276話 ボスのみーちゃんなんだぞっと
「ふむ………嫌がらせ作戦は上手くいっているようだね」
艷やかな灰色髪をハーフアップにして、最高級の宝石すら敵わないアイスブルーの瞳を煌めかせる。
最近は成長したんだよと、小さな手足をパタパタと振り、高位貴族36家門の一つ鷹野家当主となる弱冠中学一年生の美少女鷹野美羽です。
成長したと思うんだ。髪の毛は数センチ伸びたよね。そろそろ重装甲にもなる予定。
みーちゃんは空中に映るホログラム資料を読んで、得意げにふんふんと鼻を鳴らす。
他にも複数のウィンドウが開いており、数人の仲間が映し出されている。
『社長のご指示どおりにうまくいっておりますね、はい。現在孤島『ユグドラシル』は物資不足に悩まされております、はい』
『ヤシブの報告どおり、現在は魔導鎧のメンテナンスもできず、魔道具の製作も不可能となっていると思われます、閣下』
痩身の平凡そうな男に見えるヤシブが額をハンカチで拭きつつ、報告してくる。その隣のウィンドウに映る英霊たちのリーダー、強面の軍人に見えるエウノーが正確な数値を出してくれた。
「魔法鉱石、宝石などは止められていると。流れている物資も以前の1割を切っている。うんうん、よーやく『ユグドラシル』が弱体化してきたかなぁ?」
自室のふかふかソファに座り、脚を組んでみーちゃんは満足げだ。
鷲津家の海運を手に入れてから、『ユグドラシル』に地味な嫌がらせをしてきた。
最初は少しだけ魔道具関連の物資を差し止めて、フェリー便を減らす。そうして少しずつ減らしていき、敵が気づいた頃には物資が枯渇する状況にしたわけ。
人工島だからこそ、定期便がないことを逆手に取ったのだ。
今までのフェリー便は、教祖スカジによる癒やしの力で回復させた政治家たちへの根回しにより運航されていたのだが、政治家たちをこちらに取り込んで、海運を押さえている鷹野家は便数を減らすことができた。
以前は定期便がないことを理由として、個人的にフェリー便を運航させ、密輸や密入出国を行い、好き勝手にしていたからね。
原作では『ユグドラシル』はその設定があるからこそ秘密結社としての『ニーズヘッグ』の活動もできたんだろうけど、そういう地味なところから潰すのが戦略的に効果的なんだ。
いわゆる経済封鎖というやつかな? 少し違うかもしれない。もはやフェリー便はみーちゃんたちが管理している。
モーターボートやヘリでも物資は運べるが、大量には運べない。恐らくは幹部連中が手に入れることができる程度だ。
『お見事です、閣下。敵組織からは鼻の利く雇われの魔法使いが逃げ出してもいます。それら魔法使いの何人かに接触して、情報を取得。真偽を確認している状況であります』
『社長の仰るとおり、上級信徒とは名ばかり。警備の魔法使いたちの多くは金で雇われております。札束を積めばぺらぺらと話してくれました、はい』
『鷹野家が金払いが良いとの噂も密かに流しております。今後も『ユグドラシル』は弱体化するでしょう』
鋭さを見せる目に尊敬の念を込めて、エウノーが報告を続けて、ヤシブがヘラヘラと笑いながら使った金額を告げてくる。
その金額は数十億円だけど、効果に比べれば安いものだ。
『ラストダンジョンを通商破壊で弱体化させるのって、お嬢様ぐらいよね。敵に同情するわ』
フリッグお姉さんが呆れた視線を向けてくるけど、戦うの面倒くさいじゃん。
「ゲームだとダンジョンでエンカウントする敵で、雇われ魔法使いが現れたとかよくあるパターンだけど、豊富な資金力があれば、そういう敵って事前に排除できるもんね」
『さすがは閣下、そのとおりであります。所詮は金で動く輩たちです。戦う前に勝敗は決まっているとは言いますが、まさにそれを実践しておりますな。このエウノー感服しております』
『そのとおりです、はい。予算を豊富に与えられる情報部は優れた成果を出せますが、ここまで予算をくださるのは社長だけだと思いますよ、はい』
ちょっとみーちゃんに対して忠誠心が厚すぎる二人の熱気に少し引いちゃう。
ともあれ、孤島『ユグドラシル』が弱体化すれば乗り込めるかもしれない。局所的な謎の火山噴火が起きて、沈没するかもね。
『あとは本物の信徒たちね。宗教は強いわよ。たとえ飢え死にしても島を護ろうとするはずよ』
「わかってるよ、歴史が物語っているからね。だからこそ完全に封鎖するんじゃなくて、最低限の物資運搬は許しているんだ」
フリッグお姉さんの言うとおりだ。前世でも宗教を信じる者は強いと証明されている。
佐久間が落とせなかった石山本願寺とか、天草四郎の乱とかね。彼らの心は神という強い柱があるために怯むことはない。
「引き続き封鎖は行い、信徒たちへの対応は考えよう。う〜ん、なにか信仰を失わせる機会があれば良いんだけどね」
『よく小説とかであるわよね。トップの腐敗した様子をスキャンダルとして周りに見せるとか。テンプレで、皆は騙されていたと気づくんだけど、それを期待するのはやめなさい?』
「教皇が実は汚職や信者を鴨でしかないとか思っていることをバラしても無駄ということ?」
クワックワッと鴨の真似をして、手を羽ばたかせる可愛らしいみーちゃんに、口元を妖艶なる笑みにして、フリッグお姉さんは頷く。
『信者は教皇を信じているのではなく、その教義と神を信じてるの。教皇を糾弾しても信仰を失うことはないわ』
「島に住むほど信仰心が厚い信徒たちなら、反対に暴露した人たちを陰謀論とか言って責めてきそうだもんね」
『そうね。たとえ証拠を用意して、目の前で教皇が告白しても彼らは真実を聞き入れないわ。理性ではなく、感情で動き、盲目的な視野狭窄に陥っているからよ』
黄金のような美しい髪をかきあげて、相変わらず美しい女神は実に説得力のあるセリフを告げてくる。
『フリッグ様の仰るとおりかと。狂信者には何を言っても無駄です。命を失う寸前でもこちらの言い分を信じはしません』
『ですね、はい。私も同じような相手と相対した経験がありますが、指が落とされても脚を切られても、その戦意は失われませんでした、はい』
エウノーとヤシブがフリッグお姉さんの言葉に同意する。エウノーのセリフが地味に怖いがスルーで良いよね。
「それなら後は……。警備が薄くなったことを確認して本丸に突入かぁ………うん、もう少し嫌がらせを継続して、その後に作戦を練ろう」
三人が頷くので、これで会議は終わりかなと思っていたら、フリッグお姉さんが困った顔になる。
どうやらなにかあるらしい。なんだろ?
