279話 開幕式は退屈そうだよねっと
結構騒がしい。高位貴族たちだから静かにご飯を食べるかと思いきや、食べるよりもお喋りのほうが重要な模様。
前世での会社の飲み会と一緒だね。誰も料理には手を付けることなく、お酒を飲んでお喋りをするんだ。松茸の炭火焼きとか、和牛ステーキやデザートのメロンが一口も食べられていない様子に内心涙した経験があるよ。
みーちゃんはお料理を楽しむもんね。オーディーンのおじいちゃんはワインオンリーなんで、二人分食べてあげよう。
子供には高過ぎる椅子で、パタパタと足を振ってワクワクみーちゃんは運ばれてくる料理を待つ。
「美羽嬢はここの料理は初めてかな」
厳しい顔立ちだが、反して穏やかな表情で王牙が話しかけてくる。
「はい、このお祭りの時はいつもテレビ前で応援してました!」
屋台村に行きたーいとおねだりしたけど、連れて行ってくれなかったのだ。パパは出席していたけど、空と舞もいるし、家族揃っての遠出は無理だったんだよね。その前は平民だったし、ここに来る機会はなかった。
日本一人出の多いこのお祭りに連れて行ったら、確実に迷子になると言われてたんだ。酷いよね、おとなしいみーちゃんなのに。
「ここの料理は楽しいものだ。よく味わうが良い」
「はぁい、楽しみます!」
美味しいと言うのではなく、楽しいと表現する王牙に笑顔で応える。
「ガハハハ、そのとおりだな。36家門の当主たち全員が集まるなんざ新年会やこの武道大会ぐらいだ。楽しいぜ?」
「そうにゃん。それにしても鷹野伯爵は帝城侯爵と仲が良いのですね」
「うん! 帝城侯爵は私の恩人ですからね! 闇夜ちゃんは親友だし、ましろんとも仲が良いです」
燕楽がニヤリと笑うと、琥珀母が帝城家との仲を確認してくる。元気いっぱいにみーちゃんが答えると、満足そうに皇帝が頷く。
帝城家は皇帝の懐刀にして、一番忠誠心が厚い。その帝城家と仲の良い鷹野家も皇帝派であるとのアピールだ。
「みーちゃんと私も親友ですよね?」
「うん、せーちゃんとも親友だよ!」
ニコリと微笑み、聖奈が仲の良さで後押ししてくる。皇帝と一緒の丸テーブルに座るだけの理由はあるんだよね。
「失礼致します。カリコランのアミューズでございます」
ウェイターが音を立てずに淀みない動きでお皿をテーブルの上に置く。なにやらカブにオレンジ色のソースがかかっている。
カリコラン? なにそれ? 周りを見るとオーディーンのおじいちゃん以外は、普通に食べ始めている。
なので、みーちゃんもとりあえず平然とした顔で食べる。大丈夫、カトラリーの使い方は学んできた。礼儀作法は完璧だ。
「すみません、お箸をください」
小さなおててをあげて、ウェイターにお願いする。
これで他の貴族たちに侮られたり、文句をつけられる恐れはない。策士みーちゃんここにあり。
お箸を受け取り、モキュモキュと食べる。コリコリとしたカブ漬けみたいな、でも大根のように水気があり、カリフラワーのような淡白な味……謎の食材パート2。
「トリトナトンと火炎牡蠣のロール、キャビア乗せでございます」
ぼうぼうと燃えているロールが出されました。ちょいちょいとお箸でつつくと炎は消えちゃった。
美味しい。熱々というか、アチアチで火傷しそうな程に熱いけど美味しい。これもしかして身体強化のできる魔法使い専用の料理じゃない? 平民が食べたら確実に火傷しそう。
魔法のある世界をまだまだ甘く見ていたよ。料理すら魔法使いと平民で差があるなんてね。
「今日は芳烈は出席しないのかな?」
皇帝がみーちゃんへと声をかけるので頷く。
「パパたちはのんびりとお祭りを楽しんでます。みーちゃんだけが出席しました!」
こんな危険なところに出席させるわけないでしょ。36家門が集まって何事もないなんてあるか? いや、ない。
原作での武道大会の内容は覚えている。そこではたいしたイベントはなかった。せいぜいシンが優勝して人々に本格的に認められて、ちょっとした悪人を倒すだけだ。
だが原作に頼るつもりはない。恐らくはなにかがあるに違いないからね。みーちゃんが悪人ならこんなチャンスは逃さないよ。
「この武道大会は最高レベルの警備をしている。芳烈も家族で楽しめるだろう。なぁ、王牙?」
「そのとおりです、陛下。ここには凄腕の武士たちを配備しております」
フラグを立てるおっさんたちである。みーちゃんが警備に不安を持っていると遠回しに言われたと思っているんだろう。
最高の警備でも行動を起こす人間はいるんだよ。既に3人処理しているしね。
じゃあ大会の期間内に連れてきますねとは口が裂けても言うつもりはない。パクパクお料理を食べるみーちゃんに、答えるつもりはないのだろうと悟り苦笑する皇帝。
引き続き食べていると、燕楽のおっさんが楽しげに懐から小さな御守りを取り出してテーブルに置く。
「そういや、いつもはこの炎天下の中だと熱中症で倒れる人がいるんだが、今回は大丈夫のようじゃねぇか?」
御守りを見せつける燕楽。その御守には見覚えがあるよ。
「魔紙を素材にした『冷気付与』の御守りだね! 暑い中でも、強い陽射しを冷気で遮断、御守りを持つ人は快適に過ごせる効果だよ。効果は二日間で、定価千円です!」
「油気家とドルイドたちが協力して作った物にゃんね。こういった日用品を作る技術では『猫の子猫』は油気家に一歩負けているにゃーよ」
