268話 しょせんは人形なんだぞっと
『フヴェルゲルミル』に『雷鳴鳥Ⅲ』は命中した。
莫大な超高熱のエネルギーを宿す雷の鳥は鳳凰のように優雅に翼を広げて、『フヴェルゲルミル』をその後ろにある御神木ごと翼で包み込む。
閃光が走り、超高熱のプラズマは周囲を焼き尽くす………わけではない。
『フヴェルゲルミル』だけがプラズマに焼かれて、辺りにはその影響は全くない。雑草すらも微かにそよぐ風に揺られているだけだ。
「単体魔法に抑えておいたからね! お人形さん、バイバーイ」
可愛らしい笑顔で、みーちゃんはおててを振る。
ゲーム仕様の『雷鳴鳥Ⅲ』。単体を対象とする攻撃魔法は周囲に影響は与えない。そして、『魔法使い』最強の魔法を受けて、呪いの人形如きが耐えられるはずがない。
「とはならないよな!」
トンと軽くジャンプすると、横薙ぎに触手が通り過ぎていった。後ろの木々はスッパリと切られて、綺麗な断面を見せて倒れていく。
「てやっ」
その切れ味を見ながら、空を蹴る。空中にて足場ができたかのようにみーちゃんの身体はトントンと空を飛び跳ねる。
ピュンと風斬り音がして、カミソリのような鋭さを見せる触手が空を切る。
ヒヒュッと連続して風斬り音が微かに鳴ると、複数の触手が空を駆けるみーちゃんを追いかけてきた。
「やけに鋭い触手だね。捕まったらずたずたにされそう」
右へと横滑りして、目の前を通り過ぎる触手を横目に、すぐに左へとステップを踏む。次の触手が空を切り裂き、みーちゃんの髪を僅かに切っていった。
「なかなか速い!」
頭を下げると、その上をギロチンのような刃と化した触手が風を切る。膝を抱えてでんぐり返しにてコロコロと空中を転がるように駆けるみーちゃんに後ろから何本もの触手が槍となって突進してきていた。
空を切る触手が、森林をスッパリと綺麗に伐採していき、大地を切り裂き深い溝を作る。砂煙が噴煙のように吹き上がり、静謐な神社のあった森林はあっという間に禿山へと変わっていった。
御神木から生まれた魔物は周囲の環境などは気にしていないようで、その手を分裂させて無数の触手にしてみーちゃんへと攻撃を繰り返していた。
どうやらパワーとスピードはあるようだ。それに、御神木の守護者でもなさそうだね。
本気にならないといけないだろう。それだけの強さを感じるんだよ、あの人形。
「こい! 『ヤールングレイプル』」
バッと手を振って、素早く装備を換装する。紳士諸君が美少女の換装する姿をスローモーションで見たかったと血の涙を流すほどに一瞬の間でみーちゃんは魔導鎧『ヤールングレイプル』を装備した。
神秘の輝きを見せて、莫大なエネルギーと絶対の防御を誇る魔導鎧を着込み、みーちゃんはニカリと笑う。
「悪いけど、パワータイプはたくさん倒してきてるんだよ」
叫びながら構えをとり、意識を美羽へと切り替える。着替える一瞬の間に右のこめかみに迫る触手。その側面はキラリと光る鋭き刃へと変化しており、頭を輪切りにできそうだ。
「たっ」
しかし平然とした顔で、美羽は下からすくい上げるように神器の小手に覆われた右の甲に当てる。ゆらりと揺れて、触手は軌道を変えられて、あらぬ方向に飛んでいく。
「シッ」
その様子を確認せずに、美羽は左手をくるりと回し、同時に迫ってきた3本の触手を絡めとるように弾き飛ばした。
「数を重ねれば当たると思ってるでしょ!」
続いて風の壁を突き破り、高速で5本の触手が繰り出されてきた。それぞれ足元や頭、胴体と狙う場所も違い、攻撃も薙ぎ払いから、突きまで多様だ。
一応木の人形の癖に頭を使っているらしい。
だがこの程度の攻撃には慣れているのだ。
「といやー」
その手に光輝の剣を呼び出すと、手首を軽くひねり蛇腹状へと変える。
そうして、鈴の鳴るような美しい音色をシャラリと奏でて、光輝の剣を螺旋を描くように回す。
空間を揺蕩うように光条が美羽の周囲を舞い踊り、空を切り裂き迫る触手は触れると同時に弾き飛ばされる。
