285話 ヘイムダルなんだぞっと
みーちゃんはシステムさんの力を借りて、お気軽にヘイムダルを復活させることとした。
実に頼りになるシステムさんだ。力が制限されても支援できるらしい。
『うぇはーすをいっこしょーひするね』
実に頼りになるシステムさんだ。しっかりと代価は取るらしい。
ウェハースとは、さっきドロップしたウェハースのことだろう。せっかく集めたウェハースを使うのはもったいないけど、今回は仕方ないか。
ポチリとボードを押下すると、ヘイムダルの足元に白金色の魔法陣が描かれていく。魔法陣は回転をして、ヘイムダルの灰の身体を照らす。
「こ、これは?」
驚愕するヘイムダルを他所に、みーちゃんはボードのログを確認していた。
『へいむだるをしょーかんします』
「500円かけた神様だからね。もちろんイエス!」
課金して手に入れた神様だから、もちろん召喚以外の選択肢はないよ。
「な、なにか酷いことを言わなかったかい? って、ウォォォォ!」
耳聡くみーちゃんの呟きを聞いたヘイムダルだが、その身体が魔法陣から放たれた眩いばかりの白金の柱に消えていき、叫び声を残すのだった。
そうして、光が徐々におさまってきて、新生した姿を現す。
羽が飾られた中折れ帽をかぶり、革のシャツに革ズボンを着ている。ニヒルな笑みを浮かべた斜に構える整った顔立ち、スラリとした中肉中背だが鍛えられた身体。革のブーツには拍車がついており、西部時代から抜け出してきたような男だ。
北欧の神の一柱。神の国を守り、『終末の日』にギャラルホルンを鳴らすヘイムダルがそこにはいた。腰に下げられているハーモニカにマジックペンで『ぎゃらるほるん』と書いてあるから、あれが神器ギャラルホルンに間違いない。
「ヘイムダル。先払いで受肉してあげたからちゃんと約束は守ってね」
「………これが僕の姿なのかい?」
「どこからどう見ても、ヘイムダルだよ!」
拳を握りしめて力説する。もう絶対にヘイムダル。ヘイムダルにしか見えないよね!
「いやいやいや、どこのガンマンッ! 僕のイメージはこうじゃないよね? こう、洒落た羽根帽子に草色の布服を着込んだ妖精みたいな男。それが僕だよっ?」
ちっ、どうやら西部時代とか知っているらしい。北欧神なんだから知らなくて良いのに。
本来のゲームのヘイムダルはたしかにそんな感じだった。イレギュラーだったので、少しだけ変になったのだろう。
「まぁ、良いと思うよ? 妖精にだって見えるし、問題ない、問題ない」
「それは大きさのことだろうぅぅぅ! 僕は手乗りインコかっ! それに、ギャラルホルンが適当すぎるっ! なんでハーモニカァァァッ!」
みーちゃんの目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねて憤慨するヘイムダル。手のひらに乗りそうなちっこさであった。
たしかに少し小さいかもしれない。ギャラルホルンも少しだけ手抜きかもしれない。本物が手に入らなかったので、ハーモニカで代用したんだろうね。
でもそれらには理由があるんだ。
「私は他人に力を分けたくないんだ。だから少しだけ節約したの」
「少しだけの定義がおかしいっ! 酷いっ! 無邪気で優しそうに見えたけど、レディは見かけによらすドケチだね!」
「あーもー、この神域で受肉できただけでも感謝して! 嫌なら後で受肉にチャレンジするけど、どうする?」
手のひらを広げて、ぶんぶんと振ってみせるとジト目で見てきて、肩を落として嫌味的にため息をつくヘイムダル。
だって、せっかく集めたエネルギーを消費してまで受肉させたのだ。文句を言われる筋合いはない。大きさに対する注文もなかったしね!
