272話 喫茶店のパフェなんだぞっと
古びた喫茶店が街角にあった。古びたというよりも、年季の入った趣きのある喫茶店といったほうが良いかもしれない。
外観は大きな出窓があり、壁全体は煉瓦風で、扉にはベルがぶら下がっている。内装はというと、レコードプレーヤーが店内の片隅に置いてあり、いつの頃に流行ったかわからないが、落ち着くような優しい歌がBGMとして流れていた。
よくある隠れ家的な喫茶店として存在するお店なのだろう。店内はガランとして閑古鳥が鳴いており、お客はたった二人だった。
その二人のうち、一人は幼い少女だ。
滑らかで艷やかな灰色髪を背中まで伸ばして、キラキラと愛らしいアイスブルーの瞳を輝かす愛らしい顔立ちの美少女だ。
少女は夢中になって、大きなパフェ用の器に入ってるメガ盛りパフェを食べていた。
スプーンでパフェをせっせと掬って、美味しそうな顔で次々と口に運んでいる。
綺麗な食べ方で器を空にしてコトリとテーブルに置いて食べ終わると、ふぅと満足そうに一息つき、お腹をさすり哀しそうに呟く。
「全力で食べたらお腹空いちゃった」
大変大変と、ぺったんこのお腹を押さえて、すぐにメニュー表をふんふんと見始めた。
「次はモンブランパフェ! すみませーん、モンブランパフェ一つください!」
フンスと鼻を鳴らすと、少女はぶんぶんと小さな手を振って、さらに注文する。
モンブランパフェが少女の目の前にコトリと置かれると、幸せそうな微笑みでスプーンを手にしてグラスに差し込む。
「茶色の生クリームを最初に食べるかな? それとも栗から食べようかなぁ。イチゴパフェと違って、栗はとっておきとして残しておくべき?」
「どうだろうなぁ、俺はモンブランって食べないんだよ。あんまり好きじゃないんだよね」
「このウネウネとした形が美味しそうなのに、勿体ないよ! 食べず嫌いはいけないと思います」
「食べる機会はあったし、美味しいとは思うぜ? ただ好みに合わなかっただけだ」
「モンブランパフェは私の好みです!」
結局生クリームから食べることにしたようで、少女は栗を漉したふんわりとした生クリームをお口に入れると、幸せいっぱいと頬を緩める。
対面に座る俺はその可愛らしい顔を見て、この少女はいつも幸せそうだなぁと苦笑してしまう。
俺の視線に気づいたのだろう。ウ~ンと迷う様子を見せたが、厳しい決意をしたらしく少女はスプーンに生クリームをちょっぴり乗せると、こちらに差し出してきた。
「ぜーんぶ私のだけど、分けてあげる」
むむむと口を尖らせて、手を震わせて一生に一度の決意をしたかのような顔で言う。
「スプーンに半分も乗ってないじゃねーか」
ケチな少女だが、本来ならばこれでも驚くところなのだろう。彼女は絶対にパフェを分けることなどしないからだ。
「それじゃ遠慮なく」
差し出されたパフェをパクリと食べる。ウ~ン、たしかに美味しい。だが、普通の生クリームの方が美味いなと内心では思う。
俺はなにも混ぜていない生クリームが好きなのだ。栗だけではなく、イチゴや抹茶が混ざっている生クリームは美味しいとは思うが、好みではない。
純粋な物が好きなのだ。
まぁ、それはそれとして、お礼は言わねばなるまい。少女は苦渋の決断をしたのだろうから。
「うんうん、甘くて美味しいよ」
「もっと語彙をたくさん混ぜて感想を言ってよ! せっかくあげたのに! もういいもん、残りは全部私が食べちゃいます」
もう分けてあげないと、頬を膨らませてご不満な様子でまたパフェに取り掛かる。せっせと食べるその姿は可愛らしい。
「そのパフェで何個目?」
「うんと、空の器を数えてみるとわかるかも」
口元に生クリームをべっとりとつけて、ハムハムと食べる少女は、スプーンを振って適当に答える。
