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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
10章 武道大会

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283話 灰の街なんだぞっと

 秘奥義『次元転移でんぐり返し』にて、謎空間へとみーちゃんは入り込んだ。奥義の名前は少しだけ盛ったけど、でんぐり返しは最強だからいいよね。


「ここは………どこかな?」


 転がりながら扉を潜ると、浮遊感が襲ってきた。風が逆巻き灰色の髪をバサバサと靡かせて、くしゃくしゃになってしまう。


 頬に強い風圧が感じられて、唇がうにゅうと歪む。


 でんぐり返しをやめて、周りを見ると雲海が目に入ってきた。なにこれ、どこにいるわけ?


「高空?」


 モーモー牛のパジャマがバタバタとはためき、ひやりと冷たい空気が感じられる。


 雲海が眼下に見えるのに、空は真っ暗で星の光一つない。『暗視』ができるゲーム仕様でなければ、まったく見えなかっただろう。


 眼下の雲海は黒雲で形成されており、時折稲光が雲を光らせて、雷鳴が響いてくる。


「えぇぇぇぇ! なんで空に出現するの! ちょっとこれはバグじゃない? バグでしょ! パッチをプリーズっ!」


 悲鳴をあげるみーちゃんは勢いよく雲海へと飛び込む。雲が霧のように体にまとわりつき、放電する雲の中を突き進む。


 電気を含む雲のせいで髪の毛が逆立ち、身体が少し痺れる。


「まずいね、こいっ『ヤールングレイプル』!」


 アイテムボックスを呼び出して、装備変更をしようとするが


『神域の影響を受けます』

『レベルが抑制されました』

『アイテムボックスが使用不可となりました』

『スキルが封印されました』

『魔法が発動不可となりました』


「ひょーえー」


 頬に手を当てて、ムンクなみーちゃんになる。マジかよ、ほとんど全部の力を封印されちゃったよ。


「まずい! 飛び込む前に装備を変更しておくべきだった!」

 

 焦っていたから、パジャマで来ちゃったよ! ホルスタインのパジャマだよ。尻尾もついてて可愛らしいモーモー牛さんのキグルミ型パジャマだよ!


