277話 遂に夏休みなんだぞっと
大勢の観客が琵琶湖の湖畔に集まっていた。
一年に一度のお祭りである『武道大会』だ。この世界は大きなお祭りがたくさんあって、みーちゃんはとっても嬉しいです。
透き通っている水が強い陽射しの下、キラキラと輝く。人々は暑い中を気にせずに笑顔で楽しんでいる。
白い鍔広の帽子をかぶって、白いワンピースを着込み、深淵のお嬢様な鷹野美羽も笑顔で歩いていた。
「凄い人の数だね! 屋台がどこまで続いているかわからないや」
目に入るのは、満員電車のラッシュアワー並みの人混みだ。押し合いへし合いとなりそうだが広い土地なので、辛うじて普通に歩ける。
「そうですね、みー様。いつもは静かで長閑な湖畔なんですよ」
いつもはなにもない空き地なのだろうが、今日から二週間はお祭りですと、隣を歩く闇夜が笑みを浮かべて教えてくれる。
「武道大会が終わるまで、一緒だね〜。コンちゃんも私も大喜びだよ」
「コンコンッ」
子狐コンちゃんを頭に乗せて、玉藻がニコニコと機嫌が良さそうだ。コンちゃんもモフモフ尻尾を振って、とても可愛らしい。
「………大変。ホクちゃんがナンちゃんと大会に出るって連絡きた」
「野良の大会のようですよ、セイさん。名前は『大食い大会』」
セイちゃんがスマフォを見て、みーちゃんたちに眠そうな目を向けて言う。闇夜がポチポチとスマフォを操作して画面を動画で見せてくれる。ホクちゃんとナンちゃんがコンビでの大会に出ている模様。
「ナンちゃんだけが食べてるよ?」
「二人のどちらが食べても良いルールのようだよ〜。ペースを考えて、食べ進むんだって」
玉藻がルールを教えてくれるが、たしかにナンちゃん有利のルールだ。
「それじゃ優勝は間違いないね」
ホクちゃんはアイスコーヒーを飲みながら、のんびりと応援しているだけだ。スーパーフードファイターナンは巨大な肉まんや、山積みされた茹でトウモロコシ、大皿に盛られた大量の冷やし中華と格闘している。
ブラックホールに吸い込まれるかのように食べ物が消えているので、一人であっという間に食べ終えてしまうに違いない。きっとコンビで出場したのも、二人分食べられるからとかなんだろうなぁ。
「それじゃ、私たちはこれから二人は開幕式だね。セイちゃんはどうするの?」
「……ホテルで寝る。闇夜ちゃんたちの出場の時に応援に来る……」
マイペースなセイちゃんは片手をあげると、フラフラと人混みに消えていった。
「それでは私たちは行ってまいります」
闇夜がキリッとした表情で告げてくる。
「開幕式は退屈そう〜」
頭の上のコンちゃんがへニョリとなってうつ伏せに寝て、玉藻はヨロヨロと闇夜の後に続く。
「いってらっしゃーい。頑張ってね〜」
そして、みーちゃんは手を振って二人を見送るのでした。
人混みの中に去っていくのを見て、ぽつんと一人残って少し寂しい。
「ご主人様、ソフトクリームを買ってきました。バニラ、チョコ、イチゴとあります」
「バニラで」
人込みの中からニムエがひょっこりと現れて、屋台で買ったソフトクリームを手渡してくれる。
受け取った際に耳元でニムエが小声で囁く。
「これで3人目です、ご主人様」
そう伝えてくると、後ろに待機していた蘭子さんにどちらにしますかと聞いて、頭を叩かれていた。
いつもの流れだねと、説教されるニムエを他所に、人込みの中を縫うように、ぽてぽてと歩き始める。
後ろでは人込みで疲れたんだと話しながら、突如として倒れた男を連れていく人たちが見えた。どこかで見たことのある男たちだが気のせいだろう。