「それは頭の良い返答だな」
テーブルの上にはなにもない。空の器などどこにもない。
これではどれぐらい食べたのかわからない。
単純な少女にしては頭の良い気の利いた答えだ。
「成長しているのかねぇ」
俺は頬杖をついて、のんびりと少女が食べ終わるのを眺める。昔はなにも考えていない娘だったのに、たいしたもんだ。
これが娘を持つ親の気持ちだろうかとフト思い、自分自身のそんな考えに苦笑いをしてしまう。
「なにか面白いことあった?」
「んにゃ。初めて会ってから成長したなぁと」
「おぉ、せいちょーしてる?」
少女が自分の頭を触って、大きくなったかなぁと嬉しそうにするので、可哀想だが告げてやる。
「身体的成長はまったくない。これからもないだろ」
「1ミリぐらい伸びてない?」
「伸びてない」
「そっかぁ。残念残念」
断言すると、そこまで興味はなかったのか、すぐにパフェを食べることに集中する。どうやら、栗を残して周りから食べるようにしたようだ。
器用なもので、てっぺんに置かれていた栗を避けて食べているのに、零すことなく食べていく。
その様子を優しい目で眺めながら、気になることを尋ねる。
「パフェは一番好きかい?」
「パフェは大好きだよ!」
間髪容れずに答える少女。答えが変わることはないよなと肩をすくめる。
彼女の一番は常にパフェなのだ。変わることはないよなと思っていると、少女はパフェを食べる手を止めると、もじもじと俺を見てきた。
「でも、一番はママの手作りハンバーグ。目玉焼きを乗せたやつ!」
花咲くような笑みを見せて、ママの手作りハンバーグはとっても美味しいんだよと熱弁を始める少女。話しながらもパフェを再び食べ始める。
俺はその答えに驚いてしまう。パフェ大好きな少女なのに、その答えが変わることがあるなんてねぇ。
「そうか、ハンバーグがねぇ」
「美味しいんだよ! きっと世界一だと思う! ううん、世界一に決定!」
「世界一とは大きくでたなぁ。やはり愛が一番の調味料なのかね」
自分で言って照れるなとポリポリと頬をかく。
「そうだね! 家族サイコー! ねぇねぇ、愛情たっぷりの料理はサイコーだよね」
「たしかに愛する家族しか作れないからな」
どんな料理人でも作ることのできない料理。それが家族の愛ある料理なのだ。
それを教えることができて良かったよと頷く。
「うんうん、愛情たっぷりの料理は美味しいんだよ。俺の体験談からだからね」
ふふんとドヤ顔になり、胸をそらす。
「こんなに美味しいとは思わなかったよ! 家族の料理って凄いんだね! 凄い、凄い!」
「ふふふ、もっと褒めてくれても良いんだよ?」
凄い凄いとはしゃぐ少女と、ドヤ顔になりフハハと笑う俺。喫茶店に二人の傍迷惑な騒がしい声が響く。
少女はパフェを食べ終わり、スプーンをテーブルに置く。騒がしくしながらも食べることをやめない少女である。
「食べるの早いなぁ」
「パフェは美味しいからね!」
空となった器を手にして、トロフィーのように持ち上げる。その無邪気な笑顔には癒やされるなぁと思いながら、ニヤリと笑う。
「その器は残しておくのか?」
「うん! これはねぇ、残しておくことに決めたの」
黄金でできた器を手にして、エヘヘとはにかむように笑う少女。
「そうか、それは良かった」
「うん、次のも残しておくよ。あっ、そういえば!」
少女はコトリと黄金の器をテーブルに置く。そしてなにかに気づいたのか、身を乗り出して頬を膨らませる。
「そーいえば、愛情たっぷりの料理を食べたことがないよ!」
「ん? 食べてるでしょ?」
「ママのじゃなくて、あなたの!」
ビシッと指をつきつけて、言ってくる内容は意外なものだった。
「はぁ……俺の?」
「うん! 愛情たっぷりのお料理食べたいです!」
