288話 次の神域に向かうんだぞっと
『ウェハース』を20個使い、『聖癒』を発動させて身体を回復させる。
ちょっぴり意識が飛ぶほどの痛みだったけど、曲がりなりにも最強の神トールを倒せた代価としては良いと思う。
炭化した手足が光に包まれて、元の綺麗なお肌に戻り、ちょっぴり内臓まで焼けていたのが、艶々な内臓になり、ぷにぷにな皮膚が覆う。灰色の髪の毛も艷やかさを取り戻して、可愛らしい顔立ちのみーちゃん復活!
黒焦げだった身体は数秒で治り、みーちゃんはよいせと立ち上がる。神殿内でも自己回復魔法は問題なく使えるようで良かったよ。
「完全回復したかな」
「えぇ〜………あの黒焦げから復活できるのかい……化け物……ゲフンゲフン、レディの魔法は素晴らしいね」
なぜかヘイムダルは顔を引きつらせて、ドン引きして距離をとっているが、どうしてなのかサッパリわからないや。
HPが1でも残っていれば、回復するに決まっているのにね。
『ウェハースを50個手に入れた』
『ミョルニルを手に入れた』
『ヤールングレイプルを手に入れた』
トールゾンビからドロップした内容がログに表示される。ちょっとしょっぱくない?
『神石を手に入れた』
そう思っていたら、最後に予想外のアイテムがドロップした。おっとこれはまたレアなアイテムだ。やったね、みーちゃん!
『壊れた命石を手に入れた』
ありゃ、なにこれ? 神石は知ってるけど、この石は知らないなぁ。
アイテム一覧を表示させて、説明内容を確認して見ると意外な効果だった。
『壊れた命石:他の神を眷属にする際に使用する。既に壊れて使うことはできない。ただし加工すると?』
『偽りの命石作成:壊れた命石を消費。ウェハース10個』
『はい・イエス』
なんか作れるらしいアイテムのようだ。もちろんイエス。
『偽りの命石が完成した』
なにもエフェクトはなく、目の前にはなにも出てこない。……アイテムボックス封印されているしね……。
『偽りの命石:まるでトールゾンビが存在するかのように欺瞞のシグナルを発する』
と思ったら、コロンと空中から出来損ないの土偶のような石人形が現れて床に転がった。
「レディ……。これはなにかな?」
「トールゾンビだね。ちょっと前衛的なトールゾンビだね」
ヘイムダルがジト目で石人形を見つめて聞いてくるが、石人形の胸に『とーるぞんび』と名札が付いてるでしょ。
頭が歪んでいたり、手が一本だったり足がタイヤみたいだったりするのは、ちょっぴり不器用だったからだろう。
システムさんはゲーム仕様のアイテム以外は作るのが苦手っぽいね。
「なんだか呪われそうな人形だけど、なんでこんな物を作ったんだい、レディ?」
「疑似魔法だよ。この人形を置いておき、この神域の主の目を誤魔化すんだ」
トールゾンビは、まだこの神域で元気に徘徊してますよと、どこかにいる主に定期連絡をするわけ。
『ハラヘタ、カユウマ、ハラハラ、カユウマ』
トールゾンビ人形の口からシグナルが発せられる。これで完璧にゾンビがいると敵は勘違いするに違いない。
「あ、あぁ……たしかに僅かに魔力を発しているが、トールの魔力に似せているのか。でも、そんな誤魔化しは長くは続かないと思うけど?」
なぜかヘイムダルは不審そうな顔をするが、システムさんが頑張ってコネコネして作ったんだ。これで完璧なの。
「5日間ぐらいは誤魔化せるでしょ。それで充分だよ」
とりあえず石人形は床の端っこに置いておき、瓦礫に埋もれているトールゾンビに近づく。
倒れ伏してピクリとも動かないトールゾンビ。その横においてある『ミョルニル』と、腕についている小手『ヤールングレイプル』が仄かな白金のオーラに包まれると、糸束が解けるように崩れて、端っこから消えていった。
「な! 最強たるミョルニルが消えた!? ヤールングレイプルも!」
いちいちリアクションが大げさなヘイムダルの叫ぶ声は無視をして、突進したときに千切れて床に落ちていたトールゾンビの着ていた比較的原型を留めているトーガの切れ端へと手を伸ばす。
