284話 出会い人なんだぞっと
ジャンジャンバリバリゾンビたちを倒していく。とろいゾンビなど敵ではないし、ハイゾンビの技など相手にもならない。
掠らせることもなく、小さな少女はゾンビたちを駆逐していった。
「戦いとはレベルだけで決まるものではないんだよ!」
ふふふと笑いながら、パンチを平手打ちで弾き返しソバットキックでハイゾンビの膝を折り、バク転をしつつ自分の戦闘スペースを確保して、横合いから迫るゾンビへと素早く掌底を放ち内部から破壊する。
押し合いへし合い、なんとかみーちゃんに食いつこうとするゾンビたちをステップを踏み狙いをずらし、集団が分散すると、その合間を縫うように移動して、首を掴んで折り、背骨を蹴り抜いて倒していった。
額に汗をかくこともなく、ゾンビの大群との戦闘開始から約2時間。千匹を超えるゾンビ全てをたった一人で殲滅するのであった。
「ふぃ〜、これで全部倒したかなぁ」
周りを見渡して、動くものがいないことを確認して、戦闘が終わったことにより、額から流れ始めた汗を拭う。
疲労感もどっと身体を襲うがここで眠るわけにはいかないと、無視をすることにする。
倒したゾンビたちが灰へと変わり、再び光球となって空を飛んでいく。そしてみーちゃんの腕には綿飴の塊が絡みついていた。
『ウェハースを10個手に入れた』
「千匹近くだったから、綿飴はかなりの量だね。ウェハース? なんか美味しそうなお菓子もドロップしたし、満足満足」
ご機嫌で綿飴に小さなお口で食いついて、ハムハムと全部食べちゃう。疲れた身体に甘い物は嬉しいよね。
「全部倒したあとだけど……ここには玉藻ちゃんたちはいないみたい」
ゾンビの全てはトーガを着ていて、古代人のような格好だったし、なによりも顔の彫りが深くて西洋人のようだった。
「それに……あの光球は人間の魂じゃない」
目を細めて、空に浮く多くの光球を眺めて呟く。儚く消えそうな蛍の光のような光球だけど、本当は視覚化できるほどに強力なのだ。
人間の魂ではこうはいかない。視覚化できるほどの明るさは持っていないと、なぜかわかる。
視覚化できるほどの魂もあるけど……あれは違うだろう。
「即ち、神の魂だ。それにしては弱すぎるけど………」
綿飴の最後の一口をもぐもぐ食べ終える。疲労感が抜けて、さっきまで感じていた痛みも消えていく。どうやらポーションのような効果もあったっぽい。
「ステータスは……」
鷹野美羽
メインジョブ:勇者マスター
セカンドジョブ:大魔道士マスター
サブジョブ:聖女☆☆☆☆
レベル9
HP:200
MP:200
力:90
体力90
素早さ:90
魔力:90
運:90
固有スキル:全武技大強化、魔法大強化、勇者技、勇者魔法、武器装備時攻撃力100%アップ、限界突破、三連続魔、魔法耐性、闇無効
スキル:武技マスター、魔術マスター、支援魔術マスター、神聖術マスター
実に中途半端な数字が表示された。
『勇者』は複合ジョブを三つマスターすると解除される特別なジョブだ。剣も魔法も使えるし、専用武技や魔法も強い。
「けど『勇者』って、あんまり使えないんだよね。技も魔法も強力だけど、MP消費が激しいし、忍者の方が固有スキル的にも良いんだよなぁ」
ゾンビには格好をつけたけど、『首切り』や『隠れる』が使えて、ステータスが素早さ特化の『忍者』の方が使い勝手は良かったりする。短期戦なら『限界突破』が使える『勇者』の方がいいかも知れないけど。
「とはいえ、武芸百般の『勇者』だからこそゾンビを駆逐できたのかもしれないから、まぁいっか」
疲れも完全にとれたし、本格的に玉藻を探しに行くか。う〜んと伸びをして気合いを入れ直そうとすると
「凄いね、君。称賛の言葉しか出ないよ」
パチパチと拍手をする音とともに、なんだかイケメンそうな若い男の声が聞こえてきた。
すぐに声のする方に身構えて警戒する。
「誰ですか? みーちゃんになにかようかな?」
辺りに視線を巡らせるが、崩れた家具、壊れた石壁、降り積もる灰の山だけで、どこにも人影はない。
「いやいやいや、神を殺せるとは感心したんだよ。麗しの君」
「卵の白身も美味しいよ!」
「どこらへんが麗しの黄身なのか教えてほしいけど、余裕あるね。ここだよ、ここ」
空から一つの光球が舞い降りると、灰が集まって朧気な人型へと形成された。
口調と声音から男なのだろう。気障っぽいが、なかなか話もわかる人っぽい。理由はみーちゃんのボケにツッコんでくれたからです。
ひょろりとした人型は、目と口の部分に洞穴のような黒い空洞が開いており、デッサン人形のような手を合わせて拍手をしてくる。
ぽふぽふと拍手をするたびに灰が落ちていくのが、酷く不気味であった。
「ゾンビを倒し終わったから、中ボスの出番?」
警戒心を露わにして、語りかけると灰人形は肩をすくめて頭を振る。
「レディはせっかちさんだね。この僕はゾンビなどという輩と違うよ。まともな自我を持っているんだ」
「へぇ〜。それじゃお名前を聞いて良いかな? 私の名前は『ロキ』! トリックスターにして、綿飴大好きな者です!」
とりあえずご挨拶だ。この灰が降り積もる世界で一応まともそうな男だからね。
だが、みーちゃんの自己紹介を聞いた途端に、腹を抱えてケラケラと笑い出す灰人形。
「アハハハハ、『ロキ』だって! これは傑作だ。そんな可愛らしい姿の『ロキ』は見たことはないな。変身が得意だったけど、幼女に変身するところは一度として見たことがないよ!」
「今見てるかもしれないよ?」
大笑いされたので、気を悪くして頬をぷっくりと膨らませちゃう。そんなに笑わなくてもいいじゃん。
みーちゃんが怒っていることに気づいた灰人形は手を振って謝ってきた。
「いやいや、ごめんよ。でも、これでも僕は目が良くてね。君が『ロキ』ではないことはわかるんだ」
不気味なるつるりとした顔に三日月の笑みを浮かべて、灰人形は言う。
「レディが『神』ではないこともわかる。さて、レディはいったい何者なのかな?」
「………」
なかなか鋭い奴。みーちゃんの正体に迫ってくるとはね。
仕方ない。正体を教えてやるか。
フンスフンスと胸を張り、ちっこいおててを腰に当てて、灰人形にドヤ顔で言う。
「私は鷹野美羽。日本魔導帝国の伯爵位を持つ希少なる回復魔法の使い手です! 家族は仲が良くて、お友だちは気の良い人たちで、幸せいっぱいな美少女だよ!」
どうどう? この宣言に感心しちゃった? 灰人形をふふふと微笑み見ると、ぽかんと口を開けて唖然としていた。なにか変なところあったかな?