「琵琶湖にある国家管理の『霧のダンジョン』が、『氷のダンジョン』に変わったが、氷の素材は随分と質が良いようだ。素材の売上も上々で余も助かっておる」
琥珀母が油気を褒めて、皇帝は嬉しそうに口元を緩める。随分懐が暖かくなっている模様。
「陛下の仰るとおりです。『氷のダンジョン』は複層のダンジョンですが見晴らしも良いただの広場。しかも出現するのは多様な種類ですが全てポヨポヨ、良い狩場となっています」
信長君がにこやかな笑みを浮かべて追従すると、燕楽のおっさんも御守りを手に持ち羨ましげにする。
「高品質の氷の魔石なら、完全な『保存付与』ができますからな。しかも格安ときた」
「うむ、『氷のダンジョン』へと変わって、武道大会の目玉はなくなったが、余が知る中でも屈指の狩場となった」
不幸な事故で崩壊した『霧のダンジョン』。氷で形成された大穴になったんだけど、不思議なことにミルフィーユみたいに階層が出来上がり、ポヨポヨたちがポップするダンジョンになったのだ。
平均レベル5から10の各種ポヨポヨたちがドロップする魔石は通常よりレベル5も高いなぜか全て高品質の魔石。
今や冒険者たちや一般人に大人気。満員御礼笹もってこい状態。それら魔石を購入して、魔道具をせっせと作っているのが、油気家とドルイドたち。
ちょうど日用品の魔道具として使いやすい魔石だから大量に購入して製造している。かなりの利益を油気は上げていた。
もちろんドルイドたちが所属している『ウルハラ』コーポレーションも儲けてます。
「ドルイドたちは技術はあるが、量産する技術はない。油気家の量産する技術がないと宝の持ち腐れだっただろうね」
ホーンベアカウのステーキを頰張っていると、後ろから刺々しい声がかけられるので振り向く。
「龍水公爵。もうステーキ食べちゃったんですか?」
「年寄にステーキは厳しくてね。シェフには悪いが手を付けてはいないよ」
「お箸で千切れる柔らかさだよ」
ほらほらと、シャピニオンホーンベアカウステーキをお箸で切るとパクリと食べちゃう。
「ふ、若いってのは羨ましいよ」
後ろに立っているのは龍水公爵だった。自分の席を離れて、こちらに来たらしい。
「なんの用だ、龍水公爵?」
皇帝がギラリと眼光を見せる。殺気すら籠もったその視線を気にせずに、肩を竦めておばあちゃんは話を続ける。
「なに、最近は変な噂が広がっているようだから、誤解を解かなくちゃいけないと思っただけだよ」
「噂話が真実かはすぐに判明するはずだ。それまではおとなしくしているが良かろう」
「そうだね、すぐに判明するはずさ。あまり欲張ると高転びをすることになるよ、鷹野伯爵」
皇帝との話をしながら、みーちゃんに顔を向けてくるおばあちゃん。以前に会った時よりも、少し皺が増えたかな?
「大丈夫! 私はでんぐり返しが得意なんだよ。どんなに高い所からでも、でんぐり返し着地を見せちゃうからね」
「なら安心だね。それじゃあたしも武道大会を楽しみたいから、ここで席を外すよ」
何か含みがありそうな口振りで、片手をあげると颯爽と龍水公爵は去っていった。
ふむ………どういう意味だ? 皇帝に疑われているから、少しでもイメージを良くしようとした?
そうなのだ。龍水公爵が皇帝の信任を失ったのは、神無公爵と組んでいるかもしれないという噂を皇帝が耳にしたからだ。
まぁ、みーちゃんが流したんだけどね。
弦神長政の裏切りに合わせた近衛兵の離反。聖奈の行動がバレており、伏兵に待ち受けられた事件。
神無家では、近衛兵にコンタクトを取ることはできない。他に協力者がいるのではと、みーちゃんは推測したのだ。
だって、原作を読んでも疑問となる突如として現れる魔物使いや、兵士に偽装した『ニーズヘッグ』、なぜか聖奈の旅行プランがバレていたりと、変なことがたくさんあった。
ご都合主義の小説だからと気にはしなかったけど、現実ならば裏に誰かがいるのは明らかだ。
神無公爵だけの暗躍では無理なことがたくさんあったのだ。
黒幕は名前の聞かない后妃か龍水公爵のどちらかだとは思っていたので、とりあえず龍水公爵の噂を流しました。
証拠なんかなかったからね。反応がなかったら、悪いけど后妃の噂を流すつもりだったよ。
どちらが敵かわからない時は、とりあえず二人とも殴るのは基本だよね。鷹野家に攻撃を仕掛けてくる切羽詰まった状況なんだから仕方ないのだ。
薄々気になってはいたらしい。皇帝は龍水公爵と距離を取り、あの反応では黒に近いグレーな感じ。
数年間を潜伏しているあのおっさんが証拠を握ることができると良いんだけどなぁ。
「さて、では余はそろそろ開幕式の宣言をするとしよう」
龍水公爵を一瞥して皇帝が立ち上がると、壁がウィーンと開いて、外へと床が伸びて、あっという間にバルコニーへと変わった。
雲がかかってもおかしくない高さなのに、平気な顔でバルコニーに立つ皇帝。高空なのに気圧の変化もなく、突風がレストランに入ることもないのは魔法の力だろう。
空中にホログラムで、堂々たる皇帝の姿が映し出される。
「皆の者、準備はできただろうか?」
まさしく支配者に相応しい荘厳な様子を見せて、皇帝の声が響き渡る。そうして人々が空を仰ぐ中で、開幕宣言が行われるのであった。




