280話 武道大会が始まったんだぞっと
退屈だと思っていた開幕式は、魔法の花火が空に上がり、幻影の花びらが空中を埋め尽くしたり、空をダンサーたちが舞い踊ったりと面白かった。
去年までは、お部屋でママに開幕式見ないのと言われても、つまらないだろうと断っていたので、不覚である。
そういや、前世のオリンピックも開会式は派手だと聞いたことがある。一度も見たことはなかったんだけど見ておけば良かったなぁ。
「鷹野伯爵はどの競技を見るのですか?」
「やはり学校の友人たちでしょう」
「そういえば今年は多くの競技でフリークラスに出場している選手が多いとか」
観覧することになり、丸テーブルは下げられて、ソファと小さなテーブルが並べられ、自由行動となった展望レストラン。
みーちゃんは大人気でたくさんの大人に囲まれています。アップアップと溺れてもいいぐらいだよ。
「私が応援するのは、フリークラス『浮遊板』に出るニニーちゃんとエリザベートちゃん。フリークラス『ダンジョンアタック』に出場する闇夜ちゃんと玉藻ちゃんです!」
四人ともプロ選手と混ざって戦うのだ。魔法の世界ならではの話だよね。マナが多ければ、子供でも大人に勝てる。経験の有無は別としてだけど。
「おいおい、うちの息子も応援してくれよ、鷹野伯爵? フリークラスの『バトルトーナメント』に出るんだからよ」
「同じクラスメイトだからね!」
ガハハと笑い肩を叩いてくる燕楽のおっさん。大丈夫、応援するつもりだよ。身長を測るためにメジャーも持ってきているし。
「神無公爵の息子さんも出場すると聞いてるけどぉ、どうも最近はよい噂を聞かないねぇ」
「あ、鈴ちゃん来たんだ」
「うん、私は『バトルトーナメント』で予選負けしちゃったぁ」
いつの間にか隣に来ていた鈴がのんびりとした口調で言う。なんと早くも負けて帰ってきたらしい。
「わざと負けたにゃんよ。ちょっとはヤル気を見せてほしいにゃぁ」
「お母さんがその話し方を止めれば考えるよぉ」
母娘がやり合うのを見ながら、原作とかなり違ったなぁと思う。たしか鈴は年代別のトーナメントに出て優勝するストーリーだった気がする。
上昇志向の高いガツガツとした山猫のような娘だったのに、今や飼い猫のごとく気ままでのんびり屋さんな少女になっちゃった。
みーちゃんとしては、こっちの方が好きだから、別にいいけどね。
「レース組とダンジョン組はどうかなぁ」
「レース組は決勝以外は短距離レース。ダンジョン組も簡易ダンジョンでの短距離走みたいなものだから、あの四人が負けるわけないよぉ〜」
「まぁ、のんびりと観覧していようや。バングルで壁をモニターに変えるように操作できるぞ」
「はぁい、それじゃ応援しようかな」
燕楽のおっさんの言葉に頷き、ソファにぽふんと座るとバングルを操作する。すぐに見たい種目が壁に映った。
予選レースが始まっているけど………。
「これ、本当にレギュレーションおんなじ?」
「ルグは同じだと言い張っていたな」
ワインをごくごくと飲み続けるオーディーンのおじいちゃんは、微妙な答えを返してきた。
疑問に思ったのは当たり前だ。
予選レースは10kmを走るらしいけど、ニニーとエリザベートが独走していた。
各グループに分かれて10人が走るレースだ。その中で倍ぐらいのスピードを出して、後続のレーサーを置いてけぼりにしながら、水面の上を水しぶきをあげて走っているのだ。
彼女たちの話し声も魔導ドローンにより、まるで側にいるように聞こえてくる。
「ちょっと、あんた! その『浮遊板』は『ウルハラ』製のオンリーワン機じゃないのっ! プライドがないわけ!」
