269話 謎の木はみーちゃんの木なんだぞっと
そろそろ梅雨になるだろうか。腰まで伸ばした灰色髪をハーフアップアレンジして、アイスブルーの瞳が美しい、儚げな容貌の幸薄そうな少女は雲一つない青空を仰ぎ見て、フッと微笑む。
「そろそろ雨が降るからおうちに帰らない? 梅雨の空と山の天気はコロコロと変わるらしいよ」
田畑の広がる田舎の道路に立って、みーちゃんは眼前の素朴な光景を見ながら注意の言葉を口にする。雨がふる前に帰らない?
「か・え・り・ま・せ・ん! みーちゃん、今日はおとなしくってママは言いましたよね? それに女心と秋の空です」
隣に立つ大好きなママに早く帰ろうよと、上目遣いに言ってみたけど、ママは強い口調で却下してきた。
とはいえ、怒っているのもあるけれども……。
「みーちゃん、怪我はない? 強い魔物と戦ったんでしょう? 大丈夫だった? 痛い所はない?」
心配げな気遣ってくれる優しい目をして、みーちゃんの身体をペタペタ触って確かめてくれる。
「うん、大丈夫。見かけどおりに藁人形的な魔物だったから、私の魔法で簡単に倒せたよ」
その優しさに胸がほんわか暖かくなり、はにかみながら答える。まずみーちゃんの体を心配してくれるから、ママは優しくて大好きだ。
お腹に開いた穴は? もちろん治したし服の言い訳は考えている。
「ごめんなさい、ママ。戦っている最中に泥だらけになって、お洋服汚れちゃった」
お腹部分に穴が空いたのは汚れたという表現で良いと思います。ちょっと服の色が真っ赤に変わったから、洗濯するようにニムエに渡しておいた。
「もお、お洋服なんかよりみーちゃんの方が全然大事よ。良かったわ、無事で」
「うん、魔物さんはパワーはあったけど、それだけだったんだ」
キュッと体を抱きしめられて、頭を撫でてくれるので、エヘヘと笑う。家族の愛を感じて、みーちゃんは幸せいっぱいなのだ。
「申し訳ありません、鷹野伯爵。助けてもらったばかりか、お一人を残して逃げるとは……気絶していたとはいえ、弁解のしようもありませぬ!」
堀田男爵が地べたに勢いよく土下座をしてくる。たしかに伯爵とはいえ、まだまだ幼いみーちゃんを残して逃げるのは最悪と言って良いだろう行動だ。
「私がそう命令したんだよ。あの魔物は高位貴族レベルの魔法使いでないと、反対に足手まといになっていたからね。男爵の部下は正しい行いをしたから、責めないであげてください」
「うぅ……あ、ありがとうございます、鷹野伯爵。この御恩は決して忘れませぬ」
伯爵の命令なんだよと強調しておく。そうしないと、ひげもじゃ男爵は社会的に殺される可能性があるからね。
みーちゃんの言葉を理解した堀田男爵は、感動して涙目になりながらお礼を言ってくる。
………うん、なんか罪悪感が湧くよ? だって、魔物を召喚したのはみーちゃんだろうと思うし。
というか、あれは魔物というより………。
「それにしても、あれだけの魔物が入り込んでいたとは……放置していれば近隣住民に被害が出たでしょう。危ないところでした」
「藁人形だったから、誰かが呪われたかも! でも、パワーだけだったから、知恵と勇気と機転を利かせて倒したんだ!」
『フヴェルゲルミル』の正体について考えようとすると、堀田男爵は額の汗を拭いながら話を続けてきたので、得意げにムフンと胸を張っちゃう。
「は、はぁ………知恵と勇気と機転ですか……」
なぜか微妙な表情で、胸をそらすみーちゃんの後ろへと目を向ける堀田男爵。なに、なにか言いたいのかな?
みーちゃんの後ろには御神木が立っている。あれから誤魔化すために代用の御神木を植えたのだ。
みーちゃんたちと一緒に来ていたママや飛田おじいちゃんたち、堀田男爵と取り巻き一行の中にいた宮司さんが、おずおずと声を掛けてきた。
「あの………私の神社がないのですが……」
「魔物が壊しちゃった。酷い魔物だよね!」
「森林もないのですが………」
「魔物が壊しちゃった。酷い魔物だよね!」
「更地になっているのですが………魔物が壊しちゃったんですな」
諦め顔の宮司さん。みーちゃんの戦闘は動きが速すぎてなにがなんだか理解できなかった模様。ただ、衝撃波が突風となり吹き荒れるごとに、土地が消えていったらしい。
ごめんね。あの藁人形は本当にパワーだけはあったんだよ。
「それは魔物の恐ろしい力であったことはわかるのです。わかるのですが………これはいったいなんの木なんですかのぅ〜!」
かのぅ〜、かのぅ〜と絶叫が木霊する宮司さん。
「見てわかるとおり、御神木だよ。魔物を倒して元気が戻ったみたい! 良かったね!」
「いやいや、どんだけ元気になったんですか! どう見ても前の御神木ではないですぞ〜!」
ワナワナと指を震わせて、聳え立つ御神木を指差す宮司さん。
「木という括りでは一緒だと思います!」
「木という括りにも入らないと思いますぞ!」
そうかなぁ? 前の御神木とそっくり同じだよねと周りを見渡す。
ママは額に手を当ててため息を吐いており、飛田おじいちゃんたちは口を開けたまま唖然としている。
堀田男爵たちは目をそらして、だらだらと汗をかいている。
「ニムエ、同じ御神木だよね?」
「もちろんです。消失した御神木にそっくりですよご主人様」
みーちゃんの言葉は全肯定してくれるメイドがコクリと頷き同意してくれる。
「ほら、宮司さん。そっくりだって!」
誰も違和感は持っていないよと告げる。
「こ、この真銀の大樹のどこが同じなのですかぁぁぁぁ〜!」
宮司さんが大声で叫ぶ。
「イメチェンしたのかも!」
「木がイメチェンって、なんですか! というか、先程消失したと、そこの女性が口にしておりましたぞ!」
ちぇっ、どうやら誤魔化すのは無理だったみたい。
後ろに聳え立つ樹の幹は直径80メートル。高さ200メートルの真銀でできたかのような樹を見て、しょんぼりするみーちゃんでした。
うまく行くと思ってたんだけどなぁ。失敗、失敗。
せっかく手に入れた『謎木の苗』を御神木の代わりに植えたのだ。更地となっていたので、ちょうど良かった。
植えるまでは、どんな木の苗かはわからない仕様の『謎木の苗』。結構レアなアイテムなんだけど、太っ腹なところを見せたのだ。
で、植えた結果はこんな感じ。
『真銀の樹:レベル60、周囲の魔物を弱体化させ、弱い魔物は出現を防ぐ。また、周囲で収穫できた作物の品質を常に+1にする』
正直に言おう。……もったいなかったよ! 真銀の樹はゲームでも出現率が稀だった。みーちゃんは攻略サイトでしか見たことなかった。
何本植えても、みかんの木とかりんごの木とか………。精霊の樹は出現したんだけどなぁ。
それにしてもこんな能力だったっけ? 出現したことないから、そこまで覚えていない。
というか、基本的に『マイルーム』に植えるんだから、魔物の出現云々は必要ないような?
