267話 御神木を伐るんだぞっと
サブクエストの枯れかけた御神木クエスト。
ゲームでよくあるメインストーリーにまったく脈絡のないイベントだ。
蟹の甲羅が欲しいとか、お花が欲しいニャンとか、他のゲームでもそういうサブクエストがたくさんあったと思うけど、『魔導の夜』にも同じようなクエストはたくさんあったんだよ。
その中でも、御神木クエストは意味のわからないものだった。まぁ、サブクエストに理由を求めてはいけないのだけど。
この状況に対して、堀田男爵の様子を見る。ひげもじゃ男爵は信仰心ゼロなのだろう。媚を売るために今回のことを思いついただけの模様。正直、御神木が枯れても、治っても気にしないに違いない。
続いて宮司のおじいちゃんを見るが、こちらは治せるだろうかと不安混じりの様子。だが、『ガルド農園』の土ならば治るとは考えているようだ。
まぁ、この地域の人たちに売ったダンジョン土は、いちごが7時間で収穫できるから無理もない。
二人の様子に不自然さはない。罠に嵌めようとか、誘導しようとか、そんな思惑はなさそうだ。
それじゃ、ただのサブクエストなのだろうか。みーちゃんがなぜか認識できていなかった御神木。ママたちは知っていたのに、その噂も耳に入らなかったみーちゃん。
そんな面白い噂を聞いたら、元気いっぱい冒険心溢れるみーちゃんは絶対に見に行くはずだからね!
モブなみーちゃんに悪戯されるとでも思っていたのか、この木は隠れていたらしい。
ふむ……。とりあえずはこのクエストはクリアしておこうかな。
すぅぅ〜と深呼吸をして意識を切り替える。
サブクエストではなく、メインクエスト。メインストーリーではなく、使命か。
なんでメインクエストなんだろうか? どうでも良い脈絡のないストーリーに見えるんだけど………。
これはメインストーリーに関係なく、美羽がやらないといけないことなのだろう。
サブクエストではないので、きっとみーちゃん専用クエストの予感がする。ゲームのクリア条件と違っているしね。
でも伐採したら、美談どころじゃないよね。きっとママに怒られちゃう。
『みーちゃんポイントを御神木に流そう』
どうしようかなと、う〜んと腕組みをして考えていると、クエストが更新された。ナイスタイミング。さすがは私、解決方法もすぐに思いついちゃった。
「それじゃ、ちょっと診断してみるね! 回復まほーをかけてみます」
「おぉ、鷹野伯爵の回復魔法は植物にも効くのですか?」
ひげもじゃ男爵が感心した表情で聞いてくるけど、頭を振って否定しておく。
「神聖力を流して、少しでも元気になれ〜って声をかけます!」
「たしかに植物に声をかけると、元気になると聞きますのぅ」
宮司さんがなるほどと頷き、周りも聞いたことあるなと納得する。
大丈夫そうだね。それじゃやってみるかな。
ぽてぽてと御神木に近寄ると、紅葉のようなちっこい手をそっと添えて、回復魔法を使う。
『極大回復魔法Ⅲ』
せっかくなので、『神官』の最大回復魔法を使っておく。
御神木の根本に魔法陣が描かれると、純白の粒子が生まれて御神木を包んだ。
「これで大丈夫……かな?」
『MP』を流す方法がわからなかったので回復魔法をかけてみました。植物には通じないだろうから、これで良いはず。
めったに見ないだろう回復魔法の輝きを見て、堀田男爵たちは感動している。さっきも見たはずなのに、何度見ても感動するらしい。特に宮司さんは頬を紅膨させて興奮していた。
そして御神木はというと………。
「やったかな?」
御神木が回復魔法を受けたことにより、その幹にピシリピシリとヒビが入っていく。
どうなるのかなぁと、お口を開けて呑気な顔で眺めていると、御神木とやらの枯れかけていたチョコレート色の木の葉が散っていき、脆くなっていた枝が折れてバサバサと落ちてくる。
そして幹が脈動すると、ニョロリと触手が顔を見せ始めてきた。
「な、何だこれは?」
「なにかが出てきますぞ!」
「見ろ! なんだあれは?」
堀田男爵たちが、その様子を見てどよめき、困惑の表情となる。
たしかになんだろうこれ? 寄生虫とか? サナダムシ? ………いや、根っこかな?
幹からどんどん触手が出てくるが、よくよく見ると茶色の触手は木の根のようだった。ちょっと多すぎて不気味だね。
なんで幹から根っこが出てくるわけ?