「………はぁ〜っ、たしかにそのようだね。この問題はあとにしようか。それよりも急いで出発しないとまずそうだ」
ヘイムダルは諦めたのか、渋々しながらも真面目な表情へと変わる。
「ん? ははぁ、なるほど」
周りに新たなる気配が感じられる。さっきと同じゾンビの気配だ。
「『黄金の力』が存在する限り、彼らは蘇る。見給え、空に浮かぶ神の魂が『黄金の力』を纏わせて復活をしていく」
空を指差すヘイムダル。その指の先には光球が浮いており、小さな黄金の糸を纏わせて地上に降りてくる。
光球が光に包まれると人型となり、肉体が生み出されていった。
ただし、腐りかけたゾンビの姿となってだ。
「ヴァァァ」
地上に降り立ったゾンビは頭を巡らせて、正確にギョロリと白目をみーちゃんへと向けてきた。どうやらみーちゃんの場所がわかるらしい。
すぐにドタドタと走ってきた。
「なにこれ?」
走る勢いのまま、掴みかかってくるゾンビ。腰を屈める瞬間を狙い顎を蹴り上げる。バキリと音を立てて、首が折れてゾンビはあっさりと仰向けに倒れ伏す。
「説明は後にしようじゃないか。さぁ、あの神殿にいざゆかん!」
みーちゃんの身体にしがみついて、よじよじと登ると肩の上にぽすんと座るヘイムダル。
ビシッと指を向ける先には、丘陵となっている街の一番高い所に建っている神殿だった。
『さぶいべんと:めがみぞーのうえにたとう』
目の前にクエストボードが表れた。またもやサブイベントか。女神像って、神殿前に建っているどでかいやつだろう。
離れていてもわかるぐらいに大きいが、劣化しているのか体の半分が崩れて落ちており、神秘性の欠片もない。
「なんかクエストさんが幼いし、フレンドリーだね?」
今までと違い人の意思を感じるフレンドリーさだよ。なんでだろ?
『つーしんがふあんてーのため、へんかんきのうがうまくつかえません。ばーじょんあっぷをおまちくたさい』
なるほど神域だからか。納得したよ。システムさんの通信が届きにくい環境なんだろうね。
「さぁ、なにをしているんだい? こうしている間にも、哀れな彼らは復活してくる。急ぐんだ」
「女の子の髪の毛を引っ張らないで!」
グイグイと髪の毛を引っ張るヘイムダルをペチンと叩いて、前傾姿勢をとると駆け出す。
廃墟の中を走っていくと、次々と光球が廃屋内に舞い降りてきて、ゾンビの肉体となって這い出してきた。
灰の道を走るみーちゃんの前に、ゾンビたちが現れる。
「ニク、ニク」
「ソノチカラヲ」
「クレェェ」
「邪魔だっ!」
「おいおい、速度を緩めないのかいっ?」
猛禽のように凶暴なるみーちゃんを見て、ヘイムダルは慌てるが当然だろ。
「こんな奴ら、案山子と同じだ!」
道を塞ぐゾンビの横を通り過ぎ、片手を水平にするとラリアットを食らわす。ゴキュと嫌な音を立てて倒れるゾンビを横目に、次のゾンビへと飛び上がってサマーソルトキックを叩き込む。
他のゾンビたちがワラワラと現れるが怯むことなく、道脇の家屋の窓へと飛び込む。コロンと転がり受け身を取ると、すぐさま立ち上がり壊れた壁の穴から抜け出して走りだす。
細道に出るが、さらにゾンビたちが道を埋めてやってくるので、目の前の壁を足で踏み、トトトと駆け上がり屋根に登って突き進む。
「とりゃー」
アクション映画の主人公ばりにみーちゃんは障害物を上手く使い、ゾンビに捕まらないように神殿を目指すのであった。
「お見事、レディ。その勇敢な姿はヴァルキリーの美貌も霞むだろう」
「そういうおちゃらけはいらないから、ここがどこなのか教えてほしいんだけど」
屋根の上を走るみーちゃんを追いかけて、屋根に登ったハイゾンビがタックルを仕掛けてきた。トンと軽くジャンプをしてハイゾンビの頭を踏み台にしてみーちゃんは走る。
「それがよくわからないんだ」
肩の上にしがみついて、ちっこいヘイムダルは肩をすくめて言う。
「なんだよ、全然知らないの?」
次の家屋の屋根へとジャンプをして乗り移りながらヘイムダルに問いかけると、コクリと頷き返してきた。
「『終末の日』に肉体が滅びた僕は自我を無くし、世界の狭間を漂っていたんだ。それが数ヶ月前に薄っすらと自我を取り戻した。この寂しき神域にいたんだよ」
「最近じゃん!」
今度はゾンビが壁に張り付き登ろうとしていたので、両足を揃えてその頭をストンプする。ゾンビはグシャリと頭が砕けて落ちていく。
「そうなんだよ。他の皆も同じはずさ」
家屋が姿を消して、神殿まで続く道のみとなったので、追いつかれないように懸命に走る。敵が多すぎて『戦う』コマンドが切れないからこそできる荒業だ。
「薄っすらと覚醒した自我で最初に思ったのは肉体を持ちたい、だ。皆は空に舞い散る『黄金の力』を使って肉体を得た」
「ゾンビだけどね!」
「だね。この神域の主は性格が悪いみたいで、完全復活させるほど、『黄金の力』を神域内に撒かなかったんだよ」
「それで中途半端な復活の結果がゾンビだということか。でも、ヘイムダルはなぜ自我を持っていたの?」
他の神々がゾンビになる中で、ヘイムダルだけは普通だった。なんで?