「オーホッホッ。プライドが幾らになるのかしら? ここは瑪瑙家の復興のためにも優勝の二文字しかないのですわっ。貴女こそ同じオンリーワンのカスタム機で私に負けたらどうなるのかしら?」
「な! 待ちなさーい! この天才ニニー様が負けるわけないでしょーが!」
高笑いをするエリザベートと、悔しそうな顔で並走するニニー。残りの選手はどんどん引き離されていく。
どう見てもレギュレーションを守っているように見えないんだけど? というか、エリザベートも『ウルハラ』に注文したのかよ。
「あの者たちの魔法の使い方が上手いのと、ルールの穴をついて製作した結果だな。各パーツを魔石を削って作っておるので、出力が段違いになっているのだろう」
よく見ると板が、黒曜石でも削ったかのような色合いだ。魔石を削って板にしたと。エネルギーの塊みたいな板になっているのだろう。パワフルなのは簡単に想像できちゃうよ。
ルールの穴をついたのか。公式レースだとちょびっと罪悪感が湧いちゃうよ。
「これはルールを新たにしなければならぬな。まさかそこまでの職人がいるとは思わなかった」
独走する二人を見て、王牙が苦笑混じりに言うと、ニコニコと笑顔で聖奈がオーディーンのおじいちゃんに話しかける。
「魔石でパーツを作ると、大魔道士様は簡単におっしゃいますが、普通は砕いてしまうか、削っても思い通りのパーツにはならないんです。ルグ様とおっしゃる方は大魔道士様のお弟子さんなんですよね?」
「不肖の弟子と言う奴だな」
「大魔道士様のお弟子は皆優れていますね。今度皆さんと食事でもできればと希望します」
信長君が爽やかな笑顔を浮かべるけど、宮仕えは誰もしないから諦めてね。引き抜きはご法度です。
「これは本戦をするまでもなく、優勝はどちらかに決まりましたな」
小説でもこれだけの独走はなかった。トトカルチョは二人のどちらかに集中だろう。
まぁ、『ウルハラ』の宣伝と考えれば良いかなと気を取り直して、『ダンジョンアタック』の予選はどうかな?
この『武道大会』。前世のオリンピックと同じなんだ。たくさんの競技を行う大会なんだよね。なぜに『武道大会』と名を冠しているかと言うと、戦国時代の名残らしい。
闇夜たちが出場する『ダンジョンアタック』を選択すると、ちょうど開始するところだったのだろう。
予選会場が映り、闇夜と玉藻の姿が見えた。二人とも魔導鎧を着ており、やる気に満ちた頼もしい表情だ。
闇夜は鴉羽のような艷やかな黒髪にあった漆黒の魔導鎧だ。紅のラインが入った武者鎧に近いシルエットでオーディーンのおじいちゃん監修のルグが製造した最高傑作『夜天』である。
玉藻は白金の魔導鎧を着込んでおり、狐っ娘にあった装甲巫女服といったシルエット。同じくオーディーンのおじいちゃん監修のルグが製造した『九尾』である。
レオタードのような薄手のスーツに装甲をつけているので、紳士諸君は凝視しないように。
最新鋭だけあって、その性能は他の魔導鎧と一線を画す。悪いけど数世代先の性能だよ。物凄い機能が搭載されているんだよ。
「おじいちゃん……。特殊重装甲の魔導鎧にしたんだね」
「諦めろ」
「みーちゃんの魔導鎧も特殊重装甲が」
「諦めろ」
最後までセリフを言わせてくれない。酷いよね。
というか、女の子の成長期ってこれぐらいの年頃なのかな……。
しょんぼりみーちゃんはともあれ、二人の『ダンジョンアタック』は開始される。
「『ダンジョンアタック』は六人で出場できるのに、二人なんだよねぇ」
「二人で充分なんだってさ」
「あのお二人は随分努力をしていますものね。もはや学園の枠を超えているんではないですか?」