慌てて後ろに下がり様子を見ると、根っこはニョロニョロと一つに寄り集まっていく。
そうして太い縄だけで撚り合わせて作ったかのような呪いの人形のような姿となった。
「うわぁ……なんか怖い」
顔を引きつらせて、ドン引きみーちゃんである。こういう不気味系統って、あんまり好きじゃない。
「ま、まさか魔物が寄生していたのか!」
堀田男爵も同じように嫌悪の表情となり、杖を取り出すと人形へと向けて身構える。
「魔物を倒すぞ、鷹野伯爵は我らの後ろに!」
荒縄を撚り合わせて作ったかのような人形は、3メートルほどの大きさだ。その顔には目も口もないが、洞穴のように穴が空いている。
『オォォォ』
まるで洞くつから吹き出る風の鳴る音のように、不気味なる声をあげて、不格好な太い足を踏み出す。
「魔物めっ、我が魔法により燃やしてくれるわっ!」
『火球』
杖の先に1メートル大の火球を生み出すと、堀田男爵は人形へと放つ。
「俺たちも続くぞ!」
「おおっ!」
「一斉に攻撃だ!」
『火矢』
『魔法弾』
『風刃』
青年衆たちも、同様に魔法を次々と発動させる。下級魔法とはいえ、その数は馬鹿にできるものではなく、人形へと命中し爆発音と砂煙を生み出す。
「やったか?」
ひげもじゃ男爵さんのテンプレなセリフ。テンプレなセリフって、ついつい言っちゃうからテンプレなんだよね。
「危ないっ!」
「ゲフッ」
結果を確認するべく眺めていた堀田男爵へと瞬時に近寄ると、その体を掴んで放り投げる。
砲弾のように堀田男爵は飛んでいき、木々をなぎ倒すと地面に転がった。
堀田男爵の立っていた場所に、砂煙から槍のような触手が風のような速さで発射されると通り過ぎていく。
「大丈夫? 危ないところだったね!」
「…………」
危機一髪だったよ、ぼんやりと立っていたら、触手に貫かれて死んでいたよ。
だから、堀田男爵の手足があらぬ方向に曲がっていたり、首がちょっとへんてこな角度になっていても、命を失う寸前だったのだから、みーちゃんを許すべきだろう。
ぐったりとして、声をあげることもできない堀田男爵だけど、みーちゃんに対する感謝の念はたしかに受け取ったから安心してほしい。
とりあえず回復魔法を堀田男爵にかけておいて、砂煙が消えていく中で、敵の姿を探す。
『ウォォォ』
砂煙が晴れていく中で、姿を現した人形は光輝く魔法障壁を身に纏っており、堀田男爵たちの攻撃を受けても傷ひとつついていなかった。
カァとカラスの鳴き声が聞こえてくると、解析結果が宙に映し出される。
『フヴェルゲルミル:レベル不明』
なにこれ? なんか思わせぶりな名前だけど、まぁいっか。
「皆、ここから逃げて! ニムエ、皆の護衛をよろしく!」
「畏まりました、ご主人様」
空間から滲み出るかのように、忠実なる英霊が姿を現すと、スカートを掴み軽く会釈してくる。
いつもはアホな姿しか見せないけど、ニムエは護衛の仕事はしっかりしているんだよね。
「ご主人様、その魔物は私が倒してもよろしいですか?」
ニムエはちらりと『フヴェルゲルミル』を見て、好戦的な提案をしてくるけど、首を横に振って却下しておく。
解析結果が怪しいし、ここはみーちゃんが倒しておくよ。
「ううん、こいつは強いと思うから皆を安全な所に運んで!」
「畏まりました。仰せの通りに致します」
のそのそと歩き始める『フヴェルゲルミル』。『フヴェルゲルミル』は泉の名前だったはず。人形ではない。名前と姿が一致していないけど、気にする時じゃない。
『フヴェルゲルミル』は手をゆらりと翳して、青年衆たちへと攻撃態勢をとる。
と、思った瞬間には手がいくつもの触手に分かれると、青年衆たちへと一瞬で迫る。
「そうは参りません」
『氷壁』
鋭き目となりニムエが手を振る。触手たちの向かう軌道に、冷気が生み出されると分厚い氷の壁が形成された。
優れし水魔法の使い手ニムエ。その力を見せてくれる。マナにより作られた氷の壁は触手を防ぐと思われたが………。
「む?」
氷の壁はまるで存在しないかのように貫かれて、青年衆たちを襲う。
自身の魔法が簡単に破られてしまったニムエは、その顔に僅かに驚きを見せる。
「あぶなーい!」
『石火』
アイテムボックスにしまっておいたにんにく醤油唐揚げをみーちゃんはすぐさま投擲する。
「げっはぁ」
「がはぁ」
「クボォ」
にんにく醤油唐揚げの投擲を受けた皆は吹き飛ばされて、木々の合間を転がっていった。
「危ないところだったけど、そう簡単に私の仲間は殺させないよ!」
『フヴェルゲルミル』へとフフンと得意げに伝える。危機一髪だったよ、まったくみーちゃんじゃなかったら皆死んでたよね。唐揚げは本当に万能だなぁ。
顔を青褪めさせて、助けてくれてありがとうと感謝のオーラを見せてくる青年衆にたいしたことはしていないよと、範囲治癒を使っておく。
「ニムエ、任せたよ!」
「残念ですが、私の魔法では相性が悪い様子。では、皆様、私についてきてください」
戦況を素早く判断して、ニムエは頷くと倒れている人たちへと声をかける。
「うぅ、た、助かったのか?」
「イタタ……なんだこれ、唐揚げ?」
「……痛いけどうまい……」
「とりあえず逃げよう」
「酷い目にあった……」
唐揚げを頬ばりながら困惑の表情を浮かべて、青年衆たちは気を失っている堀田男爵を抱えあげると、ほうほうのていで逃げていった。
うんうん、わかるわかる。この魔物は不気味にして、強そうだもんね。
「さて、鷹野美羽が相手をするよ!」
のそのそと歩く『フヴェルゲルミル』へと手を向ける。
「まずはファーストアタック!」
『雷鳴鳥Ⅲ』
バチリと手のひらが放電すると、山をも吹き飛ばすプラズマの鳥が生み出されて、『フヴェルゲルミル』へと向かうのであった。