「こ、これはまずぅぅぅぅぃぃ!」


 雲海を物凄い勢いで通り抜けると、地上が目に入ってくる。


 びゅうびゅうと風が吹き荒れる中で、四肢を広げて落下しながら、迫る地上を観察する。


「雪? なんか色合いが変だけど……。それにこの荒れようはいったい?」


 地上は廃墟であった。石造りの家屋が建ち並ぶが、そのほとんどは雪らしきものが降り積もり、その姿は見えない。


 しかも屋根が吹き飛び半壊していたり、真っ黒焦げになって壁しか残っていない物も多い。


 奥にはパルテノン神殿のような建物があり、女神らしき像が正面に設置されていた。 


 恐らくは元はかなり大きな街だったのではなかろうか。


 だが、それどころではないと気を取り直す。


「そ、そろそろ地上だぁぁぁ!」


 身体が寒さで震えて、自分の力がかなり制限されているのを感じる。このままでは、みーちゃんはぺしゃんこになっちゃう。


「くぅ、本気になるしかないっ!」


 ヒュウと息を吸い込み、目つきを鋭く変えて、両手を前につき出す。神域とやらの影響で制限されている自らのなけなしの魔法の力を身体に巡らせて、気合を入れる。


「とやぁぁぁ!」


 目の前に地面が迫ってきたので、身体を前に出す。


「ゲームスキルが封印されても、みーちゃんにはこの技があるっ!」


『でんぐり返し』


 地面に触れる寸前で両手をついて、前に身体を押し出してコロリンと転がった。


 音速で落下していたみーちゃんは、その落下エネルギーをでんぐり返しのエネルギーに変換。まるでタイヤのように転がっていった。


 コロコロと転がり、家屋を突き破って柱を打ち壊し、元は噴水だったろう跡地に飛び込んでいく。その姿はまるでボーリングのボールの如し。


 ドカンドカンと轟音をたてて、ようやく止まり、積雪がブワッと空へと舞い上がるのであった。


「いつつ……でも、でんぐり返しを鍛えていて良かったよ」


 瓦礫の中から小さい手を突き出して、みーちゃんはよろよろと這い上がる。


 ちょっと痛かったけど、でんぐり返しでの受け身は成功したらしい。さすがはでんぐり返し。万能の技だよね。


「ととっ?」


 身体がふらりと揺れて、激痛が走る。どうやらちょっとどころの痛さではない。久しぶりに感じる大きな痛みだ。


「力の封印により、痛覚も感じるようになっているのか………完璧なでんぐり返しにはまだ程遠いね」


 肩を押さえて、よろよろと歩き出す。どうやらでんぐり返しの道は遠いようだ。


 自分に手を翳して回復させようとするが、何も起こらない。


「回復魔法も使えないと」


 何度回復魔法を使おうとしても、魔法が反応しない。やはりスキルも魔法も封印されてしまったようだ。


 ため息をつきつつ、身体についた雪を摘んでみる。


「ん? これは雪じゃなくて灰?」


 感触が変だと思って指で擦ると、真っ黒になってしまう。よくよく見ると灰色だったので変だと思っていたら、灰だった。


「これ全部灰? 灰の山?」


 周りに積もる物は雪ではなく灰かよ。半壊した街並みは大雪が積もったかのように真っ白だ。これが全て灰だとすれば大火事でもあったのだろうか?


「なんか古臭い建物群だよね。なにここ? 古代の街並み?」


 石造りの家屋は全て豆腐のように四角い。大小は違う物のほとんどは同じ建物だ。


「こんなところに玉藻ちゃんたちがいるのかなぁ」


 灰の積もる道を困惑の表情で歩き出す。小さな足跡が灰の中に残る。


「玉藻ちゃーん、春くーん。おじさん、おばさーん」


 大声で叫びながら人気のない街を進む。吐く息は白く、ここがかなりの寒さであることを教えてくれる。


 静寂が支配し、一歩進むごとに舞い上がる灰がみーちゃんの身体に降り注ぐ。


「誰かいませんか〜?」


 ここは神域とやらじゃないの? 誰もいないように見えるけど。


 空を見上げると黒雲が消えることなく存在し、光はまったく差すことがない。


「鷹野美羽でーす。最近売出し中のモブなみーちゃんでーす」


 誰もいないの〜と、困り顔になっちゃうが、壊れた家屋の陰になにかが見えた。


「人影? ようやく村人Aさん、発見かな?」


 ぽてぽてと歩いて、人影が見えた家屋を覗く。


 天井は崩れて、灰の積もるテーブルに瓦礫が落ちている。暖炉があり人がその前にゆらゆらと立っていた。薄汚れたトーガを着込んだやはり古臭いファッションのおじさんだ。


 …………なんか、嫌な予感がするよ? 物凄い嫌な予感がするよ?


「すみませーん、ここらへんで狐っ娘を見なかったですか? それか子狐を頭に乗せた女の子」


 勇気を出して声をかける。結果はわかっているけど様式美というやつだ。


「あぁ………ウァァ」


 うめき声をあげて、ゆっくりと振り返るおじさん。その顔を見て、恐怖よりも嘆息しちゃう。


「ニク……ニクノニオイ……ヴゥァ」


 おじさんはみーちゃんへと手を掲げて、意外としっかりとした足取りで歩いてくる。


 その顔は半分崩れており、白目がギョロリと睨んでくる。腐った筋肉組織が見えて、唇がなく剥き出しの歯茎を覗かせていた。トーガは薄汚れているが、血の跡もなく意外に綺麗だ。


「やっぱりゾンビかよ!」


 舌打ちをして、掴みかかってくるゾンビへと構えて迎え撃つ。


「ヴゥァ」


 みーちゃんを捕まえようと、手をつき出すゾンビを前に、一歩横に踏み出して躱す。


「てい」


 膝へと横から鋭い蹴りを入れると、バキリと音がしてゾンビは跪く。頭がみーちゃんと同じ高さになったのを見て、容赦なく回転蹴りを叩き込む。


 ゾンビは吹き飛び、バウンドして床に叩きつけられると身体を痙攣させて動かなくなった。


「なにこれ、ゾンビの街? ……なにこれ?」


 倒したゾンビが砂のように崩れさり、蛍の光のような光球が空へと飛んでいった。そして、10センチ程度の黄金の糸も宙に浮いていた。


 指先で黄金の糸を絡め取り、パクリと食べてみる。


「甘い……。これ、運命の糸とかなんとかだ」


 エリザベートを助けた時に見た糸だ。なぜ、ゾンビが持っているわけ?