鈴が困ったように頬に手を当ててため息をつき、聖奈はニコニコと闇夜たちを褒める。その評価はたぶん正しい。
『帝城闇夜:レベル51』
『油気玉藻:レベル53』
最新鋭の魔導鎧を着込んでいるとはいえ、かなりの強さだ。
スタートした二人は『武道大会』のための小さな管理ダンジョンへと入っていく。
『霧のダンジョン』が無い今は、魔道ドローンによる撮影もできるために、リアルタイムで応援できる。
「3階層の平原ダンジョン。ボス部屋前に用意された宝珠を一番で回収できれば予選は突破です」
「フレー、フレー、闇夜ちゃん、頑張れ頑張れ玉藻ちゃん!」
両手を振って応援だ。見えなくても気持ちは届くと信じてるよ。
草原の広がる単なる平原のダンジョン。見通しの良い草原を疾風のような速さで駆け抜ける二人。
「ダイヤウルフがこのダンジョンの魔物らしいですね。他はホーンラビットやアースドラゴン。お二人の速さならついていけるのはダイヤウルフだけだと思います」
「ウサギともぐらでは追いつけないもんね。でも他の人たちも駆け抜けるんじゃないかな?」
パンフレットを読みながら聖奈が教えてくれる。他のパーティーも同じ作戦を取るんじゃないかと考えたけど……。
「六人パーティーは、斥候に先導させているようですよ。慎重なのか、二人が無謀なのかどうだと思いますか?」
「たとえ不意打ちでも、二人は負けないよ。慎重でも無謀でもなく、当たり前の行動だね」
草原と言っても、腰まで草は伸びている。見通しは悪く四足の獣型魔物有利の地形だ。だが画面に映る二人は速度を落とさない。
草原を掻き分けて、道を作りながら進む二人だが、草むらから5匹の狼が口を開いて飛び出してくる。
ダイヤウルフだ。虎のような体躯を持ち、その凶暴な牙は、噛みつかれれば魔法障壁を貫くほどだ。
「グルォォォ」
よだれを撒き散らし、襲いかかるダイヤウルフを前に、闇夜は冷静に愛刀『夜天』に手を添える。
「無駄です」
『破断一閃』
眼前に迫るダイヤウルフに、踏み込みと同時に刀を抜いた。光の一閃が空間に奔り、5匹のダイヤウルフを通り過ぎる。
チンと音を立てて、刀を鞘に納める闇夜。
ダイヤウルフたちは空中でズルリと身体をずらすと、その身体を奇麗に分断されて、鮮血を流して地面へと落ちていった。
しかし、最初のダイヤウルフたちは囮だったのだろう。新たに5匹のダイヤウルフが草むらから飛び出してきた。
動物ではなく魔物であるダイヤウルフたちは仲間が倒されても気にしないのだ。
「にっしっし。駄目駄目〜!」
『妖炎葉』
闇夜の前に玉藻が出ると、黄金の扇をひらりひらりと扇ぐ。
炎の形をした木の葉が濁流のように扇から吹き出すと、ダイヤウルフたちに迫る。
驚くことに、炎で形成されている木の葉はダイヤウルフに張り付くと一際激しく燃えだす。
ダイヤウルフたちは地面に転がり、張り付いた炎の木の葉を剥がそうとするが、どんなに地面に身体を擦りつけても剥がれることなく、その身体は燃やされるのであった。
おぉ、と見ていた人たちは驚きの声をあげる。
「見ましたか、あのマナの滑らかな流れを」
「あのマナの量も信じられないほど大きい」
「噂には聞いておりましたが、あそこまで強いとは」
どうやらダイヤウルフたちはそこそこの強さらしく、簡単には倒せないようだ。草むらに隠れながら戦闘をする魔物だから、苦戦必至らしい。
それをあっさりと倒して、気にすることなく二人は駆けてゆく。
どうやら私の親友は優勝間違いなしだねと、優しい笑みを浮かべるみーちゃんだった。
二人はその後も順調で、他の選手など相手にせずに、圧倒的な速さで宝珠を手に入れるのであった。




