278話 珍味魍魎なんだぞっと
展望レストランに入ると、既に多くの人々が集まっていた。一流ホテルにふさわしくシャンデリアから絨毯まで凝っており綺羅びやかな内装だ。
だが、それ以上に素晴らしいのは壁がガラス張りであり、外の様子を一望できるところだ。
外界の人々はもちろんのこと、琵琶湖も対岸まで見ることができて、遠くの山脈が美しい風景だった。
「はぁ〜。すごーい」
ぽてぽてと歩いて壁にへばりつく。凄い凄い、写真を撮ってパパたちに見せようかな。
壁に触るとガラスの感触ではないことに気づく。どうやら魔法強化された壁らしい。『透明化』の魔法付与をされているんだろうね。
ここはVIPが集まるから、外からの防御は完璧ということか。神無家はここらへんの経営はしっかりとしているんだよなぁ。
「あの……鷹野伯爵。こ、こちらへ来ていただけると助かるのですが」
「ちょっと待ってね。一枚撮影しておくから」
スマフォを取り出して、パシャパシャ撮影する。うーん、この角度が良いかな? いや、やはりこっちかな?
ちょろちょろと歩き回り、良い角度で撮影しようとするみーちゃん。ちょっとニムエ肩車して?
最高の一枚を撮影しようと頑張るみーちゃんに、支配人がオロオロとしている。一流ホテルの支配人はどんなことがあっても動揺しちゃ駄目だと思うよ?
「鷹野伯爵。皆が見ているから、そろそろこちらに来てくれないかな?」
肩車みーちゃんが壁に沿って、撮影していると声がかけられる。振り向くと信長君が困り顔で立っていた。
虹色のカラフルな髪、涼やかな笑みが似合う少し中性的な皇太子は腰に手を当てて苦笑いを浮かべている。
「こんな展望レストランに来たのは初めてだったのでごめんなさい」
展望レストランをよく見ると、白いテーブルクロスがかけられた大きめの丸テーブルがいくつも置かれており、数人のグループに分かれて多くの人々が座っていた。
皆がみーちゃんを見てくるので人気者は辛いよね。
「展望レストランが気に入りましたら今度一緒に食事をしましょうか。ここよりも景色の良い場所を知っているんです」
卒ない所作でにこやかに信長君が笑みを浮かべて、手を差し出してくる。どうやらエスコートをしてくれるようだ。
「申し訳ありません。私はいつも仕事が忙しくて、お断りさせていただきます」
ニムエが頭を下げて、バッサリと断る。信長君が顔を引きつらせているので、さすがに哀れに思いニムエの肩から降りて手をとってあげた。
「それではご案内致します、お姫様」
「ありがとうございます、皇太子様」
ホッとした顔で、信長君はおどけてエスコートをしてくれたので、お姫様のようにしずしずと進む。これで皆はみーちゃんをおとなしい箱入り娘だと思うだろう。
丸テーブルの間をてくてくと進むと、人々の非難、嫉妬、羨望、嘲り、尊敬と様々な感情を含んでいるだろう視線が集中する。
それぞれ、大きなマナを内包した凄腕の魔法使いだ。マナが見えないみーちゃんには、他の人と変わらないけど。
単なる豪奢な服装をしているお金持ちという感じ。
大きなマナを内包していると思う理由は簡単だ。今日からしばらくは展望レストランには36家門と特別に招待された者しか入れないからである。
即ち、36家門全員集合というわけ。
展望レストランは吹き抜けとなっており、中央奥に階段が設置されて一際床が高くなっている。その中心に設置されている丸テーブルへとみーちゃんは案内された。
「まったくそなたの行動はいつも余の考えを超えてくる」
丸テーブルに座る男が面白そうに口元を緩めながら声をかけてくる。
男を前にカーテシーを行い、みーちゃんは挨拶をする。
「偉大なる皇帝陛下に挨拶を致します。急いで来たのですが、私が一番遅かったようですね」
「気にすることはない鷹野伯爵。まだ開幕式は行われておらず、子供にはこのお祭りは魅力的だろうからな」
鋭い目つきで、油断のならない頭を持ち、カリスマ性の高いおっさん弦神刀弥皇帝陛下である。
試すなよと口パクで伝えてくるが、なんのことやらさっぱりわからないや。ただ敵意を見せてくる人は要チェックにしておこうかな。
他にも嘲りを見せる人とか、楽しそうに笑う人とか、たくさん色々な顔を見られて良かったよ。
丸テーブルには皇帝、信長、聖奈、空き椅子、オーディーンのおじいちゃん、琥珀母、粟国燕楽、帝城王牙とぐるりと座っている。
「みーちゃん、私の隣が空いてますよ」
「うん、ありがとうせーちゃん!」
空き椅子を指し示す聖奈に、ニコニコと笑顔で近づくとぽすんと座る。キラキラと銀髪が輝き、その微笑みも可愛らしくて聖奈は元気いっぱいだね。
「ガハハハ、良い風景は撮影できたか、鷹野伯爵?」
「うん! とっても良い風景が撮影できたから、パパたちに見せるんだ!」
燕楽が豪快に笑って尋ねてくるので、エヘヘとはにかむように微笑み、くねくねと身体を嬉しさで揺らしながらコクリと頷く。
「ふふっ、どんな風景が撮れたのか、興味深いにゃんね」
クスクスと笑う琥珀母。深い意味はないよ。みーちゃんは良い子だからね。
この席順には意味があるようだ。ちらりと周りを窺うと、一段下の丸テーブルの席に他の貴族たちは座っている。