「っとと、考えている暇はなさそうだね」


 さっきまではシンとしており、人気がまったくなかったのに、ざわりと多数の気配を感じて身構える。


「ニク……ニクヲクレ」

「チカラチカラダ」

「ワタシニモソノチカラヲ」


 崩れた瓦礫から、壊れた壁の陰から、灰の降り積もる天井から、多くのゾンビたちが姿を現した。


 皆、身体は腐っており悲惨なものだ。うめき声をあげてみーちゃんへと襲いかかってくる。


 周りは埋め尽くすように包囲されており、見渡す限りゾンビだらけだ。いったいどこに隠れていたんだよ、こいつら。


「ヨコセ」


 一体のゾンビが先陣をきって迫ってくる。


「そうはいかないよ!」


 腰を屈めて這うようにすると、ゾンビの懐に入り込み足払いを繰り出す。足を刈られて倒れ込むゾンビを横にすり抜けると、倒れた頭へと容赦なくストンプをして砕く。


 次のゾンビには素早く踏み込み、掌底を鳩尾に食らわす。衝撃波がゾンビの身体を駆け巡り、糸の切れた人形のように倒れ込む。

 

「アァァァ」


 意外と脚の速いゾンビたちが不気味なるうめき声を合唱して、周りから一斉に襲いかかってくる。


「シッ」


 タンと床を蹴り込むと、ふわりと空中に浮き回転して、爪先をゾンビの首元に叩き込む。


 ゴキリと首の骨が折れる音がして、ゾンビは力をなくし倒れ込む。戦果を確認せずに、空から蜂が針を刺すように連続して次々とゾンビの首骨を蹴り砕く。


「ごめんね! 多くの力は封印されたけど一つだけ封印されていないものがあるんだ!」


 ゾンビの頭を踏み台に、駆け抜けるみーちゃんはニヤリと猛禽のような凶暴な笑みを浮かべて言う。


「ジョブの熟練度は封印されていないんだ。だからレベルが低くても戦えるんだよ」


 くるりと身体を丸めて、回転の勢いを増して、槍のような鋭い蹴りを次々と繰り出してゾンビたちを倒していく。


「オレノオレノ」


 比較的腐っていない人の面影を見せる男が他のゾンビを踏み台に飛び上がってきた。


 僅かだが自我が残っているらしい。拳を握りしめて殴りかかってくる。少しは戦闘ができるようだ。ハイゾンビというやつだろうか。


 みーちゃんはゾンビの頭の上に爪先立ちとなり、迫る拳に合わせて手のひらを突き出す。そうして拳をふわりと受け流し、体勢を崩して落下するハイゾンビの頭へと蹴りを振り抜く。


「幸い今の私は武芸百般、万能のジョブについているんだよね」


 猿のように他のハイゾンビたちが飛び上がって、襲い来る。体を柳のように揺らして、両手をゆらりと突き出して繰り出される拳や蹴りを軽やかに捌いてカウンターを叩き込んでいった。


「複合ジョブを3つマスターにするとつける最後の複合ジョブ『勇者』。スキルも魔法も使えなくとも、達人たる技にて全て壊すっ!」


 人間の最強ジョブについたみーちゃんはニヤリと好戦的な笑みを浮かべて、周りに蠢くゾンビたちへと告げるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] もし、この小説がゲーム化したとしたら、パッシブスキルはシステム的にない様ですね。
[良い点] ホルスタインのパジャマとかいう見栄 [一言] すごいハンデ戦になっちゃったな 勇者は魔法も凄いだろうに サブ職は何にしたのかな
[良い点] 痛みは戻ったけど身体自体はゲーム仕様のままのお陰でHP減って痛むけど十全に技を繰り出し続けていられてるみたいですね。 [一言] 勇者の効果で己の心に勇気が宿り、不気味なる敵への恐怖心が薄れ…
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