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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
10章 武道大会

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282話 玉藻ちゃんを探しに行くぞっと

「玉藻ちゃんがどこにもいない! というか、油気家が誰一人いないよ!」


 お布団の上に座って、みーちゃんはとっても焦っていた。この世界に来てからこんなに焦ったのは初めてかもしれない。


 なにしろ朝起きたら、隣で寝ていたはずの玉藻がいなかったからだ。


 最初は早起きだなぁとしか思わなかった。闇夜がみーちゃんの胸に顔を押し付けて、クークーと幸せそうな顔でよだれを垂らして寝ていたので、みーちゃんも二度寝をしたのだ。


 様子が変だと気づいたのは、そろそろ朝ですよと起こしに来たニムエのセリフからだった。


 玉藻ちゃんは朝ご飯食べに行っちゃったのと聞いたら、訝しげな顔になり誰も部屋から出てはいないと答えたのである。


 ニムエの水魔法は探知にも使える。大きな水分の塊と人間を判断する、警戒用の結界を張っていたのである。


 ニムエの魔法だけではない。この旅館はマツの符がそこらじゅうに密かに隠されて貼ってあるし、ルグの防衛用魔道具も仕掛けてある。


 軍隊でも簡単には落とせないし、暗殺者は入ることもできない鉄壁の要塞なのだ。


 鷹野家はもちろん、油気家も宿泊していた。帝城家は闇夜を除いて、皇帝と同じホテルだからいないけど。


「春君もいない……。玉藻ちゃんの両親もいないんだよね?」


 異常に気づいて、すぐにニムエに今旅館にいる人間を調べさせたら、油気家だけいなかった。


「はい、ご主人様。どなたも出入りはしておりません」


 ニムエが真剣な表情で答えるので、嘘や勘違いではないらしい。


「そうか………」


 魔法なのだろうけど、どんな魔法を使われたのかさっぱりわからない。わからないということが問題だ。


 ちくしょー、誰が玉藻たちを連れ去ったんだ? 


「みー様。まずいです、決勝トーナメントが始まってしまいます」


 闇夜が困った顔で声を掛けてくる。たしかに魔導鎧を着込んだり、様々な魔道具の準備時間を考えると厳しい時間だ。


「闇夜ちゃん………棄権する?」


 玉藻は時間に間に合わない。苦渋の決断だけど棄権するしかないだろう。


「………いえ、幸い『ダンジョンアタック』は怪我人を考慮して出場選手の名前が載っていれば、レースが始まる前なら参加、不参加が自由です。決勝戦に備えて仲間を温存するパターンも少ないですがあります」