それにしても3人目ねぇ……。暗殺にしても舐められたものだよね。みーちゃんは鉄壁の護衛がついているとアピールするチャンスだと思っておくよ。
パパとママも空と舞も鉄壁の護衛がついている。金剛お姉さんパーティーや、マティーニのおっさんたちも家族に回しているし、シーナとサクサーラも密かに護衛をしている。
みーちゃんはニムエがいれば充分だ。それにみーちゃんはそこらの低レベル暗殺者では、傷一つ負わないからね。
「蘭子さん、ニムエ〜。会場に行くよ」
「畏まりました、お嬢様」
「ソフトクリームを食べ終わるまで待っていてください、ご主人様」
食べながらで良いよと会場までまた歩き始める。
そうして到着したのは高層ホテルだ。『神無インペリアルホテル』と大理石に彫られている。
堂々たる見事な建物で、壁面が鏡のように光っている総ガラス張り。ドアボーイが恭しく頭を下げて、ドアを開けてくれるので、軽く会釈をして中に入る。
正面フロアには巨大な噴水が水を吹き出し、涼しい風を送ってくれる。床は全て絨毯が敷かれており、5階まで吹き抜けのフロアの天井には、金銀で作られたシャンデリアが魔道具の力により浮いている。
「ようこそ、鷹野伯爵。展望レストランまでご案内致します」
ほぅほぅと、フクロウみーちゃんがホテルの見事さに感心していると、足早にビシッとスーツを着込んだ支配人がやってきて恭しく頭を下げてきた。
一流ホテルだけあって、その所作は上品なものだ。漫画などでよく見るパターン、偉い人間が訪問して、汗だくで駆け寄ってくる支配人はフィクションだとわかったよ。
「その前に私の師匠が来ているはずですが、わかりますか?」
「はい。大魔道士様なら、既に展望レストランへご案内しております」
「そうですか、それなら良いです。案内をよろしくお願いします」
みーちゃんだって、てぃーぴーおーをそろそろ読むのだ。上品な所作なんか朝飯前だよ。とりあえず口元を扇子で隠して、オホホと笑えばいいんだよね?
先頭を行く支配人の後に続く。ロビーに屯する様々な人たちからの視線を感じる。みーちゃんは有名人になり始めかな。
それとも暗殺者の視線か、判断が難しいところだ。
「展望レストランは最上階の25階となります、鷹野伯爵」
壁が強化ガラスでできており外が一望できるエレベーターに乗りながら支配人が説明をしてくれる。
「ビルの高さにあっていないのでは?」
「当ホテルは高貴な方々が宿泊なさるため、天井は通常のホテルの3倍は高く、部屋自体も広いために階が少なくなっております」
「魔法建築の偉業なんですね」
前世のホテルなら免震構造とかを考慮して、脆そうな高層ビルは建てることはできなかった。楊枝でも魔法を付与すれば鉄よりも固くなるこの世界ならではの建築物だ。
落ち着いた雰囲気の令嬢たるみーちゃんは、上昇するエレベーターの壁にぷにぷにほっぺをむにゅうとつけて外を眺めちゃう。
多くの人々があっという間に豆粒のようになり、ジオラマを見ているような光景へと変わる。
「素晴らしい光景だね! ですね! 広々としたグラウンドがいくつもあるし、屋台が街みたいにずらっと並んでるよ! ですね!」
上品なみーちゃんの所作を見て、支配人はほのぼのと顔を緩ませている。やはり語尾の最後に「ですね」を付けているからだね。
高さにして200メートルは昇っただろうか。高速エレベーターは魔道具の力により気圧の変化もなく、スムーズに止まった。
チンと軽やかな機械音が鳴り、スウッと扉が開く。
目の前には大扉があり、脇に6人の武士が魔導鎧を着て立っていた。みーちゃんたちを見て、耳に手を当ててインカムでなにか通信を始める。