中心にいる皇帝の丸テーブルに座る者たちは信任厚いというアピールだ。
皇帝の席から扇状に丸テーブルは設置されている。瑪瑙ロビンは一番離れた場所に。神無公爵は皇帝のすぐそばの右隣の丸テーブルの席だ。
「龍水公爵にも挨拶をしようかな?」
そして、同じく龍水公爵は皇帝の左側の丸テーブルの席だ。
「義理堅いな、鷹野伯爵は。よろしい、許そうではないか」
「そんじゃ、挨拶をしまーす」
皇帝がクックと面白そうに含み笑いをする。実に演技っぽいよ。
みーちゃんは素直な良い子だから、ニパッと無邪気な笑顔で手を振りご挨拶だ。
「久しぶりですね、龍水公爵! 元気でしたか? みーちゃんはとっても元気です」
みーちゃんを見ていた龍水おばあちゃんは、笑顔につられてニヤリとまさしく龍といってよい凄みのある笑みを見せてくれる。
「元気なようで何よりだよ、鷹野伯爵。若い子がいると華やかでいいね」
「えへへ、ありがとうございます! みーちゃん中学一年生です。誰かが怪我をしたら回復頑張るよ!」
要約すると、36家門の子供なら『武道大会』に出場するから、ここにはいないだろという意味かな? 聖奈は皇族だから忖度されないように出場できないから、例外。『武道大会』に出場できないみーちゃんは珍しいと。
回復魔法使いだから、みーちゃんは出場をしなかったのだと答えておく。デコピンで相手を粉砕するから『浮遊板』以外は出れないんだもん。
『浮遊板』の選抜はエリザベートとニニーが選ばれたんだ。あの二人の腕前は普通に戦うと数段上だったからね!
お互いに目を合わせて、バチバチと線香花火を散らす。まだジャブだから線香花火で充分だ。
「お嬢、つまらぬことはやめよ」
「はぁい」
オーディーンのおじいちゃんが睨んでくるので、からかうのはやめておく。王牙は表情を変えずに静かに座っているけど、燕楽と琥珀母が薄笑いをして楽しんでいるし、即興劇は終わりにしておこう。
この席順。以前は龍水公爵が皇帝の隣だったんだ。今は一段距離をとらされている。皇帝の心情的には一番離れた僻地に送りたいが、公爵だから仕方ないんだろう。
「ふむ、心温まる親睦であるな。余も臣下の仲が良いのを見るのは気分が良い」
内心でどう考えているかはわからないが、表面上は笑う皇帝。どうやらみーちゃんの情報を少しは信じているようだ。
今は証拠固めの時間に違いない。
「さて、開幕式が始まるまであと二時間。それまでは皆寛ぐが良い。今日は大魔道士殿も出席してくれたので、皆で親睦を深めるがよかろう」
オーディーンのおじいちゃんへと顔を向けて、皇帝は軽く首を縦に振る。仕方なさそうにオーディーンのおじいちゃんは肩をすくめて返す。
皇帝の話が終わり、皆は思い思いに話し始める。武道大会のことを話題にするのは少数で、取引やら噂話やらと実に貴族らしい。
「おじいちゃん、その姿で来たの?」
とりあえず人見知りのみーちゃんは、オーディーンのおじいちゃんに話しかけることにする。皆の目がギラギラとしていて怖いんだもん。
「うむ。儂の一張羅だからな」
「正面扉で警備と揉めたでしょ! 怪我人がいたよ」
「儂を魔法で拘束しようとしたからな。軽く撫でてやっただけだ」
つまらなそうに答えて、ワインを口にするオーディーンのおじいちゃん。プンスコ怒るフリをして抗議しておく。
「おじいちゃんが使うと、最弱の『魔法弾』でも大怪我になるんだけど!」
「お嬢が後から来るから治してもらえと言っておいた。治したのだろう?」
「みーちゃんは優しいからね!」
「どうせそちらも騒ぎを起こしたのだろう?」
「みーちゃんは厳しいからね!」
仲間がやられて、意趣返しするつもりだったのだろう。みーちゃん一行に注意も無く魔道具を使用したからね。
でも警告なく魔道具を使用したことについては許せない。理由などは関係ない。ニムエの行動は正しく、蘭子さんも怒らなかった。もちろんみーちゃんは後で褒めてあげる予定です。
「ならば責められる理由はあるまい?」
「うん、てーぴーおーを考えてくれればね」
でも、ボロいマントを着込み、鍔広のウィザードハットをかぶるホコリまみれのおじいちゃんは止められてもおかしくないんじゃないかなぁ。
「みーちゃんは回復魔法を使ってきたんですか?」
「うん、ちょっぴり怪我をした人たちを治したの」
ちょっぴり死にかけていた人たちを治したんだ。『魔法弾』は体内に重大なダメージを与えていたからね。
「はぁ………みーちゃんのちょっぴりですか」
なぜか聖奈の目が諦めと呆れの顔になるけど、きっとこの宴会が面倒くさいんだろう。それで疲れているんだと思います。
「相変わらず規格外の回復魔法だな! それだけの魔法をポンポンと使って平気なんだからよ」
「ちょっぴりですよ、ちょっぴり」
ちょっぴり吐血して、痙攣し始めたおっさんたちを癒やしただけだよ。
「その話は別に気にしなくて良いだろう。それよりも料理を楽しむが良い」
「はぁい、じゃなくて、はい、皇帝陛下」
何しろ皇帝主催の武道大会前の宴会だ。美味しい料理が食べられるだろう。
これを機会に36家門の皆にも挨拶をしておきたい。珍味魍魎な料理になるだろうよ。ふふふ。




