265話 お神輿みーちゃんなんだぞっと
予想に反して田舎の大歓迎ムードでした。
ガッツリ系の料理の数々に、一張羅と言ってもちょっとしたお祭りでの小綺麗な服装。
気が良さそうなおっさんやおばさん、早くも唐揚げを頬張っている子供たち。
はちまきをして、法被を着込んでいる青年衆に加えて、なぜかお神輿まである。あのお神輿なぁに?
なにを予想していたかって? それはテンプレな傲慢男爵がでっぷりとした腹を揺すって、ガハハと目の上視線で歓迎してくれると思ってたんだよ。
そしておとなしみーちゃんは虐められて、ピンチに陥っちゃうのだ。
泣きそうなところに、強くてかっこよいみーちゃんが男爵をワンパンして倒してくれるまでが流れである。
人手が足りないので、みーちゃんが一人二役をするつもりでした。男爵がガハハと笑う辺りでパンチすれば良いかなと考えていたのだ。
早すぎる気もするけど、ご馳走が冷めちゃうからスキップするつもりだったんだよ。
「鷹野美羽伯爵と母上の美麗様、こちらへどうぞ」
山賊みたいなひげもじゃ男爵が、さぁさぁと勧めてくれる椅子は壇上に置いてあった。赤い敷物の上に紙で作った花で飾られた鉄パイプの椅子。
なんというか安っぽい手作りな座席です。その後ろに紅白の幕が張られているのが、またなんとも言えない顔になっちゃう。
どういう顔かっていうとだよ。
「きゃー! みーちゃんが上座で歓迎されます!」
なんかワクワクするよと、楽しさ100%の笑顔で壇上へと駆け寄ると、うんせと登って椅子にぽすんと座る。パタパタと足を振って、大喜びみーちゃんだ。
なんて楽しそうな歓迎会なんだ。みーちゃんはとっても気に入りました。ここまで予想外だとは思わなかったよ。
「待ちなさいみーちゃん! もぉ〜」
後ろからママが恥ずかしそうな表情でついて……こない。テーブルの陰に座って隠れている男性へと向かっていた。
ママのお兄さんだ。飛田家の商会の次期当主でもある。
フンスと鼻息荒く腕組みをすると、ママは顔を羞恥で真っ赤にしている。
「兄さん! なんでこんなことになってるの?」
「いやぁ〜、うちの地元はこんなもんだろ? ほら、この間、高校の論文大会で入賞した子も同じ感じだったし」
「たしかに昔からそうだったけど……。それにしてもやりすぎよ!」
気弱そうに笑う飛田お兄さん。中年に差し掛かっても翳ることなく、その顔は整っており、俳優かモデルかと思うほどだ。
性格はママと同じくほんわかな優しい人なんだけど、今はママの怒気に圧されてタジタジである。
男爵は怒っているママを見ないふりをして、みーちゃんへと丁寧な所作で頭を下げてくる。見かけによらず、礼儀作法ができているおっさんだな。
ママが慌てて上座に来ると隣に座ってくる。その様子をちらりと確認して、男爵は話し始める。
「今日は鷹野伯爵をお迎えできて、我ら一同光栄の至りであります。この土地の誇りである美麗さんと、世界一の回復魔法使いである鷹野伯爵を歓迎できることを嬉しく思い、出席して頂けたことに、この堀田は深く感謝を捧げます」
堀田男爵というおっさんへと、真面目な表情となり片手をあげて答えてあげる。
「私も愛する郷土にて、皆様にお会いできたことを嬉しく思います」
いつもの真面目なみーちゃんの様子を見て、堀田男爵が顔をあげるとニヤリと笑う。
「ありがとうございます、鷹野伯爵。では、皆も長い話は退屈でしょうし、ここは一言で」
そう言って、両手をあげると堀田のおっさんは息を吸う。
「ようこそ鷹野伯爵、郷土の誇り鷹野美麗さん、バンザーイ!」
「郷土の誇り!」
「バンザーイ、バンザーイ」
「我らが伯爵に!」
「カンパーイ」
皆が一斉に万歳三唱を始めて、大騒ぎとなる。
もちろんみーちゃんも大はしゃぎだよ。
「バンザーイ、みーちゃんです。鷹野美羽です。皆よろしくね! 殆どの人と顔見知りだけど!」
きゃーと細っこい手を掲げて、みーちゃんも万歳をする。興奮してパイプ椅子の上に立とうとするけど危ないので止めておく。
ママが羞恥で顔を俯けてぷるぷると震えている。どうやらこの展開は予想できなかったらしい。
「表彰式も用意しておりますぞ。郷土の誇り、活躍著しい鷹野伯爵と美麗様にと」
文房具屋で売っている表彰状を持って、堀田男爵が告げるがママは既に羞恥心マックスで顔を横に振っていた。
「私が代表で受け取ります!」
「おぉ、優勝カップもありますのでどうぞ」
手乗りサイズの謎の優勝カップまで取り出してくる。みーちゃんはなにかに優勝したらしい。
「ありがとうございます! きゃー、表彰状って初めて貰いました!」
町役場の助役さんといった人が手渡してくれる。本当は長々と表彰内容を言いたいようだけど、それはいらないや。
表彰状を受け取ると、ぶんぶんと振って皆に見せびらかすみーちゃんでした。
「それじゃ私からも返礼をするね!」
ふんふんと鼻息荒く手を翳して、魔法を発動させる。
『範囲極大治癒Ⅱ』
みーちゃんの身体から純白のオーラが吹き出すと地面に魔法陣が広がっていく。
顔を魔法の光で照らされながら、皆がぎょっと驚く。
いつもどおりに発動した癒やしの力は人々へとかかる。
「わあっ、おかーさんかさぶたが消えたよ!」
「シミが消えたわ!」