まぁ、いっか。気にすることはないだろう。たぶんこんな性能だった、うんうん。
「宮司さん、この御神木もちゃんと魔物を防ぐ効果はあるよ。それに葉っぱを加工すれば真銀が採取できるかも!」
『ミスリルの葉』を10枚使えば『錬金』で『ミスリルインゴット』に加工できるんだよ。
ちなみに一日で採取できる量は1枚。最高レベルのアイテム採取増加の装備をすれば10枚。
現実ではどうなるんだろう? たくさん採れそうだけど。
「あわわわ、み、真銀を採取できる樹……」
「あぁっ! あまりの情報量に宮司さんが倒れた! 誰か医者を!」
「私に任せて!」
『精神快癒』
バタンキューと宮司さんは泡を吹いて倒れてしまったので、すぐにみーちゃんは回復してあげる。優しいみーちゃんだから、気にしないで。
なんだか周りの人の表情が引きつっているけど、宮司さんが倒れたせいだろう。
「うぅ、私はいったい………」
「進化した御神木に感激して倒れちゃったの!」
「うぅ……すぐに教えないでください。……無理ですぞ、私がこの御神木を管理するのは! 堀田男爵?」
首を横に振って起き上がる宮司さんが、堀田男爵へと助けを求める。だが、堀田男爵は俺に振らないでくれと顔を青褪めさせていた。
「この御神木はどうやって手に入れたのですかな?」
「倒した魔物が持っていた苗だったよ。きっと、魔物が封印していた有り難い木だったんだと思うんだ!」
「なるほど! ならば、鷹野伯爵にこの樹の所有権はあります! ここらへん一帯の土地は鷹野伯爵に買い取ってもらうのはどうでしょうか? 神社を建てて頂ければ宮司も問題はありますまい!」
みーちゃんの台詞を聞いて、ナイスアイデアだと目を輝かすひげもじゃ男爵。
でも、少し気まずいよ?
「ん〜、でも宮司さんが可哀相………」
「売ります! そうですな、私はこの御神木を祀る神社と社務所を用意していただければ満足です!」
このままだと命が危ないと、宮司さんが鬼気迫る顔でみーちゃんの肩を掴んで揺すってきた。目も血走っているので、何やら危機感を覚えているようだ。
まぁ、このまま放置しておけば、他の貴族たちや犯罪者集団に狙われるだろうからなぁ………。本当はみかんの木とか普通の木になると思ってたんだよ。本当だよ?
「わかりました! それならば鷹野美羽が買い取ります! そんで宮司さんの神社もちゃんと元通りにするね。土地も相場の100倍の値段で買い取るよ」
「いえ、過ぎたる金は破滅の元。相場の値段で問題はないですぞ。家族も同意するはずです」
ポムと胸を叩いて、笑顔で宮司さんに伝えると、謙虚な返事をしてきた。
ふむ、さすがは宮司さん。その精神は高潔だね。立派な考えだよ。
「わかりました。それでは蘭子さん、すぐに私の部下に連絡をとってください」
「畏まりました、では手続きをすぐにできるように連絡を致します」
蘭子さんがスマフォで連絡をする。他の貴族の横槍が入る前に終わらせておきたい。
「これで一件落着かな?」
かっかっかっとか笑えば良いのかなぁと、コテリと首を傾げると、飛田おじいちゃんが呟く。
「美麗。すまんかった。たしかに美羽ちゃんはおとなしくするように注意しておかなければいかんな」
「お父さん、だから言ったでしょう。みーちゃんは規格外なの」
「本当になぁ……。そうだ、障子を張り替えようと思うのだが、みーちゃんはお手伝いをしたいかい?」
「する! しまーす!」
なぜか急に障子の張替えをしたくなったらしい。やった! プスプス穴を空けちゃうよ!
空を覆うほどに巨大な真銀の樹が、サラサラと優しい音色を奏でる中で、みーちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶのだった。
その後、複数の館が連なる巨大な神社を建てて、宮司さんがまたもや倒れたが、みーちゃんがちゃんと治しました。
そして、この地の真銀の樹は、なぜか『みーちゃんの樹』と呼ばれて敬われて一大観光地となるのだが、それは別のお話。