「神を支配しようとする意図があると悟ったからだよ。最初に僕がしたことは、手に入れたちっぽけな『黄金の力』で自我を強化することだったのさ。そのお陰で肉体は持てなかったんだけどね」
「それは良い選択だったね!」
ようやく右半身が崩れている女神像に辿り着く。見上げると、巨大な女神像だ。鎌倉の大仏を上回るかもしれない。
女神像であるのに、どことなく陰気で不吉な感じがする。像に手をつけるとひんやりとしており、その感触はザラッとした石製であった。
ちらりと後ろを振り向くと、津波のようにゾンビたちが大勢向かってきていた。
「えっと、女神像の頭の上に立てば良いんだよね。よっと」
足もつけて、ロッククライミングだ。今の制限された身体能力でも岩登りぐらい楽勝なのである。
「おいおい、脱出するための扉は神殿奥にあるんだ。なぜ女神像を登るんだい?」
「そこにクエストがあるからだよ」
結構ヒビや窪みもあり、意外と簡単にするすると登っていき、頭の上に辿り着く。
頭の上に立つと死せし世界である灰の街が一望できる。眼下には既に何人いるのかわからないほど、大勢のゾンビたちで埋め尽くされていた。
女神像にしがみつき、砂糖を見つけたアリのようにワラワラとよじ登ってきているのが不気味で恐怖を誘う。
『さぶいべんとくりあ! 特殊コマンド『ウェハース』を使用できるようになりました。『ウェハース』を使うと一時的に封印された力が使えるよ』
『さぶいべんとぼーなす:『ウェハース』を一個手に入れた』
「なるほど。システムさんは頑張ってくれたんだな」
玉藻たちがいないのに、なぜこの神域に連れてきたのか、その理由を理解した。
『モブ専用』とかボロいドアにカモフラージュして、罠がある神域に入る前に、密かに別の神域に潜入させて下準備をさせるためだったのか。
この神域は作りかけ。敵はこちらにみーちゃんが潜入するとは夢にも思っていないはず。本来の扉から入ったら、ジ・エンドだったに違いない。
即ち『ウェハース』を、いや、敵の『黄金の力』を食べて使えるようにするため、ワンクッション入れたのだ。
『試しにこの神域を燃やし尽くそう! 残りのウェハースを食べて、『太陽炎』を使ってみよう』
さっきまでは幼かった通信内容も修正されてきている。システムさんも策士だなぁ。
「レディ〜っ、来るよ、奴らが来るよ! この大群にはレディもまずいんじゃないかい。もう終わりだ! ハッ、ギャラルホルンを吹こう」
慌てて混乱しているヘイムダルは、ハーモニカに口をつけて、パプゥ〜と鳴らす。単に息を吹き込んだだけで下手くそだ。
「まぁ、安心しろよ。彼らに安寧を与えてやるからね。この世界に『終末』を与えてやるよ」
楽しげに凶暴なる笑みを浮かべて、みーちゃんは意識を切り替える。
「レ、レディ?」
みーちゃんの雰囲気が変わったことに気づき、驚きの顔となるヘイムダル。
『ウェハースを10個使った』
アイテムボックスは開かないが、それでもこのお菓子だけは食べられることは本能でわかる。
「作りかけの拠点を破壊するのは、正道だよな!」
パンと両手を重ねると、制限されていた魔法の力が美羽の身体を駆け巡っていく。奪った『ウェハース』の力により、一時的に力が解放されたのだ。
美羽の両手が真っ赤に輝き、灼熱の魔法陣を描く。
『太陽炎』
莫大な魔法の力が輝く灼熱の炎となって、美羽の身体から放たれる。
まるで炎の龍のように、灰の世界を炎は駆け巡っていくのであった。




