるからである。
無理をすれば、どこにいても思念通信で相手と連絡できる。その点をついてきた。
「どうでしょうか、陛下? これならば鷹野伯爵の話も聞けることができて、問題はありません。御一考をお願いいたします」
「であるか。たしかに神無公爵の意見はもっともだ。どうであろう、芳烈よ、思念通信でも良い。連絡をとれるのか?」
「………いえ、訓練は絶対に連絡がとれない場所にいると、ドルイドの大魔道士から聞き及んでいます。思念通信すら不可能でしょう」
皇帝陛下の問いに、首を振って断る。ニムエが伝えてきた内容には、ドルイドの大魔道士の予想していた話も入っていた。
その中に、連絡をとりたいと聞かれるだろうとの内容もあった。
きっぱりと断るようにとも教えられている。皇帝陛下や周りの貴族たちの心象も悪くなるだろうが、気にしなくとも良いと。
「であるか。そこまで厳重であれば仕方あるまい。戻ってきてから話を聞くとしよう」
「そうですか。それは残念です。まぁ、秘密の奥義の伝授となれば、そのような事もあるのでしょうな。陛下」
皇帝陛下は僅かに眉をひそめて、連絡をとるのを諦めてくれる。しかし、連絡をとるようにと言ってきた神無公爵も、なぜか口元に笑みを浮かべて頷く。
「では、現在は鷹野当主代行が全権を持っているということでよろしいのですね」
「そうですね。今現在は私が当主代行となります」
私の言葉に周りの貴族たちがざわりとざわめく。
「では、当主代行との話し合いを楽しみましょう。明日からは家族ぐるみの立食パーティーへと変わりますしね。親交を深めようではないですか」
その瞳が鋭く光り、神無公爵が言う。
どうやら美羽が介入しないことを確認したらしい。最近の美羽は容赦がないところも噂されており、「魔法の使えない魔法使い」と言われている自分よりもたちが悪いと伝え聞いていたからなぁ……。
明日から立食パーティー……。どうやら警戒をしなければならないらしい。と思うような発言だ。
『欠席にしておけ。面倒なことしかあるまい。とお爺さんは言っておりました』
ニムエの伝言には、今回は欠席するようにとも勧められていたのだ。
だが、侯爵を授与される美羽の評判にも関わるからと出席を決意した。
決意した理由はもう一つある。
『出席をすれば必ず油気家を攫った奴らが様子を見てくるであろう。美羽が行動できないことを確認するような者もいるはずであろうから、儂としては出席してくれた方が良いがな』
攫った犯人たちの尻尾を掴めるとの理由もその一つだ。
危険はあっても、美羽が頑張っているのだ。父親として助けなければならない。
たとえ、命を懸けたとしても。
神無公爵の嗤い顔を見て、再度強く決意をする鷹野芳烈であった。