ビリビリと破くと、体に巻きつけておく。だってさっきから丸裸だったからね! ミョルニルの力でモーモー牛さんのパジャマは燃え尽きちゃったんだよ。
慌てて謎の踊りをみせるヘイムダルへと答えながら、身体に合わせるように裾を結んでいく。
「その神器は手に入れたから大丈夫」
ドロップした神器の方が本物。敵が持っていた神器はパチもの。ということにしておいて。
情け容赦のない回収をして、ゲーム仕様に変換しているのだ。そこらへん、システムさんは容赦がない。オンリーワンの神器だからね。
「ウ~ン、妖精の世界から抜け出してきたように見えて怪しまれないかなぁ」
白い布切れを羽織るみーちゃんは、芸術的な美しさと魅力を振り撒いてしまうのではなかろうか。
クルリと回転をして、白いトーガを靡かせて、頬に手を添えて困った顔になる。みーちゃんは絶世の美女だよね。
「大丈夫だよ、布を被ってふざけている子供にしか見えないから。それにそのトーガは焦げて汚いよ?」
「さて、別の神域に行こうかな」
とりあえずヘイムダルを踏んでおき、周りをキョロキョロと見渡す。想像の中では深淵のお嬢様なんだよ。
「レディ、あからさまにひと目でわかるんだが? 祭壇の上にあるのに近寄らないのかい?」
「髪を引っ張らないで!」
抜け出したヘイムダルが肩の上に乗ると、不思議そうにみーちゃんの髪の毛を引っ張る。失礼なヘイムダルをペチリと叩きながら、祭壇上に目を向ける。
「あの壁に書かれた魔法陣でしょ?」
「あぁ、中心に次元の亀裂があるだろう? あの亀裂を広げて脱出できるはずだ」
たしかに魔法陣の中心にほんの僅かに亀裂が入っており、亀裂からは光が零れ落ちていた。
「あぁ、澱みのない清浄なる空気を感じる。きっとあの先には美しい世界が広がっているんだろうね」
プップカーとハーモニカを吹き、機嫌良さそうにするヘイムダル。
「駄目だよ。これは元の世界に戻るためのゲートだ。私の目的地とは違う」
だが、ゲートであるというのが重要だ。
『ゲートを書き換えます:ウェハース50個』
早速システムさんのアシストが入る。
やったねと、祭壇に向かう階段をスキップで登る。
「それじゃ、さくっと目的地に向かえるようにするかな」
「まさか他神の作り上げた儀式魔法陣を書き換えるつもりかいっ? それなら1から作り上げたほうが早いよ。なにせ、書き換えられないように、いくつもの複層の魔法陣を重ねているんだ。僕の目にも複雑すぎてよくわからない代物だよ」
「ヘイムダルって、本当に目が良いだけなんだね。でも大丈夫」
さっぱりわからないよと、アハハと笑うアホな神である。ヘイムダルと違って、みーちゃんのシステムさんは全てを見ているし、解析もちょちょいのちょいなのさ。
「やってください!」
魔法陣の前に立ってお願いすると、バチバチと魔法陣が放電し始める。線の一つ一つが白金の色で徐々に輝き始めて、描かれている文字がぐにゃりと歪み変わり始めていく。
「こ、こんな馬鹿なっ! オーディーンだって不可能なことをするのかい!」
「何事もやればできるんだ。クリア不可能なゲームはないんだよ」
驚愕するヘイムダルへと、桜色の唇を薄く笑みに変えて教えてやる。
みーちゃんとヘイムダルの顔が魔法陣の放つ光に照らされる中で、白金の魔法陣が完成され、中心に障子戸が現れた。
「な、なんだいこれ? レディ?」
「知らないの? これは日本の情緒溢れる木と紙で作られた扉だよ」
「えぇ〜………いや、そういうことではなく……。もう少しこうなんというか、雰囲気がねぇ?」
ビミョーな顔になるヘイムダル。なにか言いたいことがあるらしいけど、さっぱりわからないや。
それに障子戸の方が良い。入りやすいしね。
『注意!:この先では現状通信が不可能となります。あらゆる支援が打ち切られます』
『次元の扉を潜り抜けますか? イエス・ノー』
システムさんが警告をしてくれるが全く問題はない。
玉藻を助けるためなら、太陽にでも飛び込んでやるよ。
「もちろん答えは『ハイ』だ! それじゃ、ドッカーン」