まるで生き物であるかのように、光輝の剣が空を舞う。その美しく舞い踊る姿は、誰しも見惚れてしまう神々しさがあった。
だが、その幻想的な光景を見ても、『フヴェルゲルミル』は感情無き人形であるため、次なる攻撃に淡々と移る。
「オォォォ」
ギリリと身体が捻れていき、太い荒縄が細く細く筋肉繊維のように細くなり、藁人形のような出来損ないの人形が、皮膚のない筋肉組織剥き出しの不気味なる人形へと姿を変えた。
「バワーアップかな? 人間に近づいたけど、不気味さもアップしたようだね」
灰色髪を靡かせて空を飛ぶ美羽の問いかけに答えることはなく、おぞましいうめき声をあげて、『フヴェルゲルミル』は地を蹴る。
ドンと大きな音がして、その驚異的な力の含まれた踏み込みで地面を陥没させて、『フヴェルゲルミル』は美羽へと狙いをつけて飛翔してきた。
「無防備に近づいてくるなら、だいまどーしの力を見せちゃうよ!」
フフンと笑って魔法の力を手のひらに集めると、『フヴェルゲルミル』へと翳す。
『火炎鳥Ⅲ』
その手のひらから燃え盛る不死鳥が生み出されると、翼を広げて迫る『フヴェルゲルミル』へと滑空していく。
『フヴェルゲルミル』は防ぐ様子もなく、ただ突進してきて、『火炎鳥』と激突した。
大爆発が起こり、いかなる物をも燃やし尽くすであろう超高熱の炎が『フヴェルゲルミル』を襲う。
木の根の化け物なら、炎は効くだろうと美羽はその様子を見ていたが、驚きの表情へと変えてしまう。
「なぬっ! 『魔法障壁』?」
燃え盛る炎を突き抜けて、『フヴェルゲルミル』が突進してきたのだ。しかも炎を防ぐために、いくつもの幾何学模様の『魔法障壁』が身体を覆っており、焦げあと一つない。
ダメージを受けることのなかった『フヴェルゲルミル』は人形そのままに機械的に動くように拳を繰り出してきた。
「よっと」
だが驚きは見せるが、美羽もその心の底は機械のように冷静だった。風の壁を突き破り、マナの力を宿らせた『フヴェルゲルミル』の拳に手をあてると、そっと受け流す。
人間ならば、隙を狙ったのに簡単に受け流されたことに、多少なりとも落胆するだろうが、元よりそのような感情を持たない『フヴェルゲルミル』は次々と拳を繰り出してきた。
美羽は冷静に迫る拳を、軽やかなる動きで捌きながら、『フヴェルゲルミル』を観察して眉をしかめる。
「傷一つない。再生をした形跡もない。どうなっているのかなぁ?」
挑発的に不敵なる笑みを浮かべて、美羽は少しだけ後ろに下がる。
対して美羽の言葉を聞いてもいないのか『フヴェルゲルミル』は、さらにギアをあげて拳だけではなく蹴りをも加えて、連撃を繰り出す。
だが、予め距離をとっていた美羽は魔法を使える間合いへとなっていた。
『魂覚醒』
『火炎鳥Ⅲ』
『火炎鳥Ⅲ』
『融合しました』
『灼熱鳥』
2つの火炎系魔法を融合させて、太陽の如き輝きと熱を持つ鳥を生み出す。灼熱の鳥は対象にとっては近づくだけで命の危険を感じるはずだが、『フヴェルゲルミル』は意に介さず、やはり攻撃を止めることはなかった。
灼熱の炎に手を突き出し、蹴りを繰り出して、美羽へと攻撃を仕掛けてくる。
やはり『魔法障壁』が炎を完全に防ぎ切り、『フヴェルゲルミル』の身体まで届かない。
「自己保存能力は低いのか……それとも『魔法障壁』の力か!」
冷静に敵の能力を確認しつつ、光輝の剣を引き戻し直剣へと戻すと迎え撃つ。
剣と拳がぶつかり合うたびに衝撃波が巻き起こり、空間が歪んでいく。その中で美羽は敵の能力を把握した。
「『魔法障壁』か! だけどどうして?」
美羽の攻撃は全て強力極まる『魔法障壁』に阻まれていたのだ。炎も雷も剣の攻撃も全て受け止められてしまっている。
ゲームだと単なる防御力にすぎないはずなのに、『フヴェルゲルミル』は小説仕様となっているのだ。
『メインクエスト:フヴェルゲルミルは、確たる世界の理に守られています。こちらの理が跳ね除けられている状態』