「それは………闇夜ちゃんだけで出場するということ? 次からは迷宮タイプのダンジョンなんでしょ?」


 ソロで戦うということだろうか。かなりの無茶だと言うしかない。


 迷宮タイプは罠があったり、隠れている魔物のレベルも上がっていたりと危険なのだ。


 だが、闇夜は力強く頷くとニコリと微笑み返してきた。


「大丈夫です。決勝戦以外は簡易ダンジョン。罠や魔物もたいしたことはありません。全て斬って突き進みます」


「むぅぅ〜。危険だよ?」


「自分のせいで失格となったと知ったら、玉藻ちゃんは落ち込んでしまいますわ。決勝戦に間に合っていただければ大丈夫です」


 みーちゃんの肩に手を添えて、闇夜は目を合わしてくる。


「みー様が助けに行くのです。私もそれなりの頑張りを見せないといけません」


 その瞳はみーちゃんを信じていると語っている。そんな瞳で見られたら応えない訳にはいかないよね。


「任せて! 1日ずつレースが行われて、決勝戦は5日後だよね。絶対に連れ戻してくるよ!」


 アイスブルーの瞳に強き意思を乗せて、肩に乗せられた闇夜の手をぎゅっと握りしめて宣言する。


「鷹野美羽はお友だちを決して見捨てないからね! どーんと豪華客船に乗るように待ってて!」


「はい! それでは私は行ってまいります。みー様もお気をつけて! 玉藻ちゃんはあの日が来たと説明しておきますね」


 手を振って闇夜が部屋から去っていく。笑顔を浮かべてみーちゃんも手を振って闇夜を見送る。


 完全に闇夜が去っていったのを見て、笑顔を消して真剣な顔へと変えて、思念通信を送る。


「オーディーン。緊急事態発生。急いで来てくれる?」


『む? ………わかった、すぐに向かおう』


 理由を聞かずにオーディーンはすぐに通信を閉じた。さすがはオーディーン。察しが良い。


「フリッグ、フレイヤ、緊急事態が発生したから、喫茶店で待機してくれる?」


『あら? ふむ……了解よ、お嬢様』


『わ、わかりました。すぐに』


 みーちゃんの顔を見て、二人とも何も聞かずに了承してくれる。


 喫茶店とは、大会に備えて密かに作った隠れ家のことだ。二人にはそこで待機してもらうことにして、ニムエにも指示を出す。


「ニムエ、蘭子さんには玉藻ちゃんは決勝戦に合わせて、油気家伝来の秘密の奥義を習得しに行ったと言っておいて」


 秘密特訓とか、実に小説らしい展開だよね。それで誤魔化そうと思う。


「私も回復役としてついて行ったと説明しておいてよ」


「………ご主人様、さすがに変だと思われますよ?」


「これ以外に手はないから、仕方がないんだよ。馬鹿正直に行方不明になったと説明できないしね」


 ふぅと息を吐き、心を落ち着ける。動揺する心が冷静な判断を阻害している。このような時こそ、落ち着いて行動するべきだ。


「変だと思うやつは名前を聞いておいてね。ようちゅーい人物と書いたタイトルが相手に見えるメモ帳を使ってだよ」


「畏まりました、ご主人様。鷹野伯爵の発言を疑う方には丁重にお相手いたします」


 頭を下げて、ニムエが了承する。うんうん、これで問題はないだろう。名前を聞かれても、怯むことなく答える相手は笑顔を見せてあげると良いよ。


「まったく、物騒な話をしているな」


「早かったね、オーディーン」


 ガチャリとドアを開けて、ついさっき連絡したばかりのオーディーンが入ってきたので、少しだけ驚いちゃう。


 いつもどおりウィザードハットに、ボロいマント。白髭を腰まで伸ばしており、頼りになる老魔道士だ。


 みーちゃんの驚く顔を隻眼が射抜くようにじろりと見てくる。


「お嬢が動揺するのは身内の危機だけだからな。『瞬間移動テレポート』で転移してきたのだ」


 そうして部屋を見渡して、布団は敷きっぱなし、掛け布団はぐちゃぐちゃで、モーモー牛のパジャマのままのみーちゃんを見て、軽く嘆息する。


「見る限り、危険な様子はないようだが、話してみよ」


 その言葉に頷いて、みーちゃんは玉藻たちが見つからないことと、まったく異常はなかったことを説明した。


 オーディーンも予想外の内容であったらしく、顔をしかめて唸り声をあげる。


「むぅ………魔法を感知できないとはな。この要塞に入れる者は限られておる。裏切り者がいるというわけでもなさそうだな。………とすると、未知の魔法か?」


「面白そうと言ったら、みーちゃんパンチが炸裂するからね! ヨユーないんだよ」


 今も玉藻たちが危険な目にあってると思うと、じっとできない。早く助けに行かなくちゃ。


「落ち着け、お嬢。このような時に頼れる者がいるであろう。反応するかはわからないが、一か八か試してみよ」


「魔法の神よりも頼りになる人? ……そうか、いたな」


 パチリと指を鳴らして、もっとも頼りになる人を思い出す。すぐに宙を仰いで手を掲げて問いかける。


「システムさん、システムさん、みーちゃんのお願いを聞いてください」


 いつもなら、べんとらーべんとらーと体を揺らして踊るところだが余裕がない。


 頼む。裏技だとはわかっているけど頼みます。


 システムさんなら、知っていると思うんだ。みーちゃんたちが見逃しても、システムさんだけは必ず気づいていると信じてるよ。


 みーちゃんの真剣さに応えてくれたのかはわからないが、宙にピコンと半透明のボードが表示された。


『さぶいべんと:油気家は神域に囚われた。早く助けにいかないと、危険だよ。神域への扉を潜り潜入しよう』


『助けに行きますか? いいえ・NO』


「やった! サブイベントで表示されたよ! ……でも、なにこの選択肢? バグ?」


 瞳を喜びで輝かせてジャンプする。……けど、システムさん、選択肢が間違ってるよ。このイベントに参加できる選択肢がないよね?