障子戸に蹴りをぶち込む。簡単に障子戸は壊れて破片となって転がる。
「えぇぇぇ、壊しちゃうのかい?」
「良い子は真似をしないようにってやつだね! それじゃ、しゅっぱーつ!」
ゲートへと勢いよく飛び込む。純白の世界が視界に映る。中は光の大河であった。みーちゃんたちは木の葉のように猛烈な速さで流されていく。
「ひょぇぇぇ! なんて衝撃だ! 身体が壊れるぅぅ」
肩に必死になってしがみつくヒョエー人形がうるさい。たしかに身体がバラバラになりそうな痛みと衝撃だ。
暴風により、バタバタと髪の毛が靡き、トーガが吹き飛びそう。
光のエネルギーの奔流がみーちゃんを襲ってくるので、グッと歯を噛み締めて耐える。
エネルギーの奔流に流されながら、外の様子が垣間見える。様々な世界が見えるが全て灰の世界となっていた。
「こ、この光景は炎により、ほ、滅んだ僕たちのぉぉぉ」
耳元でヘイムダルがとってもうるさい。捨てていいかな。
高速で流れていく光景の中で、唯一無事な世界が垣間見えた。穏やかな光が差し込み、草原が広がっており……。
少女がのんびりと巨大なパフェを食べていた。みーちゃんの姿に気づき、ニコリと微笑むと口をパクパク動かす。
『が・ん・ば・っ・て』
すぐにその世界は通り過ぎて、奔流の先に漆黒の入り口が見えてくる。
「あぁ、任せてくれ! なにせ俺はゲームは得意なんだよ!」
ニヤリと猛禽のような笑みを浮かべて、漆黒の出口へとみーちゃんは飛び込むのであった。
飛び込んだ先でゴロゴロと転がる。硬い床の感触が感じられてかなり痛い。ガシャンと何かにぶつかりようやく止まる。
「あだっ。……いててて、ここはどこかな、ヘイムダル」
なにか饐えた臭いが鼻につき、顔をしかめながら立ち上がる。
「なにこれ? 生ゴミ? ゴミ箱に突進したのか。運が悪いなぁ。それでも空よりはマシかな」
周りを見ると壁は崩れて天井も落ちて瓦礫の山となっているのがわかる。そして、みーちゃんの後ろにはゴミの山。
「お風呂に入らないといけないよ。まったくもぅ。でも、この世界は当たりのようだね」
半壊した建物はコンクリート製のビルだった。外は真っ暗で夜のようだが、遠くにネオンの輝きが見えるので、現代の日本っぽい。
「ここはスラム街かな? ヘイムダル、玉藻ちゃんがどこにいるのか見てくれない? ……ヘイムダル?」
さっきまで騒いでいたヘイムダルが静かだ。違和感を覚えて肩にしがみついているヘイムダルを見るとピクリとも動いていない。
「ヘイムダル?」
ヘイムダルを掴むと、ただの人形になっていた。ゲームセンターでよくあるパチモンの人形っぽい。
「さっきまでは血の通っている妖精さんだったのに……え、なにこれ?」
なぜか視界が低いし、人形を持つ自分の手もいつもよりも小さい。
なんだこれ? 幼くなっているような……。なにこれ? コレハ……。
周りを見ると暗闇が広がり、とても静かだ。時折、チュウとネズミさんの鳴き声が聞こえてくる。
不安が襲いかかってきて、心細くなる。
「どこここ〜? パパァ〜、ママァ〜」
目が潤んで涙が零れ落ちる。なんでみーちゃんはここにいるの? お部屋で寝ていたはずなのに。
人形さんを握りしめて歩き始める。裸足なのでペタペタと足音を残す。なんだか焦げているお服は汚いよ。
「パパ〜、ママ〜」
うわーんと泣きながら、真っ暗でお化けが出てきそうな建物を歩く。怖いよぉ〜。
「あん? なんでこんなちっこい子がこんなところにいるんだ?」
壊れたお家から誰かが出てきたので、人形を握りしめて震えて蹲る。
「お、お化けなんか怖くないもん! みーちゃんは強い子なんだから」
「あぁ〜……なんだよ、捨て子かぁ」
月明かりが差し込む中で、怖そうなお姉さんが立っていた。狐耳と尻尾を生やすお姉さんはこちらを睨んでくるので怖い。
「パパ〜、ママ〜、どこぉ〜? みーちゃんはここにいるよ〜」
5歳児のような小さな身体を丸めながら、早く迎えにきてと、さらに大泣きをするみーちゃんであった。