「はぁ、俺の料理ねぇ………。何があるかなぁ」
意外なお強請りだが、言われてみるとたしかに俺の料理というものは食べさせたことはないだろう。
腕を組んで考え込むが、得意料理で良いかな。
「豚の生姜焼きが一番得意かもしれないな」
「お〜、豚ロースを生姜焼きにしたやつだね! 知っているよ、えっへん」
よくある豚の生姜焼きを思いついたのだろう。ポークソテーのようにロースを生姜醤油で焼く簡単な料理だ。
得意げに手をパタパタと振って少女は答えるが、残念ながらそうじゃないんだ。
チッチッチッと人差し指を振って、フフフと笑いながら説明してあげる。
「俺の豚の生姜焼きは一味違うんだ。なんと豚バラ肉スライスを使うんだ。脂身でできたかのような肉を、生姜醤油に少し漬けた後に焼くんだよ」
フライパンに油を敷く必要もないほど、豚バラ肉スライスは脂身たっぷりだ。それを大量にガッと焼く。
「生姜醤油に漬けた脂身たっぷりの焼き肉だ。その脂身の旨さに白米が進む進む。さらにしつこくなったら口直しができるように皿にレタスを敷いてその上に乗せる。レタスで口をさっぱりさせるんだ」
「とっても美味しそう!」
ワクワクと目を輝かせる少女。その口元からよだれが垂れる。
「お供は豆腐とナメコの味噌汁。ただそれだけの料理だな! だが、それが良いんだ。ガッツリと白米を食べられるから」
おふくろの味というより、漢の料理という感じだが、得意だったんだよ。
「きゃー! 私も食べたい食べたい。愛情たっぷりお願いします!」
「あぁ、それじゃ今度機会があったら」
「食べたい食べたい食べたい」
椅子から降りると近づいてきて、俺の身体をゆさゆさ揺する。
「食べたいよ〜。作って! すぐに!」
「またの機会って言ってるのに」
ゆさゆさと揺られながら答えるが、少女はうんと俺が言うまで揺するのをやめないつもりだ。
仕方ないなぁと、窓ガラスに顔を向けて苦笑する。
灰色髪を靡かせて、アイスブルーの瞳を興奮でキラキラと輝かせて椅子に座る少女がいる。パフェを食べていた少女とまったく同じ姿だ。
ガラスに映るのは、双子のような二人の美少女だった。
「止めろってこら………」
「食べたい。食べたいよ〜」
ゆさゆさ揺られて視界が揺れて気持ち悪くなる。
「駄目だって………」
「朝ですよ〜。いえ、もうお昼ですよ、ご主人様」
「ほぇ?」
と思ったら、ニムエの蒼髪が目に入ってきた。揺さぶっていたのはニムエだ。
「あれ? もう朝?」
うにゃぁと目を擦りながら起き上がる。
「はい。日曜日ですがそろそろ起きなさいと怒られました」
「なんかセリフ変じゃない?」
キングサイズのふかふかベッドから降りると、あくびをする。
ようやく慣れてきたみーちゃんの寝室だ。
「もうお昼? 蘭子さんは?」
「今は11時ぐらいですね。蘭子は今日はお休みなんです。なので惰眠を貪っていたら、起こされました」
「蘭子さん大変だね。お休みはちゃんと休まないと」
「本当です。休んでもらわないと困ります」
同意しますと、蘭子が休めない理由となっている自覚ゼロのニムエは頷く。
「後で蘭子さんには美味しいクッキーでも差し入れを……」
蘭子さん気の毒にと、労りの差し入れを渡そうかなと考えると、クゥとお腹が鳴いた。
お昼近くまで寝ていたからお腹が空いたよ。
「今日は豚バラ肉の生姜焼きが食べたい!」
なんだか無性に豚バラ肉の生姜焼きが食べたくなったよ。前世でしか作ったことのないカロリーがヤバそうなやつ。
「今日のお昼は私が作るね!」
この世界に転生してから食べていない。
作ってみようと駆け出すみーちゃんであった。
なにか夢を見ていた気もするが、すぐにその記憶は消えて思い出すこともなかった。