「腰が痛かったのに……なんともない!」
「なんか眼鏡の度が合わなく……え、はっきりと見えるぞ!」
子供が転んだ際についた傷を治し、おばちゃんたちの顔や手のひらのシミを消し艶々な肌に変えて、メガネをつけていた人は視力が良くなり、ハゲは治らないのかとおっさんが落ち込む。ごめん、老化でのハゲは欠損扱いなんだ。
「こ、これは素晴らしい! さすがは世界一と言われる鷹野伯爵の回復魔法! そのお力をはっきりと拝見致しました。ありがとうございます!」
感激で堀田男爵が目を潤ませて、感謝の言葉を告げてくる。回復魔法を受けたのは初めてですと声を震わせていた。
「たいしたことはないです! お礼はそこの唐揚げでいいですよ!」
「はっはっは、それは唐揚げを作った者は感激で涙を流すでしょう。なにせ回復魔法と言ったら軽く数千万円はかかります。それもこれ程強力であるとなれば、我らの立場であれば幾らお金を積んでも無理でしょう」
男爵レベルの爵位ならそうなるんだろうね。感動するのもわかるというものだ。
しばらくは話のネタにも困らないだろう。良かった良かった。
「しかしながら、なぜ最近まで気にしなかったのか……鷹野伯爵のような素晴らしい方が郷土で生まれたとなれば、気にしても良いはずなのに……」
「社交界にあまり出ない人だと無理もないと思うよ」
不思議そうに首を傾げる堀田男爵。まぁ、お祭り好きそうなおっさんだ。回復魔法使いが郷土出身の娘から生まれたとわかれば、すぐに歓迎会をするだろう。
でも最近まで認識できなかったのは、無理からぬことなんだ。なにせみーちゃんはモブだからね。
常に情報を集めている貴族たちならば認識できるだろうけど、ここみたいに社交界から距離をとっていれば認識できなかったのも無理はない。
最近は色々と世界が揺れることがあって、モブなみーちゃんも認識されるようになったんだ。
「そうですか……そうですかね?」
「うんうん、気にしなくて良いと思います。それよりも私もお料理いただきまーす」
「おぉ、たくさん食べてください。料理自慢のコックが腕をふるいました。おばちゃんたちの作ったにんにく醤油唐揚げはおすすめですぞ!」
みーちゃんの言葉に、テーブルを指差してガハハと笑う。
歓迎の式典は終わったようなので、椅子から降りるとお料理のテーブルへと近づく。
ママは復活できたかなと、ちらりと見ると、ようやく羞恥プレイは終わったわと安堵の息を吐き、おばちゃんたちとのお喋りを始めていた。
知り合いばっかりなので、まったく緊張していない。
みーちゃんはお腹が空いたので、唐揚げを食べようかな。うん、少し冷めてるけど美味しい。
男爵以外の殆どの人はこの土地の平民たちで、即ちみーちゃんと知り合いだ。子供たちとはお友だちなので、普通にお喋りをしてお料理をパクパクと食べる。
どうやら料理は大量に用意したらしく、尽きることはない。おばちゃんたちがワハハと笑いながら、追加の唐揚げを大皿に置いてくれる。唐揚げは万能料理だよね。
ほのぼのとしたパーティーという名の宴会を楽しんで、あっという間に2時間は経過しただろうか。
「さて、宴もたけなわではありますが、とりあえず決まりごととして締めの儀式をしたいと思います。あぁ、儀式が終わっても夜まで宴会は続けますぞ」
堀田男爵の言葉に皆が頷く。儀式? なんだろう。
「ママ、儀式ってなぁに?」
まぐまぐと蒸しプリンを食べながら聞くと、あらあらとママは驚く。
「そういえば、みーちゃんは見たことがなかったわね。お祭りでする儀式なの。選ばれた大人たちだけが、お神輿を担いで近所を回ったあとに、お山の神木に行くのよ」
「お祭りで……屋台しか記憶にないや。屋台のお好み焼き屋さんが卵を2個使って美味しいお好み焼きを作ってくれるんだよね」
お神輿はおててが届かないので担げないから、興味なかったんだよね。よじ登ろうとしたら怒られたし。
「御神木は土地の守り神というお話なの。魔物たちを防いでくれるという伝説よ。特に結界などが発生するわけではないけど」
「ふ〜ん、よくある神社とかの古くからある木なんだね。ただの言い伝えかぁ。………でも、なんでお祭りでもないのにお神輿?」
なんで置いてあるのかわからなかったお神輿はそういう意味だったのか。でも歓迎会でお神輿?
「え〜………鷹野伯爵にはお神輿に乗ってもらい、御神木まで向かってもらおうと思います。皆の者任せたぞ!」
「お〜っ!」
青年衆が気合の声をあげて神輿へと集まる。その声は少し気合が入りすぎだった。
ふむ………?
ちらりと飛田おじいちゃんたちを見ると、少し緊張気味であった。皆を見るとどことなく期待を宿らせてもいる。なにか理由がありそうだな、これ。
「でも、お神輿に乗れるからいっか!」
一度お神輿には乗ってみたかったんだ。罠というわけでもなさそうだしね。
「それじゃ、ちょっと行ってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃい。おとなしくねみーちゃん」
「うん! おとなしみーちゃんは深淵のお嬢様だよ!」
満面の笑みでお神輿に乗ると、青年衆が担ぎあげる。
「きゃー! たかーい!」
感動の声をあげながら、みーちゃんは御神木とやらの所に運ばれるのであった。