ボードが開き、追加情報にてその正体を教えてくれる。なるほどね、みーちゃん空間を防ぐ程の力を持っているのか。
そうとわかれば話は簡単だよ。
「なら、力押しで倒すのみ!」
『フヴェルゲルミル』の攻撃を敢えて胴体に受ける。
お腹にズンと食い込み、穴が開いちゃうが気にすることはない。なんのことはない、美羽だって『フヴェルゲルミル』と基本は同じなんだ。痛みに怯むことも、動きが鈍ることもないんだよ。
追撃をしようともう片方の拳を振り上げてくるが、ガシッと『フヴェルゲルミル』の身体を掴むと、ニパッと花咲く笑顔を送ってあげる。
「枯れかけた御神木には、みーちゃんポイントが効率的なんだったよね!」
『聖癒』
完全回復魔法を『フヴェルゲルミル』に使ってあげる。
パアッと純白の光が輝き、『フヴェルゲルミル』の身体に浸透する。
『魔法障壁』の唯一にして絶対の弱点。回復魔法には発動しないのだ。いかに硬い『魔法障壁』でも、この世界の法則に倣うなら、防ぐことはできない。
「もう一回」
『聖癒』
さらに回復をしてやると、何をされているか気づいたのだろう。
先程まではロボットのように無感情だった『フヴェルゲルミル』はジタバタと暴れ始めて、美羽の身体を殴り、蹴り上げて離れようとし始めた。
「ふふん、私の世界を否定するなら、肯定するまでみーちゃん色のエネルギーを与えてあげるよ!」
たとえ腕を折られて、足を砕かれても、掴んだこの手は放さないのだ。
「てーい、止めのもう一回!」
『魂覚醒』
『聖癒』
『聖癒』
連続しての回復魔法を受けて、美羽のエネルギーが『フヴェルゲルミル』の身体を駆け巡っていく。
「ウォォァァァ」
身体を守る『魔法障壁』が明滅して、苦しむように後ろに下がる『フヴェルゲルミル』。
カァとカラスの鳴き声がすると、望んでいた結果が映し出されてきた。
『フヴェルゲルミル:レベル60、弱点炎』
どうやら、美羽の神域が『フヴェルゲルミル』に浸透した様子。
「みーちゃんワールドにようこそ、そしてさようならだ!」
よろける『フヴェルゲルミル』へと光輝の剣を振り上げると魔法の力を巡らせる。
膨大な魔法の力が竜巻のように美羽の周りを渦巻き、世界がそのエネルギーで揺れ始めていく。
「武技も魔法も使えずに力任せの攻撃だけじゃ、私には勝てない。所詮は枯れかけた人形だったね!」
『光輝光龍剣』
振り下ろす光の剣は膨れ上がり、まるで龍のように巨大化すると、アギトを開き『フヴェルゲルミル』に食いつく。
光龍は光速の速さで、『フヴェルゲルミル』の身体を切り刻む。先程までの絶対の防御を持つ『魔法障壁』は単なる防御の値と変化して、あっさりと壊される。
「ウォォォ……ォォ」
そうして、『フヴェルゲルミル』は抵抗をすることもできずに、腕を破壊され、足を砕かれ、頭を吹き飛ばされる。
あれだけの頑丈さを見せた身体はバラバラに粉砕され、地へとその破片が降り注ぐのであった。
『『フヴェルゲルミル』を殺した』
「どうも気になる敵だったけど、少し硬いだけの雑魚だったね」
光輝の剣を仕舞って、フンスと胸を張っちゃう。所詮はレベル60。ゲーム仕様になれば相手ではないのだ。
「……それよりもこれどうしよ……」
地上へと顔を向けると、御神木どころか神社も跡形もなく、森林すらも綺麗な断面を見せて伐採されている。
というか、神社のあった丘が無くなっちゃった。あの人形め、パワーだけはあったからな。むぅぅ。
『フヴェルゲルミルの素を手に入れた』
『謎木の苗を手に入れた』
「やった! みーちゃんを神様は見捨てなかったみたい!」
ありがとうございます神様と、空に浮かぶみーちゃんへと感謝の念を送って、ムフフと笑う。もちろんみーちゃんの神様はみーちゃんに決まっているよね。
だって、この世界の神様は、宝石好きとか知識にしか興味ないとか魔神とか、ろくなのがいなさそうだし。みーちゃん神一択だよね。
よーし、とりあえず御神木を治せば、なんとか誤魔化せるよね?