「ほう………神域か。なるほどな、ゆえに誰にも気づかれずに拉致できたということか。敵はどうやらある程度の世界改変能力を手に入れたようだな」


「神域だか、聖域だかは知らないけど、行く選択肢がない!」


 横からボードを覗きこんで感心するオーディーンへと焦って言う。


 オーディーンは落ち着いた表情で、白髭をしごきながら答えてくる。


「恐らくはこの神域は儂らにとって死地なのだ。思い出してみよ、お嬢が敵に対して神域を使った時のことを」


 『神域』というと、秘奥義を使うときに景色が変わるあの力のことか。


「おとなしく『疾風迅雷』を受けていたよね。相手は身動き一つとれなかった」


「そうだ。きっと神域の中は儂らが入りこめば弱体化するように設定しているに違いない。だからこそシステムもお嬢に神域に向かってほしくはないのだろう」


「今ここで見逃しても、みーちゃんたちを神域で包むかもしれないよ?」


「無理だな。ナーガラージャのことを思い出せ。神域を作る際に他の神が存在すれば、あっさりと砂上の楼閣のように崩れさる。既に完成している神域に入り込むのとは違うのだ」


 正論だろうことを言ってくるオーディーン。なるほど、たしかに弱まっていなければ、神域に囚われることもないだろう。


「そもそも普通は神域はぽんと作れるものではない。準備に準備を重ねて作り上げたのだ。そして、この神域を作った理由も明らかであろう」


「………みーちゃんを嵌めるためだね。そうか、そうだね」


 フゥと息を吐き、心を落ち着ける。ここでみーちゃんがいなくなったら、かなりまずい。敵の狙いはいくつもあるに違いない。


「油気家がいなくなったら、『ウルハラ』の魔道具製造も滞るかもしれぬが、仕方あるまい。ルグにでも量産技術を研究させれば良い」


 オーディーンの説得にコクリと頷く。危険をとらねば、油気家だけの損失ですむ。対抗策は後で考えれば良い。


「……そんなわけないでしょ! 玉藻ちゃんは必ず助けるの! システムっ! ふざけてないで、このストーリーを受けさせろ!」


 激昂して大声で叫ぶ。利益とか損失とか罠だとか関係ない。玉藻ちゃんは絶対に助けるんだ。


「む?」


 響き渡るように叫ぶと、空間が歪み黄金でできた荘厳なる大扉が現れた。部屋いっぱいに現れた大扉は、髪を振り乱している女神が彫られており、周りの意匠も感動ものだ。


 神秘的な大扉から神域に入れるのだろう。


「ここを潜ればいいんだね! ありがとうシステムさん!」


 明らかに神域に入るための大扉を前に、いざゆかんと足を踏み出そうとする。実に主人公らしい。


 ふんすふんすと鼻息荒く足を踏み出そうとするが、ピタリと足を止めてしまう。


「なにこれ?」


 なんか、その横にもちっこい扉があったのだ。ボロいベニヤ板の扉だ。窓のように小さな扉なので、中には入れるのは、小さい子供くらいだらう。


『モブ専用』


 そして扉にはマジックペンで、嫌なことが書いてあった。


 突くとガランと軋む音がして、壊れそうだ。


「良かったな、お嬢。これで神域に入れるらしいぞ」


 クックと笑いながら、オーディーンがぽんと肩を叩いてきた。


 なるほど? 主人公イベントはとことんないのね。みーちゃんはかっこよい扉を潜り抜けるイベントはなくて、裏方でこっそりと潜入するモブであると。


「ぐぬぬぬ………主人公じゃないと通れないと。良いよっ! 行ってやる〜っ!」


 悔しいけど躊躇うことはない。手を床につけてコロリンとでんぐり返しで扉に突進する。


 あっさりと扉は砕けて、みーちゃんは神域とやらに、コロリンコロリンと転がりながら繋がる空間へと入っていく。


 絶対に早急に必ず玉藻ちゃんを助けるぞ!




「やれやれ………行ったか。今回の罠は二重三重と仕組まれておる。……この扉を守らなければならぬな」


 オーディーンは苦笑をしながら、グングニルを呼び出すと、扉の前に立つのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >システムさんなら、知っている >サブイベントで表示された システムメッセージで自動表示してくれないのか… バックログは実装されていない? それとも非表示設定にしているのかな?
[良い点]  むちゃくちゃあせるみーちゃんさまに玉藻ちゃんの消失がどれほど異常事態なのかが伝わります、何よりチームみーちゃんフルメンバーを強引に緊急招集するとか初めてなんで如何にヤバいのかが画面を越え…
[一言]  モブ専用扉^^;…… まあいいや〜、行ける上等! みー様フレー\(^o^)/いのちだいじに〜お気をつけて〜(/´Д`)っ‼♡!
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