眼鏡をかけた武士がこちらを見てくる。魔道具の眼鏡なのだろう。光のラインが眼鏡のレンズを奔り、魔法陣がレンズ内に描かれていく。
「グァァッ!」
そしてレンズは砕け散り、目を押さえてその男は悲鳴を上げて蹲った。
『冷気針』
カチャンカチャンとレンズの破片が絨毯に落ちていき、他の武士たちが腰に提げた刀に手をかける。
目にも留まらぬ速さで氷の針が眼鏡を貫いたのだ。
「なんのつもりだっ!」
隊長格が激昂して怒鳴ってきたのを、横から滑り込むようにニムエが前に出ると、涼やかな顔でスカートの裾を持ち、頭を軽く下げて挨拶をする。
「ご主人様へ警告なく魔道具を使う武装した者。当たり前の対応をしただけですが、何か?」
「……くっ……」
頭を上げたニムエの眼光に中てられて、隊長らしき者は思わずうめき声を上げて後退ってしまう。
「どうでしょうか。私が魔道具を警告なく、周りに知られることなく使用しても良いという事ならば、常識だと判断し、謝罪の言葉を口にしましょう」
武士たちは殺気立ち、緊迫した空気となり、静かな重き空気へとその場が変わる。
支配人は青褪めてカタカタと震えて、蘭子さんはいつでも戦闘できるように半身を下げて身構える。
蹲り苦しむ武士の声のみが聞こえてきて、誰かが不用意に行動をとれば戦闘が始まってしまうだろう。
このままだと血生臭いことになりそうだと、みーちゃんは嘆息しちゃう。相変わらず護衛に関しては妥協を許さないプロフェッショナルな女性である。
なので、ペチペチと小さな手を叩いて、皆の注目を集める。
「この場合、ニムエが正しい行動だと思います! 昼ご飯を食べる前に戦闘をするつもりかな?」
皆はみーちゃんの余裕の態度を見て、首を傾げて困惑顔になった。
「あの……鷹野伯爵。なぜ昼ご飯前に?」
「一食触発って言うよね! 今の状況はまさにそのとおりだと思います!」
隊長さんが代表で恐る恐る尋ねてくるので、えっへんと胸を張って教えてあげる。頭の良いみーちゃんなんだ。
「……それは一触即発では?」
「さて、ニムエは私の護衛。警告なしに魔道具を使った貴方たちが悪いと思うんです。こちらは謝らないからね!」
なにか言ってきたが、そこは強気にスルーする。こういったやり取りで弱気なところを見せたら駄目なんだ。
鷹野伯爵の護衛は融通が利かず、恐ろしい腕前というところを見せても良いんだよ。
たとえ幻影などを看破する『魔法感知』の魔道具だと知っていても、その行動は変わらないのだ。
「………たしかにそのとおりです。申し訳ありませんでした、鷹野伯爵」
こちらの本気度を知ったのだろう。気の抜けた顔で渋々と頷く隊長さん。良かった、話のわかる人で。
「こちらも過激な止め方をしたのは悪いことをしちゃったけど、どうも敵が多いので困ってるんです。あ、回復しておきますね」
『聖癒』
パアッと光に包まれて、蹲っていた武士の目を回復魔法が癒やす。ヨロヨロと立ち上がり、目が癒やされたことにその武士は安堵して息を吐く。
「それじゃ通過していいですか?」
「あ、いや、お待ちください」
扉を通ろうとすると、隊長さんが押し留めてくる。まだなにかようなのかな?
隊長さんへと顔を向けると、気まずそうにこほんと咳払いをすると
「ドルイドの大魔道士殿にやられた者も、回復していただいてもよろしいでしょうか?」
なるほど、どうやら警告なしに魔道具を使ってきたのは理由があったらしい。
ちょっぴり罪悪感が生まれちゃったよ、オーディーンのおじいちゃんめ。