「いやいや、あからさまに嘘だろう? 人間っぽい名前じゃないか。レディはどう見ても人間には見えないよね? ……いや、本当に人間?」
「さようなら、灰人形さん。私は先に進むから、また機会があったらお話ししようよ」
手を振ってにこやかな笑みでバイバイと言う。
「レディの名前は鷹野美羽。なるほど、変わった名前だが美しさを感じるよ」
ぽてぽてと歩き始めるみーちゃんの前に塞ぐように出てきて、なぜか慌てて同意してきた。
「なにか用なら早く言ってくれるかな? みーちゃんは今かなり焦ってるんだ」
正直、遊んでいる暇はない。この灰の街を早く脱出しないといけないのだ。
みーちゃんのアイスブルーの瞳を見て、灰人形は佇まいを変えて、紳士のように礼をしてくる。
「失礼、レディ。レディなら秘密の一つや二つ持っているものだ。それを暴こうとは僕も随分と野暮ったくなってしまったよ」
「くだらない話なら結構だよ。私はここを脱出するための情報が欲しいんだ」
ちょっと刺々しい口調になっちゃうみーちゃんに、またもやニヤリと笑う灰人形。
「それは良かった。レディは幸運だ、今君の目の前にその情報を持っている者がいるからね」
「ほーしゅーは? タダじゃないよな?」
幸運なのか、罠なのかはわからないが、なにか進展はありそうだなぁ。
「話が早い。実は僕もこの神域から逃げ出したくてね。逃げ出すなら僕も連れて行ってほしいんだよ」
「その灰の塊で?」
お外に出たら、風を受けて吹き飛びそうな程に脆弱そうだ。コテリと首を傾げて不思議そうな顔になるみーちゃんへと灰人形はさらなる要求をしてくる。
「レディの力を少し分けてほしい。肉体が形成されるぐらいのね。この神域に生身で潜入してきて、その力に制限を受けながら、虚ろなる者たちを駆逐したんだ。元の世界ではかなりの力を持つんだろう?」
「分けることはできないけど、肉体を作ることはできるかもね。それで良いなら、話に乗るよ」
「良いよ、その条件で! レディの言うことを信じよう。どちらにしても脱出するチャンスは最後かもしれないからね」
握手をしようと手を差し出してくる。
「手が真っ黒になるから、後でね」
「了解。それじゃ、つれないレディに僕の名前を告げよう」
右足を爪先立ちにして支点とすると、くるくるとその場で回って、灰人形はポーズをとる。
「僕の名前はヘイムダル。名前を知ってると嬉しいんだけど」
なんだか予想外の名前を名乗ってきたよ。マジか、こいつヘイムダル? この灰人形が?
みーちゃんが驚きで黙ったのを、目敏く気づいたんだろう。おちゃらけるように手を振ってくる。
「どうやら知っているようだね。お見知りおきをと伝えなくても大丈夫そうだ」
「知ってるよ。情報屋で神の国に入れる橋を守る神『ヘイムダル』。その瞳は千里を見渡して、その耳は離れた場所に落ちた針の音も聞くことができる」
はぁ〜と嘆息しちゃう。どうりで『ロキ』と名乗ったら、大笑いするはずだ。そりゃそうだ、笑うに決まっているよね。
ジト目になってヘイムダルを見つめて言う。
「そして『終末の日』において、『ロキ』と相討ちになった神だ。そうでしょ?」
「そのとおり! ちなみに相討ちじゃないよ。『ロキ』の魂は破壊したからね。魂の残った僕の勝ちさ」
よくわからん理由で勝ちだと言うヘイムダル。まぁ、彼なりのこだわりがあるんだろう。実にどうでも良い。復活できないように肉体が殺られたら相討ちだろうと、みーちゃんは思うけどね。
「僕の名前を知っているなら、話は早い。いざゆかん、この死の匂いのする世界からの脱出を……ん? どうかしたかい?」
決め台詞を口にしたつもりだったヘイムダルが、宙を見ているみーちゃんに気づき、声をかけてくる。
うん、ここはノリノリで話に乗るサーファーみーちゃんになるべきだったんだろうけど……。
『かくしぼーなすたっせー。いっぱいウェハースを手に入れたから、ちょっぴりだけ使って、ヘイムダルを復活させよう』
神域にいるせいか、なんだかシステムさんの通信が悪い模様だけど………。
『復活させますか? ハイ・イイエ』
とりあえず、『イエス』だよね!
ポチッとな。