『どうも『ユグドラシル』は資金が減少しているから、新しいことを始めたみたいよ』
「なにを始めたの? 犯罪?」
『尻尾を掴ませるほどじゃないわ。実は聖餅という食べ物を各地で配っているのよ。その代わりに寄付を求めているらしいわ』
「なにそれ。あからさまに怪しいじゃん。魔法入り? それか毒入りとか?」
『それなら大騒ぎになるでしょ。まぁ、私も疑ったけどね』
その返答に、目を鋭く細めちゃう。
「なにもないわけではない。でも仕掛けがわからない? 食べ物なのに?」
『察しが良くて良いわ。そうなのよ、ニムエに持たせたから見てちょうだい』
ソファに寝そべりスヤスヤと寝ているニムエ。しっかりと毛布までかけて寝ている隙のなさっぷりだ。人払いをしたのを休憩時間と勘違いした模様。
「ニムエ〜?」
「クッキーなら、そこに置いておきましたぁ」
頭まで毛布をかぶり、手をチェストに向ける。金属製のトランクケースが置いてあるが、あれなのかな。
起こすのも面倒くさいので、ぽてぽてとチェストに向かうと、トランクケースを手に取りソファに戻る。
「オープンセサミ〜」
トランクケースを開けると、中には強化ガラス製の箱が入っていた。随分と厳重だね。
「聖餅って、クッキーみたいな物じゃないの?」
『あら……。粉ね』
「粉だね」
ガラスケースに入っていたのは、ただの粉だった。なにこれ?
『おかしいわね? 中には聖餅を入れていたはずよ』
「ニムエが食べちゃった?」
第一容疑者にして、犯人確定な青髪美女をジト目で見る。こいつ食べただろ!
「いいえ、ご主人様。ヤバ目のものと聞いたので、手を付けておりません。ムニャムニャ」
一応話は寝ながら聞いているらしい。だが、ニムエでないとすると、誰が食べたん?
『ふむ………その粉になることが問題なの』
「粉になる?」
『そうよ。魔法探知でも反応なし。毒などの成分も入っていない普通の聖餅と言えるのだけど……』
「言えるのだけど?」
ゴクリとつばを飲み込み、フリッグお姉さんの言葉をワクワクしながら待つ。なにかあるらしい。
『私や英霊たちが触ると粉になるのよ。触って数十秒で形が崩れるの。これって明らかに魔法よね?』
「フリッグお姉さんたちが触るだけでか………オーディーンのおじいちゃんはなんて言ってるの?」
『どんなに調べてもなにもないって言ってるわ。なにもないところから、なにがあるかを考えてみるって』
肩をすくめるフリッグお姉さんの言葉に、その重大さを理解する。
「厄介だね。神とその眷属には反応するクッキー。もしかして私たちを炙りだそうとしてる?」
『あぁ、その考えには辿り着かなかったわ。でも、結果を確認に来ている気配はないようだから、違う目論見があるはずよ』
「食べ物っていうところがいやらしいなぁ。口に入る物というところがね」
嫌そうな顔でガラスケースの中にある粉を見つめる。粉が胞子とか、実は生き物とかの可能性を考えたが、見た目に変なところはない。
アイテムボックスに入れてみる。どんな名前が表示されるかな?
『元ウェハースの粉:元はウェハースだった粉』
「アイテムボックスでも、特に異常はないね」
不安だ。……不安だけど、現在は何もできない。
「とりあえず解析は続けていてよ。私はこれからやることあるし」
『了解よ。でもやること?』
不思議そうに尋ねるフリッグお姉さんに、ふんふんと胸を張る。
「武道大会の応援団をするんだ! 闇夜ちゃんと玉藻ちゃん、ニニーちゃんの応援だんちょー」
フレーフレーと手を振ってみせる。応援団頑張っちゃうよ。
『選抜メンバーに選ばれなかったのね、お嬢様……』
哀れみの視線を向けてくるフリッグお姉さん。
仕方ないでしょ、皆強かったんだもん。
やはり難易度が低くないと、現実では複数の対人相手のレースは無理だったよ。イージーモードの導入を希望します。
モブだから、イベントには参加できない運命があったに違いない。




